ニューアルバム『Rest』 “私にとっては過去の意図の追憶でもあるの”

セルフポートレートと言うべきかニューアルバム『Rest』発表
シャルロット・ゲンズブールが約8年振りとなるアルバム『Rest』を完成させた。前作『IRM』は、プロデューサーであるベックの、ブルーズやカントリーといった、アメリカ音楽を軸とした多彩な音楽性と、シャルロットの父であるセルジュ・ゲンズブールの系譜に連なる、フランス音楽のしっとりとした艶っぽい質感のなかに宿る情熱が、これ以上ないと思えるほどのレベルで融合した傑作だった。

それだけに、期待が高まる今作のプロデューサーは、フレンチエレクトロ界の雄セバスチャン。
シャルロットの持つ音楽性とは対極ともいえる、フィジカルなダンスミュージックのイメージが強いアーティストではあるが、同じ土地の匂いを共有できる者同士でもある。
今回はその起用にある狙いや作品全体の意図について、本人に話を聞くことができた。

相対する音楽に向かうことで
面白い作品を生まれると感じた

― 『IRM』はトラディショナルなアメリカの音楽あり、フランス特有の風情あり、実験的なチャレンジあり、それらが見事に融合した作品でした。

「そうね。ベックは、あるときはカントリー、あるときはポップ、あるときはその両方といったように変身ができるアーティスト。その多彩なアメリカ音楽的要素と私の父(セルジュ・ゲンズブール)のような音楽の懸け橋として、パーカッションのリズムが重要な役割を果たしてくれたように思うわ。そこにマシンの音などを入れたこともポイントね」

―では、今作はどんなイメージでしたか?

「まずはエレクトロニックミュージック。フランスのエレクトロシーンに興味があったんだけど、最近のアーティストは正直あまりよく知らなくて、いろいろな曲を聴かせてもらったの。そのなかで、自分がイメージする世界観を共有できる気がしたのがセバスチャンだったの」

―セバスチャンは、 低音が効いた激しめのアッパーサウンドというイメージも強くて、あなたの音楽とは相対する要素もあると思うのですが、そこについはどう思いましたか?

「そのとおり、反対だからこそ惹かれたと言ってもいいわね。私の声は小さくて弱々しい部分もあるから、セバスチャンのサウンドとはミスマッチだとも思ったけど、そこにチャレンジすることで、面白い作品が生まれると思ったの」

―具体的にはどんなふうに話を擦り合わせていったのでしょうか?

「インスピレーションとしては、 子供の頃に観た 『シャイニング』 『ジョーズ』 『サイコ』といったホラー映画。 あとは80年代のものもいくつか、 ブライアン・デ・パルマ監督の『スカーフェイス』などの世界観。曲でいうと、これも映画なんだけど『軽蔑』の主題歌『カミーユのテーマ』や、最近のエレクトロアーティストも影響を受けているであろう、70年代や80年代のエレクトロやディスコ、クラシックからもリストアップしたわ。そういった要素が混ざり合った、ちょっとバイオレントでカオティックな音楽を想像して、 シンパシーを感じられるかどうかをセバスチャンに問いかけたら、すぐに同調してくれたわ。

―エレクトロニックミュージックのビートの強さと、生音も入ったサウンドの広がりや奥行きのマッチが実におもしろかったです。

「ビートに関してはセバスチャンのこだわりもあって、 マシンによる強さをキープしたの。それは、 ベックがあらかじめ生音で、いくつものパターンのリズムを用意してくれていた『IRM』とのもっとも大きな違い。そこに〝エレクトロニックだけではない何か〞を入れたことがとても大切なの。ヴァイオリンなどのオケに使う弦楽器や、生楽器の音がうまく混ざってくれて、独特の雰囲気になったと思う」

写真家があえてフィルムを
使うような過去の呼び戻し

―確かに、リズムがシンプルになったことが聴き手を導くベースにあって、 テンポ感やさまざまな音の色合いでストーリーを描いているように感じました。

「速い曲を録音していると、次はちょっとゆったりした曲を録りたいと思ったり、今度はまた別のチャレンジをしてみたくなったり。曲順に関しては、そういう制作中のリアルな心の変化が表れている部分もあれば、レコーディングを終えて、改めて意識した考えたこともあるの。最初はもう少しボリュームがあったんだけど、あまり長いアルバムは飽きちゃうから削っていくなかで、から、1枚を通して旅をした気分になるようなバリエーションを心掛けたわ」

―前作から今作までの8年間で、リスナーの環境は大きく変わりました。まだフィジカルが強かった時代からダウンロード、そしてストリーミングが完全な主流に。それによってこの作品の前を通る人の層は広がると思うんです。改めて、ご自身の音楽のアイデンティティを示すとすれば?

「音楽の聴かれ方が変化していることはすごく感じてる。若い人が私の育った環境とは違ったアプローチで、私の音楽を聴いてくれることはとてもいいことだと思う。でも、そこにたいして、古いやり方のよさを示したいとも思ってるの。今はヴァイナルの売り上げが伸びているという状況もあるわよね?それはコレクター向けの話なのかもしれないけど、美しいヴィジュアルのジャケットを手に取って、楽しんでもらうことも含めて作品。このインターネット時代に我々は何を失ったのか、私が音楽をやるということは、過去の意図を思い出させる行為でもあるの。写真家が今あえてフィルムで撮る。そういう現代に合った過去の呼び戻しみたいなことは、このアルバムのサウンドにもあるのかもしれない」

―その感覚、わかります。

「私には3人の子供がいるの。1人目はもう20歳で、彼の0歳から10歳くらいまでは、ひたすらフィルムの写真。その5年後に生まれた娘はビデオがたくさん。で、その下の5歳になる娘は、まったく現像していないデジタルの写真が何百枚何千枚とフォルダに。彼女が生まれた頃には、私自身がすでにiPhoneを使っていたから。それは時代の変化としては当然のことなんだけど、これだけ選択肢が増えたのなら、その中から自分の意思で“何かを選んでいく”という作業もまた、すごく面白いことだと思うわ」

INFORMATION

『Rest』 発売中