2016年11月にデビューアルバム『Flesh and Blood』を発表して以降、これほど現代の音楽シーンに衝撃を与えたバンドはいないと思っている。あえて匿名性を重視し、国籍や人種、性別を雑音として排除、自身の音楽性を伝えることに徹底してきた彼らの2ndアルバムは『HUMAN』。本作では、匿名性を捨てさり、個人が発するメッセージをダイレクトに伝える方向にシフトしている。今、yahyelの思考は何か。『HUMAN』はバンドに、メンバーそれぞれに何をもたらしたのか。その問いを投げかけてみる。
前作リリース以降、とても辛い状況で悔しさしか感じなかった
ー結成から1stアルバム『Flesh and Blood』までのyahyelはあえて個を打ち消した活動をしていたわけですが、それが今作『HUMAN』では完全に個人として公開するということに。ここに至った考えの経緯を教えてください。
池貝峻(以下、池貝):実は『Flesh and Blood』をリリースした以降が、自分にとっては非常に辛かったんです。匿名性もそうですし、音像もそうだと思うんですが、yahyelが海外の音楽と同じ音を鳴らしている、ということ自体は本当にどうでも良いことなんですよね。単純に自分たちが聴いてきた音楽のアウトプット、ただそれだけだったので。匿名性に関しても、自分たちが言いたいこと、やりたいことを提示するため形式でしかなかったのですが、そっち側がフォーカスされていき、我々が社会に対して投げかけたいことや意味合い、伝えたいことはもっと個人的なところにあったのにな、と自分の思惑と現状が乖離していく、という1年間でした。でも、そうなった現状というのは、単純に自分たちの実力不足で、音像に関しても『世界レベルだよね』と言われる程度のものしか表現できなかったということなんですよね。
ー海外基準のサウンドであるとか、謎のバンドといった周囲の評価によりyahyelが広まっていくことに違和感を覚えていた?
篠田ミル(以下、篠田):そうですね、そこばかりがクローズアップされることへの不甲斐なさというか。あるいは匿名性と僕らが言っていたときに、yahyelが本来込めていた皮肉やメッセージが脱色されて伝わっているな、と思うところがあって。
池貝:そういう悔しさを感じながら制作していたアルバムだったんですが、この1年間やってきたことは間違いじゃなかったと思うんです。メンバー間では完結していましたし、みんな同じ思いを持ってやっていたと思う。yahyelが世間に広まっていくにつれ、あらゆる場所で機会を与えていただいて、それに対して1個ずつ全力でやってきたことは、まったく無駄じゃなかったと思うんですよ。自分たち自身のことも知ることができたし。WarpaintやMount Kimbie、alt-Jといった憧れのアーティストの客演に呼んでいただけたことも大きなステップアップに繋がっていきましたしね。
ー海外のアーティストとの交流により考えも変わった?
池貝:そこで思ったことは、やはりステージサイドにいる人間は物凄いパワーを持っているということ。オーディエンスとステージサイドにいる人間には圧倒的に明確な線引きがあると思ったんです。結局、周囲の評価というのは、自らで変えることはできないし、別の次元で、国籍や音像とも戦いながら、自分の内部と向き合っているアーティストがやはりすごいと感じました。そうなっていくと、今回のアルバムは個人に集約させていくしかない、与えられた表現の場に対して、自らが責任を持たなくちゃいけないと思って、こういった形になっていったと思います。
篠田:振り返ると、匿名性というのは僕たちとしても逃げの姿勢だったと感じる部分があるんです。それは、突き詰めると誰でもよくて、自分たちでなくてもいい表現、ということになってしまうから、そうじゃなくて自分たちにしかできない表現として背負っていかなくちゃいけないな、という話に辿り着いたんです。匿名性は今の僕らに必要ないことじゃないか、むしろ自分たち個人の表現として、自分たちの作品として立ち上げていこう、と。
ー苛立ちや悔しさを乗り越え、今ではyahyelに対してフラットな心情で向き合っている?
篠田:昨年は一個の変化に対して一喜一憂していたけど、今作『HUMAN』ができてから「大丈夫だ」って思えた感じですね。この作品が社会にどう評価されるかは割とどうでもいいと感じていて。自分で評価できる作品ができたなっていうのもあるし、メンバー全員の表現として引き受けられるものになったと思います。結局、やることをやればいいんじゃないかな、という開けた考えになりました。
杉本亘(以下、杉本):大丈夫だって感じは出たよね。
池貝:まぁ、もちろん、そこに辿り着くまでが大変だったけどね。
篠田:うん、そうだね。
池貝:本当に去年1年のうち半分は、バンド名が1人歩きしている状態だと思っていたので。自分じゃどうしようもないんですけどね、そういうのって。
ー自らが構築したものを乗り越えていく、という歩みの中で、どう状況を打開していくかについてはメンバー間で話し合いを繰り返していたんですか?
池貝:そんなこともできないくらいにボコボコになっていた感じだったので。毎日が気づいたら過ぎてゆくという感じでした、僕は。
篠田:1個ずつ、モノを作って、それが出来上がってきたときに救われる、というか視界が広がっていくという感覚が強かったと思います。
池貝:メンバー同士、こういった会話をするようになったのは『HUMAN』を制作し終えた後からかも。どうこう言っても、僕たちはミュージシャンなので、まずは楽曲を作らなくちゃ勝負できないので。それは、自分たちがやるべきこととして見えていたことで、作品の形がある程度出来てきてから、ちょっとずつ話しはじめた感じでした。
ストライクゾーンを狭め全員が”コレだ”と言える楽曲を構築していった
ー楽曲制作自体はどのように行われたんですか?
池貝:今作に関しては大半は僕がデモを作成してメンバーに渡す、というところから始めました。最終的には会って作業をしていく、という流れで。
杉本:なんだかんだ言っても、結局は会ってやらないとできないんですよね。データのやり取りもしたけれど、ほとんどはメンバーが集まって仕上げています。
篠田:音色とかアレンジの細かいニュアンスで、みんなが『コレだ』となるのは、その場の話し合いで決めていって。
杉本:そうだね、それは『Flesh and Blood』のときと変わっていない部分ですね。手法として各楽曲のツメの部分が厳しくなったというのはありますね。
篠田:最後のツメの段階で、みんなで集まって作業するときには何か魔法のようなものがあった気がするけどね、僕は。
杉本:誰かが「まだいけるよね」と言い出した時点で「もっといけるよね」を突き詰めるような気概をもって制作していましたね。
ーそのツメの作業でメンバーが集まることで方向性を確認し合い、スムーズに楽曲を完成させていったんですね。
一同:…………いやー…今回はちょっと、、、、。
ーえっ、違うんですか?
池貝:それは多分『Flesh and Blood』のやり方なんですよ。前作の方が余裕があって、悪い意味でも何してもいいという感じがあって。
篠田:当時はアレンジ一つを取ってみても、作曲する側の割とゆるめなストライクゾーンに入っていればOKみたいな感じだったんですけど、今作はダーツの真ん中を当てなきゃいけない。当てるまで帰れませんっていう、本当にそんな感じで、ストライクゾーンが狭くなったんですよ。
杉本:そうだね。
篠田:そのツメの作業の山場が曲のフレーズ、歌録り、ミックス、と段階を経ていくつかあり、全員がこれ、と言える作品を構築していったんです。
人間として付き合いたい。人間になりたいということ
ーなるほど、ちなみに『HUMAN』というタイトルが出来上がったのは、どの段階だったんですか?
篠田:最後の最後ですね。池貝がSNSにyahyelフォントで”HUMAN”ってアップしているのを見て「コレじゃない?」と。
池貝:アルバム最後の曲『Lover』の中に「I just want to be a human」ってフレーズがあるんですけど、日本という国籍やなんかを取っ払って考えたとき、ただ人間として付き合いたい、人間になりたいよねってことが結局、我々が言いたいことだな、と、この一節を考えたときに思ったんです。僕は、このフレーズがすごく好きで、メンバーも「HUMANがいいんじゃない?」と言ってくれたので。最初は”Hypnotized faces”というタイトルにしようかと考えていたんですよ。これは1曲めの『Hypnosis』に出てくるワードなんですが、「みんな、踊らされているようにみえる」という視点を持った意味合いなんですが、この言葉をタイトルにせず、「I just want to be a human」の方を選択したというのは。yahyel的な視点の変化でもあると思うんですよね。主観的になっている部分があるというか。自分から他者を見たものではなく、自分がなりたいのは”HUMAN”だと言う。それが今作と前作との違いだと思います。
篠田:あと2点付け加えると、1つめは『Flesh and Blood』は血と肉で、これも人間のことを指していたんですけど、それが『HUMAN』という表現になるということは、メタファーを捨てて、もっと直接的な表現として引き受ける、ということ。もう1つはyahyelが『HUMAN』と名乗るというのは匿名性のベールを投げ捨てることでもあるし、僕らがyahyelという匿名の記号に頼ることなく、生身の人間として、その存在を引き受けようとしているのを象徴しているな、ということになりますね。
ー歌詞については、池貝さんの実体験が元になっているんですか?
池貝:体験が表現されていることもありますし、日頃、こういう流れで考えている、みたいなことかもしれません。今作は思考の流れがテーマになっているんです。何が我々のアイデンティティで、日本人らしい部分に繋がっているかを考えたときに、唯一、考え方かな、と。日本の宗教には絶対的な神がいないじゃないですか。ある意味、善悪がなくて自分のことを掘らざるを得ない、そういう禅的な輪廻、ループして考えが戻ってしまう、善も悪もなくて、結局それも対になっていて、その中で解脱するにはなにかを捨てなきゃいけない、という我々の普段の思考の流れみたいなものをアルバムにしたいと考えていたんですよね。
ーそれは前作と異なる点ですか? 曲ごとに世界観の繋がりがある?
池貝:意外と繋がりがあるものになったと思いますよ。前作はずっと怒っているような内容だったんですけど、今回は弱さも出ていて、人間くささがありますね。こう考えたらこれは得られるけど、これは捨てなきゃいけない、みたいな。最終的に自分で選びとらなきゃいけないし、人間生きていくためには、全部を守ろうとするヒロイズムみたいなものは無理だという結論に達する。その先に何を選び取るのか。自分で選び取ったものを愛するしかない、という『Lover』に繋がる流れになっています。
映像表現についても確実に変化していく可能性が高い
ー歌詞については池貝さんが考えられるわけですが、映像についてはどうですか? VJという担当で、それをどう制作していますか?
山田健人(以下、山田):僕らの表現におけるVJの在り方というのは、ずっと考えながらやっているんですが、答えはないものだと思います。yahyelにおける自分というのは、大前提として音のライブが成立しているうえで、僕の映像のライブが存在しているという立場で、いくら自分が完璧であっても、音がダメだったらダメ、というところに位置しているんです。yahyelにおけるVJ映像というのは、ライブ感を助長していく要素が強く、ビートを視覚でも感じられるものになっているんです。アブストラクトなものが多くて、意味を感じられるものはあまり出していないんです。ハコのサイズ感によって臨機応変に対応できるようにやっているんですが、楽曲のアレンジができていくように、映像もどんどん変容を遂げていて、新しく映像も増え続けているので、時間とともにどんどん良くなっているとは思っていますね。
ー『HUMAN』という作品が完成した今、そういった映像表現も変わっていきますか?
山田:変化があると思います。今までは匿名性しかり、僕の表現がyahyelの身体の一部ということもあったんで、いかに黒を作るかという表現が多かったんですけど、そこは確実に変わってくる可能性はありますね。ライティングを使いたいというのが僕の中にあるんです。いわゆるエモーショナルな部分は映像よりもライティングの方が向いていると思うので。だから、普通に照明だけの楽曲も出てくるかもしれないですね。ただ、3月29日に予定されているリキッドルームでのワンマン、リリースパーティのVJは相当カッコいいです。それができちゃったら、もうそれだけでいいや、となるかもしれないですね。『HUMAN』を体現した映像です。
ー今後、『HUMAN』が完成した今、yahyelはどのような活動をしていきたいと考えていますか?
池貝:今は去年抱えていたモヤモヤを出しきった状態なので、別に何をやってもいいと思うんですよ。すごく開けている感覚です。個々を出したオープンな表現をやれれば、と考えていますし、コラボもやっていきたいですね。ステージサイドにいる人たちをちゃんとリスペクトできる活動をしたい。僕は去年1年間、それに助けられてきたので。やることは最初から今まで変わっていないんですが良い方向を向いていると思います。ちゃんと人間としてコミュニケーションを取れるように自信を持ってやっていきたいですね。
yahyel – Hypnosis
yahyel – Pale
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INFORMATION
yahyel「HUMAN」
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初回限定2CD盤 ¥2800
通常盤CD ¥2300
国内盤LP ¥3000
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