Review: 空音 「GIMME HPN」 想像力で世界と踊れ。覚醒もたらすニューシングル

2001年生まれ、兵庫県尼崎市出身のラッパー・空音が、2022年第2弾となるデジタルシングル「GIMME HPN」をリリースした。〈プラチナ ダイヤ サファイア ルビー/じゃなく 無価値な石 輝かす Me〉とバースを蹴っているように、分かりやすくドラマティックなバックグラウンドがあるわけではないが、一般的な家庭に生まれ育った自分だからこそ歌えるリアルを模索し、スキルを磨くZ世代のラッパー。高校生の時に制作した1st EP『Mr.mind』が話題になったのは2019年7月で、そこから現在に至るまでの約3年間でアルバム3作、EP4作を完成させている多作家だ。特に今回は、1つ前のデジタルシングル「B RAGE」から2ヶ月強しか空いておらず、来るアルバムに向けてクリエイションが加速しているところなのではと想像したくなる。

ラッパーになる前からずっと日本語ヒップホップに興味があったわけではなく、踊るための音楽として、主に海外のヒップホップやソウル、R&B、ジャズなどを聴いていたという空音。小学2年生の頃から高校2年生の頃までダンススクールに通っていたとのことでリズム感は抜群。例えば、ゆったりしたトラックに乗って、1拍に3音詰め込む8分の9拍子的なラップと1拍に4音詰め込む8分の12拍子なラップを交互に、かつシームレスに展開する「Love ya all」(『Mr.mind』収録曲)は彼のリズムセンスを体感できる曲のうちの一つだ。なお、高校時代は軽音楽部でドラムをやっていたものの、後に始めたサイファーの方が楽しくなってしまったため、ほぼ幽霊部員状態だったとのこと。しかし、そのリズム感を活かしてドラマーとして名を馳せる未来もあり得たかもしれないと彼のラップを聴くと思う。

歌詞の特徴はいくつかあるが、その一つは、SF的な世界観だ。例えば、2022年時点で総再生数が1億を超えている「Hug feat. kojikoji」は〈パンイチ小僧が走り回る地球は/エイリアンによって侵略されました〉という歌い出しからユニークで、いったいこの曲の舞台はどんな世界だろうかと想像を掻きたてられる。

この曲にはそれ以外にもSF的なモチーフや〈パンにmellowのjamを塗ろう〉をはじめとしたファンタジックな表現が登場。また、〈Musicは世界を変えるよ〉〈心の傷に音の絆創膏〉とも歌われていることから、音楽は空想にアクセスできる魔法のようなものであり、そうして現実から逃避することは一番身近な現実と向き合うことにも成り得る、というメッセージも読み取ることができる。この「Hug feat. kojikoji」も収録されている1stアルバム『Fantasy club』は、ファンタジックで空想的な表現が多く見受けられる作品だった。なお、その7ヶ月後にリリースされた2ndアルバム『19FACT』は、19歳当時の等身大の表現を詰め込んだアルバムとなっており、『Fantasy club』とはまた異なる作風となっている。

そういった独自の作家性もありつつ、ラッパーとしての骨格となり得る表現も欠かさない。ヒップホップのクラシック的な楽曲はアルバム・EPの1曲目に配置されることが多く、そこで空音は“ヘイターはガソリン”という価値観を歌い、意思もオリジナリティも持たないコピーキャットに中指を立てている。地道な積み重ねとともに自分という存在の固有性を突き詰めること。その先に生まれる“俺が歌えば空音というジャンルになる”という自負は、音楽的なジャンルに囚われず、様々なタイプの楽曲に取り組んでいくスタンスにも繋がっているようだ。そういったスタンスが開花したのが3rdアルバム『TREASURE BOX』で、クリープハイプを客演に迎えた「どうせ、愛だ feat. クリープハイプ」やTENDREとのコラボ曲「BLOOM feat. TENDRE」を筆頭に実に様々な楽曲を収録した同作からは、“空音というジャンルをどこまで広げていけるか”というトライアルを感じ取ることができた。なお、クリープハイプは空音が高校生の頃から憧れていた存在だが、もちろん“夢が叶ってよかったですね”で終わる記念碑的なコラボに成り下がらせやしない。「どうせ、愛だ feat. クリープハイプ」はセクシャルマイノリティの生きづらさという社会的な問題を、あくまで普遍的なラブソングに落とし込んだ楽曲で、ソングライティングの洗練が感じられた。

ヒップホップにはサンプリングの文化があるが、空音の楽曲ではセルフオマージュも多く取り入れられているため、長編シリーズものの映画のファンと同じような気持ちでリリースを追っていけるのが楽しく、また、歌詞の変化からいち人間としての空音の変化が垣間見えるのももちろん面白い。今回はアルバム3作の言及に留めたが、EP含め、他の楽曲もぜひ聴いてみてほしい。

そして新曲「GIMME HPN」は、プロデューサーに大沢伸一MONDO GROSS)を迎えた80’sエレクトロファンクだ。80’sらしいレトロな質感でありつつも、EDMで言うところのビルドアップ的な盛り上がりがあったりと、ダンスミュージック的な要素も兼ね備えた、洒脱だがハイなトラック。一息で歌いきるようなバース1(2番はより凄まじい)。高速ラップを交えながらリズミカルに展開するバース2。バース3で一度トーン落としたあと、スネアのロールとともに鮮やかに韻を踏み、〈i gotta miracle〉と歌うメインテーマへ。グルーヴがグルーヴを呼ぶような一連の流れが気持ちいい。空音のラップはスキルフルだが、“すごいことをやっている”よりも“とにかく曲として気持ちいい”という印象が上を行く時点で彼の勝利だ。

“怒り”をテーマにしたヒップホップ・クラシカルとしての「B RAGE」に対し、今回の「GIMME HPN」はもっと軽やかなイメージだ。それはトラックだけではなく歌詞に関しても同様。〈テレビジョンの裏側に潜む/陰謀論を号外でばら撒こう〉という歌い出しからは閉塞した空気が感じられるものの、そのあと続くのは〈皆が寝てる間 地下鉄の貨物列車は/空を飛んでるのかも〉であり、何かを邪推し、一つの物事にばかり気を取られている間に、もしかしたらすぐ近くではもっと面白いことが起きていたかもしれないと匂わせている。〈もしや俺すら地底人?!/否定しきれない現実世界を/ヒントに捻るイメージ〉、そして〈月の裏側よりも現場が まだ/煌びやかな光放つ世の中/タダの想像で無限に出稼ぎにいく〉といったフレーズからイメージできるのは、“こんなに面白いものがあるのに、気づいてなかったの?”と言わんばかりに、有象無象とは異なる階層で音楽と軽やかに遊ぶ空音の姿だ。

確かなスキルを下地にした遊び心で以って、想像力のロマンを歌った「GIMME HPN」。この曲には空想的な要素が散りばめられているが、先述の通り、空音は空想と現実、エンタメと社会が地続きであることを『Fantasy club』の頃からどこかで理解していて、今、それをより自覚的に取り扱えるようになったのでは、とこの曲を聴いた時に感じた。「B RAGE」リリース時のインタビューでは「SF要素をなくすというよりは、空想と現実の差が縮まった感覚」と発言していた空音。おそらく次に到着するアルバムは、その感覚を持っている今だからこそ歌える世界への問いかけが詰まった作品になるのではないだろうか。

INFORMATION

空音 「GIMME HPN」

release:2022.08.03(Wed)