新しく出会ったアレンジャー/トラックメイカー陣ととともに現行のビートミュージックに接近したサウンドプロダクションの海に飛び込みながら、いかに佐藤千亜妃のポップスという記名性の高い音楽像を作り上げられるか。それが彼女の新たなフェイズであることを提示した『NIGHT TAPE』(2022年8月リリース)と『TIME LEAP』(2023年1月リリース)という2枚のEPのリリースを経て、ニューアルバム『BUTTERFLY EFFECT』をここに完成させた。宇多田ヒカルの「Automatic」をサンプリングしたことでも話題を呼んだ「タイムマシーン」やアルバムの先行配信曲である幾田りらを迎えた先行配信曲「線香花火 feat.幾田りら」を含む全11曲。新たなリスナーとの出会いを求めていることを明確に感じさせる本作の手応えを語ってもらった。
ーーサウンドプロダクションや歌のあり方も含めて、どういうリスナー層に届けたいかという射程がはっきり定まっているアルバムだと思いました。別の言い方をすれば、きのこ帝国としての佐藤千亜妃を知らないリスナーたちにもいかに届けられるか、その間口を広げられるかという意識を強く感じたんですね。
佐藤千亜妃(以下、佐藤):はい。まさに今言ってくださった通り射程距離というか、どこに届けよう、どんな人たちに聴いてもらおうということを去年の春くらいから想定しながら2枚のEPをリリースしたので。ようやく思い描いた形でアルバムとして着地できたなと思ってます。
─音楽的な部分に関してはどうですか?
佐藤:バンドサウンドだといろんなプレイヤーの熱量が加わって1枚の作品になるという部分が強いと思うんですけど、今回のように打ち込み主体の作品だとより自分自身の成分が濃くなる感覚があって。これまで以上にパーソナルな音の質感に仕上がってると思いますね。音楽的にもこういうフェイズに進もうという思いの中でレーベルを移籍したり、一緒に作品を作る仲間と出会ったりしながら動いていったプロジェクトでもあって。その中でチーム一丸となって意見を出し合いながら、原石を磨くように音楽を作り上げていったような感覚があるんです。そういう作業を丁寧に細かくできた充実感がありますね。
─原石を磨く作業やチーム内のコミュニケーションの核として大事にしていたのはどんなことですか?
佐藤:自分としては、やっぱり新しく出会うリスナーに聴いてもらうことを意識したサウンド感の中で、それでも自分としての歌声や歌詞の内容における個性を殺さずに、しっかり活かしながらそのサウンドに溶け込んでいるかというのは常にテーマとしてありました。デモの段階で自分でビートを組んで、それをもとにトラックメイカーの方たちと相談しながら再構築していくにあたり、「クラブミュージック然としすぎてしまうんじゃないか?」という懸念を覚えたときもあったんです。「これって自分の歌じゃなくてもよくない?」という仕上がりになりそうな流れを回避したり、そこでさらに心にグッとくるようなメロディを探ったり、そういうバランスを細かく意識しながら制作と向き合ってましたね。
─まさにそこが肝だと感じるアルバムでした。
佐藤:「これは佐藤千亜妃の曲なんだ」というカラーをしっかり提示したかったし、そこをあきらめないようにトラックメイカーの方たちともディスカッションして。そこはかなり集中したところだし、大変なポイントでもありましたね。
─『BUTTERFLY EFFECT』というタイトルであり、コンセプトは早い段階からあったんですか?
佐藤:『TIME LEAP』を作ってるときにはほぼアルバムタイトルを『BUTTERFLY EFFECT』にしようと決めていて。もう1つの候補タイトルもあったんです。それは『FLOWER SEEDS』(=花の種)だったんですけど。でも、『BUTTERFLY EFFECT』のほうがの今自分がいるフェイズだったり、もっとたくさんの方に聴いてもらいたいという心持ちを込められそうだなと思って。『TIME LEAP』を作ってる後半くらいにはそう思い始めていたので、『TIME LEAP』に入ってる「EYES WIDE SHUT」は『BUTTERFLY EFFECT』にも入るであろうと思いながら作った曲でもあるんです。
─『BUTTERFLY EFFECT』も「EYES WIDE SHUT」も有名な同タイトルの映画がありますが、アルバムに映画的な性格を持たせたいとか、そういう思いもありましたか?
佐藤:いや、そこまで考えてなかったです。「EYES WIDE SHUT」も小さな変化が大きな変化に繋がっていったらいいなという希望的観測を描いている曲でもあるので。それは『BUTTERFLY EFFECT』というタイトルにも通じるテーマで。映画も好きですけど、それよりも『BUTTERFLY EFFECT』という言葉の意味もすごくいいなと思っていて。蝶が羽ばたくような小さな変化が地球規模の変化を及ぼす要因になるという。音楽もそうだと思うんです。音楽家はいろんな想いや思想を込めて歌を書いたり音を奏でるじゃないですか。それを聴く人が少しでもその日ハッピーに終われたり、悲しい気持ちに寄り添ってもらえたと思って心が和らいだりして、その人の人生が豊かにもなったりする。たとえば死にたいとさえ思っていた人が、その音楽を聴いたことでもうちょっと生きてみようと思えたら、それは些細なようでいてすごく大きな変化だと個人的には思っていて。自分から生まれるそういう前向きなエネルギーみたいなものが、世界全体を変えていく要因にもなり得ると思ったときに、音楽ってすごく素晴らしいものだなと思えたんです。音楽が持つポジティブなパワーを信じたいと思ったからこそ、『BUTTERFLY EFFECT』というタイトルにした。それが一番の理由ですね。
─その思いは佐藤千亜妃がポップミュージックを作る理由としても置き換えられるんじゃないですか?
佐藤:そうですね。私はたぶんほっといたらポップじゃない曲を量産できる人間なんですけど(笑)。でも、自分が社会や人と繋がるための手段が音楽しかなかったので、大前提として自分が作る音楽は人に聴いてもらうために作るという動機がまずあるんです。必然的にそれが自分のポップな要素を引き出しているんだなと思います。もし誰にも聴かせなくてもいい音楽を作るのであれば、もっと暗い曲を作ると思うけど、自分と誰かを繋げるためとか、誰かと誰かを繋げるために音楽があったらいいと願っているから、ポップでありたいと思うんですよね。その思いは年々増してると思います。
─そういう意味でもこのアルバムのタイミングで「線香花火 feat.幾田りら」で、幾田りらさんとのコラボレーションを実現できたのは大きな刺激になったんじゃないですか?
佐藤:そうですね。レコーディングも一緒にやらせてもらったんですけど、りらさんもご自身でガッツリ準備されてきていて。もう、私より長く生きているんじゃないかと思うくらいしっかりしているし、めちゃくちゃいい子で。最初のテイクからニュアンスしかり、声の成分しかり、強弱の雰囲気もバッチリで「めっちゃいい」しか言えなかった(笑)。何もかもが狙い通りに上手くいったし、でも全体として聴いたときに予想を超えてくる感触もあって。本当に実現できてよかったです。
─この曲はそれこそシネマティックなストーリーを想起させるなと。
佐藤:うれしいです。シネマティックという感想をもらえるとは思ってなかったです。りらさんと一緒にやりたいという思いは自分の中にあったので先にオファーしたんですけど、同時進行でコラボ用の曲を作っていたんですね。でも、結果的に「線香花火」というひとりで歌おうと思って作った曲のほうが、りらさんの声が入ったら化けるなと思ったんです。彼女の声ってすごく清涼感があるじゃないですか。夏の夜の湿った空気の中に吹く夜風みたいな感覚を演出できると思ったんです。
─あと訊きたかったのは、もちろん宇多田ヒカルの「Automatic」をサンプリングした「タイムマシーン」は言うまでもないんですが、1曲目の「ECLOSE」然り、あるいは「花曇り」からも宇多田ヒカルさんからの影響を強く感じたところがあって。
佐藤:やっぱり宇多田ヒカルさんの曲が、自分の中に血となり骨となり流れてるみたいな、身体の一部となっているところがあって。それは小学生のころに聴いた音楽リスナーとしての原体験みたいなことだと思うんですけど。そこからソウルミュージックやR&Bに接近したアプローチを自分で表現するとなったときに、メロディの節回しだったり、いろんな側面でかなり影響を受けてる部分が出てるのかなと思います。
─これからの佐藤千亜妃の音楽性における可能性を拡張したアルバムになったと思いますが、ここから先のイメージをどう描いてますか?
佐藤:この音楽性に着地したのは、ソロで表現したいことと向き合ったという部分と、あとはコロナ禍も含めて、いろんな事情を鑑みて柔軟的に考えた結果でもあって。
─バンドサウンドで作るより圧倒的にデータのやり取りで帰結しやすい方法論だったというのも大きいですよね。
佐藤:そう。こういう音楽性になったからこそ、ライブをもっと増やしていける可能性も広がったんですよね。それは、DJセットのライブであったり。アルバムのツアーはバンドセットでガッツリやるんですけど、表現方法がすごく広くなったのでDJセットやミニマムな編成でこれまでよりもフットワークを軽く各地に行けるかなと思うし、ライブの現場でこのアルバムの音がどんなふうに鳴るのか、どういうふうに届くのか自分でも楽しみです。
INFORMATION
佐藤千亜妃『BUTTERFLY EFFECT』
発売日:2023年6月28日(水)
価格:<初回生産限定盤>4,950円
<通常盤>3,410円
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