Licaxxx × 荒田洸(WONK)「注文の多い晩餐会」vol.13 〜蓮井幹生の巻〜

DJを軸にマルチに活躍するLicaxxxとWONKのリーダー/ドラムスである荒田洸の二人が、リスペクトする人を迎える鼎談連載。第十三回は1955年生まれの写真家、蓮井幹生が登場する。「破滅的ジャズマンの人生」を望んだ10代の頃から現在に至るまで、そして表現について。去る7月、祐天寺のギャラリーWHYNOT. TOKYOにおいて蓮井の個展が開催される前日、新作の写真に囲まれての対話となった。
EYESCREAM誌面には載りきらなかった部分も含めて完全版でお届けします。


「破滅的ジャズマンの人生を歩んでやろう」

荒田:若かりし頃はジャズをされていたみたいですけど、なにをやられていました?

蓮井:サックスをやっていました。もともとは小学5年のときに、母がベニー・グッドマンというアメリカのクラリネット奏者によるスウィング・ジャズのレコードを買ってきたんだけど、それを聴いたらえらくかっこよかった。そこから中学に上がって、ブラスバンド部に入って、すぐクラリネットをはじめた。ベニー・グッドマンやトミー・ドーシーといったアメリカのスウィング・ジャズ〜ビッグ・バンドを聴いて喜んでいたんだけど、あるときモダン・ジャズに出会った。マイルス・デイヴィスやソニー・ロリンズを聴いたら、「全然こっちのほうがかっこいいじゃん」ってなって。

荒田:そこからサックスに転向するんですね。

蓮井:そう。高校に入ったらサックスに変わって、とにかくジャズをやりたかったから、高校2年のときに錦糸町のキャバレーで、アルバイトでサックスを吹きにいくということをやっていた。大学に入る前に、「絶対にジャズで身を立てて、破滅的ジャズマンの人生を歩んでやろう」と思って、先生についたんですよ。中村誠一さんに憧れて、弟子入りじゃないけど、教えてくださいって言いにいったら、「オレ、ヤマハ音楽教室で教えてるからそこに来い」って言われた(笑)。

荒田:個人レッスンじゃなく(笑)。

蓮井:ジャズをやりたいのに、ヤマハ音楽教室はちょっとどうなんだって思ったけど、誠一さんにつきたかったから行くことにした。1年くらいレッスンを受けたのかな。明治学院大学ではL.M.S.(Light Music Society)のジャズ・サークルに入ったんだけど、あまり才能なくて、全然思うようにいかなかった。一生懸命練習もするしライブも観にいくんだけど、客観的に見ると「(自分って)ダサいな」ということがわかるというか。ダサいと思われながらジャズするよりは、ここで破滅してやろうと思った。

荒田:破滅願望すごいですね(笑)。

蓮井:それでバーテンになって、毎日飲めない酒を飲み、終電の駅に必ず一回は吐き、そうしていたら「このままだったらコイツはダメになるな」と思った人がいて、「オレの事務所でアルバイトしろ」って拾ってくれたのがデザイン事務所だった。だから「音楽をやっていた」とは言えないですね。

荒田:いやいや、十分やってますよ。

撮ることで一緒にセッションができる

蓮井:この人がいなかったらいまの自分はなかった、という人生の師匠が、ジャズドラマーの日野元彦さん。自分の才能のなさから一回捨てたジャズとまた関わりを持たせてくれた人。

荒田:何歳のときに出会ったんですか?

蓮井:32歳くらいかな。

荒田:デザイン事務所から独立して、写真家になった頃ですか?

蓮井:ちょうどなりはじめた頃。デザイナーから写真家に転身しようと思っていたときに、一番撮りたいものってジャズだった。トコさん(日野元彦)が大好きだったから、六本木のボヘミアンというカフェバーにトコさんが出演するときに、当時の支配人に頼んでライブを撮らせてもらった。最初はステージ下から望遠レンズで撮っていたんだけど、なんかイメージと違って。それで標準レンズに変えて、ステージにのぼってドラムセットの真横まで近づいて撮った。スティックで殴られるんじゃないかと思うくらいこわかったけど、もうここまできたら撮るしかないって。結局、そのときの写真をトコさんが気に入ってくれて、そこから付き合いがはじまった。

荒田:それが写真家としての第一歩だった?

蓮井:そうだね。でも仕事ってそんなに簡単にこないじゃない。そんなときもトコさんから「オレも33〜34歳の頃、ニューヨークで皿洗いしながらジャズやってたんだよ、全然平気だよ」って元気づけてもらっていた。

荒田:いまもジャズは撮っているんですか?

蓮井:いまはもうほとんど撮ってない。トコさんが亡くなる99年までの14年間、彼を撮り続けたけど、トコさんが亡くなられてからジャズを撮るのは一旦封印した。そのあと、トコさんのまわりにいた若いミュージシャンのジャケット写真やアーティスト写真を撮ったりはしてるけど、ライブは撮ってない。

Licaxxx:ライブを撮る醍醐味はなんだったんですか。

蓮井:一緒にスウィングできるというか、一緒にジャムセッションができる。

Licaxxx:自分も入り込んでいるような。

蓮井:そうそう。トコさんがよく言ってたんだけど、「蓮井くんの写真さ、シャッターを切る音が聞こえないんだよね」って。なぜかというと、ビートに合わせてシャッターを切っているから聞こえない。

荒田:ああー、なるほど。

蓮井:自分もセッションに参加しているような、昔、ジャズをやっていたときのような楽しさ。ジャズって対話じゃないですか。ひとつのステージの上で(演奏を通して)いろんな冗談を言い合ったり、怒ったり、暴れたりしながら対話をする。そのなかに入れてもらえたようなうれしさがあった。

荒田:ライブ写真もセッションなんですね。

蓮井:写真撮影も“フォトセッション”って言うじゃん。本気なんだよね。アートディレクター、ヘアメイク、スタイリスト、モデルがいて、みんなでアイデアを出し合ってセッションしながら撮る。だから一緒。

荒田:(自身の表現しているものを)褒められたらうれしかったりするじゃないですか。僕のなかでの、褒められ方の一番うれしいパターンは「なんかよくわからんけどかっこいい」。ホントにクラってる感じしないですか?

Licaxxx:たしかに。

荒田:写真において、「ベストな褒められ方」ってありますか(笑)?

蓮井:なんだろうな。「なんか見たくないけど見たい」とかね。でも、その人が正直に感じたことを言ってほしいかな。

「自分がそこにいれた」ことが歓び

荒田:広告写真を撮るときと、作家として写真を撮るときではモードが変わったりするんですか?

蓮井:広告のときは着地点が決まっているから、そこに寄せたりはするけど音色はあまり変わらない。変えないかな。

荒田:音色というのは?

蓮井:昔、ハンブルクでレンブラントの素描展を観たときに、ホント簡単なスケッチだったんだけど、線一本だけでもレンブラントだった。線一本でもその人の光が見えた。オレの写真もそうなってるかなって、いつも振り返る。一番こだわるのは光と質感。そこがオレの音色なんだと思う。

荒田:それは機材選びから?

蓮井:すべてだろうね。ミュージシャンも、同じドラム使ってもさ、プレイヤーが入れ替わると音が変わるじゃん。

荒田:全然違いますね。

蓮井:それって“感じ方”に関係があるんじゃないかな。たとえば映画の一場面で、ある人はうれしいシーンに見えても、オレは悲しいシーンに感じたりもする。その人がどこに軸を置いた感じ方かによって、ものの見方も変わる。

荒田:蓮井さんの作品で、石を撮ったシリーズもあるじゃないですか。あれってどういう意図の写真なんですか?

蓮井:石がなぜそこにあるのか自体が、すでに不思議だなと。すべては偶然によって起こされた事実じゃない? そこに石が転がってきた事実があるわけだけど、将来的にそこからなくなることもある。万物は常に変化していく。「無常」だよね。写真はそれを撮ることで無常を裏切るわけですよ。ひとつの形として残してしまうから。それは写真の宿命であって、写真の価値はそこに生まれる。

荒田:無常とか自然の一瞬を切り取るときに、すごく細部を撮るときもあるわけじゃないですか。観た人は、そこに写っている水滴のうつくしさに気づいたりする。そういうときに、写真って啓蒙的だなと感じる。

蓮井:啓蒙する気もないけれど。自分のなかに発見がある。

荒田:「オレ、啓蒙されたな、カチャッ」ってことですか?

蓮井:そうそう。自分自身に対して。

荒田:その作品で誰かに気づきを与えられたらという?

蓮井:それはないね。すごく自己満足の世界。「うわあきれい、これなに?」みたいに撮っているだけ。

荒田:清々しく「自己満足」と言ってもらえると勇気をもらえます。バカみたいな質問になるんですけど、カメラを撮っていてうれしいことってなんですか?

蓮井:「自分がそこにいれた」ということだね。

Licaxxx:その場にいれたこと。

蓮井:風景にしても人にしても、その場にいないとその写真を撮れない。カメラやってなかったら絶対行かないだろうって場所に行っている。お二人とも絶対会ってなかっただろうし。それが一番の歓びかな。



蓮井幹生

2022年、祐天寺のギャラリーWHYNOT.TOKYOにて写真展開催予定。詳細はオフィシャルサイトにて順次公開していきます。
https://mikiohasui.com
https://whynot.tokyo


荒田 洸

“エクスペリメンタル・ソウル・バンド”を標榜するWONKのバンドリーダーであり、ドラムスを担当。
@hikaru_pxr


Licaxxx

DJを軸にビートメイカー、エディター、ラジオパーソナリティーなどさまざまに表現する新世代のマルチアーティスト。
@licaxxx