PAPERBACK TRAVELER
by Kunichi Nomura
[VOL.65] NRT → CDG
東京発、パリ行き
パリで出会った本物のテキサスカウボーイ
[VOL.65] NRT → CDG
東京発、パリ行き
パリで出会った本物のテキサスカウボーイ
ジェットセットなライフスタイルを送る野村訓市が、旅の途中で読んだ本について綴る、雑誌EYESCREAMの好評連載。毎月、WEBと交互に掲載する。
取材で向かったパリでウェス・アンダーソンと再会し、オーウェン・ウィルソンとその兄を紹介される。オーウェンはテキサス出身で、テキサスに留学経験のあるクンとはうまが合い、ある秋晴れの昼探りに散歩に誘われて出かけると、ある出来事に遭遇する……
サンフランシスコから帰ってくると今度は2週間経たないうちにパリに行くことになった。しかも2泊。どうしてもと頼まれたヴァージル・アブロー(註1)の取材があり、引き受ける羽目になったのだ。
しかも帰って3日で次はニューヨークに行かなければならない。40代にはきついピストン旅行。でもまぁ仕方ない。そういう仕事を重ねてしか俺はやっていけないのだ。でもこれが国内だったら楽なんだけど。しかもパリからニューヨークまでそのまま行ければ大分楽なのだが、子供の行事があってそれも無理。台風が直撃した後の東京を後にして、俺は4月の『犬ヶ島』プレミア以来のパリへと向かった。
ちょうどファッションウィークの最終日でパリの街は混んでいた。夕方空港に着くと、一路予約が入っていると指定されたポン=ヌフ橋近くのホテルへ向かう。カウンターで名前を言うと予約がございませんと言われる。はい? そんなはずはないと某編集部から送られてきていたメールを見返すとホテル名だけでレファレンス番号もない。「ヤベェ」。日本に連絡するも通じず。なんだかんだゴネているうちにキャンセルの出た部屋をそのまま借りれることになって済んだのだが。大抵自分でホテルは取るのに今回はバタバタで人任せにしたのがまずかった。反省。
そこからテクテクテクテクと歩きウェスの家に行く。ウェスとも『犬ヶ島』のプロモで来日した時に会ったのが最後だから4ヶ月ぶりだった。今年の前半、ものすごい数の夕飯を一緒に食べていたのが突然会わなくなっていたので再会はとても楽しみだった。特に2歳の娘には完全に日本のおじさんとして愛されていたので、彼女と会うのも楽しみだった。また喋れる言葉がたくさん増えているのに違いない。家に着くと風呂上がりの娘が、喜びのダンスもしてくれ、さらに東京で見たことやしたことを細かいところまでよく覚えていてその話もたくさんしてくれた。
「さぁそろそろお休みの時間だよ。パパはこれから」「クーンとお酒を飲むのね」。ウェスが話している途中で娘がそう言った。俺が現れるとパパは必ずお出かけしてお酒を飲む、そう彼女はまだ覚えているのだ。俺たちは笑いながら表に出ると予約されていたレストランへと向かった。そこにはウェスの盟友にして親友のオーウェン・ウィルソンとその兄貴がいた。
オーウェンはウェスがテキサス大学に通学していた時にできた最初の友達の一人であり、一緒に脚本を書き、オーウェンがそれ(註2)に出演もするという、キャリアの前半を一緒に作り上げた人。ここ最近の作品には出ておらず、俺もちゃんと会って話すのは初めてだった。「君がクンか、ウェスからよく話を聞いていたテキサス経験のある日本の親友だね」。映画と同じでゆっくりとテキサス訛りのRの発音が濃いオーウェンは独特の間があって、知らないうちに惹き込まれる。とても愉快な人で、向こうもテキサスにいた日本人に興味があるらしく、俺がタバコを吸いに外に出るたびに自分はタバコを吸わないのに一緒に外にへ出てきていろんな話をした。
またレストランに戻り、オーウェンとその兄貴とウェスが話す様を眺める。素敵だなと思ったのは、彼らが完全にテキサス人であることを前面に出しているところだ。オーウェンは牧場からそのままきたような感じだし、兄貴はテキサスで会ったワイルドなヒッピーのようで、そこにはハリウッド風の態度も何もない。「俺たちゃテキサス人だ!」という誇りが自然と漂ってくる。東京にいるとルーツを消し、出身を誤魔化すような人がたくさんいる。もちろん世界の大都市にも。俺はとてもオーウェンが好きになった。飯の後はルイ・ヴィトンのショーのアフターパーティに行った。女優のアリシア・ヴァキャンデルの30歳の誕生パーティも兼ねていて、パリにいるならお祝いに来いと言われていたからだ。
彼女はそれこそ売れっ子のハリウッド女優で、ヴィトンの広告の顔だが、実際は踊るのが好きなとても地に足のついた良い子で、友達に紹介されて彼女が日本で映画の撮影をしている間にすっかり仲が良くなった。祝杯を上げ、適当に酔っ払ったところでホテルへと帰った。
次の日はヴァージルとの仕事の日で、濃い時間をやつのスタジオで過ごした。オーディオマニアらしく、ミキサーからスピーカーから大量に持ち込んでいて、とてもヴィトンの服のデザインスタジオとは思えないセットアップになっていて、それがとてもらしくて良かった。
そして夜はまた恒例のウェスとの夕飯だ。今度は奥さんのジュマンと3人で出かけたのだが、レストランに着くと「もう二人後から来るからクンの横の席は開けておいてね」と言われる。すると飲み始めて少しして、ウェスの友達が到着した。
ベンチシートの俺の真横に座ったので横顔しかよく見えないのだが、とにかく低い、いい声をしている。まるでブルース・スプリングスティーンのようなよく鳴る声。マットと言ってたな、確か。と思いながら話して1時間くらいしてからだろうか、それがマット・ディロンであることに気付いた。
マットといえば、ランブル・フィッシュ、ドラッグストア・カウボーイ、自分が10代の頃に最も好きだった映画の俳優じゃないすか! 俺はたまにこういうことがある。全く気づかないのだ。もっとも、気付いていたら妙によそよそしく構えて話しただろうからそれはそれで良かったのだけれど。
「あなたの映画を見てからベッドに帽子を置かなくなったやつはたくさんいるし、タバコの吸い方もマットの真似して吸ったよ」というような話をしたら、「俺はもう随分禁煙してんだ。酒も飲まない」と苦笑いされた。時は流れるのだ、昔のアイドルも今は50歳、そりゃそうだ、色々ある。
それでもマットはクールな良い人だった。さてと、このままじゃ寝れない。ヘミングウェーバーへ一人向かい、そこでアリシアや、パリでギャラリーをやっているピーターを呼び出し、寝酒を飲む。落ち着くバーでぺちゃくちゃやるのはいつでも楽しい。
翌日はもう帰る日だが、夕方の便だったので時間がある。朝から友達とコーヒーを飲みにいつものカフェドフロールまで行き、そこから散歩がてら美術館でも回ろうかと考えているとオーウェンから連絡が入る。
「何してる? 俺は自転車で散歩しているんだけど一緒にどうだい?」秋晴れで青空の広がるパリだった。美術館もいいけれど、目的なくただ歩く方が素敵な気がした。「了解、そっちに行くよ」。言われたカフェで落ち合うと、俺は歩き、オーウェンは時に自転車を漕ぎ、時に降りて隣を歩きながら二人いろんな話をした。なんだか留学生の頃を思い出すような散歩だった。高校生の時に他の留学生とふらふらと歩いたことがあるのだが、なんとなくそれを思い出したのだ。
そのまま歩き続けて、リパブリック広場に出た。そこはパリっ子のスケーターのメッカで、そこに行けば知り合いがいるかと思ったが、いない代わりにいろんなスケーターたちがいて、iPhoneでビデオを撮ったりしている。そのうち何人かのキッズがオーウェンに気付いた。
彼はスパイク・ジョーンズの撮ったスケートビデオ「Yeah Right」にカメオ出演していて、スケーターにも伝説の笑えるシーンに出たハリウッド俳優として知られているのだ。オーウェンとの出会いに興奮したのか、キッズの一人がその前でいいところを見せようとして、通行人の大きな黒人男性にぶつかった。すると完全にそいつが悪いのに、その男性に「どこ見てんだてめえ」的な勢いで喧嘩をふっかけた。そしてそいつはオーウェンに「いやなんか見苦しいとこ見せちゃって、悪かったっす」と言いに来た。するとオーウェンは、テキサス訛りの英語でゆっくりと「謝るなら俺にじゃなく、あの人にだ坊主。自分が悪い時に謝れない人間は何をやってもものにならない。スケートであれ、仕事であれ、わかるか坊主」。そいつはバツが悪そうにうなだれて、すいませんと誤った。「だから俺にじゃない、あの人にだ。分かったな」そう言うとオーウェンは広場の端にあるカフェを指差して俺に言った。「さぁクン、歩いて喉も乾いたな、ジンジャーエールでも飲みにいこう」。俺はパリの初秋の青空の下で、本物のテキサスカウボーイに久しぶりに出会った。そしてそれはどんな美術館や買い物よりも素晴らしい瞬間だった。
行き帰りの飛行機でシスコへ行く時に買った『1Q84』の残りを読む。
文庫本だが全部で6冊、まずはそんなに書けるってことがすごいと思う。書くことないもんな、何かテーマがあったとしても。しかもどんどん最初に書いたことを忘れるから見返すことが長い文章だとよくあるが(だから基本的に文章は一気に書く)、こうも長いとどうするのだろう? 筋は覚えていても細かいところの整合性はどうやって覚えておくのか。謎だ。話は後半は一気に恋愛小説というか主人公二人の話になっていくので、読見返したいと思った宗教からは離れていく。
それはそれで良いのだけれど、俺的に好きだったのは登場人物の一人、牛河さん。『ねじまき鳥クロニクル』にも出てくるこの探偵、まぁ早い話が殺されてしまうのだけれど、こいつはとても嫌な、相手になったらとても面倒な男なのだが、なぜか心から嫌いになれない。なぜなのだろう。それにしても村上さんの拷問シーンというのは心に残る。いつもセックスの話ばかり出てくるとか、主人公が似てるとか批判の対象になるが、俺は村上さんの拷問シーンはもっと評価されていいような気がする。別に拷問が好きな訳でも、したい訳でもないが、あの淡々とした雰囲気で拷問が進む様子はきっと本当の拷問もこんな風に淡々と進むんだろうなと思わせる何かがある。『ねじまき鳥クロニクル』の間宮中尉の拷問の話もそうだった。モンゴル人の皮剥処刑人。本当にいるのかな、それとも空想の産物なのだろうか? どちらにせよ俺は絶対にそんな奴には会いたくない。
註1:1981年アメリカ・シカゴ出身。大学院で建築の修士号を取得後、カニエ・ウエストと出会い、彼の下でクリエイティブディレクターとして数々の作品を手掛ける。2018年3月26日、ルイ・ヴィトンのメンズ部門の担当デザイナーに就任。
註2:映画『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2011年)のこと。
[PAPERBACK TRAVELER] ARCHIVE
[VOL.58] 東京発、ロサンゼルス行き『オールド・テロリスト』
[VOL.60] オースチン発、ニューヨーク行き『濹東綺譚』永井荷風(岩波文庫)
[VOL.62]東京発、ニューヨーク行き 『Young, Sleek, And Full Of Hell: Ten Years of New York’s Alleged Gallery』Aaron Rose (DRAGO ARTS AND COMMUNICATION)
profile
野村訓市 Kunichi Nomura
1973年、東京生まれ。大学在学中から世界中を放浪しながらバックパッカー生活を送る。およそ7年間の旅から帰国後、インタビュー雑誌『スプートニク』を編集・刊行し、高い評価を獲得。現在は雑誌での企画・編集・執筆の他、イベントやブランドのディレクション、プロデュース、DJなど多方面に活躍中。また、自身が主宰するTRIPSTERでは、ショップや飲食店の空間プロデュースやインテリア制作も手掛けている。
Instagram : @kunichi_nomura