『シドニアの騎士 あいつむぐほし』
Interview:吉平 ”Tady” 直弘
EYESCREAM No.178

Text—Tadashi Sudo Edit—Shigemitsu Araki

『シドニアの騎士 あいつむぐほし』
Interview:吉平 ”Tady” 直弘
EYESCREAM No.178

Text—Tadashi Sudo Edit—Shigemitsu Araki

現在発売中の雑誌EYESCREAM No.178は、アニメ特集。“JPN ANIME 2021 SPRING -2021年 日本のアニメ-”と題し、この春観ておくべき新作アニメを大ボリュームで紹介している。ピックアップした作品の一つ『シドニアの騎士 あいつむぐほし』では、TV第1期で編集、第2期副監督、劇場版にて監督を務める吉平 ”Tady” 直弘にインタビューを実施。EYESCREAM WEBでも、6月4日の劇場公開に際してその一部をお届けする。

ど真ん中にストレートを投げ込んでいきたい

―― 本作を拝見させていただいて、映像も凄いのですが、ストーリーも素晴らしく、王道SFロボットアニメになっていると感じました。

「今回監督として、TVシリーズ第1期の静野孔文監督、第2期の瀬下寛之監督のお二人がまだやっていなかったロボットアニメならではの王道感と、人物の感情描写をより力強く打ち出す演出をと思っていました。そして セルルックCGアニメという描画表現として変化球的な側面があるからこそ、よりメジャーな作品に辿り着くためにストーリーテリングの形ではより勇気を持って、ど真ん中にストレートを投げ込んでいきたいとの想いがありましたね」

―― 今回はラブストーリーの要素も強いですね。

「企画段階でプロット案を出した時に、『SFアニメの顔を被ったラブロマンス』と宣言したんです。ガウナという『未知の敵対人類』というエンタテイメントとしてより派手な要素であったり、本格SFの奥深さだけに僕らが没入しすぎないためです。シドニアのサーガの中の3作目のメインプロットは、主人公・谷風長道(ながて)とつむぎの恋愛の話を本質的なコアとして様々なストーリーを構築したいと考えていました」

―― 作品を作っていく段階で、視聴者の目線は意識されるほうですか?

「当社(ポリゴン・ピクチュアズ)のプロデューサーの守屋(秀樹)が、視聴者を狭めないように意識して、初見の方でもなるべく親しみやすいストーリー作りの会議をファシリテートしてくれました。特に物語の全体構成や導入は、『数年ぶりの続編』という難しさもあり、従来の作品よりも慎重に何度も検討を重ねました。一方で、原作にない新しいエピソードも色々と盛り込んでいます。脚本会議メンバーはTVシリーズの第1期から参加していて、何よりもメンバーの皆さんがシドニアファンでもあるので、色々なアイディアが活発に出ていましたね。例えば、シドニア内部のお祭りである『重力祭』の復活も、映画オリジナル要素のひとつです。完結版シドニアを悔いのない形でまとめあげよう、最高のものにしたいという意識が高く、ときには議論が白熱し過ぎて大変でしたが一体感のあった楽しい脚本会議でしたね」

―― 今回の劇場版では15m差の恋という大きなテーマがあります。これにリアリティを持たせるのは苦労されましたか?

「まず見た目としての15mの大きさの違いが特異点になっていますが、それよりも長道とつむぎの二人の言葉の外側にある想いを観ていただく人に感じて貰うことが重要だと考えていました。それぞれの感情を感じ取っていく過程で、種族も大きさも違う二人の恋に共感できるんじゃないかと考えたわけです。長道は過去に星白を失った苦い経験もあり、さらに英雄としての社会的な人格や振る舞いを周囲から求められています。その社内的状況下では自分の想いを素直に出せず、感情を抑制し大人として振る舞うことを意識している。一方、つむぎは姿形こそ人間と違いますが、人間以上に他人のことを大切に思うことができて、自分の身を挺してまでの行動ができる。そして、誰よりも乙女でシャイなキャラクターです。二人は周りからみれば微笑ましく仲の良い間柄ですが、二人の性質やそれぞれの状況に、社会的環境と個々が抱えるジレンマの障壁があります。内面では相手のことが好きなんだけれど、何かがきっかけで現在の関係が失われてしまうのではないかと不安を抱えていて進んだ関係に踏み込めない。その恋愛模様は人間同士のものとまったく一緒だと思うんです。そんな純粋無垢なふたりの恋する想いは、きっと視聴者の方々にも共感する形で受け止めていただけるんじゃないかと思っています」

―― 本作の主人公の長道について、監督はどのようなキャラクターと位置づけているのでしょうか?

「長道は斎藤ヒロキのクローンなので、本来であれば成長した姿は斎藤ヒロキと同じになるはずですが、本作での成長した長道は斎藤ヒロキとは異なる凛々しい顔つきで登場してきます。実はその描写のあり方から監督としてのこだわりを入れています。斎藤ヒロキは、彼自身の信念のもと仲間から離れて、シドニアの未来を憂いながら孤独に歳を重ね人生を送りました。一方の長道は人格が形成される若い年齢で社会に出てきてイザナたちと出会い、様々な経験や葛藤を経て英雄となり、シドニアのみんなを守ろうという強い責任を抱えて、仲間と一緒にこの10年を過ごしました。人生での経験とその人格の形成が変わったからこそ、長道は大人になった顔つきも変わっていったんだと考えているんです」

―― 長道は、自身がクローンであることを明かされてもそれほど悩んでいるように見えなかったのですが、異形の姿のつむぎへの接し方など、ユニークな価値観があるように見えます。

「それは幼少時代に人間社会の道徳、倫理、常識などの社会性の経験が十分に与えられていなかったからこそ、逆に誰よりも本質的なところだけをうまく捉えることができる性格になったんじゃないかなと思っています。長道は自分が人と違うことに対して悩むこともありません。少年時代に育ての親であるヒロキとふたりきりだったこともあって、自分が地上に出たあと知ったシドニア世界の全てが大好きで、大切なんです」

―― ドラマ表現で難しさは感じましたか?

「作るのが難しいというシーンは沢山ありました。映像を作るうえで難しいのは、セリフの言葉の外にあるそれぞれのキャラクターの想いや感情という部分ですよね。例えば、音にする言葉では『相手を慮って賛同しているけれど、本音は否定である』とか。そうした言葉とは違う内面の感情表現を指示するために絵コンテは実はト書きがすごく長いです。絵コンテのパネルひとつに対して100文字以上解説を入れることも多いので、各パートのコンテを描いてからその解説だけを書くために、さらに一週間以上かかりました」

―― 原作の魅力を映像化する時に、その良さを損なわないように気をつけられたところはありますか?

「やはり原作の持つ作品の本質や普遍性を重視して、弐瓶先生が描きたかった世界をしっかりと感じながら映像作りをすることに尽きると思います。例えば僕らが日本映画だけに限らず海外映画を見ても感動できるのは、そこに普遍性のあるドラマがあるからですよね。あるいは、場所や時代が大きく変化しても、考え方や行動、思想の本質は大きく変わらないとか。社会が変わっても人々の行いは共通であったり、類似していることも多く、それによって世界共通の普遍性のあるドラマが生まれてくる。このシドニアの遠未来のSF作品でも、そういった人類の普遍性をすごく意識しました。命が軽くなった時代、あるいはクローンが生まれても、有機体から戻して人間は再生できますという未来の時代にあっても、人々は一生懸命に暮らし、人の気持ちや関係のあり方は変わらないという本質の部分は描き方においても大切にするようにしています」

―― 弐瓶先生とはどのようなかたちでコミュニケーションを取られましたか。何かサジェスチョンはありましたか?

「映画の脚本会議が始まる前に、弐瓶先生、総監督の瀬下(寛之)さん、それに僕の3人でブレストをやったのですが、弐瓶先生からは映画化にあたって、積極的に新しい提案を出してくださいました。『10年後の長道はこうなんです』と絵を描いてくださったり、『未来の建築材はこういうマテリアルでこういう工法で作られています』とか。TVシリーズ『シドニアの騎士』や劇場版アニメ『BLAME!』の時もそうでしたが、いつもアニメで必要な設定をかなり詳細に至るまで考えてくださっています。一方で、こちらからの提案も前向きに受け取っていただいて、さらにアイディアを新たに付け足してくださいました。今回は、チームとしてすごく成熟したやりとりができたと思います」

セルルックは日本のアニメの変化の兆しになった

――TVシリーズと比べて、本作で制作手法が大きく変ったところはありますか?

「セルルックCGなので、技術的には元のデータをそのまま使おうと初期には考えていたのですが、よりクオリティーの高い映像にするために、かなり労力をかけて視覚的や絵柄的にもバランス調整をしたうえで、最新のCG技術の作り方に載せ替えています。また様々な新技術を導入して、もっと画面上の情報量を盛り込み豊かにする表現手法もありましたが、『シドニアとしてのビジュアル』から逸脱するとTVシリーズからのファンの人たちには違和感がでてしまうので、新作を作る以上に映像開発には苦労しました。7年前のTVシリーズ版シドニアの印象を保ちつつ、よりインパクトのある進化したビジュアルにならなければいけないわけですから。弐瓶先生の原作が持っているテイストを残しつつ、アニメとして進化させ、より美しく、より格好よく見せていくビジュアル開発は試行錯誤の連続となり、とにかく大変でした」

―― 映像表現で苦労したところは?

「特に苦労したところは、終盤で重要な場面になる『恒星レムでの戦い』ですね。この場面は、最新の太陽の撮影映像を参考にして表現を開発していったのですが、社内でも特に精鋭のアーティストたちの技術を結集させて、なんとか作り上げた努力の結晶ですね。開発初期は、技術的な制約や制作時の難易度を意識しすぎて、視聴者の感情に響く、ラストバトルの決戦の地としての『禍々しさ』や『恐ろしさ』を感じてもらえる表現に、なかなか到達できなかった。視覚的な迫力と、制作上での技術的な解決が両立した現在の表現が完成するまで2年ぐらいかかりました。このシーンは、大画面でじっくりご覧いただきたいですね」

―― 本作のセルルックと呼ばれるCGは3Dでありながら手描きアニメのようなビジュアルを取り入れています。日本ではいくつかのスタジオが取り組んでいるものの、世界からみると、割と少数派の技術のようです。これは日本のCGアニメの強みになるのでしょうか?

「実は、この映像様式でしか伝えられない表現が沢山あると思っています。一般的な3Dアニメーションは、立体的な情報に物理ベースの光の演算をして、さらに重量を感じさせるアニメーションをつけていく。こうしたリアル寄りの3D映像は、特に2Dアニメーションに親しんでいる日本人にとって、自分たちの意識を投影しづらく、どこか別次元の世界になってしまい、共感性や感動性が得られにくいと感じています。現在ではNetflixなどの世界配信による影響によって、世界に2Dアニメファンもさらに広がっています。2Dの親しみやすさと3Dならではの良さを融合したセルルックCGには、映像表現としても大きなチャンスがあるし、まだまだ進化の余地がある。シドニアの映像も、この7年で劇的に技術進化していますので、最新作とTVシリーズを見比べていただきたいですね。また、これだけのアニメーションの新作が毎週リリースされる国は日本以外に他にないです。言い換えれば競争が激しく、映像の進化や個性的な作品が次々生まれてくるわけで、他社作品から気づかされることが常々あります。日本で自然に慣れ親しんだアニメやコミック文化の知見と、現在の切磋琢磨した厳しいアニメ市場環境下で、セルルックCGを進化成熟させて一緒に競争し続けていくことは、日本のアニメスタジオ全体にとっても大きな強味になるんじゃないかと思っています」

アニメとは無限の想像力の世界

―― セルルックのアニメが日本に集中しているのはなぜだと思われますか?

「個人的には日本画などの伝統的な文化から連なって発達してきた表現感性の影響があるんだと想像しているんです。例えば『鳥獣人物戯画』といった絵巻という歴史的なでき事を伝えるための壮大な平面図。それから浮世絵といった線と色だけで表現する技法。どちらも、絵として記号化、より強くスタイライズをすることでより描きたかった対象を明確に、深く抽出できるかたちにしていますよね。そうしたスタイライズされた表現形態に日常的に慣れ親しみ、磨かれていった感性がベースにあって、それが現代ではアニメーションというジャンルで生かされ、新たな表現が生み出されているのかなと思います。逆に3Dは3Dになればなるほどリアルの追求になってしまうので、見る人の想像力を排除してしまうところもあると思っています」

―― リアルでないから入り込めるところがあるということですか?

「記号化されているからこそ、見ている人が自分たちの心象風景や心の中にあるイメージを素直に投影することができる、共感性を高められるということだと思っています」

―― 監督にとってアニメとは何ですか?

「『無限の想像力の世界』だと思います。実写では表現に制限や無理があることでも、アニメでは想像さえすることができれば、現実のルールを超えて描画することができます。新しい宇宙形態を描くこともできるし、クリーチャーひとつとってみても、新たな次元や考え方で嘘すらも交えて描いていくことができます。作り手の想像力によって、物理法則や時間の概念も超えて、自由な世界を描くことができるわけです。僕らがこんな映像を作りたいんだ、伝えたいんだという時には、深く考えを巡らせて想像力を進化・発展させれば、その先に新しい映像が生まれてくる。そうした懐の深さは、他の映像表現にはない魅力だと思います」

―― 今回の劇場版で長いシドニアシリーズが完結しました。最後に、いまの想いをお聞かせください。

「TVシリーズ第1期では編集を担当していましたが、1話の最初のカットから魅了されるような気持ちで夢中になってこの作品に参加していたことをよく覚えています。そな大事な作品で、今回、完結編の監督を務められたのは無上の喜びでしたね。これが自分の人生を変えたシドニアの最後の作品なのだと思って、いまでき得るベストなものを、何ひとつ後悔のないものを、自分自身もファンも失望させないようにと執念にも近い気持ちでずっと取り組んで来たんです。先日初号試写があったのですが、その時まで、まだ自分を許せないような気持ちすらあったのですが、試写会の後に皆さんのリアクションを見て、その時にやっと深い喜びと安堵を感じられたんですよね。最高のシドニアと最高の完結を、という想いでここ数年ずっと駆け続けて、こだわり抜いて作品と向き合ってきました。制作しながら、すごく苦しみ、早く終わりにしたいと思っていた日々もあったのに、完成してもうシドニアを作れないんだと思うと、今はもう寂しさしかないです。もし叶うことがあれば、原作の最後の2ページにある話を新たにアニメで作れる機会があれば嬉しいですね」

INFORMATION

『シドニアの騎士 あいつむぐほし』

原作/総監修:弐瓶 勉『シドニアの騎士』
(講談社「アフタヌーン」所載)
総監督:瀬下寛之 監督:吉平 ”Tady” 直弘
キャスト:逢坂良太、洲崎 綾
6月4日(金) 新宿バルト9ほか全国公開
配給:クロックワークス
©弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

INFORMATION

EYESCREAM No.178

発売:2021年5月1日(土)
Cover: Fred Perry Shirt 2021 (Noodle from Gorillaz)
特集:JPN ANIME 2021 SPRING -2021年 日本のアニメ-
シドニアの騎士 あいつむぐほし/100日間生きたワニ/オッドタクシー/Yasuke ─ ヤスケ ─/JUNK HEAD/竜とそばかすの姫
第二特集:WHAT’S “MUSIC×ANIME”? -音楽アーティストにとってのアニメ-
岡崎体育/Masato from coldrain/Show from Survive Said The Prophet 高野賢也 from マカロニえんぴつ/チヨ from SPARK!!SOUND!!SHOW!!/ TaiTan from Dos Monos×玉置周啓 from MONO NO AWARE

¥927(TAX IN)



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