NEW DESTRUCTION and NEXT CREATION 対談 
YUGO. vs 永井博

Photo_ Toyohiro Matsushima Edit & Text_Shigemitsu Araki (i like it)

NEW DESTRUCTION and NEXT CREATION 対談 
YUGO. vs 永井博

Photo_ Toyohiro Matsushima Edit & Text_Shigemitsu Araki (i like it)

アートとエンタテインメント業界で最も注目を集めるイラストレーター、YUGO.の初作品集『NEW DESTRUCTION』が4月9日(金)上梓される。
そこで発売記念BIG対談のゲストとして、イラストレーターの大先輩であり、YUGO.とも親交が深く、また今まさに何度目かの最盛期を迎えている永井博が登場。

イラストレーション(Illustration)の語源は、暗闇を「照らす」(Illumination)という言葉にあるといわれている。
しかしこのふたりの話を聞いていると、イラストレーターはまず影や暗闇を描けてこそ、照らされている部分を表現できるのではと思えてくる。
イラストレーターとして独立した頃から、静かなロングバケーションと言いたくなるようなこの一年まで、彼らはクリエイターとしてどんな想いで創作に向き合ってきたのか。
そして、これからどこに向かっていくのか。
まさに永井博カラーと言えるような青が広がる空の下、歳は離れているが魂でつながっているふたりに話を訊いた。

―コロナによって制作環境や内面に変化がありましたか?

YUGO.「永井さんは以前、イベントやDJで外出される機会が多かったでしょうから、変化はあるんじゃないですか」
永井「家でする仕事だから関係ないと思ったけど、打合せ以外で人に会わなくなって調子が悪くなっちゃったね。足元がふらついたりするようになってきたし。内面には影響ない。YUGO.君はどう?」


YUGO.「大阪で一人で仕事しているんですが、生活スタイルが在宅ワークなので、そこは永井さんと一緒です。自分の場合、バンドや音楽イベントのビジュアルの仕事が多かったので、それが2020年の春以降3か月くらい無くなってしまったり、一度デザインを用意していたものがストップしました。それはこの数年で初めての経験でした」
永井「仕事に関しては、俺はここ数年で一番いい(笑)」
YUGO.「周りからよく聞くのは、こういう状況だから逆にアートを買う人が増えているみたいですね。アートに特化した人は需要が増えている」
永井「やっていることはイラストレーションだけどね。ただ、描く枚数は増やしてない」
YUGO.「永井さんの場合、1点1点が貴重になってくるから」

―絵の価値が上がるにつれて永井さんはイラストレーションの世界からアートの世界へ移行されていますね。

YUGO.「僕の中では、元々永井さんはイラストレーターというよりアーティストという印象です」
永井「昔はイラストレーションも絵具で描く人が多かったけど、今は線描きの人が多いじゃない? だから余計にそう思われるのかもしれない」
YUGO.「しかも今はiPad上で描いたものを仕事で使っているイラストレーターが多い」
永井「自分で言うのも変だけど、アナログで描いて活躍している人が少ないということでしょ」

―上の世代だと横尾忠則さんくらいでしょうか。

永井「横尾さんは早いうちにアーティスト宣言されて、違う世界に行かれた断トツに凄い人。俺は自分からアーティスト宣言してないんだけど、されていっているのかな」

同じ絵を描き続けることがすごい

―永井さんから見たYUGO.さんの印象を聞かせてください。

永井「YUGO.君みたいなタイプの絵を見たのは初めてだったんだよね。最初の頃は、顔が描けてないって思ったんだけど、うちの息子に見せたらビーバス・アンド・バットヘッド(註:1990年代に人気と非難を博したマイク・ジャッジによるアニメ)くらいもっと顔を崩してもいいんじゃないかって言っていて、そういうものかと思った」
YUGO.「確かにあの歪な線もかっこいいですよね。自分の好きなテイストはアメリカンですし。自分は、一回真面目に描くと次に崩すのが怖くなるというか、うまく崩せるかなという不安があったので、最初から崩したんです」
永井「同じ絵を2枚描けばいいんだよ。俺は今は体力的に描けないけど、描ける時は同じ絵を2枚描いていた。1枚はそのまま残して、もう1枚は失敗してもいいから崩した絵を描いてみる」


YUGO.「そんな器用なこと、普通はできませんよ(笑)。考えたことのない発想です」
永井「音楽にリミックスやリエディットとかあるじゃない? 俺も一度描いたものと同じような絵を頼まれた時には、椰子の木一本増やしただけでもリミックスだって自分で納得するようになった」

―それぞれ好きな音楽が作風に影響を与えています。永井さんの場合はファンクの「反復」、YUGO.さんの場合はパンクの「反体制」や「DIY主義」。

YUGO.「そうですね。お互いが好きな音楽を自分の職業に変換した時にそれがあらわれているかもしれない」
永井「いろいろ試せばいいんだよ。逃げ道は用意しておかないと。YUGO.君は行き詰まったりしないの?」
YUGO.「しょっちゅうします。前にやったことと違うことをしないと、って変に考え過ぎてしまうんです」
永井「でも注文は同じような絵を頼まれるんでしょ?」
YUGO.「永井さんもそうだと思うんですけど、前の作品を見てこういう感じで、という発注がくるので、そこで自分がやりたいこととの落とし所をみつけようとしているんです。向こうが求めているものと似ているものを出したら、こいつネタないのかなと思われちゃったら嫌だなとか。いろんな面での心配があるんです」
永井「俺もそんなのはずっとあったよ。絵を変えようとしたけど、変えても仕事にならなくて、結局前の絵で発注がくる」
YUGO.「確かにみんながイメージする永井さんの絵は共通しているかもしれませんね」
永井「共通のイメージがあるという意味では、YUGO.君の絵も一緒だと思うよ。そこは気にしないほうがいい。同じ絵を描き続けることがすごいんだよ。自分の中では飽きていてもさ(笑)。絵をコロコロ変えてスタイルがなくなるのはよくない」
YUGO.「スタイルについては決めてしまった方がいいのか悩みます。今のスタイルもキープしつつ、もう1つさらに増やしたいんです。例えば、元々自分は鉛筆で写実的に描いていたんですね。だから今回の作品集の表紙は、2つの絵をミックスさせたんです。半分が写実的な絵、もう半分が今のスタイルの平面的にベタっと塗った絵。どっちかしか描かないと決めちゃうと、自分は飽きっぽい性格なので、1つのスタイルの需要がなくなったらその時どうしようと考えてしまう。描ける限りは、こいつはいろんな手数をもっている奴だと思われるような数少ない存在になりたいんです」

永井「手数を持っている器用な奴より、不器用な奴の方がいい。これしか描けないという」
YUGO.「アーティストとして考えるならそうですよね」
永井「器用な奴はイラストレーターだよね。イラストレーターは他人の絵を真似してもいいっていう考えの奴がいっぱいいるけど、アーティストは人真似じゃあなれない。どんどん葛藤すればいい。今いくつ?」
YUGO.「36歳です」
永井「良い時だよ。成長できて、自分を確立していく時期」
YUGO.「イラストの仕事だけで食べられるようになったのが30歳くらいです。それまでは本職のほかにアルバイトしたり、やっぱり収入が低くてぎりぎりの生活でした」
永井「俺も30歳くらいまではデザイナーをやっていて、30歳過ぎて独立してイラストレーターになった。イラストレーターと名乗る前にイラストの仕事が結構入ってきて、それでデザイナー辞めたんだよ」
YUGO.「自分はこの5、6年で仕事も考え方も確立しつつあるかなというタイミングです」
永井「マネージャーはいないの? 値段を自分で言うのは平気? 高いこと言えないとかさ」
YUGO.「そこですね(笑)。永井さんはオファーがきた時点で明確に金額の話はされるんですか?」
永井「するよ。大昔はお金のことなんか言っちゃいけないという風潮があったけど、そのうちみんなマネージャーをつけるようになって、ギャラをきちんと言うようになった。俺も今は自分でも交渉する」

次のものができた時に過去のものの短所が逆転して長所に変わることがある

YUGO.さんにとっての永井さんの印象を聞かせてください。

永井「そういえば俺の展覧会に来てくれたんだよね」
YUGO.「そもそも永井さんの絵が大好きだったんですが、digmeout(註:FM802が行うアート発掘・育成プロジェクト)の高橋亮君から永井さんの展示の話をきいて、『原画がとにかくすごいから生で見ておいた方がいいですよ』と言われ、そこで初めて原画を見て衝撃を受けました。平面感というか、ものすごく塗り込まれているのに凹凸がない。きれい過ぎて、キャンバスにプリントしたのかというくらい。あと、永井さんの絵の好きなところは、空の色や建物と景色のバランスで構成された『ありえない理想の景色』」
永井「創っている風景だからね。ある風景を写生しているわけじゃない。あらゆるものを持ってきてコラージュしている」
YUGO.「普通の線画で描くとただのイラストになる。めちゃくちゃ絵が巧い永井さんの技術あってこそ成立する構図なんですよね。リアルにも見えるし、よく見たらこんな景色は物理的に絶対に存在しないという面白さ」
永井「線画が主流の頃は、俺は時代に合っていないのかなと思ったこともあったけど、シティポップが流行り出して、そこでまた俺の絵が浮上してきた」
YUGO.「イラストの仕事って流行がありますよね。ラフなのが流行ったり、緻密なのが流行ったり。前に20代前半のクリエイターと話した時、その人は最初に描いたのがiPadのペンタブで、生の絵が描けないと聞いて驚きました。自分は仕事でデジタルも使っていますけど」
永井「印刷物になる仕事で使う絵は小さくてもいい。でもアートとして売るとなると絵は大きい方がいい。あるアーティストのデジタル画の展示を見たことがあったんだけど、俺は感動しなかったんだよね。いかに肉筆はすごいか。デジタルは印刷物の一部になるくらいならいいけど、大きな絵としては面白味がない。俺はいまだに音楽もアナログのレコードが好きなんだ」
YUGO.「レコードをもっと便利にしたかたちでCDが出たけれど、大きいレコードの方が飾るとかっこいいとか、次のものができた時に過去のものの短所が逆転して長所に変わることがありますよね。自分の場合、個展などの原画が必要な時は紙に描きますし、仕事や修正が何度も入るものはデジタルで、という両方の良さを並行して使っています」

―おふたりの共通項として「音楽」以外に「ファッション」があげられますが、それぞれの楽しみ方や関わり方を聞かせてください。

永井「俺は海外の服が好きでよく買っていた。60年代頃、アメリカのアイビーから入ったんだけど、東京に出てきたらヨーロッパの服が流行り始めて、自分がまだあまり稼いでいないのに海外のブランドを買ったりしたよ。稼げるようになってからは、当時ヴェルサーチが出てきた頃で好きだった。ヴェルサーチは自身の名前でブランドを出す前に、コンプリーチェというブランドの契約デザイナーをやっていて、それを西武デパートで見て気に入ったんだ。ヴェルサーチはそのうち派手になり過ぎて着なくなったけど」

―永井さんはファッションにもブラックミュージックの影響が垣間見れますね。

永井「70年代は雑誌の『GQ』のアメリカ版をよく読んだ。そこでいい写真だと思ったのがブルース・ウェーバー。彼は大学生やスポーツ選手をモデルにして、屋外で撮っていた。強い日差しでモデルの顔に影ができているようなスタイルが自分に合っていると思ったんだ。そのうちPARCOがブルース・ウェーバーを起用するようになって世間に知れ渡っちゃうんだけど。俺ってみんなに注目される前の流行り始めの頃のものが好きなのよ」
YUGO.「それこそファッションですね」
永井「彼の『O RIO DE JANE』という写真集は俺が買った頃は6千円くらいだったけど、のちに何万円もするようになった。中にはブラジル柔術家のヒクソン・グレイシー一家も登場している。インテリアも好きで、最初に73年にニューヨークへ行った時、部屋にロフトがあるのを見てかっこいいなと思ったんだよ。そこで日本に帰ってから原宿のビラ・ビアンカ(註:東京オリンピック開催の64年、原宿神宮前に誕生したデザイナーズマンションの先駆)で部屋を借りて、天井を落としてロフトを作った。当時まだ小さなインテリア会社だったカッシーナを通してコルビジェの家具をイタリアから船便で取り寄せたりもした。『Japanese Style』っていう洋書で当時の俺の部屋が紹介されているよ」
YUGO.「自分はインテリアは詳しくないですが、服は大好きです。それこそ音楽にリンクしているんですが、エディ・スリマンという人物に影響を受けています。イヴ・サン=ローラン、ディオール、今はセリーヌでデザイナーをやっていて、スキニーデニムとかぴたっとした服の火付け役と言われていたんです。ショーはロックに寄せた演出で、ミュージシャンもよく彼の服を着ていて。ハイブランドなのに十代のバンドマンが着たいと思うような服を作っていたんです。自分が二十歳くらいの時にファッション誌でその存在や服を見た時に、音が鳴ってない状態でこんなにもロックを感じさせる服があるんだと感銘を受けましたね。自分が見つけたのは2000年代半ば、当時彼はディオール・オムのデザインをやってた頃で、その後自分が描く人物像に彼のモデルたちを投影していました」

黒く塗りつぶせ

―今度はおふたりの違いについて語ってもらいましょう。YUGO.さんは2018年の個展「MASSIVE INTERNET」の〈インターネットと現実〉というテーマもそうですが、ファッションや音楽など身近な日常を描きながらも“社会風刺”を作品に取り入れていますね。

YUGO.「自分と永井さんの絵との大きな違いとして、文字が入っていることがあげられると思います。アメコミっぽく見せるために吹き出しがあって、吹き出しの中に英文があって。でも自分は英語ができないので、最初はデザインとして並べていたんです。でも、どうせ文字を入れるのなら文法的に間違っていても絵に合うような自分のメッセージを入れたほうがいいと、知人からアドバイスを受けて、入れる言葉にこだわろうと考えるようになったんです」
永井「YUGO.君はやっぱりロックだね。ロックは反逆の音楽だから」
YUGO.「去年くらいから自分の仕事が止まった時に、ネットや新聞をみるといろんな事件や事故が起きているのに、テレビをつけるとコロナのニュースしか流してないことに違和感を持ったんです。それで、作品の中で絵よりもメッセージが大きくなったりしました。海外のアーティストが漢字やカタカナを使っている場合、本人はほとんど意味がわかっていない場合が多いですよね。それはそれで文法が滅茶苦茶でもデザインとして優れたものに見えたりするので面白いと思って。自分がやってる表現がネイティブの人からするとどういう見え方をしているのかは気になります」

―永井さんの作品は、逆に風刺やアイロニーを排除しています。

永井「そうだね。俺の絵はよくアメリカ人から『風景が懐かしい』って言われるんだよ。それで、うちのギャラリーに絵を買いに来たGoogleに勤めている奴がいて、彼に俺の絵のどこが良いのか訊いたら、『アメリカの風景なんだけど、日本の色だから』って言われたの。自分では気がつかないけど、東洋的な色使いが海外の人に受ける理由なんだろうね」

―永井さんはスーパーリアリズム(註:1960年代後半から70年代初頭にアメリカ合衆国で起こった、対象を写真のように克明に描写する美術の潮流)から影響を受けたそうですが。

永井「そう、70年代初頭に都の美術館でスーパーリアリズム展があってね。その時に見たロバート・ベクトルやリチャード・エステスの風景画が好きだった。それで73年にアメリカへ行って、サンフランシスコ国際空港で降りたら、駐車場にアメ車がずらっと並んでいて、日差しが強いから影が真っ黒になっている。それを目にした時、あぁ、あの絵の世界だと感慨深かった。その前はサルバドール・ダリやルネ・マグリットのシュールリアリズムが好きだった。青空があって、建物があって、影が映っているような。それから『美術手帖』を読むようになって、アンディ・ウォーホールやロイ・リキテンスタイン、ジェームズ・ローゼンクイストのアメリカンポップが好きになった。それで俺も下手なりに描くんだけど、描けないから黒で潰していっちゃうような絵になって。それがかえってシンプルになって自分のオリジナリティとして評価された」

―「黒」というのは影のことですか?

永井「影と、植物もそう。椰子の木もまず黒で描き始めて、明るいグリーンをのせて立体的にしていく。それってペンキ屋の絵の描き方なんだ」
YUGO.「むしろ黒から描き始める方が難しいと思います」

―その描き方は誰かから習ったものでしょうか。

永井「俺はテレビの大道具の会社でバイトしていたから。背景画ってそうやって描くんだよ」
YUGO.「描き方のルーツはそこにあるんですね」
永井「絵の描き方としては世の中的には教えない手法でしょ。73年にアメリカ一周した時、サンフランシスコからニューヨークへ移動してMoMAに行ったんだけどポップアートの現物は俺には面白くなくて、モネの『睡蓮』に感動した。ポップアートは印刷物で見るにはいいんだけどね」

―永井さんはイラストレーターとしてだけでなくアーティストの視点からもアートを客観視していますね。

永井「60年代半ばから70年代にかけてジャパン・アート・フェスティバルという日本の芸術文化を世界中で巡回する展示があって、平面作品は20点くらいしかない中で俺が入選したことがあった。その時は大きなベニヤに地球のモノクロ写真を貼ってそこに台形の黒い穴を掘ったように見える絵を描いた。写真は大道具の会社から失敗した写真をもらって。環境芸術のアースワーク(註:別名ランド・アート)が好きだったんで、それを平面に置き換えたんだ。入選した翌年には、ゴルフ場の絵を描いた。芝生に穴を掘ったバンカーの絵。落選したけどね」
YUGO.「その絵、見てみたいな」
永井「一貫して風景が好きなんだよ。ゴルフ場のカタログを眺めるのが好きだったし。青空が凄いでしょ。最初に絵を描き始めた頃は、資料のない時代だから、旅行代理店でパンフレット集めて、そこに載っている観光地の写真からインスピレーションを受けていた。あとはイラストレーターになりたての頃、青山にある嶋田洋書(註:2015年閉店)で、ミッドセンチュリーのインテリアやプール、庭、建築の写真集を買って資料にした。1冊の本で何億も稼いだようなもんだよ。俺みたいに風景を描くイラストレーターっていなかったから」
YUGO.「永井さんは風景を描いているから、イラストというよりアートの印象が強い」

YUGO.さんはアートとイラスト、どちらが入り口なんですか。

YUGO.「自分が一番影響を受けているのはウォーホルで、彼はいろんな作風がありますよね。子どもの頃、『キャンベルのスープ缶』の作品に惹かれて、そこで存在を知って、自分でも架空のジュースの缶を描いたり、グラフィックにこだわる部分とか、今も影響は続いています」
永井「初めて外国へ行ったのはどこ?」
YUGO.「19歳の時に、LAですね」
永井「じゃあスーパーマーケットで物を買いまくったとか」
YUGO.「初めて海外のスーパーマーケットに行った時は感動しましたね。中身がわからなくてもデザインがかっこいいものは大量にパッケージ買いしました(笑)。そういう雑貨を通しても、海外への憧れというのは世代を超えて普遍的な気がします」

いつもそこに音楽がある

―ご自身のスタイルを築くことになった「ターニングポイント」について聞かせてください。

永井「レコードを買うためだね。俺はかつてグラフィックデザイナーをやっていたんだけど、親戚のおじさんが立ち上げたデザイン事務所にいて、給料だけじゃレコードは買えなかった。その頃、セツモードセミナーの繋がりで俺はペーター佐藤と仲良くしていて、彼の紹介で湯村輝彦さんと知り合ったんだ。湯村さんのところに行くと、レコードがいっぱいあってね。73年にアメリカに行ったのも湯村さんたちと一緒だったんだけど、その時レコードを100枚くらい買いまくった。それで日本に帰って来てから、当時の『服装』っていう雑誌でペーターが連載を持つことになって、『僕が絵を描くから永井君デザインやんない?』って誘われて一緒に仕事をすることになった。ロックンロール文字っていうかネオン文字みたいなのがあるでしょ。あれを俺が描いたのよ。それを湯村さんが褒めてくれて、フラミンゴ・スタジオの仕事を手伝うようになった。それで湯村さんに言われて絵を描いたのが『BATTLE OF GROUPS』(VOL.1/ROULETTE)のジャケット。あれは向こうの絵葉書をもとに描いたんだよ。それが話題になって、派生してアメリカ的な音楽関連の絵の発注が増えてきた。その頃オイルショックの後で海外ロケに行けなくなったんだよ。だから俺の絵を背景にして写真を撮るようなギャラのいい広告の仕事も入るようになって、デザイナーの頃の年俸を1ヶ月で稼ぐようになったのが77、78年頃かな」

―大滝詠一さんとの『A LONG VACATION』は、先に同タイトルの絵本からはじまったそうですが、その時のエピソードを聞かせてください。

永井「その絵本が79年だね。CBSソニー出版で写真家の浅井慎平さんと湯村輝彦さんが夏の絵本を作るっていう企画があったんだ。そのデザイナーの養父(やぶ)正一君が『今、永井君が売れているから入れよう』と言ってくれて3つの本が作られることになった。だから浅井さんの本と湯村さんの本も当時発売されていて、実はそっちの方がレア(笑)。それで出版社に行って、大滝さんに初めて会ったのよ。俺は洋楽しか聴かないし大滝さんを知らないから『どれくらいの数売れるんですか』って訊いたら、3万から4万っていうから、そんなので食えるの、って話したりしていた。それで絵本ができて、2年後にレコードが出たんだよね」
YUGO.「自分がまだ生まれる前の話なので、『A LONG VACATION』で大滝詠一さんは有名になったという印象なんですが、それ以前には、はっぴいえんどもやっていたけれど、このタイミングまで商業的な成功はしていなかったんですね」
永井「そう考えていいと思う。まずは絵本が出て、そうしたら本が売れまくったんだよ。7刷くらいまでいったのかな。その頃、六本木の防衛庁の隅っこにあった頃のGeorge’sっていうソウルバーに音楽評論家の桜井ユタカとよく遊びに行っていたんだ。シリア・ポールもそのお店に来ていて、彼女から大滝さんがあの絵本のイメージでレコードを作っているという話を聞いた」

―永井さんは山下達郎さんの方が先に親交があったようですが。

永井「音楽評論家の木崎義二さんが『POP-SICLE(ポプシクル)』っていうオールディーズのミニコミ誌を作っていて、その表紙のデザインを俺がやってたんだ。そこに山下達郎が売れてない頃、原稿を書いていた。それで紹介されて、池袋でよく会ってたよ」

―山下達郎さんの『FOR YOU』のジャケットはもともと永井さんを想定されていたようですね。

永井「その話は大滝さんからも聞いたし、達郎からも聞いた。要はロンバケが売れすぎちゃったから頼めなくなったって」
YUGO.「永井さんは大前提として音楽やレコード・ジャケットのイラストのイメージがありますよね。自分の場合はCDの仕事自体は減っていっているけど、バンドのツアーグッズとかライブ会場で見られるデザインというのが多いので、やはり音楽に影響を受けて絵を描いているし、音楽の仕事を最優先しているのは変わりません」

―YUGO.さんはSuchmosとはどんな風に出会ったんですか。

YUGO.「まずfelicityのレーベル・プロデューサーの櫻木景さんからSISTERJETを紹介され、仲良くなって仕事をするようになって、そのマネージャーの金子悟さんが新しいバンドを横浜で見つけてきて、音源を聴かせてもらったらめちゃくちゃかっこいいから、自分もぜひ一緒に何かやらせてくださいっていう流れからですね。Suchmosがまだデビューする前の音源を初めて紹介してもらった時から、バンドがどんどん売れていくのを一緒に体験させてもらいました。自分も今の仕事で食べていけるようになったタイミングで、2015年、16年くらいからSuchmosのグッズデザインとかSNSの似顔絵のアイコンを描いてメンバーに使ってもらったりして、ほかのバンドからも描いてほしいと言われるようになって、音楽の絵を描いている奴だって認知されてきました」

―ほかのカルチャー、特に音楽との関係性の濃さがおふたりの成長にも繋がっているのは共通していますね。

永井「俺はレコードのロンバケが出る前にはすでに売れていたんだけどね。絵本も売れたから、ロンバケのレコードが売れているのは気に留めてなかった。でも今となっちゃあれがものすごいターニングポイントだった」
YUGO.「気づかぬうちに訪れていたんですね」
永井「自分からやろうとしてやっているんじゃなくて誰かがやってくれていつも良い方向に転がっていく。俺はツイてるんだね。韓国のDJのNight Tempoのジャケットもやってるんだけど、彼とは韓国に行った時に会ったんだよ。一緒に写真を撮ってくれって言われて、その時にカセットをくれたのよ。そのうちメールが来てさ、日本語喋れるみたいだから電話させたら、LP作るからジャケットの絵を描いてくれって言われたんだ。金は誰が出すんだって訊いたら自分で出すって言うから、じゃあ安くていいよって受けた」
YUGO.「永井さんが関わった相手も大きくなっていくんですね」
永井「YUGO.君に忠告するとしたら、いい人といた方がいいってことだね」

―永井さんはツイてるかもしれないけれど、YUGO.さんが先ほど言ったように、永井さんも周りにツキをもたらしている。

YUGO.「その相乗効果ですよね。自分も今、永井さんとお話しさせていただいていることがすごいことです」
永井「YUGO.君は可愛がられるじゃん。それって大切だよね。俺も昔は可愛がられた。偉い先生のデザイナーのパーティに行って『仕事ください』とか言うと、『永井君は売れてるのにそういうとこ可愛いな』って言われたよ(笑)」

―作品のクオリティを保ちつつ、イラストレーションの仕事をビジネスとして成り立たせるためにどうされていますか?

YUGO.「自分の場合は、オファーをいただいた時に、まず依頼内容、それがどう世に出るか、誰と一緒に仕事ができるのかというのを大切にしています」
永井「若い時は、いい仕事かどうかっていうのが大切だよね。でもオファーしてきたのがエラそうな嫌な奴だったらギャラふっかければいい(笑)」
YUGO.「内容に迷った時は、自分の好きな音楽やファッションとの親和性や、依頼に対して内容がイメージできるか、自分が新たに挑戦してみたいものかどうかが自分の考えの前提にありますね。これがビジネスとして成立していくのが理想です」

―最後にYUGO.さん、今回の初作品集『NEW DESTRUCTION』への想いを聞かせてください。

YUGO.「自分もアートが好きで、作品集とか画集をよく見るんです。だから今回本を作らせてもらうって話になった時に、自分が今まで見てきたアートブックの好きじゃない部分、例えばクライアントワークのページに説明や表記が過剰に入ってカタログのように見えるのは避けたかったんです。なので今回自分の本ではページ上には入れずに巻末にまとめました。並べ方も個展の作品とクライアントワークをミックスしたり、1冊の本として面白いと思える構成にさせてもらいました。あと、数年前に、別の方から作品集をつくらないかとお話をいただいたことがあったんですが、その時は今の作風とは違う昔の尖った作品を世に出したくないという気持ちが強かったんです。でも去年コロナで時間ができた時に部屋を整理してたら自分の古い作品が出てきて。昔の尖っていた頃の絵って、個展でも一枚も売れなかったんですよ。でも今回本を作ろうと言ってくれた金子さんが気に入ってくれた部分もあり、作品集を制作しようという気持ちになりました。それで最終的にこれらの作品も本に入れようって提案されて、ちょうど自分も心変わりしてきた時期だったので今なら本に入れたら面白いかもって思えたんです。なので今回の作品はざっくり12年分あって、その中から厳選した作品になっています」

―今回の作品集発売に合わせて個展も開催されるんですよね。

YUGO.「大きい絵だとF30(註:909×727mm)から紙の普通のサイズまで、いろんなバリエーションで展開しています。これからはもっと大きい絵にも挑戦してみたいです」


YUGO.

2015年よりYUGO.という名義で作品制作とクライアントワークを本格的に始動。パンクやロックミュージック、それらのカルチャーから影響を受け、その作品には社会に対する反抗・憤り等、風刺の効いたモチーフが多く用いられる。go!go!vanillas, Suchmos, sumika等のロックバンド / ミュージシャンへの デザイン提供を中心にadidas, Levi’s®などのアパレルブランドの店舗ビジュアルや 音楽イベントのアートプロデュース等も手掛ける。


特設HP:https://newdestruction.yugo.link/
HP:http://yugo.link/
Twitter:@yugo_artwork
Instagram:@yugo_artwork


永井博

グラフィックデザイナーを経て、フリーのイラストレーターとして活躍。大滝詠一の『A LONG VACATION』『NIAGARA SONG BOOK』等のレコードジャケットに代表されるトロピカルでクリアな風景イラストレーションを得意とする。『A LONG VACATION』では、CBSソニーより「アルバムジャケット特別賞」としてゴールドディスクを受賞している。その他、サザンオールスターズ、松岡直也、藤原ヒロシと川辺ヒロシ、憂歌団、杉山清貴、Night Tempoなど多くのアーティストのレコードジャケットを飾っている。また、デザイン、DJ、音楽評論など多岐にわたる活動を展開している。


Twitter:@hiroshipj 
Instagram:@hiroshipenguinjoe

INFORMATION

YUGO. 書籍
『NEW DESTRUCTION』

・発売日:2021年4月9日(金)
・価格:定価:3,960円(本体3,600円+税10%)
・ご購入:https://amzn.to/3uTjIRD
・発売元:TWO VIRGINS
・YUGO. 「NEW DESTRUCTION」ティザー映像:
https://youtu.be/sEJtrRMZcbw

YUGO. EXHIBITION
「NEW DESTRUCTION」

・入場:無料
■東京 
会場:渋谷PARCO GALLERY X
期間:4月3日(土)~18日(日) 
営業時間:11:00~21:00 ※入場は閉場時間の30分前まで 
住所:〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町15−1 渋谷PARCO B1F
詳細:https://art.parco.jp/galleryx/
※状況により営業時間など変更となる場合がございます。

■福岡
会場:TAGSTA
期間:5月1日(土)~5月29日(土)  
営業時間:7:00 – 20:00 
住所:〒810-0003福岡県福岡市中央区春吉1-7-11スペースキューブ1F
詳細:https://tagsta.in/ 

■大阪
会場:SkiiMa Gallery
期間:6月5日(土)~6月20日(日)
営業時間:10:00 -20:00  
住所:〒542-0085 大阪府大阪市中央区心斎橋筋一丁目8-3 心斎橋PARCO 4F
詳細:https://skiima.parco.jp/

・主催:(株)スペースシャワーネットワーク

POPULAR