観光産業化したベルリンテクノシーン。毎週末のクレイジーなパーティーや盛大なフェスティバルを目指し、多くの外国人が訪れる。一方、その地下では多様な人種/ジェンダー/セクシュアリティが混じり合うカラフルなクィアシーンが息づいている。そういったベルリンのカルチャーシーンで活躍するクィアピープルたちにフォーカスし、ベルリンのアンダーグラウンドで起こっている新しいムーブメントを紹介する「Berlin Fluid View」。
以下、ベルリン在住のマルチメディアアーティスト、ink Agopがナビゲートする形で進む。
Nile Koettingのパフォーマンスは、ベルリンの劇場やフェスティバルで何度か撮影したことがある。この7月にはベルリンのKlosterkircheという廃墟で行われたイベントで、新作「Remain Calm」を久々に撮影した。後日、そのKlosterkircheに来ていたイスラエル人アーティストのAdam Kaplanも連れ立って、ベルリン動物園に併設されている水族館へ。ヨーロッパ各地でパフォーマンスを行いながら進化を続けるNileに、ここ数年で感じるベルリンのジェントリフィケーションの状況、都市とアイデンティティの関係性、新作パフォーマンスの話を聞いた。
—ベルリンに来たのはいつ?
5年くらい前かな。ヘルシンキのアアルト大学で勉強していたときにベルリンに遊びに来て、そこで知り合った振付家の人に「次の作品に出ない?」って誘われたのがきっかけ。
—初めてのベルリンの印象はどうだった?
街に対してはこれといった印象はなかったかな。舞台やシアターでのパフォーマンスをよく見に行っていたんだけど、大きな劇場からオルタナティブな小さなシアターまで舞台芸術に関してはバライティに富んでいて面白いと思った。他のヨーロッパの都市でも、ここまでいろいろなレンジの舞台芸術が見られる都市は少ないと思う。舞台芸術やシアター系のコミュニティと繋がったのが大きいかな。
—5年でベルリンに対する印象って変わった?
観光客がすごく増えた気がする。スタジオがノイケルンという地区にあるんだけど、アーティストのスタジオやギャラリーが多くて、若い人が新しい小さなお店を始めたりして、人気が出てきている地区の1つ。5年前はノイケルンに来る観光客はあまりいなくて、ノイズケルン(※1)とかN.K.プロジェクト(※2)といったノイズミュージックシーンのアンダーグラウンドスポットがポツポツあって、週末はよくそういうノイズのイベントに行っていた。N.K.プロジェクトが閉まった2016年くらいからかな、周りにオーガニックカフェとかヒップなものがいっぱい出てきて、途端に家賃が高騰しはじめてアンダーグラウンドなベニューが存続できなくなった。コアなカルチャーシーンが一気に蒸発するように消えてく感じがして、ジェントリフィケーションが起こるのを実感した。ジェントリフィケーションってどんな都市にも起こることだから別にそれが悪いことだとは思わない。むしろジェントリファイされた後に次の波として、またアンダーグラウンドなものが密かに生まれていく感覚のほうが興味深いんだけど、今のところベルリンではそういうのを感じないから……。もしかしたらトランジションの時期みたいな感じなのかも知れないけど。
一方で、資本主義を受け付けないエシカルな姿勢はベルリン独特ですごいと思う。クロイツベルクにグーグルのオフィスが来るって話があったんだけど、以前から住んでいたローカルの住民が大反対してデモを起こしたんだよね。結果、グーグルのオフィスはミッテ地区に移ることになった。住民のデモによって大企業が来るのを受け入れないというのはベルリンらしいけど、だからと言って今は資本主義に対抗する何かしらの強いアイデンティティがあるわけでもないから。ここからどうなっていくのかな? という感じ。
—ベルリンってロンドンやNYみたいな大きなモダンアートミュージアムがないもんね。
コマーシャルマーケットがないのがベルリンの面白いところでもあるんだけど、発展しきらないところでもあるよね。でもマーケットがないということが資本主義の勢いに規制をかけているというか。少しゆっくりしている分、舞台芸術はお金周りでもサポートされているし、それなりに歴史と政治とも関わっているから、そういう部分でもまだ面白いところがあると思う。
でもビジュアルアートのシーンでは、ベルリンにスタジオを構えているアーティストはいっぱいいるけど、ベルリンで作って他の都市で売るという構図になっている。ベルリンから発信していくというのは難しいんだと思う。ベルリンで広いスタジオと安い人件費で大きい作品を作る方が、ロンドンやパリの小さいスタジオで制作するよりはやりやすいよねってみんな割り切っている感じ。
Remain Calm (2019), Klosterkirche Berlin
Remain Calm (2019), Klosterkirche Berlin
—Nileの新作「Remain Calm」についての話を聞きたいんだけれど、この作品はどういう経緯で作られたの?
この作品は、日本の防災訓練からインスパイアされたのがスタートポイント。防災訓練ってパニックを演出するんじゃなくって、冷静に環境に対処する目的で構成されている。自分がいま興味のあるビジョンは、舞台上で何かすごいドラマが起きて何かに感動したっていうのではなく、オーディエンスも作品に取り込まれるようなシチュエーションを作ることに向いている。自分たちも作品の一部であるという構図を作ることによって、オーディエンスと作品、都市や世界と自分の関係性を直に感じられるものを作りたいと思っている。ある意味「Remain Calm」ではオーディエンスの感情の起伏をミニマイズすることを目指している。もしアートそのものが何かしらのアイデンティティを持っているとしたら、作品自体に何らかの権利はあるだろうし、それを共有することを模索しながら作っている。
—日本の防災訓練をテーマに、ヨーロッパでやろうと思ったのはなぜ?
防災訓練がひとつのパフォーマンスだとしたら、それはオーディエンスのいない世界に対するパフォーマンスだと思う。自分の身体を守る、相手の身体を守る、世界から自分たちを守るという。それってグローバルな意味でも理解できると思うんだよね。日本の防災訓練を見せるんじゃなく、自分にとってそういった状態が言語化されているモチーフが防災訓練だったんだと思う。
この作品はGöttingen(ゲッティンゲン)というドイツの街のKunstverein Göttingenアートセンターで初めて発表をした。そのときは6時間のパフォーマティヴインスタレーションとして発表をしたんだけれど、戦争体験を持つドイツ人のお婆さんが4時間くらいパフォーマンスを見てくれていた。そのときのオーディエンスのフィードバックは自分の予想よりもすごく深いものとして共有されたと思う。
—「Remain Calm」はパリの美術館、Palais de Tokyo(パレ・ド・トーキョー)でも発表したんだよね?
パレ・ド・トーキョーのときは、たくさんの人がくるフェスティバルの一環だったから、どういうフォーマットにしようかいろいろ考えた。結果、フライトアテンダントのようなパフォーマンスを通してオーディエンスにどうやってパレ・ド・トーキョーから避難したらいいか、どうやって安全に作品鑑賞をしたらいいのかを共有する作品として発表した。美術館やフェスティバル自体をパフォーマンスのストラクチャーに組み込むことで、美術館という場所を作品のツールとして使うという試みだったかな。
—パリはどうだった?
パリにはレジデンスで数ヶ月滞在したんだけど、ベルリンと真逆で舞台芸術はそこまで発展してない印象だった。でも、ビジュアルアートのセンスやディレクションが自分の肌に合うって感じた。パリってベルリンと比べると、ポッシュで物価が高くて、部屋が狭くてスタジオを持つのも大変だけれど、生活の中にあるファッションや食文化のセンスが自分にとってはベルリンより感覚的にリンクしている部分が多い。どっちが良い・悪いとかはないけど、ポッシュなカルチャーは嫌いって人にはパリは合わないだろうし、単純にセンスの問題かな。
—Nileにとって今のベルリンとは?
都市とアイデンティティの関係性ってすごく大きいと思っていて、ベルリンって戦争で爆撃されちゃって古代から残っているような歴史的建物が少ないから、そこに紐付いた社会のレイヤーがまだまだ新しい。だから良い意味で流動的な文化が生まれやすいのかな。今のベルリンには多様な文化的背景を持つ人々が生活をしているけれど、そこでどうやって自分のアイデンティティを見つけていくかがこの街の独特の課題だと思う。観光客にパフォーマンスするための文化ではなくて、食文化、舞台芸術、アート、スポーツ……なんでもいいと思うんだけど。ベルリンは今、いろんな可能性を秘めたトランジッションの時代にある感覚かな。
ベルリンに来たときはまだ大学生でこれから何をするのか未知数だったけど、舞台芸術に触れる機会やシアターのコミュニティにアクセスすることが出来て、自分の糧になったことは大きいと思う。でも自分も常に変化していくし周りにある環境も変容していくから、同じでいることはないのかな。自分にとって、さらにいろんな発見や刺激、インスピレーションがある場所はどこなんだろうって考えているけど、「すぐ決めなくてもまだ考えててもいいよ」って感じさせてくれるのはベルリンの良いところ。もうちょっと考えさえてって感じかな、今は。
※1 N.K. Project(N.K.プロジェクト):2008年よりノイケルンのオルタナティブカルチャーシーンを引っ張ってきたベニュー。古い工場跡地で実験的なDIYアーティストによるワークショップ、上映会、展覧会、パフォーマンス、サウンドアートなどを行ってきた。2016年閉鎖。
※2 Noisekölln(ノイズケルン):ノイケルンのバーの地下などいろいろな場所で開催されていた実験音楽のコレクティブ。アンダーグラウンドシーンに深く浸透し、現在はレーベルとして活動。