ゼロから何かを生み出すときの、昼間だって深夜のように一人ぼっちの時間、あの人はどんな場所でときを過ごすのだろう。クリエイターたちの創作に欠かせない、フェイバリットなお店を紹介していく連載『完全安全地帯』。
ぬるぬるとした感触やどろりとした重みを感じさせるスライムを、人や人形がかぶる姿を描くアーティストの友沢こたおは、「スパイスと絵の具は似ているかも」と話す。そんな彼女がカレーに目覚めるきっかけになったという、吉祥寺のピワンを紹介してくれた。
「大学に入った頃にドキュメンタリーをよく観ていて、実際に起きていることが一番強いなと思ったんです。だから自分の体験したことを絵に活かしたいという思いがありました。そんなとき、友達が置いていったスライムが家にあって、気づいたらそれを頭からかぶっていたんです。スライムをかぶると、鼻や目に入って息ができなかった。苦しいけど気持ちいいし、楽しくて、神秘的な感覚になりました。その鮮明な記憶が忘れられなくて、絵にしたんです。油絵具って扱いが難しくて、まだわからないことだらけなんですけど、スライムを使った絵を描くときは、ありのままの自分という感じがしてすごく気持ちよかった。自分と油絵具が一体化したように感じました」
「昔から顔を描くことにすごく執着があった。顔って五感が詰まっていて、繊細だけどグロテスクで、すべてを物語るような感じがします。でも私には『ぶち壊してやりたい』みたいな思いが根底にあるんですよね。きれいなものをきれいなまま描くことにはあまり興味がない。だから暴力的にしようとしているわけではないけれど、スライムも気づいたら顔にかけていることが多いです」
「ストレスがあるほうが、不条理に立ち向かう力が湧いてきて、絵がよくなります。いま寺田倉庫で展示している作品(『Everything but…』友沢こたお、一林保久道、熊倉涼子 / 2021年4月6日 – 5月22日 @ Tokyo International Gallery)も、コンクリートの壁に囲まれた、お風呂もベッドもない24時間電気がつけっぱなしの監禁部屋みたいなところで、バナナと蒟蒻ばかり食べながら描いたんですよ。それくらいちょっと苦しい状況で追い込まれたほうがいい絵が描ける。限界まで頑張るド根性系なところは、高校時代の先生の影響だと思います。私がちょっとでも筆を雑に洗おうものなら『絵を描くな!』って言われるくらい熱い先生で、いまでもその先生が背中にいるような感覚で描いてます(笑)」
「ピワンにはハモニカ横丁にお店があった頃から通っています。もともとカレーが大好きというわけでもなかったんですけど、人生が変わるくらい美味しくて。スパイスがパチパチして、脳に届きそうな感じに夢中になりました。夢に出てくるくらい好きです。ここのカレーが好きすぎて、自分でもアメ横でスパイスを買ってカレーを作るようになった。スパイスは組み合わせによって変化する感じが、絵の具と似ているかもしれないですね。何かをつくるうえで、心底感動する経験って大事だと思うんです。適当なものを食べちゃうこともあるけど、たまに本気で感動することを大切にしたいと思っています。だから頑張った日のご褒美や、エンジンをかけたいときにはピワンに来ます」
「スライムは色や硬さ次第でいろんな表現ができるし、光の当て方によってもイメージが変わります。一秒後には形が変わっているし、自分の意思でコントロールできないことも魅力的。まだまだインスピレーションが湧くので、いろんな可能性を探っていけると思っています。生きているといろいろなしがらみがあって、いつも所在のなさがある。本当は全裸で走りたいんだけど、走れないような感じ。でもスライムをかけたり、絵を描いているときは動物に返るような感じがして、そういった気持ちが少し和らぐんです」