昨年リリースされたア・トライブ・コールド・クエストのアルバムや、J.コールの最新作に参加するなど、ロバート・グラスパー以降のジャズ~ヒップホップの潮流において、異彩を放つピアニスト/キーボード奏者、BIGYUKI。
この度、発表されたデビューアルバム『Reaching For Chiron』には、ネオソウルの旗手・ビラルやチャンス・ザ・ラッパー作品でもお馴染みのシンガー、イェバなどがクレジット、そこには新しいアイデアと驚きに満ちた音楽世界が広がっている。その視線の先を伺った。
ーNYを拠点に活動されていますが、 まずはバックボーンから聞かせてください。三重に生まれ育ち、小さい頃からクラシックピアノを習い、 バークリー音楽大学に進学後にジャズなどブラックミュージックにものめりこんでいった、とのこと。バークリー以前はどういった音楽を聴いてきましたか?
「J-POPを聴いてました。(当時、 全盛だった)小室哲哉の作品とか、高校の学祭ではJUDYAND MARYのカバーバンドをして、 ドラムを叩いたり。あとは、 たまたまジャケットが気になって買ったアタリ・ティーンエイジ・ライオット。あの世代特有のイライラした気分にぴったりで、窓を開けて爆音でかけてました(笑) 。友達の影響でニルヴァーナも。そこは今にもつながるかな。三人にこだわりたいんですよ。三人編成で、 フルに聴こえるのがかっこいいなって。三人という制約があるからこその緊張感とか、 みんなが油断できない感じが好きなんです」
ージャズのピアノトリオからの発想というよりは、 バンドが出発点なんですね。
「そう。みんなが思う 〝ジャズミュージシャン〞っていう認識は自分のなかではまったくない。ジャンル名って、区切りをつけることじゃないですか。ジャズのアーティストはここ、 ヒップホップはここ、 って。あれは売り手の都合でしかない。言葉の力で、それがリミットになってしまう」
ーでは、自身の音楽を説明するなら?
「空港でも、 楽器を持ってたらまず『どんな音楽するの?』って聞かれる。その質問は苦手だけど、 そのときは 『自分の音楽をしている』 って答えています。音楽なんて人生の一部でしかないから。 それ以外、 何もないけど (笑) 。 でも、リミックス世代だとは感じている。これからの時代、 完全に新しいものは出てこないと思っていて。古いものの再発見であったり、 元あるものを集めてきた合体や再構築でしかない」
ーなるほど。その「再構築する」という意識で音楽を作っていますか?実際、 今作はジャズ〜ソウル〜ヒップホップを横断するものから、 ポストダブステップやトラップを取り込んだものまで多彩です。
「結果的にそうなんだろうな、 というだけですね。曲を作るときは、常にひらめきがスタートなので。新しい、 おもしろい発想を思いつくことは比較的簡単なんです。それを曲として育てきる、作品として仕上げるのが大変。今回、 チームを集めたときのリーダーシップやディレクションの重要性は痛感したので、そこはもっと高めていきたいですね」
ーアルバムタイトルにある「ケイローン」 は、ギリシャ神話に登場する半人半獣・ケンタウロス族の賢者のことを指します。ここにはどういった意味合いが?
「人間の“次の進化”をイメージしている。頭にデバイスを入れて、AIやテクノロジーと融合する時代が来ると思うんです。そのシンボルが俺のなかでケンタウロスだった。ケイローンは種族のなかでも理性的な、 より人間に近いケンタウロス。シンギュラリティが起きて以降、AIを人間は制御できるのか、とか問題あるじゃないですか。それをちゃんと制御できて、人間がよりよい存在になってほしいなっていう願いを込めて『Reaching For Chiron』とした」
ー複雑に進むビートと叙情的なピアノが絡み合うなか、 イェバの声がまっすぐに届く「ビロングfeat. イェバ」で特に思ったのですが、ドラマチックだけど微熱くらいの温度感で、決してエモーショナルには振り切らないなと。これはアルバムにも通底しているよう感じましたが、どう捉えていますか?
「 『ビロング』が冷たい感じがするのはすごいわかる。それはもしかしたらコラボレーターのReuben Cainerの影響もあるかもしれない。学生の頃からの友達でイギリス人なんだけど、彼がUKエレクトロニカをめっちゃ好きで。彼と組んだのがこの曲と、最後の『2060ケイローン』 。何か共通しているものはあるんじゃないかな。淡々としているなかでゆっくり展開していく、 その気持ちよさ。でも、 それが全編に感じる、 という感想にはすごく興味がある。それは良いこと?悪いこと?」
ーすごく良いことです。ドラマチックだけど淡々もしている、 という両方がある状態。
「そう感じるのってなんでだろう…。(バンドメンバーとして帯同していた)あるツアーのときに、 コロラドだったかな、 ライブ終わりに夜、街を散歩していたんです。で、 ツアーバスに帰ったら、 いろんな人が集まって打ち上げみたいなことをしていた。そのときになぜか、 誰ともつながりを感じられなかった。そういった孤独感、ディスコネクトの感覚が自分のなかにあるのかもしれないですね。それが何なのか自分でもまだわからないけれど」
ーちなみに日本で、気になるアーティストはいますか?
「うーーん、クリエイトしてる人でおもしろいのは…。最近、野生爆弾のくーちゃんが好き(笑)。あの人はすごい。東京っていう街で言うと、 すでに完成されてしまっているから、新しいシステムが入ってくる余地がない気がする。突拍子もないアイデアや爆発力の持った人が出てきたときに、 そのスピードに追いつけるのかなって」
ーでは最後に、次の展望を聞かせてください。
「とっとと自分の音楽をやって生活できるようになりたい。今は人のサイドマンとしてツアーを回って稼がないといけないから。この後は3ヶ月間、 マティスヤフのツアーで。早く次の作品を作りたいですね」