吉田大八監督と錦戸亮が、Amazon Musicの新プロジェクト「Music4Cinema」に参加することが発表された。「音楽 x 短編映画」という組み合わせで、それぞれが脚本、楽曲を書き下ろす。錦戸は独立後初となる主演作品であり、主題歌も担当。吉田監督とは2018年公開の怪作『羊の木』以来の再タッグだ。風変わりだけど胸に響く作品の仕上がりは、この二人の関係にも似ている。プライベートでも交流のある、いい距離感の歳の差コンビの、いい塩梅の対話。創作は、クリエイター同士の信頼とリスペクトがあってこそ。読めば、“本当に面白いもの作りとは何か”のヒントがみつかるかもしれない。
「錦戸亮をイメージして当て書きされた脚本」
ーまずは吉田監督、企画を依頼された時の感想と、錦戸さんを指名された理由を聞かせてください。
吉田:最初は短編映画に音楽がくっついたものと聞いて、長めのプロモーションビデオと何が違うのか理解が追いつかなかったんです。ふだん僕らが映画を撮っている最中や撮った後に主題歌を探すことがあるんですけど、つまり短編でその流れなんだと理解しました。しかも15分なので、できるだけ密度や純度を高めた方がいい。その時、ストーリーを語るにあたって必要な主演俳優と歌を唄える人、両方できる人を一人知っているぞ、と思いついたんです。そうすれば、短編としてすごくいいバランスにできるんじゃないかなと。それから結構早い段階で、彼に声をかけました。
ー錦戸さん、監督からの指名で企画が届いた時の気持ちは?
錦戸:以前、大八さんの作品(『羊の木』)に出演させていただいたことがあったのですが、その後は一緒にご飯行くことがあったくらいで、お仕事は何もしていなかったんです。僕自身、ここ数年で環境がガラッと変わって、台詞を言う仕事を全然していなかったので、声をかけていただいたことは純粋に嬉しかったです。だからすぐにやりたい、頑張ろうと思いました。
ー『No Return』は、吉田監督から錦戸さんへのエールのようにもとれました。監督はどんな想いでこの脚本を書かれたのか、錦戸さんはそれを受けてどんな想いで「ジンクス」という曲を作られたのか聞かせてください。
吉田:最初から錦戸君を主人公に当て書きしていたので、錦戸君をこういう状況に置くとどういう顔をしてくれるのかなと、楽しく想像しながらあっという間に書けました。彼は最近演技する機会がなくて、こっちはまた見たい気持ちが溜まってたから。人によっていろんな錦戸君のイメージがあると思うんだけど、“僕が見たい錦戸君”をどんどん詰め込みました。夢の話なので、何やってもいいじゃないですか。例えば、関西弁で喧嘩する錦戸君が見たいとか、『羊の木』の時も演奏してもらったんですけど(註:ベース)、また演奏する錦戸君が見たいとか(註:今回はサックス)。あとはエールって仰っていましたけど、『羊の木』以降たまに会って彼の話を聞いたりする中で、直接的には触れなくても、この歳で環境が変わるということはきっと不安もあるだろうなと歳上の人間として想像していたので、その気持ちが多少脚本に滲み出ていたのかもしれませんね。
錦戸:僕はこれまである特定の作品に向けて楽曲制作したことがなかったので、どこまで僕が応えられるのか正直わからなくて、最初は自分が言いたいことや、その時思いついたことを羅列している感じだったんですけど、作品の中に溶け込める曲にするにはどうしたいいのか考えて、回り道した挙句、一度何も考えないようにして、もう一回ゼロからちゃんと書いてみようと思って書いたのが、ほぼこのかたちになりました。曲に込めた想いというよりも、吉田監督に応えたいという気持ちの方が大きかったですね。
錦戸亮
ー錦戸さん、台詞があるのが嬉しかったと仰っていましたけど、演技をする楽しさについて聞かせてください。
錦戸:今まで演技してて、台詞を言って楽しいなって思ったことは正直ないです。
吉田:そうなんだ(笑)。
錦戸:繋がったものを見て、出来上がったものに対してはあるんですけど。もちろん、台詞を言える環境に置いていただけたことはすごく幸せなことだし嬉しいとは思いますけど、いざ台詞を言う時にそれをしみじみ感じていたら変になっちゃいます。でも、出来上がったものを観終わって、こうやってお話を聞いていただける状況は、すごくありがたいです。観てくれる人がいてこそ成立するものだと思うので、早くみなさんにお届けできたらいいなと思います。
吉田大八
ー吉田監督は、3年ぶりにタッグを組まれて、錦戸さんの魅力をあらためてどのように感じられましたか。
吉田:まさに今、彼の話を聞いていて、そういうことなんだなっていうか、彼にとって演技そのものに楽しみがあるんじゃなくて、仕上がってから感じるものだという感覚は、僕にとってありがたい。つまり現場では監督の僕を100%信頼して委ねてくれているということだから。完成形をイメージしながら取り組んでくれている。でも今回、音楽制作のやりとりの中でも感じたんですけど、錦戸君にはもともとプロデュース目線があるんです。つまり僕(監督)からの発注がまずありきで、自分のやりたいことは傍に置いてそれに応えて、成立させていく過程で自分の表現にしていく。僕も自分からやりたいって人にもちかける企画と、人から誘われる企画と両方あって、でもそれぞれ力の出し様はあるので、どっちがより自分っぽいかなんて、正直関係ないんです。もの作りを通して知り合った間柄の歳上としては、彼とそういう機会を共有できて、彼に1つ楽しみを見つけてもらえたならうれしいです。
ー錦戸さんはご自身のプロデュース能力をどう思われますか。
錦戸:自分をプロデュースしてるっていう意識は全くないですし、結果的に何かを作ってたらプロデュースになっているのかなとも思います。それって一人になってからではなく、グループにいた時もやっていたことです。例えば仕事だけじゃなく遊びもプロデュースの一環だと思うんです。サーフィン始めてみようとか。誰と付き合うかも自分で選ぶことじゃないですか。好きなことを追い求めていったらそういう風になったってことだと思います。ただ、自分がどうやったらそれを成立させられるかなってことは考えます。地に足がついてないことをやったり言ったりしてもしょうがないし、今の僕にできる最大限の提示できるものについて考える。つまり自分の見極めをしようとしているんじゃないですかね。ここまではできる、これはできないっていう。できそうならやってみる。僕は昔からそうですね。
ー監督は最初から錦戸さんのそういった視点を感じられていましたか。
吉田:彼は、作品全体にとって、撮影現場の自分がどういう立ち位置なのかを理解している。何が今、自分ができる最大のパフォーマンスなのかってことをつかむのが早い。それは信頼がベースにあってのことだと思うんですけど、その見極めの早さは、ここ何年かじゃなくて、彼のキャリアの早いうちから習慣というか、訓練の中で身についたものだと思います。
「錦戸亮を中心に
いろんなマッチメイクをしたい」
ー映像は夢と現実が交錯するような内容ですが、観る人によって違う解釈ができると思います。監督がそこに込めたメッセージは?
吉田:メッセージはないかもしれない。少なくとも、言いたいことがあって書き始めたわけじゃないので。ただ、錦戸君は僕の息子ともあまり歳が変わらないんですけど、彼をふくめた自分より歳下の世代に対して常々思っていることが、滲み出てきちゃうところはある。これからみんなどう生きていくんだろうっていうのを、歳上の世代としてどう見つめていくのかっていうのが。例えば「がんばれ」とかはっきりと言葉にするつもりはなくても、自然と反映されているのかも、とは思うんです。
ー好きなシーンを教えてください。
錦戸:台本にも書いてあるし、お芝居している間に目の前で台詞を言われて自分も聞いていたはずなんですけど、画面を通して初めて観た時に、えっ何コレって思ったのが、一番最後の喫茶店のシーンで(植田紗々演じる謎の女から)「ダメよ、やめちゃ。続けて、歌」と言われた時に、あぁこれ大八さんに言われてるみたいだなって。そこで、うわぁってなりました。結局書いてるのは大八さんだから。
吉田:この何年かは、彼をミュージシャンとして意識してきたから、つい書いちゃったのかもしれない。彼の音楽をずっと好きで聴いてきた人にとっては当然の気持ちなんでしょうけど。こういう、現実とフィクションの境目に投げ込まれるような台詞も、この作品になら使えるかなと。
ー山のシーンは撮影が大変そうでした。
吉田:あれは富士山の五合目なんですけど、黒澤明監督が時代劇を撮っていた場所だったらしいですね(註:『乱』1985年)。撮影した日と同じ靴をたまたま今日履いてきたんですけど、さっき中から溶岩の砂利が出てきましたよ(笑)。
ー『羊の木』との共通点として、吉田監督が濃いキャラの登場人物を使って錦戸さんを追い詰める、というサディスティックなところがあるなと思ったのですが。
吉田:それは否定できません(笑)。
ー松浦祐也さん、植田紗々さん、樋井明日香さんはじめ魅力的なキャストについて、何かエピソードがあれば教えてください。
吉田:今回は本当にキャスティングがうまくいきました。先ほどおっしゃったように、錦戸亮を中心にいろんなマッチメイクをしたいっていうのがあるんです。(彼らへ反応することで)いろんな錦戸亮の表情が見られるじゃないですか。1本の作品の中でもできるだけたくさん楽しみたかったんです。松浦さんとは前から仕事がしたくて、やっと念願かないました。(松浦が)頭をいきなり窓ガラスにぶつけるシーンは、僕がやれって言ったわけじゃないですよ(笑)。撮影用に借りてる場所なのに割れたらどうするんだよっていう。『羊の木』の時に出演してもらった水澤紳吾さんと松浦さんはたまたま仲良しなので、やっぱり油断できないなぁと(註:『羊の木』では水澤の怪演が話題となった)。
錦戸:あのシーンはびっくりしました。だって窓ガラスがバゥーンってなりましたからね。
吉田:ああいう瞬間が、演出の醍醐味の一つです。そして、そこで錦戸君がどんな顔をするか観てみたい。あのシーンで反応した錦戸君の顔も僕はすごく好きなんですよ。
錦戸:カメラが回っていない時は、共演者のみなさん優しかったですよ。松浦さんは普段の喋り方はめちゃくちゃ優しいですけど、いざ本番になると怖い。大八さんが好きそうな俳優さんだと思いました(笑)。あとは植田さんや元カノ役の樋井さんは、撮影がおしてめっちゃ待たせてしまったんです。それなのにすごく優しくて。
吉田:樋井さんには『美しい星』(2017年)にも出演してもらって、そこでもやや元カノっぽい役でした。今回はキャスティングした後に樋井さんが関西出身だと気づいて、あ、これで関西弁のやりとりが書けると思って、でも僕は関西弁がわからないからまず標準語で台詞を書いて、ネイティブの錦戸君に翻訳してもらったんですよ。
ー錦戸さんにとって吉田監督はどんな存在ですか?
錦戸:『羊の木』を撮影してたのが2016年だったんですけど、それ以降もご飯食べに行きましょうという感覚で会ってましたし、曲が出来たら送ってみたり、大八さんからいろんな音楽を教えてもらったりすることもあります。
吉田:何かを勧めて返信がなかった時は、ハマんなかったんだなって思うようにしています(笑)。
錦戸:撮影現場で仕事して、出来上がりも観て、それが全てじゃないですか。普段どうであろうが、そこで大丈夫って信用しきってるんで、今回一緒にお仕事できたのは本当に嬉しかったです。
ー二回目があるって嬉しいことですね。
錦戸:二回目がうまくいかないこともあるし、そういうことを覚悟しながら、誰とでも毎回はじめてのつもりで付き合わなきゃいけないと思っているんです。でも一度ものを作って出来た関係は初めての時よりも、もう少し先を目指せるはずだと思ってやるようにしています。
ー今回は現代ユースがテーマということですが、ご自身がもっと若い頃に戻れるとしたらいつごろに戻りますか。
吉田:もうあんな面倒くさい時間には戻りたくない。10年くらい前なら、あの辺もう一度経験したいなというのがあったかもしれません。やっとここまできたのに戻るのは、単純に面倒くさい。
錦戸:僕も正直ないですね。今36歳なんですけど、今の考え方や経験を持って戻れるとしても、それって面白いのかどうかもわかりませんし。また昔の16歳の頃に戻ったとしても同じことを繰り返しちゃうだろうし。戻りたいなと思ったことはないです。
ーまさに『No Return』ですね。
錦戸:おあとがよろしいようで。
INFORMATION
『No Return』
監督:吉田大八
主演 / 主題歌:錦戸亮
7月14日から短編映画をAmazon Musicアプリ、Amazon Prime VideoおよびAmazon公式YouTubeにて配信。
https://www.youtube.com/watch?v=j4a8IsUL7SE&list=PL95Sh3LeYOTGdpT41Uu3hqV7BKbkq0zK&index=1
7月7日より錦戸亮の書き下ろした楽曲「ジンクス」を含む「Music4Cinema」オリジナルサウンドトラックをAmazon Musicにて独占配信中。
「Music4Cinema」オリジナルサウンドトラックURL:
https://music.amazon.co.jp/playlists/B096VBBVD8