以前は〝冬のご馳走〞と呼ばれていたジビエ(野生鳥獣肉)だが、近年のブームによって専門店が続々オープンし、もはや通年メニューに昇格している。
なぜハンターは増え、今何が問題になっているのか? ジビエの基礎から料理の最旬事情まで、〝命の料理〞をいただく前に知っておくべきこと。
昨今のジビエブームはなぜ起きたのか?
背景には、シカやイノシシなどによる農作物被害額が年間200億円を越え、〝有害鳥獣駆除〞の一環として市町村が始めた「処分→美味しいから食べよう」というPR施策が浸透したことが大きい。また、狩猟免許を取得する〝狩りガール〞の急増や、低カロリーで滋養強壮・高タンパク・高鉄分というジビエの栄養価に注目が集まったことも挙げられるだろう。
【beet eat】イノシシのスパイスチャーシュー(コース料理の一部)。
冬のうちに捕獲されたしっかりとした脂身を楽しめるメスのイノシシは桃やハーブと。
確かに、餌や抗生剤などを与えられて育つ食用の肉と比べ、ストレスない環境で運動量も多く、自然の恵みを餌として生きる野生鳥獣の肉は栄養価が高い。表向きには肉食忌避があった江戸時代には、ジビエを食べることを〝薬喰い〞と呼んでいたんだとか。そんなジビエブームの陰で、鳥獣駆除した猟師が自治体から駆除報酬を不正受給するなど問題も多発している。イノシシやシカだと国は1頭=8,000円前後を報酬として負担し、自治体によっては独自に金額を上乗せする場合もあるため、数十万単位の不正受給をしていたケースも。野生鳥獣肉は許可を得た食肉処理施設で解体処理されることで飲食店へ卸せるのだが、ハンターが独自ルートで飲食店に売り込む違法行為も後を絶たない。
【KomaBar3039】ヤクシカは駆除対象ながら屋久島の固有種で、ニホンジカよりも小さく、クセがない上に柔らか。
仕留めて1時間以内に解体所に運び込むルールだが、屋久島には1か所しか処理施設がないため、食肉としては希少だそう。
ハツは白ワインで蒸すことによってフワッとした食感に。 ヤクシカのハツのバターソテー ¥1,980
また、「撃ってみたい」という気軽な気持ちで狩猟免許取得(次ページ参照)までは進めても、それから実際に銃を購入・所持登録する人はごくわずか、というハードルの高さもあるようだ。銃猟の初期投資は、各種手続きや猟銃・空気銃の準備費用など30万円程度(あくまで目安)。また、精神疾患や麻薬・アルコール中毒者でないことを証明する医師の診断書など提出書類に加え、警察官が自宅の銃の保管方法やガンロッカーをチェックしに来たり、身辺調査が行われたり……。ガンロッカーは犯罪に悪用されないよう家屋の壁や床面に打ちつけ固定する必要があるので、一般的な賃貸住居では叶わないことのほうが多く、銃砲店さんに預かってもらう場合も。さらに猟をする場合は、どこかしらの地域に登録する必要もある。今回、自ら猟銃を持つジビエ料理人から有識者まで多数インタビューしたところ、「(ジビエ)ブームを文化にしなくては」という言葉が数人から聞かれた。これだけトレンドと煽られても、猟→処理→流通→調理のすべての段階・関わる人間に、丁寧な作業と高度な知識を要するため、価格も含め、安定した味を継続して提供できるお店は少ないのだという。
漠然と考えていた〝命の料理〞。美味しく安全なジビエを食べるために、改めて知らなくてはならないこと、やるべきことは多そうだ。
CASE STUDY IN
GIBIER
ジビエの代表的な種類と肉質や味の特徴をご紹介。イノシシ1種をとっても、時期、雄雌、地域、餌などによって味はまったく異なるので、一期一会の食材と言える。ちなみに、生食は感染症や肝炎のリスクがあり危険。
クマ/熊
東北地方・北海道ではもともとマタギ文化が根付いており、ツキノワグマやヒグマなど、海外に比べ日本で多く捕獲・食されている。肉よりも胆嚢(たんのう)を取って乾燥させた生薬“熊の胆(くまのい)”が目的で狩猟されていた。肉質はずっしりとやや固めで鍋や煮込み料理に適している。
シカ/鹿
日本では王道のジビエ。赤身の濃い味が楽しめる鹿肉は牛・豚と比較しても脂質が少なく、低カロリーなのに高タンパクとヘルシーなため、ダイエット食としても人気が高い。鉄分も豊富なので、貧血や冷え性の予防にも。
野ウサギ/兎
フランス料理では定番のジビエも、高タンパク・低カロリーで近年注目を集めている食肉。運動量が多く、非常にしっかりとした弾力のある白身肉で、淡泊なキジよりも鶏肉に近い肉質。よく噛むことで野生らしい肉々しさが出てくる。
イノシシ/猪
豚の原種だけあり高タンパク・低カロリーで、シカと並び人気のジビエ。草食のシカと比べ、タケノコからどんぐりまで季節の美味しいモノを食べる雑食性のため、生息地域の違いで味の違いが大きく出る。特に風味の違いを感じられる脂身部分は、豚など一般的な脂と異なり、猪はコラーゲンが主。並走するウリ坊もハントされることがある。
キジ/雉
日本では平安時代に、貴族社会のハレの饗膳や宮中の元日の儀式で重用されていた歴史あるジビエ。クセがなく鶏肉に近い、滋味深さが特徴。可食部は少ないが、脂質も少なく、凝縮された味わいを楽しめ、骨から3回くらいはダシが取れる。
ハト/鳩
平和の象徴のハトだが、フランスをはじめ世界では一般的に食べられている食材。公園など身近にいるドバトは食べてはダメだが、野山や森にいるキジバト(山鳩)は食していい。食味はあっさりだが、コクがあり、美食家に人気。
GUIDE TO
□第一種銃猟免許(散弾銃、ライフル銃)
□第二種銃猟免許(空気銃)
□わな猟免許
□網猟免許
狩猟免許は大きく分けて上の4種類。運転免許でいう普通免許をとると原付き免許が付いてくるように、第一種をとれば第二種も兼ねるため、第一種とわな猟と網猟の3種をとるパターンが多い。鳥獣保護管理法に基づき、環境省の委任を受けた各都道府県により交付。第一種と第二種に関しては、銃の所持許可(各都道府県の公安委員会によって交付)も必要。
HUNTING LICENSE
「ジビエは“畜産動物以外すべて”だと思っています。一般的にはジビエ=野生鳥獣の肉と言われますが、シカやイノシシ以外にも、例えば街中にいるスズメやカラスも狩猟OKですし、目に見える鳥獣はほとんど野生でジビエになります。牛豚鶏など家畜の肉に比べて、ジビエの方が種類は多いですね。もちろん国や地域によって狩猟禁止に指定されていたり、狩猟が可能な時期、銃か罠などの猟法によっても可猟区は異なりますし、狩猟免許も必要です。免許取得も面白いので、ぜひ勉強してみてはいかがでしょうか」(ハンター兼食肉生産卸会社経営 石﨑英治)
Eiji Ishizaki:
今回取材したいくつかのジビエ店でも名前があがった(株)クイージの代表。自ら狩猟免許を持ち、島根県にてイノシシの食肉処理施設の運営や、エゾシカ・ニホンジカの卸業に取り組んでいる。「ジビエを食べられるお店が少なかったのでアンテナショップとして」と、昨年まで7年間、本業とは別に三軒茶屋でエゾシカフェを週一日営業していた。
CASE STUDY IN
GIBIER CREATORS
自ら猟銃を持ち、仕留めたジビエを料理するハンターシェフにフィーチャー。肉を突き詰めていくとジビエに行き着くとも言われるが、2人のシェフがジビエにハマったきっかけとは。
元々はベジタリアンだったというハンターシェフの竹林氏。
「肉は嫌いじゃないのに、牛肉はアレルギーを起こしてしまうため、食肉の生産・流通過程に疑問を抱きはじめて……。マクロビのインストラクターをやっているときに、『肉は悪』として扱うことにも抵抗があり、オーガニックミートを求めて狩猟免許と銃の所持許可を取りました。もちろん、野山にも殺虫剤が撒かれていたりするので100% オーガニックミートはあり得ないんですけど。家畜は抗生剤投与や遺伝子操作を受けているのに対して、自然な生命力の強さを持つジビエ肉だと、私は食べてもアレルギーを起こさないんです」。
手前のシカ肉カレーとバスマティライスから時計回りに、ジャガイモのカレー、シークワーサーのサンバル、
エビとレモンのカレー、豆腐とインゲンのカレー、エシレバターで作るバターチキンカレー、ヨーグルト。
中央は副菜の盛り合わせ。ビートイートカレープレート ¥2,400
一般的な猟解禁とされる11月中旬から2月中旬には、自らがハントしたシカやイノシシも登場する。
「11月の猟解禁後の狩猟可能な地域ではツキノワグマが獲れることもあるので、熊肉を使用したビリヤニも。食べた後は皆さん体がポカポカして帰られます。一般的にジビエは普及してほしいけれど、うちの店では無理に一年中種類を揃えたりはしません。旬のあるジビエはその美味しい時期に、消費できる量だけをいただけばいい。これはマクロビオティックの基本にある、健康に必要な栄養を必要な分だけ摂り、自分が心身ともに健康であることで世界も平和になる、という哲学にも近いんです。必要な栄養素は目に見えない分、見極めるのは大変ですが、狩猟を通して自然と向き合っていると五感以上の感覚を使うようになり、“感じる” ことしかできなくなる。猟を始めて、動物がまさにそうだと感じたので、同じ感覚で立ち向かわないと、彼らも獲らせてくれない気がするんです」。
まさに“beet eat” を冠し、命に対する敬意が伝わってくる。
beet eat/ビートイート
address 東京都世田谷区喜多見9-2-18 喜多見城和ハイツB1F tel 03-5761-4577
open 12:00-15:00(L.O.14:30)/MON, TUE, FRI-SUN 18:30-22:00(L.O.21:30)/MON, TUE, THU-SUN
holiday WED*temporary closure ※ジビエのコースは要予約
東京・渋谷で突出した人気を誇っていたビストロ、decoから昨年8月に独立した、室田拓人シェフ率いるラチュレ。
某有名グルメサイトでは早くも全国TOP100以内にランクイン。7年前に狩猟免許と銃の所持許可をとり、自身もハンターとして活動する室田シェフのジビエ料理は、より本格的に分子ガストロノミーへと昇華し、レストランとしてはかなり希少な専用の食肉処理施設も設けられている。
「昔働いていた時に、仕入れていたジビエの肉の臭いが気になって。でも、ハンターの人はたいてい趣味で撃っているので、仕留めた後の状態まで気を遣わず処理施設に持ち込むから仕方ないんですよね。それなら自分が獲って、自分で処理施設に持ち込んだ方が安定して良質な肉を提供できると考えるようになりました。ジビエは撃った時に身体がまだ温かいため、すぐに冷まして、腸をすぐに捌く処理を行えば、臭みが一切なくなります。命をいただいた瞬間から、調理は始まっている。自分が獲った野生鳥獣肉には責任が生まれるし、食材として血まで大切にしよう、お客さんにも美味しく食べてほしい、というモチベーションにも繋がります」。
コースの前菜4種。左からシカのサラミと胡桃のケークサレ、エゾジカのブラッド(血)マカロン、
ハトのリエット、イノシシのベーコンとキノコのタルトレット。
また、ジビエはブームだけでは続かないジャンルと考え、
「ブームではなく文化として根付かせていかなくては」と話す室田氏。「現代の感性に響くような料理の工夫を施すことで、こんな風に食べられるんだ!と驚いてもらい、味も豊かなことで二度楽しんでもらう。ジビエを美味しく食べてもらえれば、食物連鎖がより正しく回っていくと思うんです」。
LATURE/ラチュレ
address 東京都渋谷区2-2-2 ルカビルB1F
tel 03-6450-5297
open 11:00-14:00(L.O.)、 18:00-21:00(L.O.)
holiday SUN*temporary closure
www.deco-hygge.com
CASE STUDY IN
GIBIER CUISINE
ジビエの味は、生息地や季節、食べるものによって個体差が大きいという。仕入れる度に味の異なるジビエに対して、ベストな料理法を組み合わせるシェフの引き出しの多さが重要だ。信用できる取引先ルートを持ち、経験値の高い、こだわりの店を紹介する。
パルマンティエはトマトソースで5時間煮込んだニホンジカの挽肉に、上層のマッシュポテトがふわりと溶け出し、甘さを増す。
缶詰としても提供。 ニホンジカのパルマンティエ ¥950
インテリアショップのアクタスが手掛けるスローハウスは“ 丁寧な暮らし” をコンセプトに、環境にも使う人にとっても、本当に“ 良い” と言えるモノを公正価格で販売している。このコンセプトを体感できるレストラン、スーホルムでは、熟成・発酵・保存といった調理を丁寧に行うことで、ニホンジカやカモ、キジ、クマなど日本古来の食肉の中心であった狩猟肉を提供する。
ジビエは冬のイメージが強いけど、実はシカは脂がついて胸板が分厚くなる夏が美味しいのだとか。ワイルドなエゾジカに比べて、体格は小さいが身の締まったニホンジカを専門にサーブ。
鳥獣による農作物被害を減らすための取り組みとしてオープンするにあたり、アクタス飲食事業部部長の河合祥太氏は自ら狩猟免許を取りに行き、現在は全国の処理施設や衛生管理のレベルを上げるための活動にも取り組む。
「インテリア会社が母体ですが、モノを売るのではなくコトを売るようになった時代だからこそ、お客様にショールームではなくカフェやレストランで、テーブルや椅子に触れ、身近に感じてもらう。そして、自分の好きなテーブルの上には自分の好きなお皿と自分の好きな料理を並べたいと思っていただくことで、『食環境からの住の提案』だけでなく、『住環境からの食の提案』も可能になるのだと思います」。
SOHOLM/スーホルム
address 東京都品川区東品川2-1-3
tel 03-5495-9475
open 11:00-15:30,18:00-23:00(L.O.22:00)/MON-FRI、 11:00-22:00(L.O.21:00)/SAT, SUN, N.H.、holiday 7days a week
www.soholm.jp
ハンバーグはシカ肉の赤身100%で肉々しさを楽しめる。 ニホンジカの自家製チーズハンバーグ ¥1,380
神奈川県南足柄猟友会の駆除要員として、ほぼ一年中ハンティングをするオーナーシェフ田中照也氏の店には、全国から狩猟仲間が集う。カウンターのみの店内は重厚感こそあるが、「ハンティングに興味のある人がフラッときて、免許取得の相談なども受けている」という懐の深さ。
狩猟免許の教材にジビエレシピや写真を提供する田中氏に加え、大日本猟友会の今年度のポスターに起用され、自身も猟銃を手にする元祖“ 狩りガール” の上野朱音さんも週1~2日出勤するとか。
KomaBar3039/コマバルサンマルサンキュウ
address 東京都目黒区上目黒1-6-7 アイフェス中目黒1F
tel 03-3760-7620
open 18:30-24:00 holiday _SUN&N.H.
イノシシ肉を手切りしたソーセージは、ゴロっとした肉感を楽しめる逸品。 イノシシ肉のソーセージ ¥980 エゾジカのステーキはフライパンとオーブンを併用して
25分じっくりと火を通し、柔らかい肉質に旨みが閉じ込められる。ヨーロッパの狩猟シーズンが始まると、ハトやヤマウズラ、ライチョウなど冬のご馳走がメニューに仲間入り。 エゾジカのステーキ(100g) ¥1200
ビストロ出身の店長・池田氏自身もニオイの強い肉に抵抗があると言い、あくまでジビエ初心者の客と同じ感覚で調理・味付けをするので、食べやすいメニューばかり。自然派のワイナリーが多く存在するオセアニアワインを中心に、ハイボールやビールなど、ジビエを気軽に楽しむアルコールを揃える。
Umagoya/ウマゴヤ
address 東京都品川区東五反田2-1-1
tel 03-5422-6890
open 18:00-25:00(L.O.)/ MON-FRI、17:00-23:00(L.O.)/SAT
holiday SUN*temporary closure
しし豆腐は佐賀県武雄市から取り寄せたイノシシのバラ肉に、カツオベースの煮込み汁がしみ込み、日本酒もご飯も進む逸品。 しし豆腐 ¥780 京都の黒山椒七味をかけると、さらに中毒性が増す。大分で獲れた夏ジカは備長炭で丁寧に炭焼きにすることで、必要以上に脂が落ちず、しっとり。 夏鹿の炭焼き ¥780
今年2月に開業した大手町パークビルの地下に、解放感のあるコの字型のカウンターとそれに囲まれるように設えられた座敷席。居酒屋として使い勝手がいいのはもちろん、食中酒としてオススメの佐賀の地酒を幅広く取り揃える。カウンター席メインなので2~3名でシェアできる小皿料理も充実しており、飽きのこない和洋折衷の野趣料理を愉しめる。
Lungo/ルンゴ
address 東京都千代田区大手町1-1-1 大手町パークビルB1F
tel 050-5593-4944
open 11:00-14:30(L.O.14:00)、17:30-23:30(L.O.22:30)/MON-FRI、12:00-21:00(L.O.20:30)/SAT, N.H.
holiday SUN
darumapro.co.jp/shoplist/lungo.html