ダンスロックバンド・DISH//でドラマーを務める、泉大智がソロ・プロジェクトをスタートさせた。3月29日(金)に1st Digital EP 『INQUIRING MIND(インクワイヤリング マインド)』をリリースした彼は何を考え、何を表現しようとしているのか。鳴り響くサウンドから伝わる、表現欲求と初期衝動、そしてルーツだと話すUKポスト・パンクの香り。ひとりの音楽家として歩み始めた、泉大智の意欲作。その全貌に迫る。
ーーーEPを聴いた第一印象はとにかく滾ってる、個の表現欲求が爆発しているということで。
泉大智(以下、泉):まさにその通りですね(笑)。今回のソロプロジェクトもDISH//では出来ない、自分のやりたい音楽を追求したいなという思いからスタートしましたから。だからこそ、激っているかもしれないです。
ーーーずっとこういうポスト・パンクでありマンチェスターの匂いが根源にあるようなソロプロジェクトをやりたいと考えていたんですか?
泉:やりたい音楽を追求したいという思いはわりと最近芽生えたもので。というのも、昨年あたりからDISH//の制作の仕方は変化し始めたんです。それまでは、自分がやりたいことやDISH//をこうしていきたいという気持ちだけが先行している時期があったり、僕の視野が狭くなっていてメンバーとぶつかってしまう瞬間もあった。そこから対話を重ねて、誰かの思いが先行するのではなく、DISH//はメンバー4人で作るものということで落ち着いたんです。ただ、その中で自分の中で消化したい音楽や欲求もあったし、思うこともたくさんある。このタイミングでソロプロジェクトとして動き出すのはどうだろうと決まったのが、去年ですね。
ーーー大智さんが望むDISH//の方向性はどういったものだったんでしょうか?
泉:僕は、DISH//はすごく大衆的なバンドだと思っているし、そこに行くべきバンドだと思っていて。メジャーシーンにいるし、これまで多くの方に曲を書いていただいてきたグループ。でも自分たちで「これからは4人でやる」と宣言した以上は、ちゃんと結果を残さないといけないと筋が通らないんじゃないかと思ったんです。結果をとにかく出したいというか。結果=ヒットだと思うんですけど、そういう結果を形にしないと皆さんから納得されないんじゃないか、だからそこに向かって僕は突っ走っていたんです。でも、他の3人にももちろん意見はあるわけで、自分が完全に周りを見えなくなっていたなと思います。
ーーーそこからメンバーと話し合って、足並みをそろえた。
泉:はい。まず、大前提として4人が楽しんで音楽ができないと元も子もない。そもそも音楽って楽しむためにあるものなのに、楽しむことが二の次になっているよねと話しました。結果を残すことが先行していたけど、これからは4人で楽しく音楽をする。その上でヒットに繋がることがいちばんいいというところに着地した。4人の足並みを揃えてからかなり変わりましたね。
ーーーあらためて、このEPはずっと自分だけの音を鳴らしたい人の熱量に満ちてると思ったんですね。
泉:思うことはずっとあったというか。それこそ10代の頃からいろんなものを感じていたと思います。小さい頃から、事務所に入って普通の道を辿っていないし、その事実に対して思春期も重なったりして、その時期に思っていたフラストレーションみたいなものがずっと蓄積されていたのかなと。ただそれを形にしていないだけで、音を鳴らしたいという感情は確かにずっとあったと思います。
ーーー周りの人たちが用意してくれるステージに立つだけじゃなく、能動的に音楽を体現したいという。
泉:そうですね。もっと本質的なところというか、ステージに立つからには自分たちの本当をさらに伝えていかないと表現する上では意味がないとずっと思っていましたから。
ーーーそもそも今の所属事務所には自分の意思で入ったんですか?
泉:事務所に入ったのは、スカウトがキッカケですね。それこそ最初はお芝居とかもやっていました。中学1年から事務所にはお世話になっていますけど、当時は本当に右も左も分からないし自分で考えるという力がまるでなかった。意志を持ち始めたのは20歳を越えて、ここ何年かの話です。
ーーー事務所に入ってから自分の好きな音楽やカルチャーが見つかっていったという感じだった?
泉:音楽に関しては、小学4年からドラムを始めているので芸能界とは関係のない時期からずっと好きでした。実家には音楽を聴く環境もあったし、父親も音楽がすごく好きだったこともあって、わりと幼いころから音楽には興味があったのかもしれません。
ーーーそれはどういう音楽でしたか?
泉:好きだったのは、スティーヴィー・ワンダーとか。ブラックミュージックが好きで、実家でもよく流れていました。バンド音楽を好きになったのは、中学の終わりとか高校に入ってからですね。特に高校ではバンドばかり聴いていました。単純に音楽が好きだったからですかね。ドラムを叩いているのが楽しかったし、誰かと合わせたときの喜びを知ったから、続けてこられたのかなと思います。
ーーーポスト・パンクなどへの興味はいつごろから?
泉:もともと、パンクの思想が好きなんですよ。精神的な部分は自分のルーツになっていると思いますね。もちろんパンク・ミュージックも好きだし、ファッションも好きだけど、それ以前に精神的な部分にいつの間にか惹かれていました。
ーーー今回はご自身でボーカルをとっていることもものすごく大きいじゃないですか。歌もいつかアプローチしたいことでしたか?
泉:自分で歌うというイメージはありませんでしたけど、何かを伝えるのであれば、自分の言葉や声じゃないと意味がないと思ったので。そうすると自ずと歌うという選択肢になりましたね。
ーーーファンの方たちはサウンドのみならず大智さんのボーカルに触れて驚いてる人もきっといますよね。
泉:DISH//のファンの方たちは驚いていると思います。それと同時に意外と伝わってないなと感じることもあります(笑)。そもそもDISH//のファンの方たちは、ポスト・パンクを聴かない人も多いでしょうし、文化に触れてこなかった方も多いと思うから。そこを伝えるのは難しい部分ではありますよね。ただ、僕に近い人たち、メンバーだったりはそんなに驚いたりしてなかった。僕が、ドラムと並行してギターが好きで弾いていることも知っていたので。
ーーーこのEPはDISH//メンバーには聴かせたんですか?
泉:先行配信した“nerve impulse”は聴いてくれていて、「めっちゃいいね」と言ってくれましたけど、あとの3曲はまだ聴いてないんじゃないかな? でもメンバーは僕のやりたいことを理解してくれているし、とても肯定的な意見をくれますね。
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ーーーDTMでの曲作りはいつごろから?
泉:曲作りに関しては、DISH//でもやっていたし、アコギで弾き語りの曲を作ることは20歳前後から始めていましたけど、DTMを触り始めたのは2020年くらい。それこそコロナ禍になって、ちょっと触ってみようかなと。
ーーー触ってみたらものすごく楽しかった。
泉:めちゃくちゃ楽しかったですね。やっぱり曲作りって楽しいんだなって思いました。アコギだけの弾き語りだけではなく、ちゃんとパソコンを使って作る楽しさはコロナ禍で覚えました。
ーーーアコギで作っていた曲もずっと溜めていたんですか?
泉:ずっとボイスメモに溜めていたんですけど、それがようやく形となってアウトプットできるようになったという感じですね。基本的にはなんとなくギターで弾き語りをして、それに肉付けしたものが多いです。
ーーー4曲目の“wandering”は特にそういう趣がある。
泉:“wandering”はまさにその作り方ですね。弾き語りで作ってアレンジしていきました。
ーーー1曲目“nerve Impulse”の終わり方もそうですが、アコースティックな質感もすごく大事していますよね。
泉:それはあると思います。やっぱり、ギターを弾くのが好きなんですよ。自宅でも触りたいときに常に触るみたいな(笑)。ギターを弾くからこそ出てくるメロディもありますし、それがこのタイミングでようやく表に出始めたという感じかもしれません。
ーーーこのEPはテーマを設けてから形作っていったんですか?
泉:いえ、最初は、レーベルの方から「ソロ曲の候補を何曲か出してほしい」と言われて。5曲くらい提出したんですけど、「それでEPが作れるじゃん」ということになり、今回のEP制作が始まりました。最初はDISH//では出来ないことをやろうと思っていたんですけど、そうすると奇をてらった感じになってしまうと思って。「DISH//があるからソロではこうしよう」というエネルギーだと不貞腐れ始めるなというのが自分の中にあったので、シンプルに自分が今やりたいことを突き詰めようと思って制作はスタートしましたね。だからこそ、自分のルーツを大事にしたのかもしれないです。
ーーーちなみに一番古い曲は?
泉:“nerve impulse”のデモは一昨年くらいからあって。実は、DISH//でやれるかなと思っていたんですけど、ハマらなくて……。それはグループにもだし、自分的にもなんですけど。だからずっと埋もれていた曲なんですよ。やっぱり自分が表現したいことに偏っていたので、この曲は自分でやるしかないなと。
ーーー“nerve impulse”のリリックはライブハウスやクラブで踊り明かして、朝方の路上の風景の匂いがするような、そんなイメージが浮かびます。
泉:本当にサウンド先行で制作したので、歌詞は完全に後付けの感じです。でも、自分の中ではわりとポップになったなと思っていて。想像していたのはもっと複雑なものだったんですけど、難しいことを考えずに作っていったら意外とポップになったなと思います。
ーーーたしかにどこまでもエモーショナルだけど、それをキャッチーに昇華してますよね。
泉:そう、キャッチーですよね! だからこそ、もっと崩していいんだなという気づきはありました。
ーーー一方で、リリックは全体的にメランコリックであったり、アゲインストな気分が充満していて。
泉:歌詞に関してはおっしゃる通りです。社会に対するではないですけど、鬱屈している部分はあると思う。いろいろと思うこともあるし、大事にしたい感情でもあるし、そういった感情を言葉で伝えたいなという思いが強くありますね。このソロプロジェクトで僕が伝えたいことは、自分軸を大事にしたいということ。周りと比べるのはなく、自分の物差しをちゃんと1人ひとりが持つことが重要というか。そういったことをすごく大事にしているプロジェクトなんですよね。
ーーーSNSのあり方、やり方しかり、個々人がそこを問われている時代なのは間違いないわけで。
泉:チャートがあったり、インプレッション数があったり、音楽も数字で順位をつけられるじゃないですか。それを否定するつもりもないし、いい曲だからそこにランクインすると思うんですけど、それを数字として見ちゃう人もいるわけで。チャートに入っているから優れた曲という認識ではなく、曲の本質も見て良いか悪いかを判断することがすごく大事だと思うんです。ちゃんと自分がいいと思うものはいいと言えるような社会じゃないとダメだなと。そういった衝動が1曲目の“nerve impulse”には入っていると思います。
ーーー3曲目“Deep Meditation”はインディーポップへの憧憬のようなものを感じます。
泉:インディーポップはだいぶ意識したかもしれないですね(笑)。インディーの独特の空気感ってあるじゃないですか! 自分は、90年代のオルタナティブロック系はすごく好きなので意識していると思います。スマッシング・パンプキンズとか、レディオヘッドとかもめっちゃ好きですし。レディオヘッドは『OK コンピューター』が特に好きですね。
ーーーなるほど。そういう意味でもバンドサウンドと打ち込みを独創的に融合したいという欲求を感じる。
泉:そうですね。もっと実験的なことができる余地はあるなというのはすごく思います。
ーーー“MIRROR”はメランコリックラブソングのようにも捉えることができるなと。
泉:“MIRROR”は自分と向き合いたいという思いで書いた曲で、自己対峙のニュアンスが強いんです。ということを考えると、この曲もそうですけど今回のEPは自分にフォーカスが向いているものが多いですね。内省的ということは意識していると思います。この曲もそうですけど、ポップなものや綺麗なものも好きなんだなと自分で気づいたところがあって。これはソロをやってみないと分からないことだったし、ポップなものを嫌っていた時期もある中で反抗的になっていたこともあったけど、ちゃんと自分と向き合って本当にやりたいことはなんだろうと考えたときに意外とポップなメロディが出てきた。それが自分としても気持ちがいいし、いいと思うからやっているという感じだったので、そこは大きな発見でした。
ーーー“Deep Meditation”はサウンド的に2000年代初頭に勃興したニュー・レイヴをどこか彷彿させるサウンドだなと思ったんですね。
泉:レイヴは意識しました(笑)。レイヴって言ってみたら反抗じゃないですか。お金はないけど、発散したいから変な小屋で音楽を爆音で流すみたいな(笑)。レイヴ・カルチャーも好きなんですよね。“Deep Meditation”はいちばん社会に対するメッセージ性は強いかもしれない。今の世の中って本当ことが分からないじゃないですか。SNSも発展しているし、フェイク動画もたくさん出てくるし。大変な世の中ですよね。全てを本当のことのように見せるし、その裏側は全く見せない。真実すら分からない状況の中でちゃんと自分のことを信じてあげてないとブレまくってしまう時代。
ーーー大智さんも立場的にいつだって根拠のない噂に巻き込まれる可能性もあるわけで。
泉:そうですね。中には根拠のないことを鵜呑みにする人もいるじゃないですか。それが悪いとは言えないけど、それを疑おうとせず鵜呑みにしちゃうことは危険だと思うんです。今の社会ではそういうことが渦巻いているから、もっとちゃんと思考するべきというか。そこは大事にしていきたいですね。
ーーーそのメッセージを踊れるパンクで提示しているというかね。
泉:レイヴの人たちも踊っていますもんね。日常で発散できないものを踊って発散している。それが生きる価値の対象になっているならいいなと思います。
ーーーレコーディングにはたとえば凄腕ドラマーとして音楽シーンに知られた存在であるGOTOさんが参加していたり、同じドラマーとしても大きな刺激を受けたと思います。
泉:GOTOさんは最高のドラマーなのですごく刺激になりました。自分がやりたい表現を伝えることって難しいと思うんです。例えば、ベースだったら自分がそこまで上手く弾けるわけではないし、他の楽器のことも深く知っているわけではないから難しいんですけど、そこはプレイヤーに任せることができたというか。「こうしたい」と言ったらそれをちゃんと形にして返してくれたので、制作していて楽しかったです。ベースの安達貴史さんはDISH//のサポートを長い間やってくださっているので気の知れている人だったんですけど、GOTOさんとギターの木下哲さんは今回が初めまして。おふたりともとても魅力的な方でした。
ーーーソロプロジェクトとして参加ミュージシャンにこういう音を鳴らしてほしいというリクエストを明確に伝える学びもあっただろうし。
泉:それはありました。自分は譜面が書けないので、大変でしたね。やっぱり、みんなに伝わるように共通の何かを書かないといけないじゃないですか。ざっくりと譜面を書きましたけど、ミュージシャンとして対等に物事を伝えるのは大変だなと感じましたね。自分もちゃんと皆さんと同じ土俵に立たないと対等に音楽は作れないなと実感しました。
ーーーあらためて、4曲目の“wandering”がこのEPのストーリーを回収する役割を担っていると思います。
泉:この曲だけ毛色が違いますよね。これは本当にアコギの弾き語りを先行で作ったので、他の3曲とは制作の仕方も異なりますし、方向性も変化しました。でもすごく制作は楽しくて。普通のアレンジをしちゃうと、結構ポップスになりそうだなと思って、特殊なアレンジというか、ちょっと違う角度でアプローチしてみようと考えながら作った曲ですね。
ーーーフィールドレコーディングで採取したようないろんなSEも効果的に使われていて。
泉:実は、先月の頭に1週間くらいインドに旅行に行っていて(笑)。インドで録音したボイスメモを使いました。
ーーーなるほど、それでこの曲は大智さんの死生観が浮かび上がるような内容になってるんだ。
泉:自分の思想がだいぶ入ってますね。よく言われるのは、日本とは価値観が全然違うということだと思うんですけど、まさにその通りで。生き方がまるで違うし、インドから帰ってきてから思ったのはすごく細かいことを気にしているなってことでした。インドでは時間がゆっくり流れているし、明日のことなんて1mmも考えてないんじゃないかって人もたくさんいて。でもそれでいてみんな幸せそうなんですよ。かなりスケールは大きかったですね。
ーーーなぜこのタイミングでインドに行きたいと思ったんだろう?
泉:ソロをやるということも意識したかもしれないですね。ソロが始まる前に一発インドに行っておこうかなみたいな(笑)。一度、修行しておいた方がいいんじゃないかなという感じで行ったというのはあるかもしれないです。
ーーー『INQUIRING MIND』というEPタイトルに乗っけた思いについて聞かせてください。
泉:“探究心”という意味ではあるんですけど、自分にフォーカスを当てたいというか。周りを気にせずに自分軸ということは意識しました。それこそこのプロジェクト自体そういう風にやっていきたいし、何かにとらわれることなくちゃんと自分がいいと思ったものや本質的な部分を掘り下げていきたいなという気持ちはあります。このEPを作って、やっぱり自分はものを作るのはすごく好きだし、作品を作るってことが好きなんだなと気づきました。自分はそこにいちばん情熱を注げる。純粋にどんな音楽が作れるんだという情熱で動いている気がするんですよね。この情熱が自分にとって大きなことだなと。
ーーー最後に今後のソロプロジェクトの展望を語ってもらえたら。
泉:チャレンジはし続けたいですね。その姿勢は崩さずにやっていきたい。まだまだやりたいことのアイデアもありますし、それをより高いクオリティで形にできるようにしたいです。頭で思い浮かんでいるものをどれだけクリアに形にできるかということが勝負だと思うし、たくさん面白いことがしたいです。もちろんこのEPを引っ提げたツアーも周りたいですし、フル・アルバムも作りたい。ソロというもうひとつのライフワークが始まったことで自分の音楽的欲求を消化出来ているし、ソロがあることでDISH//に対する向き合い方も変わると思う。本当にいい効果が出ているなと思います。