もう間もなく平成の世も終わりを告げ、日本は新たな時代“令和”へ突入していく。現代人の生活様式もまた、きっと大きく変わっていくんだろう。EYESCREAMがメディアとしてフォーカスしているサブカルチャーは趣味と分類される。そして、これを読んでいる読者諸賢の皆さまも何らかの趣味を持っていると思う。でも、大人のカッコよさや嗜みって何なんだ。変わりゆく時代の狭間で、いつまで経っても大人になれないボクらが知りたい、カッコいい趣味の噺。第1回目は岸田繁氏にそれを聞く。
好きなものに正直であるということ
ーいきなりですが、岸田さんにとって趣味ってどんなものですか?
岸田繁(以下、岸田):趣味がないなって、ここ最近思って。それで危機感を感じたんですよ。僕はもともと趣味が多かった方なんですけど、20年近く仕事しかしていない気がしたんです。音楽も、もちろん趣味ではあったんですけど、自分の仕事のために聴くような付き合い方になっていたんで。趣味を封印しているな、と。それで、最近、自分の趣味のためだけに生きようと。そう思い始めています。
ーやっていて楽しくなることはどんなことですか?
岸田:野球のことを考えたり、特定の昆虫、動物を研究したりすることが好きですね。僕は人に説明しにくい趣味がたくさんあるんです。逆に言うと、人に説明できるような趣味、その境地にはまだ達していないというか。とにかく、自分だけが楽しいと思えることを掘り下げるというか、そういう感じなんです。
ー昆虫や動物と言うと、具体的にどんなものに今、興味がありますか?
岸田:昆虫で言えば、最近だとシマゲンゴロウ。動物で言うとセンザンコウやオポッサムとか。そういう変わった哺乳類が好きですね。
ーセンザンコウ…??
岸田:見たらわかると思うんですけどね、アルマジロみたいなウロコがあるやつですよ。面白いし、可愛いですね。僕の場合、ただ惹かれるものに正直に寄っていくので。
ーなるほど。確かに本来、趣味というのはそういう風に人に説明したりするものではなく、惹かれるものを調べたり集めたりするものですよね。
岸田:そういうものだと思います。例えば、僕は鉄道が好きです。もちろん鉄道で旅行に行くのも、時刻表を眺めるのも好きなんで、全部好きなんですけど、やっぱり1950年代に作られた電車、機関車よりも電車ですね。その駆動装置、換気装置とかが好きなんです。なので、本当に重箱の重箱(の隅をつつくよう)なんですよ。
ー岸田さんが鉄道に詳しいことは有名ですよね。改めて、なぜ1950年代の電車が好きなのでしょうか?
岸田:自分が子供だった頃にクラシックカーの部類だった車両でレアだったんですよね。「あれは何だろう? 乗りたいな」って憧れから惹かれていったんです。あとはデザインですね。この頃は車や橋脚、建物もそうなんですけど、ちょっとアール(曲線/面)の入り方が独特だったりするんです。モノコック構造(※)が国内で確立されてきたのが、この時期なんですね。こういった技術はアメリカから輸入されてきたものなので、アメリカでは1940〜50年代、日本であれば1950〜60年代のデザインや技術をピンポイントで好きになったんです。
※モノコック構造…自動車や鉄道車、航空機などにおける構造のこと。金属板を円筒形、または楕円断面に丸めて外板としているもの
仕事と同じくらい熱中できる趣味があると良いですね
ー今回のテーマは“大人の嗜み”ですが、それは子供の頃と、どう異なると思いますか?
岸田:基本的には同じだと思うんです。ただ、大人になると選べるものが増えてくるっていう部分は違いますよね。ただ単に好きだと思うものにバッと集中できることが、若者は苦手だけど、おっさんになると得意になってくるというか。好きなものに囲まれだすっていう。
ーそういった一例として、今日は私物もご持参いただいたのですが、どんな物なのか教えていただけますか?
岸田:まずはスマートフォンのケース。これは以前、たまたま阪急電車と仕事をしたときに、僕が好きだってことを阪急さんがご存知だったんですね。それで作ってくれたんです。阪急電車の車両番号。僕の愛車なんです。今でも阪急はよく利用するんですが、このケースを見かけた運転手さんや車掌さんが挨拶してくれるようになりました。
ーすごい(笑)。阪急のVIPとして認知される証ですね。
岸田:ええ。もう1つはバッグ。これは鈴川絢子さん(※)という、知り合いの芸人さんからもらったものなんですよ。彼女はかなりハードコアな鉄道マニアで、僕もそうなんですが車内扇風機が好きだそうです。そしてオシャレには気を配る方なんで、服や小物を自作で製作されているんです。そこで、この車内扇風機の総柄で作ったバッグを僕にくれたんです。この模様に描かれている画像を見れば、どの電車の扇風機なのかパッとわかります。すごく気に入っているんです。
※鈴川絢子さん…よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント。鉄道好き芸人として活躍。“鈴川絢子チャンネル”という鉄道系プログラムをYouTubeにUPしている
ーちなみに喫煙も嗜みの1つだと思うんですが。
岸田:最初にタバコを吸い出したのも“そういうもの”だと思っていたんで。叔父がタバコ屋ですし。それを、あえて“大人の嗜み”と括られてしまうと、ちょっと窮屈に感じるというか(笑)。別に普通のことですね。まぁ、それが失敗ですねぇ。やめておけばよかった。でも、タバコは好きですよ。百害あって三十利くらいはあると思っているので。
ー(笑)。ちなみにお酒は好きですか?
岸田:好きですねぇ。何が好きですか?
ーウィスキーです。
岸田:おっ! 出ましたねぇ。僕はいわゆるヨードチンキの香りがするスコットランドのウィスキーが好きです。銘柄はラフロイグの15年。あとはラフロイグ クォーターカスク、小さいやつですね。それが、もう、1日の楽しみですかね。仕事も終えて、家の用事も済ませて、身の回りを整えたあとに「よぅっし!!」って、お気に入りのグラスとお気に入りのアテを用意して、氷もいれずにそのまま飲みます。自分を保つための大事な1つです。それにウィスキーであれば、延々と呑み続けることなく、スッと終われますから。是非、アイラ・モルト(※)を試してみてください。あと、ウィスキーはニッカ、山崎も好きです。
※アイラ・モルト…アイラ島で生産されるモルトウイスキーのこと。例としてボウモアやラフロイグ、アードベッグなど。スモーキーで独特の香りが特徴的
ー総じて、趣味や嗜みを持つことの良さはどんなことだと思いますか?
岸田:やっぱり趣味がある方が楽しいですよね。自分より若い世代、30代の人と仕事する機会が多いんですが、彼らを見ていると、そこまで一生懸命やらなくてもいいよって思っちゃうんです。仕事しかない、みたいな感じっていうんですかね。僕もそういうタイプなんで。それをやり続けていたら、いつか破綻してしまうかもしれないから、仕事くらい熱中できる趣味を持っておくと良いですよね。そうすると相利共生関係になると思います。考え方が絶対に豊かになるはずだから、どんなアブノーマルな趣味でも魅力的なんじゃないですか。
日本は新しい価値観が生まれる時代になっていくんじゃないか
ー間もなく平成の世も終わりを告げ、元号が令和に変わります。そのことで何か世の中が変わると思うことはありますか?
岸田:すごく色んなことが変わると思います、僕は。希望的観測込みですけど。天皇陛下が譲位されるにあたって、自らのお言葉を述べられて。先日の天皇誕生日のときも、止ん事無き人が飛び越えてこないところを飛び越えてメッセージを出されていたっていうのは、やっぱり、ちょっと強い何か道導のようなものを置かれた気がしました。その影響力は僕らのような者にも届きますよね。
ーそうですね。
岸田:形骸化してしまった日本らしい様々なことや「もともと日本人ってこういうことだったよね」っていう話は敬遠されがちですけど、その中の幾つか、本当に大切なことを見落としてしまっていると思うんです。ちょっとした風習にしてもそう、今現在もみんながやっていることから、やらなくなってしまったことまで含めて。そんな意外なスポットが当たったりするのではないかな、と。世界に類がない存在、現在の天皇陛下や改元後の天皇陛下が、政治的なことだけではない部分で、人々の心と一緒に、どう歩んでいくか、そういう動きをされる。もちろん具体的にはわからないんですけど、何かそういう動きが出てくると思うんですよ。今の天皇陛下のお言葉を聞いたら、僕はすごくそういうニュアンスに聞こえたんです。新しい価値観が生まれる時代に、少なくとも日本はなっていくんじゃないかなって。
ーそれは岸田さんが表現する音楽にも影響を及ぼしますか?
岸田:はい。元号が変わること自体が直接的に影響を与えるというわけではないですけれど。次の時代における新しい価値観が変化をもたらすと思っています。今は情報の整理の仕方、伝え方、受け取り方が未整理なままで多様化してしまっている時代、インターネット時代における1番の混乱期だと思うんですよね。音楽にしても、今はどんなアーティストの音楽でも簡単に聴けるような環境が整っています。それって昔の私からしたらすごく羨ましい時代のはずなんです。でも、情報があり過ぎて、探したり選択することができないですよね。では、次に何が起こるかっていうと、そのサイズ、形式、だとかが実は重要なんじゃないかってことに、人々が気づくと思うんです。1人1人が持っている心のようなもの、その1つずつが大事だってことが、ちゃんと並列に語られる時代になりそうな気がしていて。音楽も含む芸術は、誰か1人がウワッ! って感動したらそれはもう成り立っていて。まず、作っている当人がそう思うことが大事ですし。でも、そこが歪む構図になりやすい時代が長かったと思うんです。本当の意味でも多様性とか、心がやっていることをキャッチボールできる時代は、もうすぐそこまで来ているような気がするんで。それが新元号と共に変わるのかは、わからないですけど、色々と変わってくると思います。
岸田繁
くるり/QURULIのVo&Gt。ミュージシャン、作曲家。鉄道ファン、プロ野球のファンである一面は広く知られるとこと。TV番組「タモリ倶楽部」のタモリ電車クラブゴールド会員。くるりは『songline』リリースツアー「列島 Zeppェリン」を5月11日(土)からスタート。ライブハウスツアー「列島ウォ~リャ~Z」を6月14日(金)から開始する。岸田繁が制作、広上淳一指揮、京都市交響楽団演奏による「交響曲第二番」初演の東京公演が3月30日(土)に東京オペラシティコンサートで行われた。