木津毅の「話題は映画のことばかり」
第4回:村田ポコと語る『ボージャック・ホースマン』

text_Tsuyoshi Kizu

木津毅の「話題は映画のことばかり」
第4回:村田ポコと語る『ボージャック・ホースマン』

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ポップ・カルチャーを中心にあれこれ書き散らかすライター木津毅が、各界の映画好きの方々とざっくばらんに語り合う対談連載。

「映画のことばかり」……と言いつつ、今回取り上げるのはストリーミングのシリーズ作品、しかもアニメ。Netflixオリジナルシリーズの『ボージャック・ホースマン』だ。現代のハリウッド(“ハリウー”)を舞台に、動物たちと人間たちが入り乱れるこのシュールな大人向けアニメは熱狂的なファンを獲得し、批評的にも成功。いつしかアニメーションの範疇を超え、2010年代を代表するテレビ・シリーズとまで呼ばれるようになった。そして2020年1月、ついにこのシリーズが完結することが発表された。

90年代のシットコムで一世を風靡したものの、やがて落ちぶれたセレブとなった中年“馬”の悲喜劇が、なぜこうも人を動揺させ、そして涙させるのか? その理由に迫るため、『ボージャック・ホースマン』フリークのイラストレーター、村田ポコに登場してもらった。木津が知る限り日本でもっとも『ボージャック』を狂おしく愛する彼の、熱い言葉をお届けしよう。

#metoo以降の時代の『罪と罰』?

ボージャック・ホースマン予告編

木津毅:ポコさん、ついに、ついに『ボージャック・ホースマン』が終わってしまいますね……。世のなかの大半の人からすると「だから何だよ」って話だと思いますが(笑)、我々ボージャック・ファンからすると、とうとうこのときが来てしまったのか、という感じで……僕、まだ現実に向き合えてないです。

村田ポコ:ついに来てしまいましたね……シーズン5を観終わった時点で終わりが近づいてきているような印象はあったものの、現実となった今、同じくまだ受け止めきれていません(笑)。

木津:ですよね。同胞のボージャック・ファンのリアクションを見ていてもみんな阿鼻叫喚という感じなんですが。ただ、ハマる人はドハマりするけど、人にオススメするのが難しい作品ではありますよね。一見、ユルい絵のシュールな動物アニメで、ブラック・コメディで。日本人はあまり知らないだろうアメリカのポップ・カルチャー・ネタも多いし、あとコメディかと思って見てたらめちゃくちゃ暗いし。ポコさんはどうやってボージャックと出会って、どんな風にハマっていったんですか?

ポコ:やっぱり暗いですよね(笑)。僕はNetflix加入後なんとなく観る番組を探していて目にしたサムネイルに興味をひかれたんです。ボージャックが夜道(?)を歩いている後ろ姿のやつで。パッと見、わびしい印象というか大人向けの渋い雰囲気を感じてちょっと観てみようかなと。1話から既に好みなテイストではあったんですが、4・5話あたりで「何これめちゃくちゃおもしろいじゃん!」となってすっかりハマりました。

木津:そう、肝はエピソード4なんですよね。僕はボージャックを観たことない人には、「とにかく4話まで観て!」とよく言ってるんですよ。あそこで、このアニメのテーマがグッと前に出てくる。『ボージャック』がどんな話かは、ポコさんが以前ご紹介/ご解説されていたツイートが簡潔に説明しているのでそちらを参考にしていただいて……。

木津:で、第4話でこのアニメの核心が見えてくる。要するに、ボージャック・ホースマンという内面に傷や欠点を抱えている人物が、それゆえに人間関係や人生で失敗ばかりしてしまう、という。僕は『ボージャック』は海外の評を見ていて、社会風刺が優れているというものが多かったので観てみたんですよ。風刺もたしかにすごいんですが、ただ、それ以上にとにかく生々しい人間ドラマだな、と。すごくざっくりした質問ですけど、あらためて、『ボージャック』の魅力は、ポコさんからするとどんなところにありますか?

ポコ:キャラクターの造形や物語がとてもリアルで、登場人物の誰かしらに思わず自分を見出してしまうような、現実との地続き感でしょうか。「わかりやすさ」に回収されない人生の複雑さをそのまま物語にしている。このドラマに似た作品をこれまでに見たことがなかったですね。

木津:そうですね。僕、アメリカ人の49歳のおっさんに『ボージャック』薦めて、一緒に観てたんですね。で、最初は下品なネタとかくだらないギャグとかにゲラゲラ笑ってたんですけど、彼は途中から感情移入し出して、シーズン2の最後で「too true!」(意訳して「リアルすぎる!」)って泣きだしてそれ以上観れなくなっちゃって。ボージャックは50代のちゃんと生きられない中年男ですけど、フラフラ生きてきて人間関係をいくつもダメにしてきたおっさんからすると、ボージャックは他人と思えないみたいですね。次の日、LINEのアイコンとか携帯の着信音とか全部ボージャックにしてました。ああ、マズいもの教えてしまったなあ……と(笑)。

ポコ:なるほど(笑)。

木津:まあ僕も、意識が高すぎるせいで他人にも自分にもやたら厳しく、あと愛されることがヘタクソなライターの30代女性ダイアンが自分のように見えてしまう瞬間があるので、まあ彼の気持ちもわからなくはないです。感情移入すると、けっこう危険な作品なんですよね。ポコさんはやっぱりキャロラインがお好きですか?

ポコ:キャロラインは名エピソードが多いですよね。でも、キャラクターとしては僕もダイアンが好きなんです。クセ者ばかりの登場人物の中ではいちばん凡庸だし、ナードなところも自分に引き寄せて考えやすい。1話で登場した際にパーティーに馴染めずナーバスになって喋りすぎてしまう、あそこでもう好きになってしまいました。

木津:やっぱり女性キャラクターもいいんですよね、リアルで。それは、クリエイターのラファエル・ボブ・ワックスバーグだけじゃなく、ケイト・パーディら女性が制作チームの中心にいることが大きいですよね。『ボージャック』チームが作った『トゥカ&バーティー』にしろ、実写とアニメを融合したロトスコープ方式の『アンダン』にしろ、内面のややこしさを抱えた女性たちが登場する。『ボージャック』も中年男の「ダメさ」を中心に置きながら、それをたんに慰めるものになっていないのは、女性キャラクターのリアルさによるところが大きいと思います。あと僕が驚いたのは、#metooを予見するエピソードが2015年のシーズン2で出てくることです。現実の#metooは2017年末なので、現実の先を行っていた。ジェンダー・イシューの鋭さも、『ボージャック』の魅力ですよね。

ポコ:ともするとナルシシズムに陥りがちな中年男性が主人公の物語をここまで魅力的にしているのはそこも大きいですよね。揺るぎない客観性のもとにエピソードが構成されていて、観ていてギクリとすることもしばしばあって。シーズン2のそのエピソードもシーズン4の女性と銃のエピソードも、皮肉とユーモアはあってもけっして問題を茶化してはいないというバランス感覚が素晴らしいと思います。

木津:銃と女性のエピソード、ものすごくタイムリーで、かつ皮肉がきいた回でしたね。ジェンダーの問題はボージャック本人にも波及していますね。ボージャックは両親から酷い扱い――ほとんど虐待――を受けて育ったせいもあって、自分のことを好きになれず、それをこじらせた末に女性に対して加害的なことを何度もしている。彼自身被害者であるのはたしかだけど、しかし加害者であることも間違いない、と。物語は、ボージャックをただ断罪するのでもなく安易に許すのでもなく、ひたすらそのことに向き合わせていく。その過程に息を飲まずにはいられない。

ポコ:そうですね。視聴者はシーズンを重ねるごとにキャラクターたちのことを好きになっていくので、ついボージャックの行いを許してしまいそうになるんですが、罪は罪だよ! ということもきちんと突きつけてくる。怖いくらいの誠実さを感じます。

木津:だから僕は、『ボージャック』は2010年代の文脈における『罪と罰』なんじゃないかってわりと本気で言ってます。やっぱりこれだけ――とくにアメリカでは――#metooが席巻したなかで、過去をどう償うかというのは多くの人が直面したテーマなので。重い。重いんですが、べらぼうに面白い。それがやっぱり、『ボージャック』の凄みなんだと思います。

ポコ:ボージャックが真に愛されるにはそこに向き合わなきゃいけないんですよね。そして今後どうなっていくのかが本当に読めないし目が離せない。

※ここから物語の詳細に触れますので未見の方はご注意ください。

「世のなかには悪い人も良い人もいない」

木津:ここからはネタバレ全開でいきたいと思うのですが、ポコさんはとくに思い入れのあるシーズンってありますか? 僕はシーズン3です。一番暗くて重いシーズン(笑)。どんどんボージャックが追いつめられていって、その結果サラ・リンを(結果的に)殺してしまう、という。容赦ないですよね。

ポコ:僕はシーズン4が好きですね。なんといってもキャロライン回の9話が素晴らしい。あの演出には本当に唸らされました……もちろん11話も好きですが繰り返し見てしまうのは9話です。シーズン3は……プラネタリウムも荒野のシーンもとても美しいけれど、話の流れは僕的にはちょっと暗すぎました。

木津:そうですよね。いやあ、でもシーズン3の終わりからシーズン4の頭は神がかってたと思いますよ。いまポコさんが挙げてくださったS4E9“ルーシー”はほんと屈指のエピソードで、ストーリーテリングが素晴らしいですよね。超切ない。キャリア女性の孤独を優しく、厳しく描き切っていて、僕も大好きなエピソードです。では、シーズン6はいまのところどうですか? 前半が終わって、本当にラストになる後半が来年1月31日に来ますが……。

『ボージャック・ホースマン』シーズン6 予告編

ポコ:シーズン6、最後ということもあってかこれまでになくファンサービスを感じてます。ケルシーのことも好きだったので再登場は嬉しかったですね。

木津:まとめにかかってますよね。かく言う僕もジュダ再登場には嬉しくて、「ジュダー!!!」って叫びました!

ポコ:レギュラー陣もよろめきながらも前に進み始めてる。S4E9を受けてのキャロライン主役の2話のラストにもグッと来ましたし、7話ではボージャックがピーナッツバターとお互いの代表作のクロスオーバーを実現させましたよね。ボージャックのその思わぬ優しさと、感極まるピーナツバターの姿に思わず涙が……、からの8話ですよ……。

木津:8話ね……シーズン6前半のラスト・エピソードですが、過去の罪からは逃れられない、というエピソードですね。視聴者に向けて、「お前ら、簡単に報われると思うなよ!」って突きつけてくる。僕、シーズン6が最終シーズンになるって聞いたとき、「どうなってほしいんだろう?」って考えてたんですよ。そしたら、そのひとつの答えとして「ボージャックがダイアンを助ける機会があればいい」と思ったんですね。ボージャックはずっとダイアンに助けられてきたわけですから、ダイアンを助けることがひとつの贖罪になるかな、と。で、実際観てみたらシーズン6の前半でそれは達成されてるんですよね。だけど、そんなことで彼の贖罪は済んでいないって第8話で突きつけてきて、前半終わりっていう。……恐ろしいアニメ!

ポコ:ボージャックとダイアンの関係はこのドラマのすべての始まりでもあるし、ひとつの軸でもあったのでもうひと展開あるのかな? という気もしています。シーズン1でボージャックがダイアンにかけた言葉がシーズン4でダイアンから返ってきたり、あの感じがすごく好きなんですよね。しかしシーズン2と3のボージャックのやらかしはやっぱり重い罪だったんだよな……と。

木津:ですね。サラ・リンのこともそうだし、簡単に許されていいわけではない。……いやあ、しかし、あと8エピソードでどう決着つけるんでしょうね、本当に。ある意味、#metoo以降の時代にわたしたちはどう生きるか、ということを提示しないといけないわけですから。大変ですよ。

ポコ:どう着地させるかはとても難しく、かつ責任重大ですよね。ただ、これまでのシーズンを観てきた側からすると「『ボージャック・ホースマン』ならやり遂げるに違いない!」という信頼感もあります。というか、めちゃくちゃ期待してます!

木津:そうですね! 僕はやっぱり、ボージャックがほかのメイン・キャラクター4人、とくにダイアンとの友情によって何を獲得するのか、というところに期待したいです。『ボージャック』は欠点を持った人間たちを丹念に描いてきた作品で、だからこそわたしたちは肩入れして観てしまう。でも結局、お互いどうにか助け合って生き延びるしかないんですよね……。

ポコ:世のなかには悪い人も良い人もいない、というダイアンのセリフに表されるように、ボージャックをはじめ、作品に出てくるキャラクターたちは問題を抱えつつも良くあろうとしてあがき続けてきた。彼らが得るものは、けっしてわたしたちと無関係ではないと思えますよね。

木津:いや、ほんとそうですね。では本当に、泣いても笑ってもラストのラスト、この僕たちの心をかき乱し続けた作品の決着を……みんなで見届けられれば嬉しいですね。

『ボージャック・ホースマン』関連作品3選

『アンダン ~時を超える者~』

『ボージャック・ホースマン』チームが手がけた、実写とアニメを融合した「ロトスコープ」の手法が取られた一作。事故をきっかけに「時を超える」能力を得た28歳の女性アルマが、父の死にまつわる過去を突きとめようとする……というとSF作品のようだが、これはむしろ複雑な女性の内面を描いた心理ドラマ。メンタル・ヘルスの問題もあり、うまく生きられない女性による「別世界」への空想がトリッピーな描写で現れる。そして、ここでも『ボージャック』同様、不器用な人びとへの厳しさと優しさに貫かれている。アマゾンプライムにて。

『トゥカ&バーティー』

こちらも『ボージャック』チームによるアニメ作品で、今度の主役は鳥。『ボージャック』よりもさらにユルいタッチとハイテンションなノリのコメディ……なのだが、こちらは主役がパッとしないアラサー女子になっているため、より女性のリアルな感覚が入っているとして支持された。メイン・クリエイターのリサ・ハナウォルトはギャグを女性キャラに積極的にさせたかったそうだが、実際、ギャグ満載で繰り広げられるトゥカとバーティーのハチャメチャなシスターフッドは痛快極まりない。Netflixにて。

『サウスパーク』

『ボージャック・ホースマン』のクリエイターでありコメディアンのラファエル・ボブ・ワックスバーグは『サウスパーク』について、「政治的に賛同できないときはあっても、すごく好きなエピソードがいくつもある」と語っている。クリエイターのトレイ・パーカーとマット・ストーンは政治的にリバタリアンと自ら語っており、そのことはこのシリーズの端々から見えてくるが、基本的にリベラルな『ボージャック』との違いはそこにある。が、社会風刺の鋭さという点では『サウスパーク』から受けている影響は少なくなさそうだ。大きくは90年代~00年代にヒットした本シリーズだが、いまでも時代と対峙しながら続いている。

PROFILE

村田ポコ
イラストレーター、アニメーター。中高年男性(おじさん)をモチーフとしたイラストを得意とする。
http://murapo.skr.jp

木津毅
ライター、編集者。2011年ele-kingにてデビュー、以降、各媒体で音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心にジャンルをまたいで執筆。紙版「EYESCREAM」では〈MUSIC REVIEWS〉ページに寄稿。編書に田亀源五郎の語り下ろし『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)。cakesにてエッセイ「ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん」連載中。

INFORMATION

『ボージャック・ホースマン』

Netflixオリジナルシリーズ
シーズン1~6独占配信中

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