A GUIDE TO INDIE GAME Part 2 / 最新の音楽(文化)が生まれる場所としてのビデオゲーム

2020年春、世界的なパンデミックによって人びとの外出が制限され、いままで以上にゲームに熱い注目が集まっている。たしかにゲームは家にいながらにして、壮大な冒険や尽きることのないチャレンジに没頭させてくれる娯楽だ。この先行き不透明な時期に強く求められるのも頷ける。

けれども同時にゲームは、作り手(たち)の創造性が形になった芸術でもある。とりわけ近年はインディ・ゲーム・シーンを中心として優れた作家性を伴った作品が量産されており、他ジャンルのカルチャーとも結びつきながら、より多種多様な広がりを見せている。

本シリーズ「A GUIDE TO INDIE GAME」では、それぞれの書き手が設定したテーマに沿って、インディを中心としたゲーム作品をレコメンドする。カッティング・エッジなゲームを発見するためのガイドになれば幸いだ。

Part 2 / 最新の音楽(文化)が
生まれる場所としてのビデオゲーム
selected by 今井晋(IGN JAPAN副編集長)

意外かもしれないが、ビデオゲームとポップ・ミュージックはイトコくらいの親戚関係だ。70年代末から80年代に起こったテクノロジーの普及と新たな感性の誕生を思い浮かべてほしい。それらは一方にクラブ・ミュージックやヒップホップといったおびただしい数の音楽文化を生み出したが、他方ではアーケードゲームやコンソールゲームといったビデオゲーム文化を生み出した。

初期のビデオゲームに使用されたFM音源や波形メモリ音源といった技術はデジタルシンセサイザーと同じものだし、CDやサンプラーに使用されるPCMという方式のデジタルデータは現在のビデオゲームでも使われている。ビデオゲームには特定のベニュー/現場という意識が希薄だったが、インターネットが発展した現代、ゲーマーは音楽リスナー以上に多様なオンライン上のベニュー/現場(TwitterやFacebookなどのSNS、YouTubeやTwitchなどの動画サービス、Discordなどのチャットツールなどなど)を獲得し、濃密なコミュニケーションを行うトライブとなった。

2020年代はそんなビデオゲームとポップ・ミュージックがオンライン上で濃厚接触する時代だ。既にメインストリームのアーティストたちは、ビデオゲーム文化の中でのプレゼンスを意識し始めている。『Fortnite』ではドレイクがゲーム実況を行い、マシュメロがバーチャルイベントを行い、トラヴィス・スコットがバーチャルツアーを行なう。また過去のビデオゲームやその音楽(video game music、以下VGM)に敬意を払うアーティストも多い。アーケードゲームのコレクターとしてのフランク・オーシャン、『ストリートファイターII』などで知られる日本の大御所VGM作家の下村陽子をリスペクトするサンダーキャット。

では逆にビデオゲームの世界ではどのような音楽が生まれているのだろうか? ここでは最新の音楽(文化)が生まれる場所としてのビデオゲームを2010年代のインディ・ゲームを中心に紹介したい。

『Hotline Miami』

従来のVGMは古い映画音楽と同じく、ゲームに合わせた新規書き下ろし楽曲を使用していた。これは主に技術的制約によるものであったが、結果としてPSGやFM音源を利用した「チップチューン」というビデオゲーム文化独自の音楽ジャンルを生み出した。他方、技術的制約が取り払われた現在では、現代の映画と同じく「ライセンス曲」と呼ばれる既存楽曲の使用が珍しくない。

2012年のインディ・ゲーム『Hotline Miami』の最大の特徴は、グリッチの効いたケバケバしいピクセルアートとウルトライバイオレントなトップダウンシューターというアーケード時代のノスタルジーだけではなく、そのサウンドトラックの多くがBandcampなどのインターネット上に存在した既存楽曲で構成されていることだ。Jonatan SöderströmとDennis Wedinというスウェーデンの2人の若者は、2010年代の暴力的なシンセウェイヴで80年代末の血みどろのマイアミを描くことに成功した。それはまるでタランティーノが『パルプ・フィクション』にディック・デイルのサーフロックを流用したような出来事だった。

本作の大ヒット以降、サウンドトラックにフィーチャーされたM.O.O.N.やPerturbator、Scattleなどのアーティストは飛躍的に知名度を上げ、ゲーマーにも注目された。フォロワーとなるゲームタイトルも山程リリースされ、多くの人々がビデオゲームを作ることが音楽やアートや映画を作ることと同様にクールなことと認識し始めた。ついでにインディ・ゲームのサウンドトラックのヒットの土壌が作られ、重量盤のアナログレコードなどもリリースされるに至ったのだ。

[Hotline Miamiオフィシャルサイト]
http://hotlinemiami.com
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Windows, Mac, Linux)

『Life is Strange』

2015年にエピソード形式でリリースされた『Life is Strange』もまたライセンス曲を巧みに使用したアドベンチャー・ゲームである。ポートランドをモデルとしたアルカディア・ベイという街を舞台に、ブラックウェル高校で写真を学ぶ主人公のマックスはとある事件をきっかけに時間を巻き戻す超能力を手にする。親友の不良少女クロエの家族問題、学内でのイジメにドラッグ、そしてありふれた日常の中で手に入れた大きすぎる力。これらはすべてアメリカのヤングアダルト小説やそれらを元にしたドラマでありふれた設定だろう。だが本作はキャラクターとその背景を緻密に描き、さらにそれらを秀逸なサウンドトラックで包み込むことで、若いゲーマーからの圧倒的な支持を得た。

本作のサウンドトラックにおいてフィーチャーされるのは、フランスのシド・マターズやスウェーデンのホセ・ゴンザレスといったフォーキーなインディ・ロックだ。アマンダ・パーマーやモグワイといったより知名度の高いアーティストの楽曲も含まれるが、2010年代の文化系女子であるマックスのキャラクターに合わせて、テンダーで繊細なフォーク中心の選曲がなされており、作品のテーマや雰囲気を存分に盛り上げてくれる。

戦争や活劇が主役になりがちなビデオゲームの中ではアドベンチャー・ゲームは常にニッチな存在であっただろう。しかし『Life is Strange』はアメリカの学園ドラマのような文法と巧みな選曲によってグローバルヒットを掴むことになった。前日譚である『Life Is Strange: Before the Storm』や続編の『Life is Strange 2』でもそのシナリオと選曲は健在で、現代のティーンが共感できるプレイリストを提供している。

[Life is Strange日本語版サイト]
https://www.jp.square-enix.com/lis/
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Xbox One / Windows, Mac, Linux)

『Transistor』

VGMの技術的制約からの解放とライセンス曲の使用は、同時にそのアイデンティティの喪失と結び付けられる。つまり、ビデオゲームのために自由に楽曲が使用できるならば、「ビデオゲームらしい音楽」とは何であるのかという問題だ。

サンフランシスコを拠点とするSupergiant Gamesの一連の作品はその問題に対するはっきりとした答えになるだろう。同スタジオに所属するコンポーザーのDarren Korbは、それぞれの作品の世界設定に従い、『Bastion』では”acoustic frontier trip-hop”、『Transistor』では”Old-world Electronic Post-rock”といった既存のジャンルを混淆した空想世界の音楽を作り上げたのだ。つまりVGMのアイデンティティのひとつは、そのビジュアルやキャラクターによって描かれる総合的な世界設定から生まれるというわけだ。

2014年にリリースされた『Transitor』の舞台はアール・ヌーヴォーやアール・デコの様式をサイバーパンクと組み合わせたような未来都市クラウドバンク。主人公のレッドはクラウドバンクの人気歌手だが、とあるとき何者かに大剣トランジスターで命を狙われる。恋人の犠牲によって一命を取り留めるものの、彼女は声を失い、彼女を狙った大剣からは恋人の声が聞こえる。なぜ彼女が狙われたのか、トランジスターとは何なのかを明らかにするため、レッドはクラウドバンクを大剣と共に探索することとなる。

ゲームとしてはアクションとストラテジーが融合した奇妙なRPGだが、美しい舞台背景と手描きアニメーション、そしてガーシュウィンのようなジャズとトータスのようなポストロックが融合したサウンドトラックは唯一無二の世界を作り上げている。ミニマルかつデコラティブで、どこか退廃的なサウンドトラックは既存のポップ・ミュージックには存在しない独特の儚さや切なさを表現している。サウンドトラック単体でも十分に価値のある作品に仕上がっているのだ。

アコースティックサウンドとトリップホップを結びつけたワイルドウエスタン・ファンタジー『Bastion』、大胆なボーカル付きスピリチュアル・フォークで彩る異世界巡礼アメフト(?)ゲーム『Pyre』と、他の作品でも一貫した世界を表現するDarren Korbの音楽はVGM外部のリスナーにもアピールするだけの魅力を持つ。

[Transistorオフィシャルサイト]
http://www.supergiantgames.com/games/transistor/
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Windows, Mac, Linux)

『Cytus II』

最後に音楽と切っても切れないゲームジャンルの世界を紹介しよう。

1997年のコナミの『beatmania』のヒット以降、「音楽に合わせて何かを叩く」という音楽ゲーム(通称、音ゲー)は現在のゲームジャンルとして定着している。特に東アジアではその影響は顕著で、アーケードやスマートフォンの定番ジャンルといっても過言ではない(忘れがちではあるが「アイドルマスター」や「ラブライブ!」といった人気アイドル系スマートフォンゲームもそのコアメカニクスは音ゲーである)。

『beatmania』がDJプレイを模倣したゲームであったことからわかる通り、音ゲーは常に現実のポップ・ミュージックを参照してきた。しかしながら、技術的制約やライセンス的な障壁から初期はゲームメーカーのインハウスコンポーザー頼りであった。流行りのクラブ・ミュージックやヒップホップを取り入れてもサウンド的に限界があり、時流的にもやや遅れていた印象を持たれていた。しかし、音ゲーの誕生から30年以上経過した現在、音ゲー出身のコンポーザーの独立やライセンス曲の増加の結果、音ゲーはアニソンやアイドルに並ぶ東アジアの音楽シーンの一角として存在している。

そのような中でRayarkの『Cytus II』は現在の音ゲーシーンで最も成熟した作品のひとつだ。Rayarkはスマートフォンゲームを中心に開発する台湾の企業で、2012年に前作『Cytus』でデビュー、2013年『DEEMO』で大きな注目を浴びることになった。彼らが一貫して取り組んでいた課題はいかに音ゲーのフォーマットで壮大な世界と物語を表現するかであった。

結果として、2018年にリリースされた『Cytus II』は従来の音ゲーには異例とも思えるテキスト量と緻密さで複雑なストーリーを展開するに至った。本作の音ゲーとテキスト主体のノベルゲームを交互に行うという方式は多くのアイドルを主題としたスマートフォンゲームで採用されている。しかしながら、『Cytus II』が描く世界はネットワークテクノロジーが普及したサイバーパンク世界で音楽シーンがいかに成立するかというハードなSFモノだ。

登場キャラクターたちの多くは人気アイドル、ストリーマー、元バンドマンなど音楽と関連する人物であり、それぞれの背景にちなんだ音楽ジャンル――EDMやフューチャーベースを取り入れたアイドルポップ、音ゲーで定番のハードコア・テクノ、東アジア特有のヘヴィロックやメタルコアといったディープな選曲がなされている。ストーリー部分もゲーム内の架空SNS「iM」のタイムラインで表現され、アイドルやストリーマーがリアルタイムにファンとコミュニケーションを行なう現在の音楽シーンを強く反映したものだ。

IceやKIVΛといったRayarkのインハウスコンポーザーも含め、楽曲提供者も現代のVGMと音ゲーシーンのエッジを見事に切り抜いている。「DJMAX」シリーズや『DEEMO』などの音ゲーで人気のM2U、有名タイトルのサウンドエンジニアを務めながVGMの世界で幅広い活躍を行うJames Landino、アニメ『メイドインアビス』などの楽曲で知られるKevin Penkin、ユニークなサンプル音源で独特のハードコアを作りあげてきた日本のt+pazoliteなどなど。東アジアを中心にインドネシア、オーストラリア、アメリカなどさまざまな地域のコンポーザーから楽曲を集めることで、ストーリーと共に現在の音楽シーンを反映している。

ゲームセンターで発達した音ゲーはそれ独自のベニューを持ちにくい文化であった。だが『Cytus II』はおそらく音ゲーファンが夢見た音楽シーンを、その楽曲やストーリーやSNSを模したプレゼンテーションによって、擬似的に作り出している。そして本作で活躍したアーティストたちは、音ゲーとしての枠組みを超えて、今後のグローバルな音楽シーンでも活躍することが期待できる。

[Cytus IIオフィシャルサイト]
https://www.rayark.com/g/cytus2/
(プラットフォーム: iOS, Android)

PROFILE

今井晋

編集者・ライター。大学院で美学・ポピュラー音楽学の研究を行ないながら、2010年頃からビデオゲームのライターとして活動。現在はゲームやエンターテインメントの国際的なニュースネットワークIGNの日本エディションIGN JAPANの副編集長を務める。世界のインディ・ゲーム・シーンに没頭しながら、ビデオゲームの文化的価値を向上する活動を実践中。