木津毅の「話題は映画のことばかり」
第2回:萩原麻理と語る『WEEKEND ウィークエンド』

text_Tsuyoshi Kizu

木津毅の「話題は映画のことばかり」
第2回:萩原麻理と語る『WEEKEND ウィークエンド』

text_Tsuyoshi Kizu

映画や音楽を中心にカルチャーのあれこれを書いて日々暮らすライター、木津毅が各分野の映画好きと喋り散らかす対談連載。

第2回のゲストは、通訳・翻訳・エディター・ライターとして活躍する萩原麻理。海外の映画やドラマを鬼のように観ている萩原氏のユニークかつクリアな視点には、木津も毎度驚かされっぱなし。やっぱり膨大なインプット量の人と話すのは超面白いのです。

そんな彼女と語るのは2011年のイギリス映画『WEEKEND ウィークエンド』。ふたりのゲイ青年の出会いと彼らが会話する2日間「だけ」を映したこの映画は、しかし、いまでは21世紀の恋愛映画における金字塔とも言われている。監督のアンドリュー・ヘイはいまや、この世代のもっとも注目すべき監督のひとりでもある。ようやく日本での正式公開が決まったこの映画、いったい何がそんなに特別だったのか? 女子カルチャーにも詳しい萩原氏との会話でその鍵を探った……のだけど、ふたりともこの映画が好きすぎて、ちょっとテンションがおかしなことになっちゃいました。

歴史を作った伝説の恋愛映画

映画『ウィークエンド』予告

木津:いやあ、萩原さん、ついにあの『ウィークエンド』が日本でも正式に公開されますよ……! 2011年の映画だから本当待たされたんですけど、ある意味最高のタイミングでもあり。というのは、「伝説のラブストーリー」ってコピーがついていますけど、全然大袈裟じゃなくて、『ウィークエンド』以前/以降と言える記念碑的な映画ですよね。

萩原:私と木津さんの友情の始まりのような映画でもあり(笑)。日本での宣伝がどうなっているか全然知らないんですが、昨日見返したら、まったく古くもないし、むしろここ10年くらいのいろんな流れが見えてくるって意味でも、いいタイミングの公開だと思います。絶対映画館で観たいしね! みんな絶対泣いちゃうよ。

木津:いや、僕も試写で久しぶりに観て泣いちゃいました(笑)。本当に特別な映画で、たとえば海外の「オールタイムLGBTQ映画」みたいなリストにも、余裕で5位以内に入っていたりしますよね。とはいってもまだ公開前なので、何がそれほど特別だったのか? という話を今日はしたいと思っています。萩原さんが『ウィークエンド』を観たときは、もちろん監督のアンドリュー・ヘイの存在もまだ知らないときですよね? 最初観たときの印象って覚えてらっしゃいますか?

萩原:というか、海外の情報アカウントとかではなく、ツイッターの個人アカウントとかで『ウィークエンド』に感動した、みたいな感想をちょくちょく見かけたんですよ。むしろイギリスよりアメリカで、「素晴らしい」って評判になっていた気がする。いちばん覚えているのは、(俳優・脚本家・クリエイターとして活躍する)レナ・ダナムが絶賛していたこと。これはあとでもうちょっと詳しく話しますね。で、いろいろ探して、観たときにはまず、ロマンチックさにやられました。これまでになくリアルで、日常的なゲイ・ムービーなのに、余韻がずーっと残るような。うまく言えないけど、うっとりしました。

木津:でも、わかりますよ。僕はたしか2012年のレズビアン&ゲイ映画祭(現レインボーリール東京)で「良さそうだな~」と思って観たら、めちゃくちゃ良かったという。本当に大したことが何も起こらない、ふたりのゲイの青年が出会って、恋をする2日間の話なのに、「こんな映画観たことない」と思ったことをすごく覚えていて。つまり、それまでの、わりとドラマチックに描かれがちだったゲイの物語ではなく、その辺に生きているゲイの日常の物語が、あまりにも身に迫ってくるという。そのマジックの正体が何なのかはいまもずっと考えています。

萩原:人が出会って、一緒に時間を過ごすことについての映画なんだよね。その時間を、見ている自分たちも一緒に過ごしている。昨日見返して、「これってまさに『ビフォア・サンライズ』(公開時の邦題:『恋人までの距離』)だな〜」と思ったんですよ。だから、私のリチャード・リンクレイター好きの血も騒いだんだと思う(笑)。リンクレイターの映画って、会話ばっかりなんだけど、その会話がストーリーのためでも、プロットのためでもなく、そこで何が生まれ、何が交わされ、人が何を感じるかのためにあって。ほんとに幸せな時間なんですよ。『ウィークエンド』も、もちろん二人がキスをして、セックスをして……っていうところも素晴らしいんだけど、あの会話だけで惹きこまれる。親密さを共有できるというか。親密さを生むって、映画の大きなマジックのひとつでしょう。

木津:ほんとそうですね。実際、『ウィークエンド』はゲイ版『ビフォア・サンライズ』って言い方をすごくされましたよね。まさにこの映画のマジックってひとつは親密さにあって、そのふたりの間に生まれている空気が、観客にも直に伝わってくる。その親密さみたいなものはのちのゲイ・テーマの映画にもすごく影響を与えていて、アイラ・サックスの『人生は小説よりも奇なり』もそうだし、バリー・ジェンキンスの『ムーンライト』もなかったかもしれない、と思うぐらいで。あと、やっぱりセックス・シーンですよね。いたずらに扇情的じゃないのにしっかり官能的で、リアルで。あれはいま観てもすごいと思う。残念ながら日本公開版はボカシが入ってるんですが……。

萩原:えー! それはもったいなすぎる!! お風呂のシーンも?

木津:そうなんですよ……! いやほんと残念……っていうか、お風呂のシーンに反応するんですね(笑)。

萩原:だって、2日間を区切るのはお風呂じゃないですか。だいたい、最初にイギリスの地方の団地が出てきて、青年がひとり身支度するところから、「この映画は違う」って感じさせるのに! セックスより前に、あの体の提示の仕方から入るのにね。

木津:あー、なるほどね。まあ、これはこの作品に限らず日本の映画の上映システムの問題ですよね……。仕組み自体が変わってほしいと僕は思っています。たしかに、最初にラッセル役のトム・カレンの裸から始まるのは大きいかもしれない。つまり、彼の裸が最初に提示されただけで、「これは普通の青年の話なんですよ」っていうことがわかる。バキバキに鍛えた偶像としてのゲイではなく、リアルに生きている青年ということが身体性でわかる。

萩原:ぷよっとしていて、体毛もあって。最初に話したレナ・ダナムですけど、彼女が言ってたのは、セックス・シーンに射精があるのにすごくインスパイアされたと。自分のドラマでもあれを再現すべく、何を使ったら精液に見えるか研究した、って言ってたんです。彼女がクリエイターとなったドラマ『ガールズ』は2012年に始まっていて、あれも女性ドラマと呼ばれるジャンルで、セックスや体の提示の仕方をガラッと変えたドラマだった。いろんな体つきの人が、ぎごちなくセックスしてたり、それが滑稽だったり。だからほんと、LBGTQだけじゃなくて、この映画は女子カルチャーにもすごく影響していると思いますよ。いまだにそれは残っていると思う。

木津:なるほど、そこは今回ぜひ萩原さんに聞きたかったところです。のちのLGBTQ周りの映画にすごく影響を与えただけでなく、女性の観客やクリエイターの性描写に対する意識を変えた作品でもあったということですね。

人を信じることのロマンチシズム

木津:ただ、どうなんでしょう? 僕はその「親密さ」について、アンドリュー・ヘイなり『ウィークエンド』のフォロワーはけっこう出てきたと思うんですけど、結局彼を超えるひとはまだ現れていないんじゃないか、とすら感じていて。そこは手法の問題じゃなくて、彼の力量の問題だったのか、あるいは別の要素だったのか……。

萩原:リンクレイター好きの意見を言ってもいいですか? リチャード・リンクレイターも、あれだけ長くやっていて、彼みたいな映画を作る人って、まだアメリカから出てきてないじゃないですか。

木津:たしかに。

萩原:で、このあいだドキュメンタリー『リチャード・リンクレイター 職業:映画監督』を観ながらなんとなく考えていたんだけど、私が彼をロマンチックだと感じているところは、楽観主義というか理想主義というか、いつまでも何かを信じているところなのかもなー、と思ったんです。ただあの人は魂が若者なので、それが若々しいロマンスとして出てくる。で、私がアンドリュー・ヘイを最高にロマンチックだと感じるのも、やっぱりちょっと似たところで。どこか楽観的というか、人を信じる純粋さみたいなものが彼の作品からはいつもこぼれ落ちてくる。でも、リンクレーターよりはもう少し大人で(笑)。だから、答えとしては……その人にしかない資質なんじゃないかな。

木津:いや、本当そうとしか言えないところがアンドリュー・ヘイの映画にはあるんですよね。たとえば彼の最近作である『荒野にて』は、寡黙な少年/青年の繊細な心の動きを捉えているというところで『ウィークエンド』とも重なりますが、あの作品にも萩原さんはロマンチックさや純粋さを感じますか?

萩原:もちろん。しかも、イギリス人から見たアメリカのロマンもある。どんなに過酷なことが起きてもね。最後まで主人公のチャーリーを信じられるでしょう?

木津:たしかに。そうか、アンドリュー・ヘイの映画って、片隅で生きている頼りない誰かを信じるものなんだ……。あらためてグッときてしまいました。あと僕が今回観直して思ったのは、ものすごく普遍的な恋の切なさや喜びを描いた作品でありつつ、会話のなかでゲイ固有のイシューも繊細に入っているんですよね。ことさら差別されてる! ってわけじゃないんですが、電車に乗ってたら、微妙に差別的な噂話を耳にしたりとかね。ああいう、現代のゲイが感じるちょっとしたモヤモヤとか悩みが、すごくデリケートに入っている。そこも見事だなと。

萩原:職場の同僚がえげつない猥談をしてるのに傷つく、とかね。カミングアウトの問題もとても個人的なこととして取り上げられているけど、むしろちょっとした場面、人の視線を気にしたり、二人の仕草が変わっていく経緯なんかも、ひとつひとつちゃんと考えられてるな、と思います。ゲイ・イシューだけど、デリケートだからこそ伝わってくる。私もあの猥談には傷つくもん。

木津:あれは、ほんと日常でリアルにある光景ですもんね。あとはやっぱり、それまで無名だったゲイのシンガーソングライター、ジョン・グラントをフックアップした映画でもあります。萩原さんはあれは反則だっておっしゃってましたけど(笑)、でも、ジョン・グラントが最後で流れて完璧な形で終わりを迎えますよね。あの、あまりにも切ない余韻……。

萩原:チートでしょ(笑)。あのラストからあの曲が流れてきて、もう打ちのめされたので、最初観たときは。ジョン・グラントのことは全然知らなかったけど、クレジット調べて、めっちゃ検索したのを覚えてます。歌詞が、お菓子とかスウィートで甘いものの羅列になっているのはわかっていたんだけど。いまでもあの衝撃のせいで、「マーズ」はジョン・グラントの一番好きな曲かもしれない。

『ウィークエンド』の主題歌となるジョン・グラント「マーズ」

木津:僕は逆に、迂闊な人間なので、ジョンのことはあとで知ったんですよ。で、あとから「えっジョン・グラントって『ウィークエンド』の主題歌だったのか! どんだけ偉大な映画やねん!」ってなったという(笑)。彼も、地べたで生きるひとりの孤独なゲイの心情を歌っているシンガーなので、あまりにも『ウィークエンド』の主題と繋がっている。そういうところも含めて、アンドリュー・ヘイが普通のゲイに光を当てたかったという想いが伝わってくる。それが、やっぱり2010年代のあるムードを作ったんだと僕は思います。

萩原:『ウィークエンド』の遊園地のデートを見てると、アンドリュー・ヘイがこの映画のあとに作ったドラマ『ルッキング』とも重なったりするしね。あのドラマの神がかった「デート回」。サンフランシスコに住む二人の男性が、街を歩き、話しているだけでまるまる見せてしまうという。あのドラマも日本ではあんまり話題にならなかったけど、みんなもっと見てほしいなあ、と。日本のBL好きの女子たちは、もうちょっとキラキラしたのが好きなんだよね。

木津:それで言うなら、僕も『ルッキング』は日本のゲイにももっと観てほしいですね。いまは日本では観られないから、復活希望……! ですね。いや、でも、これは僕の持論ですけど、最高の恋愛映画って、最高のデートが映せるかどうかなんですよね。結ばれたとか別れたとか、結論なんてほんとはどうでもいい。一生に一度あるかないかの、マジカルなデートの瞬間を映せるか。『ウィークエンド』にはそれがあると断言しときたいです。

萩原:はははははは! 木津くんも相当ロマンチックだな。キラキラした恋愛映画と言えば、世界で(ティモシー・)シャラメ人気を爆発させた『君の名前で僕を呼んで』ですけど、あれは私、「恋って怖い……」って思ったんですよ。輝きすぎる瞬間が奪っていくものが描かれているでしょう。でも、『ウィークエンド』は恋をしたくなる映画だと思います。

木津:なるほど、その対比はわかります。『君の名前で僕を呼んで』は残酷さもありますからね~、だからこそいいっていうところもあるんですが。じゃあ、最後にお互い好きなシーンを挙げましょうか。ひとつひとつの瞬間が特別な映画なので。僕は、やっぱり部屋でコカインやってちょっとケンカになっちゃうところと、そのあとの静けさを親密に映したところですね。感情をぶつけ合ったあとだけにたどり着ける、慈しみみたいなものが、あそこにはすごく表れている。

萩原:私はやっぱり、列車のプラットフォームの場面かな。あまりに悲しくて、いろんな感情が渦巻いているのに、駅で会ったときに「これが俺たちの『ノッティング・ヒル』モーメントかよ」って、マヌケなこと言っちゃうグレンも好き。確かに誰でも、あのシーンは『ノッティング・ヒルの恋人たち』を思いだすんだけど(笑)。で、ふたりが……。

木津:そこは結末直前の大事な場面なので、ここでは伏せときましょう。でもほんと、そこも感動的なシーンですね。プラットフォームで見せるラッセルの表情もたまらないんですよね。よくあんな顔を収めたな、という……。映画がいかに瞬間を捕まえるアートか、っていうのが『ウィークエンド』からは伝わってくる。それが恋愛映画だというところも含め、素晴らしいと思います。恋愛はその瞬間瞬間の表現ですからね。

『ウィークエンド』関連作品3選



『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』

『6才のボクが、大人になるまで。』で知られるリチャード・リンクレイターの初期の代表作。ヨーロッパで出会った1組の男女が、夜が明けるまでに交わす会話を映し続けるこの映画には、なにか不思議な、親密な時間が流れ続けている。その、柔らかく愛おしいムードは当時の多くの若者を虜にした。ふたりのその後は『ビフォア・サンセット』(2004年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)でも描かれることになり、そこでもリンクレイターによる時間のマジックは健在だ。



『荒野にて』

貧しい少年はある日、いとも簡単に社会から滑落し、たった一頭の馬とアメリカの荒野へと向かう……。アンドリュー・ヘイ監督による本作は、『ウィークエンド』にも通じる柔らかな眼差しで孤独な存在を捉える。世界から見捨てられた少年を、それでも生きる価値があるとカメラとともに信じ抜くこと。どこまでも厳しく、しかし、どこまでもタフな優しさに貫かれている。



『LOOKING/ルッキング』

アンドリュー・ヘイが『ウィークエンド』の後に制作・監督を務めたドラマ・シリーズで、サンフランシスコを舞台にいまどきのゲイの恋や日常を描いたもの。このドラマの魅力は何よりそのリアルさだ。(西海岸ではとくに)ゲイであることが特別ではなくなった時代の、それでも浮かび上がるゲイならではの悩みや喜び。残念ながら現在日本では配信終了しているが、ぜひ復活してほしい作品のひとつ。

PROFILE

萩原麻理
ジャーナリスト。『CUT』『花椿』『SNOOZER』などの雑誌編集/ライターを経て、フリーランスに。現在『SPUR』の映画レビュー、同誌ウェブサイトで「ファンガールの映画日記」を連載中。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを観ること。

木津毅
ライター、編集者。2011年ele-kingにてデビュー、以降、各媒体で音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心にジャンルをまたいで執筆。「ミュージック・マガジン」にて〈木津毅のLGBTQ通信〉連載中。紙版「EYESCREAM」では〈MUSIC REVIEWS〉ページに寄稿。編書に田亀源五郎の語り下ろし『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)。

INFORMATION

『WEEKEND ウィークエンド』

監督:アンドリュー・ヘイ
出演:トム・カレン、クリス・ニュー
配給:ファインフィルムズ 
2011/イギリス/カラー/英語/97分
原題WEEKEND 映倫:R15 
9月27日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか公開
http://www.finefilms.co.jp/weekend/

(C) Glendale Picture Company MMXI

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