幼い頃、周りの目に視えているものが自分には視えないことを思い知らされた苦い思い出。それでもヘネシー・ラブレスは色めくアートの世界で名をあげた。トライ&エラー。まるで実験を繰り返す研究者のごとく自分だけのカラーを身につけた彼の精神性は、通常では読み取れないストーリーまでを可視化する。日本で初開催となるテネシー・ラブレスの展覧会「TENNESSEE LOVELESS 展」の会期中にテネシー本人へ、どのようにアートを表現しているのかインタビューした。
メディアレポートも公開されているので合わせてご覧いただきたい。
色は言語のように学習することで理解したんだ
ー色覚障がいだと聞いていますが、あなたの作品は色彩豊かに表現されています。なぜでしょうか?
Tennessee Loveless(以下、Tennessee):僕にとって色というのは概念的な存在であって、客観的なアプローチによるものなんだ。歴史や文化の中で色はどういった役割を持つかなどを自分なりに調べて理解した知識のようなものと言ったらいいのかな。その知識を色コードで管理しながら作品に使っているよ。
ー「色は知識」ということについて少し詳しく聞かせてください。
Tennessee:色の流行を調べることは毎週欠かさずにしているかな。作品のテーマを決めるときにもやるけど、それ以外に過去に流行った色について学ぶんだ。たとえば1980年代にはインパクトがあってはっきりとした色使いのスタイルが多く、鮮やかなピンクや青、明るい赤や白黒のチェックが流行っていた、という情報をインプットしていく。こうした学びで得た色の知識を、自分の作品に投影していくんだ。もちろんアートは化学ではないし、知識だけが作品を正しい方向に導いてくれるわけではないけどね。以前、1974年から78年くらいにかけて世の中でとても流行っていた茶色と黄色の組み合わせを作品に使ったことがあるんだけど、それが最悪の評判でさ。もう二度と使わないと決めたよ(笑)。
ーなるほど(笑)。基本的には商品ごとに記載されている色名や番号によって、作品のどこに何色が使われているのかも管理しているのですか?
Tennessee:作品自体の裏だったり別で用意したメモ帳に、使用した画材の番号を書きこんでいくケースもあるし、作品や画材によってはまた違うケースもあるんだけど、まぁそうだね。だから僕の場合、基本的に使用する画材は決まったメーカーのものでないとだめなんだ。同じ色だったとしてもメーカーによって若干の違いがあるみたいで、そうなると色が区別できない僕は気づけないから。アクリルで使うのはGOLDEN社とHOLBEIN社だね。ちなみにHOLBEIN社製の画材は好んで使っているんだけど、色の番号が書いていないから扱いに注意を払わなければならないんだ。他にはペン型のマーカーを数種類。多分、色を区別するために何千という品番は記憶できていると思う。でも決して、頭が良いってわけではないからね(笑)。そうするしかなかったから、人生をかけて努力してきた結果だよ。だけど茶色と黄色の組み合わせのときのように、印象の悪い合わせ方をすればすぐに周りから指摘されるし、怒られたりもする。その反応ではじめて自分の失敗に気づくんだ。作品を観てくれる人たちは色が観えない僕を叱ってくれる母親みたいなものだと思っているよ。
ー好きなアート作品や、影響を受けているものがあれば教えてください。
Tennessee:好きなアート作品はまず、草間彌生さん。作品を観ているとまるで別次元に連れていってくれるような感覚になるんだ。あとはフォークアート(Folk Art)と呼ばれるジャンルが好きかな。アーティストになるために芸術学校を出ていたり特別な訓練を受けていない人たちの作品だけど、気持ちが込められたアートに触れられるから大好きなんだ。インスパイアされているのはアウトサイダー・アーティスト。フォークアートと同様にハングリーな精神を持っていて、権力を誇示する組織や業界に対して反抗するアーティストのことを意味しているんだけど、中でもハワード・フィンスターとルーベン・アーロン・ミラーという2人からは大きな影響を受けているよ。ただ勘違いしないでほしいのは、教育を受けたアーティストに対してノー、と言いたいわけじゃないんだ。僕が問題視している点は、たとえば資格がなければ展覧会ができないなど、アート業界にはくだらないルールが存在しているってことなんだよ。
作品を認められることは自分自身の存在を認めてもらえたような気持ちになる
ーあなたの作品の中で特徴的ともいえる、ドラァグクイーンとディズ二ー。この2つにはそれぞれ思いがありますか?
Tennessee:僕には過去、病気によって一時期アートを諦めかけていた期間があるんだけど、サンフランシスコで出会ったドラァグクイーンが「色が視えないから何? とにかく描いたらいいじゃない」と、背中を押してくれたんだ。これまでアーティストとしての自分を肯定してくれる人なんていなかったから、本当に嬉しかったし勇気をもらった。それでまず彼女の肖像画を描くことに決めて、後に続く作品も生まれたんだよ。僕にとってドラァグクイーンたちは大切な友達だったから、もっとよく知ってもらいたいという気持ちがあった。彼女たちは世の中から誤解を受けている面を感じていたし、話題として触れること自体タブー視されている風潮もあったからね。
Tennessee:ディズニーに関しては特別ファンなわけでもなく……ひと言で言えばビジネスだったんだ(笑)。もちろん目をかけてくれたことは素直に嬉しかったよ。ディズニーがやっていることも素晴らしいしね。僕としては、この機会をアーティストとして通るべき道だと解釈しているかな。ただ、やるなら良い作品を作りたかったから、伝統的なアプローチが多いディズニーの世界観の中でも、結構ギリギリの表現を攻めたりした。おそらく、皮肉めいたユーモアが僕の中にもともとあるんだ。その点が評価されて、結果的には『The Mickey Mouse TEN × TEN × TEN Comtemporary Pop Art Series』(2017年)という作品集も出版できたし、感謝しているよ。
ー自身の作風についてはどのように捉えていますか?
Tennessee:言葉として一番しっくりくるのは、マキシマリストかな。ミニマリストの反対。作品ではできる限り情報量を多くしているからね。空白部分が残っているとなにか描きたくなる性格なんだ。その上で、プリミティブでいてポジティブな空気を作り出すようにしているよ。
僕はライフストーリーを描いている
ー作品にはモチーフやタイポグラフィが細かく描きこまれていますが、なぜこのような手法に?
Tennessee:キャリア初期に描いていた作品は幾何学模様を用いた作品が多かったんだけど、その理由のひとつには、僕は色が正常に視えているアーティストと同等に作品を描ける、というアピールの気持ちが強かったんだ。しかしそれを大きく変える出来事が起こった。僕は15年付き合ってきた同性のパートナーを突然失ってしまったんだ。これまで共有していた2人のストーリーが一瞬で消え去り、残ったものは僕1人だけのこれから物語。それがきっかけとなり、亡くなってしまった人たちがどうしたら忘れられないか、敬意を払いながら考えた結果、今のような対象のライフストーリーを作品内で表現するスタイルになったんだ。有名、無名に関わらず、ライフストーリーは誰にだって存在しているからね。
ーテキストで表現された部分が対象のライフストーリーになっている?
Tennessee: そうだね。さらに付け加えると、僕が対象の日々を明確に記録していくことは不可能だということも理解している。だから僕は描く相手と何週間も時間をかけてコミュニケーションを取ることにしているんだ。その人にとってなにが一番大切なのか、どういった価値観の人間なのか、僕自身で理解する必要があるからね。それは肖像画が持つエネルギーになるんだよ。
ー今回の展示はそのライフストーリーを読み取ることができる作品を含め、どういった構成を意識しましたか?
Tennessee:僕はまだまだ知られていない存在だから、はじめて作品を目にする人も多いと思う。 だから内容としては自分自身を日本に紹介する意味を持った展示にしたんだよ。中には、これまで展示してこなかったドラァグクイーンの肖像画も出している。ただ、実は日本の展示で作品を飾ることを彼女には伝えていないんだ。もし知ったら「なにしてんのよ!」って怒られるかもな(笑)。
ー最後に、あなた自身や作品をはじめて知る人へメッセージをお願いします。
Tennessee:キャリアスタート時からどうやったら日本にたどり着けるかずっと考えてきたんだ。今までいろいろな都市で作品を展示してきて、今回やっと来れたことは本当に嬉しいし、良い意味で戸惑っているね。いつもなら展示先の国について事前に調べるんだけど、今回はあえて調べなかった。期待に対する自分の反応を楽しみたかったからだけど、日本は想像以上で驚いたよ。建築物も食べ物も、目に入るあらゆるものが繊細なクラフトで、五感をフル稼働させられる感覚なんだ。僕もそういう存在の絵を描きたいと思っている。僕のキャリアはまだまだこれからだからね。今回の展示をきっかけに学びへ繋がっていけたら嬉しいよ。
INFORMATION
TENNESSEE LOVELESS 展
https://www.tennesseeloveless.com
名古屋会場(展示・販売会)
ウインクあいち 8F 展示場
2022年7月16日(土)-18日(月)
京都会場(展示・販売会)
京都市勧業館みやこめっせ B1F 展示場
2022年7月22日(金)-25日(月)
大阪会場(展示・販売会)
梅田スカイビル タワーウエスト3F ステラホール
2022年7月28日(木)-8月2日(火)以降、全国巡回予定
https://www.10scloveless-event.jp/