「今はちょっと、ついてないだけ」。映画の中で、優しい笑顔を浮かべる母から息子へと投げかけられたこの言葉に、私自身も救われた気がして、試写室でボロボロと涙を流してしまった。本日公開された映画『今はちょっと、ついてないだけ』は、疲弊した心にそっとあかりを灯してくれる、そんな作品だ。
伊吹有喜による同名小説(光文社文庫)を、監督・柴山健次が映画化した今作。かつて脚光を浴びた写真家がすべてを失ったところから、それぞれの事情を抱えシェアハウスに集った仲間と共に再び歩き始める姿を中心に、登場人物それぞれの心の変化が繊細に描かれている。
EYESCREAMでは、職を失い家族とも疎遠になった元テレビマンの宮川良和を演じる俳優・音尾琢真と、主題歌「First day song」を手がけるバンド・Age Factoryの清水英介(Vo/Gt)との対談を行った。この日が初対面となったふたりだが、共にひとつの作品に関わった表現者であり、また清水の父が音尾と同郷の北海道出身であるといった共通点も発覚したことから、話に花が咲いた。またとないツーショットが実現した本対談が、永久保存版であることは間違いない。
「人生に波が多い人の方が、
この映画には共感できるんじゃないかな」ー音尾琢真
ーまずは音尾さんに本作の脚本を読んだ感動から伺っていきたいと思います。
音尾:そんなに何も起こらない話だなと思ったのが、脚本を読んだ素直な感想でした。簡潔にまとめると、さまざまな過去を抱えた人々がシェアハウスに集まって、少しずついろんなことが展開されていく話なんですけど、そこから大きな事件に繋がるわけでもなく、これは一体、どんな映画に仕上がるんだろうと思っていたところはありました。ただ、登場人物たちの心の移り変わりや、その時系列の描かれ方には興味深さを感じました。私が演じた宮川良和の人生は、過去から現在へと順を追って描かれていくので、物語の途中で過去の回想シーンが入るよりも、徐々に変化していく彼の心を、作品の流れとともに表現できるのは、面白いかもしれないという気持ちはありました。
ー物語序盤ではやさぐれている宮川が、玉山鉄二さん演じる立花宏樹との出会いによって、徐々に本来の自分自身を取り戻し、明るく情に熱い人物へと変化していく姿は印象的でした。
音尾琢真(以下、音尾):撮影では、気持ちが移り変わるシーンからまず撮って、その後にシェアハウスの仲間達とワイワイしているところ、むしろ、仕事や奥さんとのいざこざや宏樹さんとの出会いのシーンは、後半で撮ったんですね。柴山監督に「もっと宏樹さんに嫌な気持ちをぶつけてください」と言われたので、監督に身を預けて、嫌なやつを演じました(笑)。
ー柴山監督はどのような監督でしたか?
音尾:演技に対して、多くの会話を交わしたわけではないのですが、撮影がスタートしたばかりの頃に、シェアハウスの桜の木を眺めながら、気持ちを入れ替えて今日からやっていこうみたいなシーンを撮ったんです。そのときに柴山監督が、「音尾さん、窓から木を眺めているだけですが、そこでだんだん宮川さんの気持ちが穏やかになっていく、前向きになっていく様子が見たいです」って。この監督は、そういう気持ちの移り変わりが、本当に僕の中にないといけないなと思わせてくれる、いい監督だぞと思ったんです。内面の移り変わりも映像に映るということを知っていらっしゃる方だ。このまま身を預けてみよう、そんな気持ちになったことを覚えています。
音尾琢真
演劇ユニット「TEAM NACS」メンバー。2005年からは活動の幅を全国に広げ、舞台、映画、ドラマなどで活動中。ラジオでも北海道で8年間番組パーソナリティーを務め、現在はAIR DOのスカイオーディオを担当中。映画『孤狼の血』シリーズ、『るろうに剣心 最終章 The Final』など様々な映画、ドラマに出演。
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ジャケット¥30,800、パンツ¥19,800
(HBNS/HEMT PR tel_03-6721-0882)
ー清水さんは本作の原作も読まれていると伺いました。原作と併せて映画もご覧になっていかがでしたか?
清水英介(以下、清水):人生で初めて、小説を読んでから映像化された作品を観ました。人との関係も人生も、全てを優しく捉えている作品ですよね。原作を読んだからこそ、映画の中でも、全ての登場人物の心が徐々にあたたかくなっていく様子をより感じましたし、自分の過去に投影できる部分もあって、作品を観終わったあとは、僕自身も優しい気持ちになりました。
ー物語では立花をはじめ、深川麻衣さん演じる瀬戸寛子、団長安田さん演じる会田健とのチームプレーも印象的でしたが、撮影中、印象に残っているエピソードはありますか?
音尾:物語の舞台になる「NAKAME SHARE HOUSE」ですが、実際には中目黒にはなくて(笑)。自然に囲まれた場所にあるんですが、撮影した季節が夏の終わりだったのでよく鳴くんですよ、蝉が(笑)。撮影あるあるですが、今回は夏に冬のシーンを撮っていたので、いかに蝉を鳴かせないかが課題で、シェアハウス内で芝居をして、割と静かだったなって思って外に出てみると、スタッフが総出で木に止まりそうな蝉を棒で払っていて(笑)。その姿は印象的でした。
清水:夏を消していたんですね(笑)。
音尾:そうなんです(笑)。あとは、カヤックを漕ぐシーンも思い出深いですね。綺麗な湖で撮影させてもらって、この後、たまたま別でカヤックを漕ぐ機会があったんですけど、「うまいですね」って言われました。それくらいまで練習できたのは嬉しかったな。結果一番上手なのは、やっぱり安田団長さんでしたね。玉山さんも必死に練習していらっしゃいましたよ。
ー青々とした自然の美しさも本編の見所ですよね。大自然の中、本当に皆さんが楽しそうにカヤックを漕いでいる姿が印象的でした。
音尾:楽しかったですね。私以外、皆さんサウナにハマっていて。サウナの良さをまだ感じたことがないって言ったら、今から行きましょうって、長野県だったかな。スーパー銭湯みたいなところで、初めてサウナの入り方を教えてもらいました。とっても気持ち良かったです。サウナを出たところに屋外休憩場があって、別の日にも玉山さんがそこに行かれたらしく、2時間くらいひとりで寝ていたそうで、びっくりしました。僕がいたらイタズラしていたでしょうね(笑)。
清水英介 from Age Factory
西口直人(Ba/Cho)、増子央人(Dr/Cho)との奈良発3人組ロックバンドAge FactoryのVo/Gt。
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@agefactory
ーお二人は実際にシェアハウスに住んだことはありますか?
清水:自分は奈良県出身で、今も奈良に住んでいるんですけど、地元の友達の一軒家、実家の二階の部分をスタジオにしてメンバーと一緒に曲を作っていたので、そこでみんなと長い時間を共に過ごすことはよくありました。あとは、山中湖にあるスタジオに二週間くらい泊まり込みで、メンバーやスタッフと作業したり。そんな時間を経て完成した作品のどれもが思い出深いですし、ひとりで作るよりも楽しいです。僕は曲を作る過程みたいなところも大切にしているので。
音尾:バンドメンバーとそんなに長いこと一緒にいたら、喧嘩にならないですか? 例えば音楽性はあっているのに、今叩いたドラムのそのスネアの音が合わないとか。
清水:それが、喧嘩にはならないんですよね。ツアーを回っているときなどは、移動中の機材車内でイライラしたりしますけど(笑)、音楽を作るってなると、基本的に自分たちが好きなことですし、アルバムのように長い時間をかけて作る作品も、自分たちの目標に向かって、一緒に進んでいける素晴らしさを感じます。制作においては、言葉にしなくてもみんな理解しあえますし、その感覚を共有できるのがバンドなのかもしれないですね。思っている音と違うなと感じることは、正直たまにありますが(笑)、それを押し付けて意見を通すと、僕ひとりの音楽になってしまうと思うんです。ドラムやベースがどこで、どんな音を出したいのかも含めて、バンドミュージックなんだなっていうことに、ここ2年くらいで気がつきました。もちろんこれまでに衝突したこともありましたが、そこを理解したことで、バンドがより良い姿になっていったかなと思っています。
音尾:かっこいいな。私が所属しているTEAM NACSは、「そういう脚本を書くよな〜、その演出嫌だな〜」とか思いながら、その都度揉めつつ、乗り越えたと思ったら、また喧嘩しての繰り返しを25年くらい続けています。なので、この先まだひと山あるぞ、ということを清水さんにお伝えしたい(笑)。音楽のことだけではなく、むしろ、ご飯の頼み方も気になってくるぞ、なんで食べたいものばかり、そんなに一度に頼むのかって。ちなみにこれは、大泉洋の話なんですけどね(笑)。
清水:なんかそういうやりとりも羨ましいなって、僕は思うんですよね。いろんな人と一緒に、自分たちのやりたいことをやり抜く姿。すごくかっこいいです。だからこの映画で描かれていた、男性がチームになっていく様は結構胸熱というか。いいなと僕は思いました。
音尾:私たちの劇団が仲良かったり、悪かったりを繰り返すように、人生には良いときと悪いときの波が必ずあって、その時々で、自分を取り囲む人々が違ったりもするし、時には一緒の人もいるだろうし、それが「今はちょっと、ついてないだけ」ということなんだと思います。人生に波が多い人の方が、この映画には共感できるんじゃないかな。渋い映画だなって。清水さんがかっこいいから、負けじとかっこいいことを言ってみました(笑)。
「自分が作った音楽に自信が持てないときもありますが、振り返ると、ずっと本気で音楽と向き合ってきた自分がいるので、
明日が来るのも怖くないと思えるんです」ー 清水英介
ーお二人がそれぞれ、特に印象に残ったシーンを教えてください。
音尾:深川さん演じる瀬戸ちゃんが、浩樹さんに婚活用の写真を撮影してもらう女性にメイクをしてあげたことで、その女性からお礼のメールが届くシーンですね。瀬戸が自分の存在価値を高めることができたと感じたときの、深川さんのピュアな表情がすごく印象に残っています。素敵な女優さんだなと思いましたし、それを求めた柴山監督もさすがだなと思いました。気持ちの変化が訪れた瞬間が見えると、グッとくるタイプなんですね私は。まずはそのシーンかな。
清水:僕は、立花が過去に負債を背負わされた人物に会いに行った後に、ホテルの部屋で「僕はここにいる。 願えばきっとどうにだってなれる」って心で語るシーンですかね。ずっと自分の過去を否定していた立花が、その過去を少し肯定できた瞬間にグッときました。僕自身、自分が作った音楽に自信が持てないときもありますが、振り返ると、ずっと本気で音楽と向き合ってきた自分がいるので、明日が来るのも怖くないなと思えるんですよね。このシーンに、僕自身のその気持ちも肯定された気がして、とても印象に残りました。
ー登場人物のそれぞれの人生が、新しい出会いや人との関わりの中で良い方向に切り開かれていくので、自分自身も背中を押してもらえる作品ですよね。
音尾:先ほどもお話ししましたが、最初に脚本を読んだときは、何も起こらない話だなと思いましたが、完成した映画を観ると、細かい感情の変化がいろいろ起きていることが良くわかりますよね。素直に、映画って面白いなと思いました。音楽もね、歌詞は歌詞で素晴らしいけれど、メロディがつくことによって、その響き方は変わってくるわけじゃないですか。ところで、清水さんは歌詞とメロディはどっちが先なんですか?
清水:僕はいつもメロディが先です。今回は初めて題材をもらった上で曲を作ったんですけど、ちょうど、コロナの影響でライブが全然できなくて、気分的に明るくない時期に制作に取り掛かりました。なのでこの作品にくらう部分もあって、「First day song」ではそこをピュアに表現しています。
音尾:とても太くて、包み込むような、それでいてソリッドな歌声が身体中に染み渡りました。
清水:元々弾き語りで作っていた全然違うメロディが、この曲の元ネタとしてあって。原作を読んだときに、その曲とリンクしたんです。優しい曲を書きたいなと思って作っていたメロディだったので。いつもは歌詞を描くのに時間がかかっちゃうんですけど、今回はすぐに書けました。
音尾:普段、曲を作るときは自分の中にあるもの、湧き上がるものから作っているんですか?
清水:そうですね。例えば友達との出来事について書こうとか、日常の中でのこととか。でも、それもだんだん減ってくるじゃないですか。だから、自分は奈良に住んでいるっていうところをひとつテーマにしていて。僕しか普段見ていない景色があると思うから。それを出し続けたいなと思っています。
音尾:かっこいい。僕もイベントなどで歌を作ったことがあるんですけど、でもコンセプトありきなんですよ。ゼロからは生み出せない。湧き上がる思いを届けたいってことができないんですよね。だから役者なんだと思います。清水さんに対してかっこいいって思うのは、素直な憧れなんですよ。
清水:恐縮です。ありがとうございます。スタートも終わりも自分たちで決めることができてしまう中で、やり続けることが大切。ライブができなかったとしても、そんな世の中でも、何かを出し続けることこそが重要なのかな。そこだけは諦めないでいようと思っています。
ーご自身が感じたことを音楽や演技を通して“表現する”という共通点が、お二人にはあると思います。そこにどんな魅力を感じていますか?
清水:自分たちが作り出すものによって、観たことのない景色が観られることだと思います。僕たちの音楽を聴くために集まってくれた人の前でライブをする。これが観たことのない景色であって、なんとも言えないロマンを感じます。自分の全ての原動力ですね。
音尾:僕もロマンですかね……かっこいいな(笑)。僕は、自分でできないことがやれる喜びですね。ゼロから作れるタイプでもないし、自分だけではできないことをいろんな人の力を借りて、形にして、喜んでもらえるものづくりができるってところかな。それを届けられる喜びも含めて。観る人、聴く人、それを楽しんでくれる人がいるからこそ、表現者としてのポジションが成立しているので、それぞれができることをやる。そういうところですかね。こうして清水さんと、それぞれのアプローチから同じものを作れたことは嬉しいです。
清水:僕も関わらせてもらえて、嬉しいです。
音尾:映画に関わるのは今回が初めてだとおっしゃっていましたけど、これからさらにいろんな作品にも協力して、次はご自身の曲をそのまま映画にしていただいて、その際には私を出していただいて(笑)。
清水:もちろんです(笑)。一曲でストーリーが完成するくらいの曲は作りたいですね。
音尾:それではいつか、奈良の地を題材にした映画を作りましょうね。奈良県に、ぜひ行ってみたいので。
INFORMATION
映画『今はちょっと、ついてないだけ』
公開:4月8日(金)新宿ピカデリー他全国順次ロードショー
監督/脚本:柴山健次
原作:伊吹有喜「今はちょっと、ついてないだけ」(光文社文庫 刊)
出演:玉山鉄二、音尾琢真、深川麻衣、団長安田(安田大サーカス)/ 高橋和也 他
配給:ギャガ
©2022映画『今はちょっと、ついてないだけ』製作委員会
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