えみそん（フレンズ）の感銘脳内vol.5『黒い塊』

日々の心の機微を多彩なポップサウンドで表現し、唯一無二のポップアイコンとして活躍する神泉系バンドフレンズ。そんなフレンズのボーカルを務めるえみそんこと、おかもとえみの連載「感銘脳内」。フレンズの楽曲の作詞のみならず多くのアーティストへの楽曲提供など作家としても活動する彼女が、その時の脳内環境を自身で制作したイラストと写真を織り交ぜながら言葉で表現していく。第五回はえみそんがきらいなあれの話。普段は見ることができない彼女の“脳内”を楽しんでみてほしい。

青山一丁目から大江戸線の終電に乗って家路に向かうところだった。少し空いた窓から風がゴオォとものすごい音を立てて進んでいく。誰かと一緒だったら会話が成り立たないほどの音量で、疲れ切った今日は1人で良かったなと思える。東中野駅を越えて程なくしたころ、列車はゆっくりと止まった。真っ暗なトンネルの中でさっきまで鳴っていた轟音が嘘みたいに静まり返り、焼けたゴムのような化学物質の臭いが鼻をつく。携帯ゲームに夢中になっている私は、そんな状況に疑問を抱くこともなく、ちらっと周りを見渡したがこの車両にはおなか周りだけがはち切れんばかりの小太りのおじさんと、飲み会帰りで飲みすぎたのか首を直角に曲げて眠る男子大学生の2人だけで、列車が止まったことには誰も気に留めていない様子だった。

「車両点検の為、少々停車致します。」とアナウンスがありしばらく停車することに。うっすらAirpodsから流していたカーネーションのEPも全曲再生し終わったところで「この列車に異常が発生した為、ここから次の駅まで徒歩で移動していただきます。乗客の皆様にはご迷惑をおかけします。」初めての事態に心拍数が上がるのを感じた。私たちは電車から降りてトンネルの中を歩かなければならないらしい。目が慣れてくれば歩けるくらいの薄明かりのなか、不安な空気が漂っていた。後ろから小太りのおじさんに「足元気をつけてね」と話しかけられ、少し安心できた。どれくらい歩くのだろうと顔を上げて目を凝らすと、次の駅まで進んでいて奥に次の駅の光が少しだけ感じとれた。ミステリーツアーが始まったかのように無言でトンネルの中を歩く。緩いカーブにさしかかったところで、うずくまっている黒い塊を見つけた。この塊は何者だろう。

私「どうされましたか？」
●「なんだかいつもと違う気配がして怖くなって動けずにいました」
私「私も初めてのことなので怖いなぁと思っていたんですよ」
●「どこへ向かっているのですか？この先はどれだけ進んでも同じ道ですよ真っ暗でどれだけ進んでみても行き止まり。歩いたってなにもないですよ」
私「そんなことないですよ。私たちは外に出ようと次の駅に向かって歩いているんです」
●「外？それはなんですか」
私「え？えっと、このカーブの先に少しだけ明るくなっているところが分かりますか？あれが駅といってあそこから階段を登っていくと外に出られるんです。自然と風が吹き抜けて心地の良い空間が広がってます。この時間だったら大きな月が出ていますよ」
●「月？」
私「月というのは遥か遠くに浮かんでるまるい物で、真っ暗な街を暖かく照らしてくれるんですよ。このオレンジのライトとは比べものにならないくらいの大きさで」
●「生まれてからずっとこの場所にいるので見当もつきません。でもこのオレンジのライトよりもずっときれいな光があるのならみてみたいですね。光に集まるのは好きなので、仲間たちとあの光に集まって遊んでいるのですよ」
私「それは楽しそうですね。この先を進んでみるといいですよ」
●「ありがとうございます。気配が消えたら私も進んでみたいと思います」
私「では、いい景色が見えるといいですね」
●「では」

別れの挨拶をして歩き出した矢先に、グシャ！という音が聞こえた。

「うわ！なんか踏んだ！」
小太りのおじさんが叫んだ。おじさんの声がトンネルの中に響き渡る。振り向いてスマホのライトでおじさんの足元を照らすと謎の汁が少し。後は何も無かった。私は何と話していたのか。イレギュラーな状況に幻想を見せられていたのかもしれない。あるいは影だったのだろうか。しかし、そこに少しばかり残った謎の汁が何かしらの現実的な印を残してくれた。
スマホのライトの灯りを一番明るくしてその辺りを照らしてみた。どこかへ行ってしまった黒い塊に向けて、これが月明かりだと勘違いしてくれたら、いい夢見れるかもな。少しだけ祈りながら謎の汁を後に歩き出した。

中井駅に着いたところで私を追い越したおじさんの靴の裏に残る黒い羽をみて、現実に引き戻され、身震いした。私はこの世で虫が1番嫌いです。