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フルカワミキ

フルカワミキ

青森県出身 / 元スーパーカーのB/Vo。解散後フルカワミキとしてソロ活動をスタート。 2014最新作「Moshi Moshi, Kikoemasuka?」をONLINE SHOP ( http://miiicom.theshop.jp ) 限定で発売中。 21017.2.19 はAtelier ju-tou にてLIVE "Sunday Evening Concert Series” vol.14” フルカワミキ+ナカコー+沼澤尚 予約受付中

 

 

いろいろあった一月。

今まであまり行く機会が無い所に行ってみたり他分野の人に会ったり。

作り続けている人は「良いこと」ではなく「その人らしい」ことを話してくれたりするのが面白い也。

 

bowie

 

あれからあっという間に。もう月末。一月はもうこの出来事で覆われた。

日本の日付では1/11。音楽目当てでよく行くカフェでニュースを目にし、直後にお店の人も知ったようで、間もなくアナログの「SPACE ODDITY」が流れた。

 

そのときは、ただただ動揺していたのだろうと思うけれど、喉がぎゅっと潰れそうになって、ただ帽子のつばを深く下げるしかできなかった。

 

DAVID BOWIEが天国へいってしまいました。

 

現実から音の世界へ奪いさってくれる圧倒的な存在だったので、そんな日が来るのをどこかで恐れていました。

 

1月20日がNYで「ボウイの日」になったそうで。もうイギリスもNYも行くしかない。

 

 

”希望”っていうものが本当に煌めくってことを、現実に見せてくれた人。

 

暮れに、2004年の日記が出てきたばかりだった。

「4月4日。

寝れないから、またボウイのニュースでも見ていい気持ちになって寝ようと、ネットをしていたら、

カナダの最近のインタビューで『日本のスーパーカーっていうバンドがいて、すごく良いんだ』と言っているのを見つけた。

鳥肌が立つ何とも言えない身体の反応。叩き起こすようにナカコーに速攻連絡をした。

夢みたいだ…!魂って通じるんだなあ。」

 

明け方だった。

 

ボウイは久々のワールドツアー中で、私はこの時、不眠症気味でもあったので寝れないついでに、海外のインタビューを訳したりしながら漁って読んでいる時期だった。

そのインタビュー記事の中で、スーパーカーを褒めてくれていたのを見つけたのだった。

しかもカナダの記事。日本用のサービストークでは無かった。

(この話は、ファンの人でさえ知らない人は多い。私達は芸能人でも有名人でも無いせいか、日本の音楽関係者から触れられたこともなく。良い話とか事実は、ゴシップ話より圧倒的に伝わり難いのね。)

 

 

ボウイは世界中のあらゆるものに有名無名問わずフェアにアンテナを立てている感性が早い人、という認識があったから、現在何に注目をしているのか、そういう情報も知りたかった。

 

ナカコーはボウイを尊敬していたから、この記事を見つけたとき、一番早く伝えたかった。

(ちなみにボウイについてナカコーは詳しくて面白い。)

デビューの時からボウイ好きを公言していたし、作品から受け取った刺激や感動を、また音楽で昇華還元しようと作曲してきている人だからだ。

 

自分で自分のことをべらべら言うタイプじゃなかったから、ナカコーは身近な人でもプライベートについては知られないことが多いが、結構大変な時期でもあった。

 

最も聴いてほしい人の耳に入ってくれるだけでも、奇跡みたいなのに。気に入ってくれていた。

 

これは自慢とかいうレベルじゃなくて、本当に救われた気持ちだったのだ。

 

例えば、自分が全く関係ない音楽だっとしても、この極東の音楽が世界で楽しまれたり愛されるだけでも嬉しいのに。

「間違っていない」とやっと認めてもらえたようなものだったのさ。どれだけ救われたか。

 

 

<<<どういうことかというと…

 

スーパーカーは、デビューが97年ですが、ポイントとなる作品は2000年代に入ってから。意識的にやってきたことがあるから言えることではあります。

 

レコーディング環境の機材もアナログテープからプロツールズが導入されてきたり、変化が凄い時代だったし、伴って世紀末新世紀にかけての刺激的な作品がたくさん出たり、イベントや音楽フェスも増え始めました。

 

世界のスピードやエキサイティングな様子に刺激を受けて、それに対して邦楽メジャーというフィールドの上で提示することに意味や面白さがあると思っていたから、話し合ったり説得しながらそうやってきたのでした。

 

アルバムを出す度に「ファンを裏切った」とか「1枚目のようなものを作って」など、必ずそういう声があったし、「HIGH VISION」のときは「(初期のように)作り直してほしい」とも言われたこともあったり。

(この時は特に精神的にクルものがあった。誤解されることがありますがメジャーでは「作りたいときに作りたいものを作る」ではなくて、ビジネスや要望をチームでバランスを話し合いながら制作します。結果的に予定通りの内容で発表できて良かったと思います。)

 

 

音楽を好きな人は、多々ある音楽は様々なジャンルの音楽が刺激し合って生まれるのを知っていると思いますが、

邦楽だと割と生楽器だけで完結した方が「ロック」とか硬派なイメージで、打ち込みを入れると「ピコピコサウンド」と言われたり…慣れないのか、流れをくんで段階を踏んで作っているのに、これまでと全く違うもののように否定的に感じられることも多々あった時代でもありました。

(音に関して音色や構成からアティチュードを汲み取って言語化してくれる記事はありがたかったし、変化をおもしろがってくれたり理解してくれるファンやスタッフの支えも重要だった)

 

 

一枚一枚アルバムを作るごとに、挑戦を注入してきていて、それは当時、上記で述べたように日本のメジャーで提示し続けることや、理解を得て行くことは、実際は簡単ではなくて、スムーズに涼しい顔をして作っているように思われたかもしれないけれど、全然違い、

貴重でエキサイティングでもあったと同時に、そりゃしんどくもありました。

 

 

だから、最終的に「それは間違っていないよ」と認めてもらえたような気持ちだったのです。

 

ナカコーは以前に「それまで一度も音楽を認められたと思ったことは無かった。だから、ボウイの耳に届いてくれたて、本当に嬉しかった」と話していた。

 

このインタビュー以降、NYでTV ON THE RADIOのメンバーに会った時「君たちのこと知ってるよ」と言ってもらえたり(TV ON THE RADIOもこの取材でボウイに紹介されていた)、海外からのメッセージが増えたのだった。

 

 

DAVID BOWIEは、タイムトラベラーのように古典から前衛、先見性と共に幅広い感性やアイディアがあって、周りの影響も受け、それを貪欲に取り込んで個性を開花させ、提示してきたと捉えています。

自分でストーリーを作って自分で終わらせて…と、変化し続けた。ということは、スタイルがある程度決まっているミュージシャンの制作より、当然のように負荷は大きかったと思う。

歴史を見るとビジネス上でトラブルこともあったわけで、それだけでも気持ちをだいぶ削がれるはずなのに、

あっという間の人生を音楽に尽くし重要な作品を作り続けて来た。

凄い。

もちろん、天性の声も顔もアートワークも含めてなんだけど。

(なんだよオッドアイになってしまったり左利きだったりさ。神様に仕えたとしか思えないっ。)

 

ボウイは「お金より、作品(曲)が残せることがギフト」と言っています。

尊敬が尽きることは無い。

 

 

本当に神様みたいに希望の人で、貶されようがなんと言われようが、

「そうなんだろうけど…んー違う考え方なんだよな。自分はこう感じるし、もっとこういうので楽しんでもらえたら良いのになあ」という思いを抱え、信じてやってきたから、

ただただ有名人に褒められたっていうのとは全然違うものがあったのです。

 

とても大きな意味がありました。

 

音楽は国境を越えてくれた。

 

 

日本での回顧展は2017年…待ちきれん。

 

 

DAVID BOWIEという表現者が生きている時代に、音楽がやれてラッキーだった。

そして結局最後の作品となってしまったけれど、BLACK STARを発表してくれて嬉しい。

ありがとう。

 

希望は たしかに、煌めいた

bowie3

bowie4

blackstar
2016年

あけましておめでとうございます。

HAPPY NEW YEAR !!!

 

 

2016eye1

 

(松をもう少し短くすれば良かっただろうか。新年花 )

 

年末年始。

クリスマスのRADIOHEADから公開された曲”SPECTRE”、

すてきな方々が見(魅)せてくれた絵、曲、景色、ライブ、新しい楽器。

魔裟斗と山本KID、Sylvie Guillem … 蟹、餅、鍋、もんじゃ、マイケル…etc。

全部良っ。素晴。素晴。

笑いで腹がよじれるのが続いた(場所は必ず東急沿線)

 

 

待ち合いロビーにあった雑誌を見ましたら、2016年の水瓶座の占いに、

「ギャグ漫画が厄除けとなる」と書いてありました。

 

 

了解。

(東急沿線でギャグ漫画見たら、厄除けがものすごいことになってしまうのではないか。)

 

 

2015年は特にゆっくり静養しながらこの期間にこれまでの様々を整理し、区切りとしました。

おかげさまで体調は一時期よりはだいぶ良くなってきているので、マイペースに。

新たな環境と同時に、もっと荷をおろして、未来に向けて新しいものを抱えるスペースを作ります。

気を遣っていたものにそうする必要がなかったのだなと、解放されていますから、発言もするし好きなことや思ったことをやって生きるだけです。

とてもシンプル。シンプルが難しかったりするから工夫を考えるのが楽しい。この期間にヒントを頂いたりしていて、ワクワクしています。

 

自分は地方の生まれで、暇を持て余して音楽に関わり始めたのがきっかけため、「人気者になりたい」とかではなく、「会いたい人に会いたい」とか…、それは ”その人らしく佳きことを探求されている”人だったりするのですが、そういう気になる人に関われるように、と思ってやってきているので、

改めてそんなふうに生きれたら楽しいなと思い、ありがとうや嬉しいや面白い、の気持ちやパワーをちゃんと還元していかないとなと思っとります。

会いたい人に、会いたいわ。

(いろんな人にも出会いたい)

さて、新しい楽器をいじったりしています。

 

新たな幕開け。本来面白いことが大好きな自分らしく。ギャグ漫画。真剣、且つギャグ漫画。

新年のご挨拶なんで今回はこのへんで。

2016年

読んでくれている方にとっても、心豊かな一年になりますように。

どうぞ よろしくお願いいたします。

2016eye2

初詣は

数年前に、元スタッフ(辞めた)の手違いだかナンダカで「どこかへ無くされてしまったナカコーの大事な機材が早く戻ってきますように(-人-) 」とも願っておきました。

同業なんでNE。気持ちモノスゴわかるんDE、いつもの(×100)デス。デス!

残された人が探してくれていると聞いているのだし、もうすぐ必ず戻ってくることでしょう。

他にもちゃんと自分のもお願いした(ちゃっかりさんの欲張りさん)

 

初めての大吉。なので大吉自慢。「初めは冬の枯れ木の葉おちて 花も無く淋しく気遣うもそのうちに春となって花さ…ry」

 

 

 
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