木津毅の「話題は映画のことばかり」 第5回:萩原麻理と語る『ハスラーズ』

ポップ・カルチャーを中心にあれこれ書き散らかすライター木津毅が、各方面の映画好きの方々とざっくばらんに語り合う対談連載。

今回のゲストは、第2回にも登場してもらったライター/エディター/通訳/翻訳として活躍する萩原麻理。そして、萩原と木津のふたりがこの2月に激推しするのが、ニューヨークのストリッパーの女性たちが金持ち連中から大金を巻き上げた実際の事件を基にしたクライム・エンターテインメント『ハスラーズ』である。

実際、2010年代の文脈を通過した上での痛快なシスターフッド映画としても、最高のジェニファー・ロペスを堪能できるスター・ムーヴィーとしても、2008年の金融危機を背景にした現代アメリカに対する社会批評映画としても、『ハスラーズ』はギラギラした刺激に満ちている。退屈なアカデミー賞には中指を。悪い女たちのクールな姿と、ビターな愛の物語を見逃さないでほしい。

ジェニファー・ロペスがついに手にした、一世一代の当たり役

『ハスラーズ』予告編

木津:そろそろアカデミー賞の話題でザワついてきましたけど、2020年頭で、僕と萩原さんがふたりとも「最高~!」となっているのは『ハスラーズ』ですね。アカデミー賞ほとんど絡まなくて悔しい……!

萩原:『ハスラーズ』と『スキャンダル』が食いこめなかったのは、「やっぱりアカデミー会員はこういうのはダメなんだ」としか思いませんでしたけどね。男を必要としない女とか、みみっちい男性とか、見たくないんだなーと。

木津:ですね。『ハスラーズ』も『スキャンダル』もはっきり女性を中心に据えた映画ですけど、それだけじゃなく、たとえば『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグが監督賞ノミネートから外れたり、アカデミー賞の保守性を感じずにはいられなかった。『パラサイト』がどこまで行くかには期待はしたいですけど、人種のダイバーシティも含め、なんだか後退しちゃったなあ、と。なので、古くさいアカデミー賞の代わりに、僕と萩原さんで『ハスラーズ』を今日はプッシュできればと思います。

萩原:アカデミー賞はもともと娯楽作を下に見がちなんですが、いまこんなにエンタメと内容とスター・パワーが噛み合った映画があるでしょうか!

木津:いや、ほんとその通りで。まず、めちゃくちゃ面白いんですよね。エンタメとしてのアメリカ映画の強さを見せつけられた感じですね。ポイントはいろいろあると思うんですが、まずはやっぱり、ジェニファー・ロペスから行きましょうか。僕、正直、これを観るまでジェニロペのパワーをほとんど忘れていたので、役者としての彼女の魅力をジェニロペ上級者の萩原さんに教えていただきたいです!

萩原:私はアメリカ風にジェイローと呼びます(笑)。

木津:さすが!

萩原:彼女が映画に出はじめた頃って、たとえばマドンナとかコートニー・ラヴとかも俳優として映画に食いこもうとしていて。でも、存在感がジェイローの方が格段上だったんですよね。それは演技力としてではなく。彼女もいろんな役を演じられるわけじゃないけど、自分の見せ方がわかっている。下町の気が強くてセクシーで頑張ってるお姉ちゃん、みたいな魅力、カリスマがあって。フィジカルな役も似合う。初期作で好きなのは、映画的に評価が高い『アウト・オブ・サイト』とかより、ジェニファーが格闘技を学んでDV夫と闘う『イナフ』です(笑)。ラジー賞候補になったんだけど。そういうベタな映画でベタな役をやっていると、見たくなる。

木津:『イナフ』、懐かしい(笑)! たしかにそういう女優って、じつはあまりいないかもしれないですね。今回はストリッパーなので彼女のフィジカルなパワーもめちゃくちゃ生かされていますけど、それもベタと言えばベタで。だから、『ハスラーズ』は100%のジェニファー・ロペスが見られます、というのがまずひとつ。ポールダンスはみんな猛特訓したらしいですけど、やっぱり彼女が抜きん出ている。最近はFKAツイッグスのMVでもポールダンスありましたけど、あれはほんと高い身体能力が必要なんだなと圧倒されますね。

萩原:FKAツイッグスはアルバムを出す随分前から取り掛かっていたし、『ハスラーズ』の資料にも、普段鍛えているジェイローでさえ、この映画で肩と背中を痛めて回復中、ってありましたね(笑)。まあ、ほんと姉御肌でポールダンスは抜群、そして金儲けがうまい――という、奇跡のようなハマり役となって、私としてはとても満足です。「こういうジェイローが見たかった!」と。

木津:なるほどー、上級者の意見です(笑)。僕はほんと、「うわ、こんなにカッコいい人だったのか!」とブチかまされた感じでした。

共闘する悪い女たちの物語と、その苦い余韻

木津:でありながら、そんなジェニファーが主役じゃないところも上手いんですよね。アジア系の女性俳優として注目されているコンスタンス・ウーが、ジェニファーほどハイパーじゃない、しかもマイノリティとして、先輩の姉御に助けられていく。その序盤のくだりだけでも、グッと来ちゃいます。

萩原:そんな憧れ目線から、仕事仲間としての繋がり、親友、そしてその後――っていう、シスターフッドの変遷がストーリーの軸になっている。女性同士の友情が「いろんなことはあるけどやっぱり友だち」みたいなハートウォーミングなものから、もっと現実的な描き方になったのもここ10年くらいの変化だと思います。そこの細やかさ、説得力は脚本と監督を務めたローリーン・スカファリアのいちばんの貢献なんじゃないかな。

木津:たしかに。リーマンショックの話はあとでするとして、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の監督のアダム・マッケイがプロデューサーで入っているじゃないですか? でも、脚本・監督をスカファリアに任せ、主要キャストも全員女性、しかもトランスジェンダーの俳優トレイス・リセットもいる。この10年の第4波フェミニズムやシスターフッド、それにダイバーシティの文脈が製作体制からきちんと入っている。そこにすごく前向きな変化を感じました。そして、女性同士で繋がることの尊さと難しさ、その両方がエンタメで語られる。すごく高い次元でそういったことが達成されていますよね。

萩原:ほんと、お涙頂戴じゃなくて泣けるんですよ。彼女たちといっしょにワクワクして、いっしょに泣いちゃう、みたいな。昨日たまたま『Vulture』のフィオナ・アップルのインタビューを読んでいたら、「自分の曲が使われてるの忘れて見てて、最後泣いちゃった」って言ってました(笑)。フィオナの「クリミナル」が、ジェニファー・ロペスの登場シーンで使われてるんですよね。話戻っちゃうけど、あそこもほんとカッコいい。アッシャーのシーンも、当時を思い出させるノスタルジーが活きている。

木津:ポップ・ソングの使い方もいいんですよね。男たちを騙す女性チームが並んで歩くシーンでこれでもかとスローモーションが多用され、そしてギラギラした派手な音楽がかかる。「70年代のスコセッシ映画を2010年代型シスターフッド映画にしたかのよう」と評している人がいましたけど、そういうチームのカッコ良さというのは、「紅一点」という言葉に象徴されるように、女性サイドではなかなか描かれなかった。そこも見どころですね。リゾとカーディBが出演しているのも、文脈通ってますし。

萩原:あとは女性が善玉、ヒーローじゃない。アンチヒーローで、悪だくみで儲ける。そこは最近の『ドリーム』や『ビリーブ』とは真逆で――邦題にするとすごい並びですけど――悪くて痛快な女たち、という『オーシャンズ8』のほうの流れ。もちろん、もともと女たちからピンハネするクラブの男たちとか、ストリッパーに群がってくるウォール街の男たちの醜悪さも描かれているから、スカッとするんだけど(笑)。リーマンショックの後にコンスタンス・ウー演じるデスティニーをだます客のみみっちさには、ほんとデスティニーの屈辱感がわかるというか、ムカつく。

木津:ね。しかもあのシーンで描かれているようなことって、絶対リアルでもよくありますよね。

萩原:そのあと女たちによる豪快な金の巻き上げが始まるのが、うまい。「当然でしょ」って気持ちになるから。

木津:そう、悪い女たちなんだけど、別の悪い奴ら……たぶん社会的な意味でも、もっとタチの悪い奴から金を巻き上げてますよね。それは誰かというと、リーマンショック以前で大儲けし、以後も結局逃げ切ったウォール街のクソ野郎たち。ここで、一気にアメリカ現代史的テーマを帯びてくる。僕はそこが最高でした。2008年の金融危機っていろいろな映画でテーマになっていることからもわかるように、アメリカにおいてターニング・ポイントだったと思うんですけど、ほとんど男目線でしか描かれてこなかった。それを、ある意味での「現場」にいた女たちの側からクライム・ムーヴィーとして描くうまさ! さっき萩原さんがおっしゃったような、女性たちの現実的な問題がしっかり入っているのも、経済の問題があるからだと思うんですよ。

萩原:子どもが生まれると逃げていく恋人とか、祖母の生活問題とか、ディテールもきちんとあって。それと、女たちが儲けた金で派手に浪費しまくるところもちゃんと入っている。あれってこれまでの映画やドラマだったら「羨ましい」みたいな夢のシーンだと思うんですけど、この映画だと誰もがマテリアリズムや消費主義に取りこまれている、というのを象徴していて。あそこは必ずしもスカッとはしない。それはやっぱり、2008年を経験して、でも今なおそれが続いている虚しさがあるからだと思う。

木津:ほんとそうだと思います。僕、『オーシャンズ8』もすごく楽しんだんですけど、ひとつ、「でも、そこまで儲けないといけないんだろうか?」という引っかかりがあったんですよ。結局、金持ちになることでしか達成感を得られないのかと。だけど『ハスラーズ』には金を儲けることの虚しさもどこかであるし、と同時に、金がないと生活もできない現実も描いている。いっぽうで『マネー・ショート』も面白かったですけど、あの映画は逆に、ほとんど経済の話で生活感が希薄になってしまっていましたね。『ハスラーズ』はそういったすべてを包括して、じつは資本主義に対してもすごく高度に批評しているように感じました。

萩原:男女関係なく、社会の歪みにみんな振り回されてるんだよね。

木津:だから格差問題が重要なテーマになっている2010年代の終わりにふさわしい映画だとも思いました。そして、そのビターなフィーリングが女同士の友情にも通じてくる。余韻の苦さも、この映画の魅力です。僕は女性の「リアル」ということは代弁できないのですが、そこは、萩原さんは共感するところでしたか?

萩原:もちろん。この話みたいに劇的なことはなくても、やっぱり女性同士の付き合いは生活の変化の影響をもろに受けがちだし、友情ってずっと続かなきゃいけないものでもない。だから、映画の最初から不安な予感がありつつ、関係が壊れていって、でも「その後」があるのがほんといいんですよ。コンスタンス・ウーとジェニファー・ロペスのふたりが、いまお互いをどう思っているかを、ああいうふうに演出したのがニクい。まさにビタースウィートなんですよね。『追憶』のロバート・レッドフォードとバーバラ・ストライサンドか! と思ってしまいました。

木津:すごい連想ですね!

萩原:だって「一生に一度の恋」扱いだったじゃないですか(笑)。

木津:でもたしかにそうかもしれない。これまで男女関係でばかり語られてきたことが、ここでは女性同士のものとして描かれている。それも、脚本・監督のスカファリアが実人生で体験してきたことがきっと反映されているんでしょうね。よく、女性を重要なポジションに置くことについて、アファーマティヴ・アクションの行きすぎみたいに批判されることがあるじゃないですか。でも『ハスラーズ』は、表現の必然として女性が中心にいると実感できるところも素晴らしいと思います。もちろん男性にも観てほしいけれど、まずはたくさんの女性に観てほしいかな、僕は。そこを分けるのもよくないかもしれないですけど、日本の映画でこうしたものはなかなかないと思うので。

萩原:うん、この余韻を女性の観客に楽しんでほしい。でも、このあいだアカデミーの男性会員は『ハスラーズ』と『スキャンダル』の試写にあんまり来なかった、という記事を読んだので、「まずはそこから!」とも思います。男の人も見れば絶対面白いから。

木津:たしかに。いままで男が気づかなかったことに気づくきっかけにもなるし、そういうある種の教育的要素だけじゃなく、ジェンダー関係なく「ジェニファー・ロペスかっこいい!」って痛快な気持ちになれる映画だと思いますしね。 

萩原:今年はスーパーボウルのハーフタイム・ショーもジェイローだったんですよ。

木津:ですね! ダンサー大勢従えて、自分もキレッキレに踊りまくるの、めちゃくちゃパワフルでしたよね。

萩原:だから、2020年の幕開けを飾るディーバを、ぜひ映画でも見てほしい。それにしてもすごい再発見ぶりで、ほんと嬉しいです。

『ハスラーズ』関連作品3選



『マネー・ショート 華麗なる大逆転』

アメリカを、そして世界経済を以前と以後に分けたリーマンショックとは何だったのか? それをエンターテインメントとして、あるいは一種のコメディとして語ったのがこの映画。その内側で起こっていた、にわかに信じがたい茶番を噛み砕いて明かしつつ、そこで結局割を食ったのは庶民であることを浮かび上がらせていく。監督のアダム・マッケイは『ハスラーズ』のプロデューサーを務めているが、本作の「苦さ」と確実に繋がっている。いま、「豊かなアメリカ」の凋落を語るのはとても苦々しいことだということだ。



『オーシャンズ8』

2010年代型の女性チーム・ムーヴィーとして欠かせないのはやはりこれ。もともと男チームで結成されていた〈オーシャンズ〉シリーズを女性によるエンターテインメントとして語り直し、そのことで「女性にも才能に見合った対価が支払われるべき」という、フェミニズムの重要な命題のひとつが掲げられる。それぞれの能力を生かす活躍を見せながら、あくまでも達成されるのは犯罪行為というところも痛快。



『エンド・オブ・ザ・ワールド』

『ハスラーズ』監督のローリーン・スカファリアのデビュー作。世界の終わりに瀕したある男女の、おかしな旅を描くロード・ムーヴィーだ。SFとしての説得力よりも、キーラ・ナイトレイとスティーヴ・カレルのチャーミングな好演もあり、ロマンティック・コメディとしての淡いきらめき、あるいはある種のデート・ムーヴィーとしてのささやかなときめきを前に出している。ちょっとビターな味つけや、ポップ・ミュージックの使い方のうまさも『ハスラーズ』と通じるところ。

PROFILE

萩原麻理
ジャーナリスト。『CUT』『花椿』『SNOOZER』などの雑誌編集/ライターを経て、フリーランスに。現在『SPUR』の映画レビュー、同誌ウェブサイトで「ファンガールの映画日記」を連載中。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを観ること。

木津毅
ライター。2011年『ele-king』にてデビュー、以降、各媒体で音楽、映画、ゲイ/クィア・カルチャーを中心にジャンルをまたいで執筆。紙版『EYESCREAM』では〈MUSIC REVIEWS〉ページに寄稿。編書に田亀源五郎の語り下ろし『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)。cakesにてエッセイ「ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん」連載中。

INFORMATION

『ハスラーズ』

監督/脚本:ローリーン・スカファリア
原案:ジェシカ・プレスラー(ニューヨーク・マガジン記事「The Hustlers at Scores」)
出演:コンスタンス・ウー、ジェニファー・ロペス、ジュリア・スタイルズ、キキ・パーマー、リリ・ラインハート、リゾ、カーディ・B
2019/アメリカ/110分/5.1ch/シネスコ/原題:HUSTLERS/ PG-12指定
提供:リージェンツ、ハピネット 配給:リージェンツ
2月7日(金)全国公開
公式HP:http://hustlers-movie.jp 公式Twitter/Instagram:@HustlersMovieJP

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