CULTURE 2017.11.28

「目的地は上に、上に。街から山へ遊びに行く」 powerd by ザ・ノース・フェイス × ビームス

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部
Photography_Junichi Higashiyama, Report_Ryo Tajima

はじめに
ちょっと山を登ってみた。都心の駅の急勾配な階段で鍛えられた四肢を使って。体力的には全然イケルと思ってた。だって自分はまだ若い。そう簡単に白旗を振る気はない。登りはじめて15分。早くも膝が震え、冷や汗、白旗を構える。全然甘過ぎたわぁ…と心で呟きながら天を仰いだ。やれやれ、そこには雲1つなく、空を切り取る高層ビルは皆無。山頂を見る。『鹿とかじゃないと辿りつけなくないか? アレ』。途中で足も折れそうだったが、何より心が折れそうだった。いや、多分折れてた。もうベッキベキだった。1時間半が経過するころ、すごく心地良くて清々しい気分になっている自分に気づく。呼吸の取り方を身体が覚える。道のない場所に道があることを教えてもらう。よそよそしかった山道がフレンドリーになってる。山頂から360度を見渡して、下りの道では樹木の表情に見とれていた。石の苔が描くグラデーションに気づいた。踏みしめる落ち葉が鳴らす音が聞こえた。深呼吸をして、登り、下ってきた道を振り返る。こんな風に愉快な気持ちになれることは、そう、ない。クラブ明けの朝日よりも爽やか。ライブハウスを出たときの高揚感と似た種類の充足感。これは、そういう都会に住む人間から見たフィールドレポ。ユース達よ、街を出よ、山に入れ。
したら、山頂からこんな風景を拝むことができる。

都会の生活で黒ずんだ心を澄みやかに洗浄してくれるような、地球の裏側まで見通せるようなブルー。ファビュラス。

プロジェクトについて
本イベントはザ・ノース・フェイスとビームスによる2日間に渡る共同プロジェクト。1日目はロッククライミングを体験し、2日目は山梨県の北杜市にある標高2230メートルの山、瑞牆山、山頂を目指した。『登山』と言えば、アウトドアを代表するアクティビティの1つだろう。休暇を山で過ごす人が増えた昨今、非常に人気となっているスポーツだ。日頃からアウトドアを楽しむことは、豊かなライフスタイルの象徴とも言える時代だ。だが、それは、あくまで“大人のライフスタイル”と捉えられているのではないだろうか。確かに、ユース層にはハードルが高いのかもしれない。ギアも安くないし、山へ辿り着くまでには時間もかかる。『行けば、その楽しさに気づくよ』と経験者から言われても、なかなか実行に移すのは大変だ。だけど、確実に言える。『行けば、絶対楽しいよ』。ファッションや音楽と同様の、山という1つのカルチャーとして、今こそライトな気持ちでアウトドアの世界に入ってきてはどうだろう。そして、土日の休日をアウトドアで楽しんでいる人は、さらに次のステップを目指して、その楽しみ方の幅を広げてみてはいかがだろう。

Photo Review -DAY.1-
1日目はロッククライミングを体験。瑞牆山には岩が多い。2メートルほどの大岩がゴロゴロ転がっている。都心では人工のロッククライミングを楽しめる施設があるが、天然のものは楽しみ方が異なる。石と対話するようにして、それを登っていく。


登っている人がいるときは、どこに落ちても大丈夫なように下にいる人がサポート。


ロッククライミングが終わったら、手に滑り止めでつけていた石灰が石についているのでブラシで掃除する。


『明日はあの山の頂まで行くのだ』。そう聞かされたとき、一体どこまで、どうやって登ると言われているのか、そのときの私には、まだ意味がわからなかったんだ。

Photo Review -DAY.2-
2日目は、前述の通り瑞牆山の山頂を目指す。ガイドさんの案内に従い、慎重に登り降りした約7時間。参加したメンバーそれぞれのドラマが生まれた。


全体の経路を教えてもらい、各装備の正しい身につけ方をおさらい。出発時は、まだまだ談笑しながら余裕の笑顔が、そこにあった。


登山道は上に登るほどに岩が増え、足だけではなく手も使い、石を触りながら登っていく。まさに山とコミュニケーションを取りながら身体を動かしていくイメージだ。


山頂に到着しプロジェクトメンバーと周囲を見渡してみる。このときの達成感は何ものにも変えられない、と実感した。

終わりに
繰り返しになるが“山登り”と聞くと、街で日々を送る人間にとってはちょっと異世界の話のような気がしてしまう。が、アウトドアで得られる楽しさは、やはり都会では得られない魅力がある。山の中腹に幹がえぐれ、外身だけになっているような大木があった。もちろん生きている状態で。何でも、鹿が食べてしまうと、そういう状態になってしまうらしい。今回、案内をしてくれたガイドさんに聞くと「あれは、きっと300歳くらい」ということだった。300年前、時は江戸時代。暴れん坊将軍こと徳川吉宗が将軍になったくらいのことである。そんな風に、1本の木を眺めながら時間の流れに思いを馳せることができるのも、山の中の特別なことなのだ、と教えてくれた。山に存在する物は、言うまでもなく人工物ではない。そんなことをグルグル考えていると、山という巨大な生き物の腹の中を歩いているような気になってくる。人ぞれぞれ、魅力に感じる部分は異なるだろう。もし、貴方が山に入ったら何を魅力に感じられるか。それを探しに行くのも良いのでは。

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