CREATOR’S TALK ~辻川幸一郎 × 山田智和~

音楽専門チャンネル・スペースシャワーTVで放送中の番組「映像作家の世界」。クリエイターたちの作品を紹介するとともに、制作にまつわる想いを紐解き、その世界観を掘り下げてきた番組の中から、放送には収まりきらなかった彼らのメッセージをお届けします。

今回ピックアップするクリエイターは、コーネリアスやSalyuといった、アートワークに強いこだわりを持つミュージシャンのミュージックビデオを数多く手掛ける映像作家・辻川幸一郎。身の回りにあるものを独自の視点で美しい映像に落とし込み、国内外のクリエイターに常に刺激を与えるものづくりについて、学生時代から彼に多大な影響を受けてきたという気鋭の映像作家・山田智和がインタビューしました。

雑談と遊びの延長ではじめた映像制作。

山田:今日はよろしくお願いします。お話できてうれしいです。
辻川:こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします。
山田:僕はいろんなインタビューを読んでいるので、辻川さんについて知っていることも多いんですが、初めての方もいらっしゃると思うので、まずは辻川さんが映像作品を作るようになったキッカケから教えてください。
辻川:はい。コーネリアスの小山田くんに、ライブで流す映像を編集してほしいと言われたのが最初ですね。FANTASMA(1997年にコーネリアスが発表したアルバム)のツアーの頃です。
山田:元々映像を作っていたわけではなかったんですよね?その前はどういうことをされていたんですか?
辻川:フリーでデザインの仕事をしていました。CDジャケットのデザインや本の装丁、雑誌のレイアウトなんかもやっていました。
山田:ということは、最初はほぼ独学で映像を作られていたんですか?
辻川:完全に独学ですね。まだMacに映像を入出力できるような機能も入っていなくて、はじめはVHSの編集機を使っていました。
山田:ミュージックビデオ(以下、MV)から映像の仕事をはじめたということですよね。今はいろんな映像のお仕事をされていますが、MVって辻川さんにとってどういうものですか?
辻川:頼まれ方が頼まれ方だったので、MVはすごく個人的な、遊びの延長に近いものですね。もともと小山田くんとは遊び友達で、お互いの家に行ってだらだら映像を見て遊ぶことが多くて。雑談の延長で作っていたので、そんな風にパーソナルに作ることができるジャンルかなと思っています。
山田:ちなみに学生時代はどういうことをされていたんですか?
辻川:うーん……特に何もしていないです。デザインも、美大に行っていたからという理由で頼まれたのがきっかけではじめたので。どこに就職するわけでもなく、そのままフリーでデザインをはじめて。だから、学生時代は何もやっていないんです。
山田:……参考にならなさそうですね(笑)。
辻川:ホントにね(笑)。ちゃんと就職活動もしなかったし、社会性は全く無かったですよね。ただ、ビデオや映像、映画は好きでよく見ていました。そういうものを見てきたから、きっと小山田くんとも「コレおもしろいよ」って見せ合ったりして仲良くなれたんだと思います。

辻川作品のキーワードは「音像」。

山田:僕が最初に辻川さんを知ったのは、UAの『閃光』という楽曲なんですけど、今見ても全く古くないですよね。作る時にはいつも、普遍的なものを作ろうってことを考えるんですか?
辻川:うーん、どうだろう。でも、流行り廃りを追ってはいないので、そういう意味では、「今、これ流行ってるよね」という感じにはならないのかもしれないですけどね。
山田:そのほかにも、制作の時に気を付けていることはありますか?
辻川:やっぱり、「その音楽がどんな音楽なのか」ということですよね。音楽というより、音像というか、世界観というか。それに対して、映像をどういう距離感で作っていくかということは、いつも気を付けています。
山田:今の「音像」って、まさに辻川さんの作品のキーワードだと思います。一般的なMVだと、いわゆる演奏シーンやリップシンクでダイレクトに音を表現する中で、辻川さんは映像で音を可視化するというか、リップシンクや演奏以外で、映像体験としてそれを表現しているなと思っていて。やっぱり「音」というのが、アイデアを作る時のベースになっているんですか?
辻川:それはそうですね。最初に作りはじめたのが、コーネリアスの曲だったというのが大きいのかもしれないです。小山田くんの音って、小山田くんが演奏しているところを撮るというより、音自体をどう映像化するかという風に考えた方が、なんとなく彼の音像に合ってくるのと、そもそも小山田くんがあまり出たがらないという2つの要素があって。なので、本人の演奏を撮るよりも、別のもので表現していることが多いんです。


その人や音が持つ世界観から逃れることはできない。

山田:ちなみに、辻川さんが自分の作品の中で、好きなものをあげるとしたらどれですか?
辻川:salyu×salyuの『Sailing Days』はけっこう好きですね。小山田くんが作っている曲で、これも音像をなるべく再現しようとしているんだけど、Salyuの声をエディットして何層も重ねているから、カメラの移動とそこに映っている人のリップをちゃんと合わせるのにすごく苦労したんですよ。でもこれ、どうやって作ったから絶対わからないと思うんだよね。すごく魔術的というか。

salyu × salyu「Sailing Days」Music Video

山田:(映像を見ながら)これ、全くどうなっているか思いつかないですね。
辻川:変態的にリップを合わせるのが、すごく上手くやれたんですよ。さっき、リップや演奏以外で表現しているって話があったけど、これは異常なまでにリップシンクしてますね(笑)。
山田:映像をかじった今見た方がやばいですね、これ。
辻川:良かったです、伝わって(笑)。
山田:でもこれがすごいのは、作品としての世界観がちゃんとあって、めちゃくちゃすごいことしているのに、そこに目が行かず、単純に映像がスッと入ってくるところですよね。
辻川:映像は、仕掛けや仕組みが偉いわけじゃなくて、やっぱり世界観が全てだと思うんです。だから、マッピングとか技術的なことが先行しているものにも、必ず世界観は出る。そこからは逃れることができないんだよね。どんなにおもしろいことをやっても、結局は全て、世界観に内包されちゃうから。
山田:自分がバレてしまう……恥ずかしさもありますよね。
辻川:いやぁ、本当にそうなんですよ。だから僕も、「あー僕こんな感じなのかー」って、今でもすごく悩みますよ。
山田:辻川さんでも悩むんですか!?
辻川:いや、悩みますよ(笑)。僕なんかずっと、何も進化していないですからね。山田さんが、モンゴルまで行ってやっていることのスケールの大きさや、都市というものを範疇に入れたものづくりの仕方も、自分よりもずっと大きなスケール感があって尊敬します。自分も、このスケールの小ささみたいなものと、そろそろ向き合っていかないといけないんですけどね。

山田:遊んできた場所がここだったから当たり前の感覚としてあるんですけど、モンゴルに行っても、そこで東京的なことを探してしまっているというか、結局そこからは逃れられないんだっていうことを痛感しました。モンゴル人にはなれないんだなって、そこですごく挫折したというか。
辻川:でも、その都市というフィルターに呼応するって大事じゃないですか?それはたぶん山田さんの作風になっていて、少なくとも僕の世界観よりはすごく広いし、早くもそこから逃れられないってものを見つけているじゃないですか。そこへ行き着くのも早いから、今後も絶対、山田さんは作っていけると思いましたけどね。ちゃんと、確固たる世界観があるんですよね。

水曜日のカンパネラ『メロス』

二人の作家が、今、選択する価値観。

山田:ちなみに辻川さんにとって、一番のアイディアソースって何なんですか?作品を見ていると、リアルなものというか、身近なものがよく出てくると思うんですけど。
辻川:やっぱり、一番は日常ですよね。あとは、記憶ですかね。子供の頃の記憶や感覚って、鮮明じゃないですか。グッとくる瞬間みたいなものは、自分の生活の延長線上にあることが多いです。
山田:辻川さんの映像って、コマ撮りしてるし、合成してるし、一見すごくデジタルな要素が強いのに、それを全く感じさせない。なんでこんなにアナログな手触りやリアリティがあるんだろうっていつも思うんです。
辻川:うーん、なんですかね。でも、CGの技術があっても、デジタルだから嘘っぽくて冷めるよねとはあんまり思わないんですよ。例えばLEGOで飛行機を作ったとして、本物の飛行機じゃないからデジタルっぽくてつまんないとは思わないじゃないですか。むしろ、LEGOで作っているから良かったりすることもありますよね?そういうものに近い感覚で、技術を使っているからかもしれないですね。意識的にアナログ感をつけていることもあるし、けっこう手癖が入っているんですよね。
山田:そこがめちゃくちゃいいですよね。変な話、今はなんでも複製できてCGで作ることができるからこそ。
辻川:やっぱり、根本は世界観だと思うんです。CGだからどうということではなく、その人が持っている世界観やバックボーンのほうが大事かなと。あと、これはものの考え方なんですけど、技術やテクノロジーの進化の肝って、テクノロジーが進化した瞬間に、必要なくなったテクノロジーが出てくることだと思うんです。仮に、デジタルが進化してフィルムの必要性が無くなったとしますよね。でも、その時に初めて、“あえてフィルムを選ぶ”っていう価値が生まれるんだと思うんですよ。そういう意味で言うと、テクノロジーって逆説的に、“必要なくなったテクノロジーを敢えて選択する”という価値を生んでいる側面があるとは思います。

-先ほど、辻川さんが「MVはパーソナルに作ることができるもの」とおっしゃっていましたが、コーネリアスと辻川さん、水曜日のカンパネラと山田さんのように、普段から仲がいいという関係だから生まれていった表現もあると思います。どういうことを意識して、アーティストと意見交換や表現について議論したりしていますか?

辻川:うーん、僕はただ雑談しますね。最近どうなのかとか、なんかおもしろいのあった?とか。それはもう、MVを作り始める前から変わっていないですね。
山田:僕も、水曜日のカンパネラは制作以外で話したり遊んだりすることが多いアーティストなので、阿吽の呼吸でできることが他のアーティストより多いのかもしれないです。あと、コムアイという被写体とのマッチングも大きいかもしれないですね。もちろんそこに音は入ってくるんですけど、どういう環境に彼女を置いたらおもしろいかって考えるところはあるかもしれない。
辻川:それはおもしろいかもね。そういう風に思える人がいるのはいいなぁ。

山田:最後にすごくざっくりした質問なんですが、辻川さんが今、映像業界に対して思うことってありますか?
辻川:うーんどうだろう。ツイッター上で一瞬で流れて消え去るスピード感かなぁ。そういう刹那的なものを、よしとするかどうかっていうこと。まぁ、僕はよしとするんだけど(笑)。
山田:えっ、そうなんですか?
辻川:しょうがなくない?そういう時代なんだなぁとはもちろん思うんだけど、そんな中でもまだ映像を作りますか?っていう話ですよね。これだけたくさんの人が映像を作っていて、時間をかけて作った映像も一瞬で消費される。これから映像で食べていくには、ユーチューバー的な企画やパフォーマンス能力の方が必要かも。
山田:そうなんですよね。ネコちゃんたちの方が稼いでますからね。
辻川:そうだよね。こんなに苦労してモンゴル行ったり、沢山のスタッフを巻き込んで1本ビデオを作っても、視聴者数だけで言ったら、ユーチューバーには全然敵わない。そんな中でも作るってことは、さっきの話だけど、テクノロジーの価値観の中であえてフィルムを選ぶみたいなことと近いんだと思う。今こんな作り方をしていることに、今後どういう価値が出てくるのかっていうことでもあるんだよね。だから、僕たちは変態なんだよね、やっぱり。あえてそこに向かっていってるわけだから。それがやっぱり、変態として生きていくってことですよ。
山田:変態(笑)。いいまとめができましたね。
辻川:ありがとうございます。
山田:ありがとうございました(笑)。

INFORMATION

辻川幸一郎
http://tsujikawakoichiro.com/
Twitter : @k_tsujikawa

山田智和
http://tomokazuyamada.com/
Twitter : @tomoymd