[SEARCH OSAKA / KYOTO Vol.1]

大阪・京都のショップから見るカルチャーのムード。
Pulp×VOU×ペフ鼎談

photography_Hanako Kimura, text_Yuri Matsui

[SEARCH OSAKA / KYOTO Vol.1]

大阪・京都のショップから見るカルチャーのムード。
Pulp×VOU×ペフ鼎談

photography_Hanako Kimura, text_Yuri Matsui

昨春お届けした、東京のアート/カルチャーのムードを探る特集企画「SEARCH TOKYO」。ところ変わればカルチャーも変わるということで、今回は「SEARCH OSAKA / KYOTO」として、3回にわたって大阪・京都のアート/カルチャーシーンを探っていく。まず話を聞いたのは、京都のショップ&ギャラリーVOU / 棒の店主である川良謙太、大阪でコミュニティスペース、ペフを主催する笹嶋一馬、オルタナティブスペースPulpのディレクターを務める田窪直樹という、大阪・京都の同シーンをリアルスペースから盛り上げている3名。彼らがスペースを運営するなかで日々感じていることや、気になるカルチャー事情について教えてもらった。

ーまずは、皆さんのスペースについてご紹介いただけますか。Pulpは、今日の取材場所を提供してくださったカチャロンカの地下にスペースを構えていますね。

田窪:2010年に大阪・南堀江でギャラリーをオープンして、ここには一昨年の10月に移転してきました。基本的には、平面作品の展示を中心とした場所です。始めた頃はほとんど素人で。学生の頃に『STUDIO VOICE』や『relax』、『‎Quick Japan』とかを読んでいたなかで得た知識を武器にするしかないような状況のなか始めて、続けるうちに徐々に若い作家さんとも繋がりができていったような感じです。

Pulpディレクター、田窪直樹。

川良:僕はVOU / 棒(以下、VOU)をオープンして、そろそろ丸4年経ちます。もともとは、大学が京都精華で、卒業後に精華大のサテライトスペースを運営する仕事をしていたんです。わからないことだらけだったけど、大学時代から繋がりのあるクリエイターやアーティストの作品を販売したり、割と自由にやらせてもらっていました。そんななかで、いつか自分の場所を持ちたいという願望があって、いい物件が見つかったので始めたのが、VOUです。

ー現在の場所(※取材日時点)は移転されるのですよね?

川良:はい。3月24日で閉店して、工事が終わり次第、今年の夏か秋口までには新しい場所でオープンできたらいいなと思っています。今のお店にも、ショップとギャラリー両方のスペースがあるんですけど、どんどんギャラリーの企画を立てるのが好きになっている自分がいて。今の畳敷きのギャラリースペースも面白い空間なんですけど、和室っていう空間ありきで作家も展示内容を考えなきゃいけないから、もうちょっとフラットな空間のギャラリーをつくりたくて。だから次の移転先では1階がギャラリー、2階をお店にして、もっとお客さんが集中して作品を見れるような空間をつくりたいなと思っています。

VOU / 棒 店主の川良謙太。

ーそして笹嶋さんはもともとナイスショップスーというお店をされていました。

笹嶋:僕はナイスショップスーを始めるまで、美術について学んだことも、表現活動をしたこともなかったんですけど、見ることはずっと好きだった。そのうちに出会った人たちから「こんなにコアなイベントや展示を見に来るんだったら、自分でも何かやりなよ」って言われて始めた場所がナイスショップスーでした。最初のうちは、趣味でコレクションしていた道端に落ちてる落書きみたいなものを売ったりしていたんですけど、どんどん商品が増えて、オンラインを中心に自宅を店舗にして。その後、2016年にThe 光というお店が閉店するタイミングで、同じ場所に入らないかとビルのオーナーから声をかけてもらって。そこから、ペフという名前でギャラリーをはじめました。

ーペフは会員制システムがあるんですよね?

笹嶋:長く続けていくためには僕だけじゃ無理だと思って、今年から新しい体制で始めることにして、今ペフは14人で運営しています。そのうち10人ぐらいは、ペフを始めてから出会った人たちで、新しい人たちが加わることによって、その人たちのコミュニティと、僕のコミュニティが混ざり合うのがいいなと思って。それだけ人数がいると、それぞれに得意なことがあるんですよね。だから、会員になってくれた人向けにデジタルマガジンを配信したり、コーヒーを飲み放題にしたり、運営メンバーそれぞれの特性を活かしつつ、街のニーズに合わせたり、表現活動をしている人たちが通いやすくなるような環境をつくれたらと思って、試行錯誤しているところです。

ペフを主催する笹嶋一馬。

ーお互いの活動についてはどのように思われていますか?

笹嶋:皆さんそれぞれにカラーがあるし、コンスタントに展示を企画されているのですごく尊敬します。オルタナティブなスペースって自由なだけに、サボることもできるじゃないですか。なのにちゃんと企画を一定の期間でやり続けているのがすごいことだと思います。あと、行ったらだいたい作品が売れているのもすごい。

川良・田窪:(笑)。

川良:Pulpには大学生の頃から、ちょいちょい通わせてもらっていて。当時、関西でそういう展示をしてるところってPulpくらいしかなかったんですよね。いわゆる「美術」とも違うし、ストリートやグラフィティアートともちょっと違う匂いがするスペースで、かっこいいなって。笹嶋くんとは、印象的な出来事があって……。僕がまだ精華大のスペースを運営している頃に加賀美健さんと中村譲二さんのイベントをやったんですけど(註:ZINEの神様 陣内隆展「じ、ん、な、い、た、か、し、じんないたかし 2014」のこと)、イベントが終わってひと段落して、ふたりとも帰ろうとしてるときに、そのスペースの前に笹嶋くんがいて。四条烏丸の大通りの交差点で。

笹嶋:それにはいろいろわけがあって。その頃初めて海外から仕入れた雑誌が、加賀美さんも参加しているスイスの雑誌だったんです。ほかにもいくつか、ちょっとマイナーな商品を海外から仕入れていたから、加賀美さんが京都に来ることを知って、加賀美さんに「俺、こういうの買い付けてるんですよ」って自慢したかった。

一同:(笑)。

笹嶋:それで商品をトランクに詰めて、会場の前で売っていたんです。「陣内隆展」に来ている人たちが、買ってくれるとも思ってたし。ただその日、気がついてくれた人は本当にゼロで(笑)。でも加賀美さんにはちゃんと届いて、その後加賀美さんが東京のイベントへの出店とかに呼んでくれるようになった。俺なりにいろいろ考えて、結構頑張った1日だったんです。

川良:あれは持っていかれたな。

田窪:僕は今のところ基本的に、ギャラリースペースで展示をすることしかできていないんですけど、どうしても作品って売れにくかったりするなかで、VOUはグッズ化して広めるような動きをできているのがすごいなと。ペフは、わけのわからんものを拾ってきて売ってみたり、営業のシステム自体から変えていこうとしているところが面白いですよね。自分が今後ブレイクスルーしていかなければいけないなかで、どちらからも学ぶべきことがいっぱいあって、これからもっともっと教えを乞うていかないと。

ーそれぞれスペースを運営されてきた期間も違いますけど、そのなかで感じている変化などありますか?

川良:さっき田窪さんが言ってくれたことですけど、VOUは、オリジナルのグッズもつくっているし割とブランドっぽい印象を持たれていて。僕の狙いとしては、そこを入口にしてもらって、アートや見たことがない分野を楽しんでもらいたいなと思っているんですけど、ブランドとして消費されてしまって、その入口で止まっている人の方が割と多いんですよ。そこを繋ぐことにずっと苦戦している感じです。もちろんブランドとしてのVOUも好きでやっていることだけど、どうやったらアーティストに還元できるかが難しいなと。でも、最近はアーティスト側がVOUを認めて、応援してくれるようになってきた。ブランドの収入を展示とかの予算に当てたりして循環させていることを、わかってもらえているのかなと。今はそのあたりがちょっと形になってきたと思っています。

笹嶋:明確に変わった部分としては、待っていても無理だということと、自分がやりたいことを貫くというよりは周りの人を応援したいという気持ちになってきたということ。あとは、イベントで出店とかしたときにちゃんと「こんにちは」とか「いらっしゃいませ」とか挨拶すると売上が伸びるんですよ。

一同:(笑)。

笹嶋:まあ、言ったら常識じゃないですか。新しくお店を始めたら周りに差し入れ持ってくとか、大きな音を出すときは謝りに行くとか。だけど、自信があるときって、それを怠ることがあるんですよ。本当、基礎中の基礎の話をしているんですけど、接客業という中間の立場であることを忘れずにいるよう意識するようになりました。

田窪:Pulpは当初、僕と同年代かもう少し上くらいのお客さんが多かったけど、だんだん若い人も増えてきた気がします。作品も以前より売れるようになってきたし、少しづつだけど作品を持ちたいと思ってもらえるようになってきたのかなと。

川良:あと僕が思っているのは、京都の人って、京都の中にとどまりがちなんです。京都は美術系の大学が多いから、卒業したあとそのまま京都で暮らして制作活動をしている若いアーティストが常にいる街で。ヘタしたら東京の次くらいに多いかもしれないです。ちょっと街から外れたら広い部屋も借りやすいし、制作の環境を整えやすい。一方で大学ごとのコミュニティがすごく出来あがりやすいんですよ。展示が行われると、そのレセプションに集まる顔ぶれが毎回一緒だったりして。僕はそれが嫌で、まったく知らない人が見てくれるような現場をつくりたいという気持ちでやってきたんです。その方がいろんな反応があるじゃないですか。例え無反応だったとしても、それは無反応という反応だから。作家はそこでどれくらい自分を貫いたり歩み寄ったりするか、揺れますよね。消費されたらあかんし、つっぱりすぎてもあかん。そういう、いい意味で緊張感のある状況はつくれてきているかなと思っています。だから僕は、自分たちの拠点は大事にしつつも、出て行くという姿勢を常に打ち出したくて、東京でイベントをやったりしています。そういう姿勢を見せているやつが一人でもいたら、意識が変わるかなって。

笹嶋:大阪って、狭いわりにコミュニティごとに結構距離があると思ってるんですよ。例えばこの堺筋本町の辺りから、九条とか此花とか北加賀屋とか、もう少し違う美術のシーンがあるところに行こうとしたときに、結構遠いと思っちゃう。でも実際の街のサイズは、東京の感覚でいったらめっちゃ近いんです。(註:堺筋本町とそれぞれの街の距離は、九条までは渋谷・新宿間くらい、北加賀屋までは渋谷・池袋間、此花までは渋谷・秋葉原間くらい)この距離のある感じがすごく気持ち悪いと思っていて。

田窪:うん。大阪って、市内は自転車で動く人が多いから、それもあって実際の距離以上に精神的な遠さを感じるのかもしれない。東京から来た人は、北加賀屋を遠いとはあんまり思わないですよね?

ーたしかにそうかもしれないですね。公共交通機関の環境も違うので一概に言えないですが、東京でいうと渋谷を拠点にしている人が中央線方面に足を運ぶのを少し遠く感じたりするような感覚に近いような気がします。

田窪:だから僕はそれにビビって割と中心地を選んだというのはあります。

ー京都はどうですか?

笹嶋:さっき川良さんも言ってましたけど、京都は学校の色がめっちゃある気がします。

川良:ですね。美術系でいうと精華と造形(京都造形芸術大学)と市芸(京都市立芸術大学)。

田窪:遊びに行く場所も違うの?

川良:みんな学校の近くに住んでるから、それでエリアとコミュニティが分かれます。今僕は32歳なんですけど、卒業した後もずっとそのコミュニティを引きずっている感じで。割と最近になって、精華大と造形大の人が普通に一緒に遊んだりするようになりました。別に喧嘩しているわけじゃないんですけどね。

田窪:在学時は「あいつらふざけんな」とか思ってた?(笑)

川良:いやいや、まさか(笑)。でもその隔たりがなくなってきたのは、いいなと思っていることです。最近はポジティブな考え方の人が増えてきていて、「みんなで頑張ろう」みたいな空気感が出てきた気がします。「ARTISTS’ FAIR KYOTO」っていう去年から始まったアートフェアが今年も3月にあったんです。京都に関係する若手のアーティストがたくさん出展していたイベントで、正直なところ賛否両論ありますけど、賛否両論出ていることも含めていいなあと思っていて。実際、作品も結構売れたみたいだし。街としての京都のブランドって、日本や世界で見ても強いから、それを外の人が入ってきてどう活かすか考えたり、逆に外から来た人をどうやって取り入れるかを考える動きが前より出てきている感じがします。外から来たものには排他的にするのが、京都の気質ですけど、その辺も変わってきた気がして。

田窪:京都は美大だけじゃなく、京大や同志社も街中にあるしね。だから若い人たちが常に入れ替わって街にいる感じがある。

笹嶋:大阪で、「大阪芸大に通ってます」とか「卒業しました」っていう20代前半くらいの子に会うと結構テンション上がります(笑)。大阪は大学が郊外にあるから、本当に街では出会わないので。

田窪:自分自身、大阪芸大出身だから、来てくれたらめちゃくちゃ手厚い対応をしますけどね(笑)。

笹嶋:ちょっと大きめのアートフェアとか、有名な海外のアーティストが来日して展示やライブをやるとなったら、そういうときにはたしかに人が集まるんですけど、普段どこにいるかがあまりわからないんですよね。さっき川良さんが話していたけど、国際的なアートフェアみたいなものが大阪にはなくて。やったとしても1年止まりとかで、長期的なプログラムじゃないことが多い。大阪がお祭り好きだからなのかわからないけど、1回やって盛り上がっておしまい、みたいな感じ。言い方が正しいかわからないけど、「良質な表現」みたいなものに関してはまだ大阪にその土壌がないなと感じている部分もあります。