[AUGER ART ACTION]Vol.09:山谷佑介が温泉の写真で表現した時間と視覚の流れ

Photography_Yuta Fuchikami, Edit&Text_Ryo Tajima(DMRT)

[AUGER ART ACTION]Vol.09:山谷佑介が温泉の写真で表現した時間と視覚の流れ

Photography_Yuta Fuchikami, Edit&Text_Ryo Tajima(DMRT)

貝印によるグルーミングツールブランドAUGERの掲げる「Kiss our humanity – 心に触れて“整える”時間」を生活に浸透させ、“自分と向き合う”ことで生まれる、新たな創造と可能性。その創造性をEYESCREAMがアーティストにぶつけ、自由に作品を構築してもらうシリーズ企画「AUGER ART ACTION」。
写真家の山谷佑介はAUGERが持つプロダクトのコンセプトから着想を得て、時間の流れを表現することを考えた。その際にフォーカスしたのがライフワーク的に撮り溜めてきた温泉のプロジェクト。この2つを合わせて、山谷はどう時間を写真作品に収めたのか。

野湯が持つダイナミックなビジュアルに惹かれた

 

ーこのAUGER企画では、ONSENシリーズからの作品を制作していただきました、まずは温泉のプロジェクトについて教えてください。

 
山谷佑介(以下、山谷):自然の中に自噴する整備されていない温泉、野湯(のゆ、やとう)などと呼ばれるところがすごく好きなんです。それで、もう15年以上通い続けていて2023年に『ONSEN I』と題した写真集にまとめました。
 

ー15年前の話になると思いますが、温泉を撮ろうと思ったのはどういう理由がありますか?

 
山谷:学生の頃に北海道から九州までバイクで旅をしたんですけど、北海道を出発して青森に入って進んでいくうちに気づくんですよね。『別にやることないな』ってことに。そんなときも温泉だけはどこにでもあったんですよ。
 

ーやることがない中で温泉に目が向いたと(笑)。

 
山谷:そこで温泉を巡ってみようという考えに至ったんですよね。そしたら、東北の山奥にあるわけですよ。ただの川がそこだけ急に温泉だったり、温泉ガスの影響で木が枯れて岩肌が剥き出しになった荒涼とした土地だったり、まずビジュアルがすごいんです。恐らく何千年と変わらない景色なんだと思うんです。湯が枯れたり新しく出たり。そのダイナミズムの中に存在しているところに惹かれたんです。その後は友達と一緒に年に数回行くようになり、自然と写真を撮るようになり、という感じでした。
 

ーでは、山谷さんにとってライフワーク的な感じだったんですか?

 
山谷:そうですね、急いで作品として成立させるつもりもなかったんです。ただコロナ禍が明けるタイミングで、自分的にも明るい作品を発表したいと思ったんですよ。そこで温泉の写真を見たらカラーが多いし、いいんじゃないかと思って。
 

ー山谷さんと言えばモノクロだったり夜など無彩色な作品のイメージもありますもんね。

 
山谷:温泉の写真は非常にポップでポジティブな印象があるし、外に出て誰かと一緒にどこかへ向かうという意味でもコロナ禍明けには向いていると当時は感じて。そこから一緒に温泉へ行く人をSNSで募集したり、自分の展示に来てくれた人を誘ったりしていくうちに徐々にプロジェクトになってきたんですよ。参加してくれる人に対して、そこに行くという行為自体も含めたアート体験にしちゃおうってことまで考えていましたね。『ONSEN I』は、そのビジュアルをまとめた写真集になります。

 

ーそんなONSENのプロジェクトを今回の作品におけるテーマにした理由はなんですか ?

 
山谷:最初に打ち合わせをしたとき、AUGERのビジュアルが洗練されていて、キャッチコピーとして<心に触れて“整える”時間>っていうのがあったので、そこから連想される自分の作品というと温泉の写真かな、というのが直感的にありましたね。そのうえで、とにかく“整える”というところにフォーカスしているブランドだと教えてもらったので、温泉は連想しやすいテーマでした。今じゃ<整う>はサウナ用語ですけど、もともと温泉は極楽気分で、非日常の時間を楽しむという要素がありますからね。それに時間という概念も、今回の野湯にはぴったりだと思いました。今回の作品で写真に映っている姿もそうなんですけど、同じものは2つとないですからね。
 

ー気泡のようなものが映っていますが、これは下から温泉が湧いているんですか?

 
山谷:そうです。温泉の中でもっとも素晴らしいと言われているのが足元湧出泉なんですよ。大体の温泉は地下まで掘って汲み上げるか、山の上の源泉からパイプを引いて掛け流しにするか、というスタイルが多いんですけど、ここはその場から湧いてくるわけです。鮮度抜群で地球のパワーを直に感じる気がするというか。温泉の表面を見ていると、泡が1個できて、だんだんと移動していって消えて、またポツンとできて、ということの繰り返しで時間が感じられるんです。そこも今回のAUGERとの取り組みとしてマッチしていると思った点です。同時にAUGERにはモノクロのイメージがありますが、そこもよかったですね。温泉の写真を白黒にすることで質感が特徴的になったと思います。
 

時間をすべて見せるというテーマに基づくタイポロジー的な作品

 

ーたしかに、温泉なのにすごく粘度の高い液体金属みたいな雰囲気にも見えます。制作にあたって大変だった点はありますか?

 
山谷:ちょっと悩んだのが、作品がけっこうタイポロジー的な見せ方になるけど大丈夫かなって。今回の企画、けっこうアヴァンギャルドな作品を作っている人も多かったので、もうちょっと攻めた方がいいのかなと思って最初は全然違うものを用意したんですけど、だんだんと変わっていって今の形に落ち着きました。こういう作品を作る人間がいてもいいはずだなって。時間の見せ方を重要視するならこれが1番いいだろうと。
 

ー額装された写真ですが、ところどころ穴があるというか。整列した掲示ではないところは何か意味がありますか?

 
山谷:そう、そこなんですよ。各写真の右下にはナンバーを刻んでいるんですけど、これは写真のファイル番号なんです。デジカメを使って撮影したときに付与されるものですね。この空白を設けることで、あったはずの写真がないってことを欠番で表現したいと思って。何か撮ったんであろうけど、そこにはなくて見えない。見えないということが非常に重要なんです。
 

ーそういう意味なんですね!

 
山谷:だから最初の方はまだ自分の視点が定まっていないんですよ。露出を迷っているカットもあって調整段階の写真もある。そこから気泡を見つけて、自分の意識の中で泡が気になっていくわけですよ。で、追いかけるようになっていったんですよね。そんな風に視線の変遷がわかる。その全部を見せるという作品なんです。


 

ー山谷さんの視線を追体験できるような作品ですね。

 
山谷:タイポロジー的な提示ということを考えると、綺麗に並べた方がいいかなという考え方もあったんですけど、この方が自分のリアルを表現できるし、この気泡が浮かんできて消えるのって約10秒くらいですからね。そこに強烈な時間を感じるわけですよ。そこにぐっと集中しているし、この泡が浮かんでくるまでの地球における大きな時間軸もありながらの一瞬ということも感じます。
 

ー時間をテーマにされているからこその作品でもあるわけですね。

 
山谷:この1枚だと決め打たない、というのは前作から続く部分もあって。以前、発表した写真集『Doors』では、ドラムのパフォーマンスを行って、そこで撮影した写真をその場で出力して、その場の人は全部を見れるという取り組みを作品にしました。写真をセレクトするという行為をやめることで、まったく違う側面を見せられるんじゃないかっていう『Doors』で得た考えも今作には入っているんです。今回、AUGERの話があったからこそ、温泉のプロジェクトで違うアプローチの作品ができたと思います。

 

ーAUGERのプロダクトテーマに時間というワードがあったからこそ、今回は時間にフォーカスされた部分もあると思うのですが、普段から写真を撮るうえで時間の概念を重視したりしますか?

 
山谷:そうですね、時間を切り取るというのは常に写真が持っている特徴の1つですからね。わりと最初の頃から考えています。街のスナップにしてもそうなんですけど、自分が向き合う写真の在り方って、別に現代を切り取らなくていいとは思っていて。そこに映し出されているものが、いつの時代なのかよくわからないという感覚が、自分の社会に対する第一歩だったんですよ。10代の頃から好きになる音楽やファッションが3、40年前に生まれたものだったり、日本ではなくイギリスやアメリカの古いカルチャーに興味があったり、自分が現代の日本人であるっていう前提だけじゃないというのが、世界との向き合い方の出発点でした。それを実践したのが「Tsugi no yoru e」という最初の写真集で、それは大阪の街のスケーターやパンクスだったり、夜の街にいたヤツらをスナップした写真なんですけど、それもタイムレスというか。いつのどこなのかわからないって感覚で撮りましたね。
 

ーそうしたテーマ性が山谷さんのどの作品にもありますね。

 
山谷:そんな中で温泉のプロジェクトはライフワーク的な要素が強くて、写真とは何かってことを一旦置いて、楽しいし好きだからっていう理由で撮影していたものでもあるんですよね。言葉としてのコンセプトも重要なんですけど、1回シンプルな考え方に戻ろうっていう提案でもあるんですよ。ついつい考えがちになってしまうんですけど、誰しもなんとなく気になるものがあるだろうし、趣味もあるだろうし。それをそのまま表現することも大事なんじゃないかなって。そういう思考の先に今回も作品にした温泉の写真があるんです。


 

ー作品に向き合ったり制作するにあたって、自分を整えるためにしていることはありますか?

 
山谷:自分の場合は、スケジュールが迫ってきているときに自分を追い込んでいくタイプかもしれないですね。さぁ、考えよう! となると意外と何も思い浮かばなくて、むしろ忙しいときにこそアイディアが出てくるんですよ。なので、制作に向き合うために精神統一したり、何か整えるような作業をあえてすることはないかもしれないですね。時間があるだけ考えちゃうので、時間という制約があることで潔さがでるというか、自分が計画した以上の異なるダイナミズムを最後の仕上げで作品に反映できる気がします。
 

ー今後の活動について教えてください。

 
山谷:今年は初めて温泉のプロジェクトで展示を行います。写真集だけ出していたんですけど、実際に展開するのは初になりますね。日本だけではなく海外での展示も視野に入れていて、今年は自分の中で温泉イヤーになりそうです。今回の企画で偶然、温泉にフォーカスすることになりましたけど、それも自分的にはタイミングがよかったですし、おかげで良い作品になったと思います。
 

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