現在発売中の雑誌EYESCREAM No.178では、日本のアニメを大特集。今気になる新作アニメから過去の名作たちまで、語りきれない魅力を掲載している。その中から、ポッドキャスト番組「奇奇怪怪明解事典」のパーソナリティーを務めるDos MonosのTaiTanと、MONO NO AWAREの玉置周啓による歓談の模様をお届け。これまでスタジオジブリ作品を観たことがないTaiTanとジブリ通代表の玉置周啓が、1993年に公開された異色作『海がきこえる』の魅力について熱く語る。なお本対談の全貌は、「奇奇怪怪明解事典」の第56巻(前編)をご聴取あれ。
玉置:で、どうだった?(笑)
TaiTan:くそインタビュアーだな(笑)。素晴らしかったとしか言いようがないですね。オレが思っていたジブリのイメージと全く違う。
玉置:オレも魅力はそこだと思う。コピーをつけるなら「ドラマにならないドラマ」。それをジブリで描いてるのは『海がきこえる』くらい。ジブリって基本ファンタジーだし、『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』が王道。でもそれって、宮崎駿監督作品の話で。そこに魅了されていた自分もいるけど、『海がきこえる』って正直、何も起こらないじゃん。女の子が転校してきだけど恋に落ちるわけでもないし、いざこざは少しあるけど、そのまま高校を卒業して終了する映画。その何も起こらない物語に引きつけられた、その理由は何だと思ってる?
TaiTan:オレにとってちょうどいいんだよ。オレがなぜ今までジブリを観てこなかったって、大きな物語に対して興奮できないという病があるからなわけで。マーベルもスター・ウォーズも全部そう。過剰に切り取られた物語じゃなくて「こいつらはこの後も生き続けるんだろう」って予感のする作品が好き。だから先入観として、ジブリはファンタジーが強すぎるなと思っていて。でも『海がきこえる』は周啓が言った通り、何も起こらないし、そこが一番の魅力なのかなと。かつアニメの描画も少し揺れがあって、美しすぎないところにも没入感があった。
玉置:DVDの特典に、スタッフが作品の裏側を語るみたいな映像があって。この作品って超若手作家だけで制作されてるのね。『紅の豚』の後だったから、宮崎駿も力が抜けているときで「せっかくだから若手に作らせる?」って鈴木敏夫から提案があって。そこで若手作家たちは「平熱を描きたい」と。でも宮崎駿は「平熱って何だ、情熱を描け」と怒って。結果、当時のジブリにとって異色な作品になったわけだけど、ただ、唯一突出している部分があるって監督が語っていて、それは光と影だって。人間じゃなくて絵の。教室の中に入る日差しや街路樹の影とかが、他のジブリ作品より濃く描かれているって。でもさ、思い出の影って濃くない?
TaiTan:おお〜急にいいね。
玉置:公開された当時は、実写でいいじゃんとも言われたらしくて。でも、影は実写だと濃くできないじゃん。アニメならではの郷愁みたいなものが、実写だと表現されないんだよ。放課後の教室とか今思い出すと、当時のそれよりも陰影がはっきりしてるんじゃないかな。原体験を想起させるその一種として、影の濃さというのがあるのかもしれないなと思って。
玉置周啓(MONO NO AWARE) @tamaokisshukei
4人組ロックバンドMONO NO AWAREのVo&Gt。
6月9日にMONO NO AWAREの4thアルバム『行列のできる方舟』をリリース。
TaiTan:影っていいテーマかもね。物語も、主人公たちは受験を控えていて、賞味期限付きの青春を過ごす中での話だしね。影が強くなりはじめた中での、一瞬の輝きみたいな。その光の部分を過剰にフォーカスするんじゃなくて、そのまま描写した感じにグッときたんだと思う。
玉置:映画が始まって、影がキーだとはもちろん語られないし、青春の終わりを描いているんですよとか、あえて郷愁を誘うような演出も全くなく、淡々と話が進んでいく。
TaiTan:でも現実はそんなもんだよな。登場人物も嫌な奴がひとりもいない。何ならヒロインの里伽子なんてめちゃくちゃワガママで、人を騙すような人間なのに、そこが憎めないように仕上がっている。その塩梅も非常に好ましいし、なんなら好きになってしまった。
玉置:その騙すシーンも、修学旅行先のハワイでお金を無くしてしまったから、貸して欲しいって主人公の杜崎に頼んでね。いつまでも返ってこないなって思ったら、実はそのお金で別れた親父さんに会いに、東京に向かってたって話が展開されていくじゃない。オレらだって、一人ひとりに都合があるわけで、人生の歯車が他者と噛み合わない時ももちろんある。オレは『海がきこえる』が心に残った理由は、そこが描かれているからだと思っていて。
TaiTan:なるほどね。
玉置:ラストで友達づてに、誰が何を考えていたのかがわかるシーンがあるじゃん。その当時は、自分からの角度でしか観えていなかった人生の景色が、ガラッと変わるような瞬間。それって人生によく起こり得ることで、まだ自分が見れていない人生の裏側には、何かがあるかもしれないという、別のファンタジーがある。宮崎駿の作品ってメッセージ性が強い分、観た瞬間に語らなきゃ、考えなきゃって魅了されるし、オレもそのひとりだけど、『海がきこえる』って脳の中で発火した電気が、過去に向かって遡っていくだけで。自分の過去でもあり得た選択肢が、想起させられるんだよね。
TaiTan:それは面白い話ですね。宮崎駿の他の作品って、天気に例えると、大雨とか天天照りとか、天変地異のような感じがするし、それも確かに人々の記憶にも記録にも残るけど。意外と風がそよぐだけで、人生が変わったりとか、人との関係性を変えたりもするというか。何でもない日が人生だったりするしね。
TaiTan (Dos Monos) @tai_____tan
3人組HipHopユニットDos MonosのMC担当。
玉置:今の時代めちゃくちゃ大事じゃない? それぞれが特別になろうって方向に、大きな力で世界は動いてる気がするから。そうじゃない人生を送ることの尊さというか。そもそも自分はどういう人生を送ってきたかということを思い出さざるを得ない映画として、『海がきこえる』はベスト。
TaiTan:会いたいな〜、監督の望月智充さんに。実際はどう思っていたのかを聞きたい。
玉置:全然違いますとか、めっちゃ冷たい返事が来ても面白そう。
TaiTan:僕らみたいな作品のファンも、水面下に結構いると思う。しかもあの雰囲気って、いまのシティポップブームと親和性が高いし。間口として、例えばMV制作のご相談とかっていう手もあるよね。EYESCREAMさん、そういう展開もお願いします(笑)。
INFORMATION
EYESCREAM No.178
発売:2021年5月1日(土)
Cover: Fred Perry Shirt 2021 (Noodle from Gorillaz)
特集:JPN ANIME 2021 SPRING -2021年 日本のアニメ-
シドニアの騎士 あいつむぐほし/100日間生きたワニ/オッドタクシー/Yasuke ─ ヤスケ ─/JUNK HEAD/竜とそばかすの姫
第二特集:WHAT’S “MUSIC×ANIME”? -音楽アーティストにとってのアニメ-
岡崎体育/Masato from coldrain/Show from Survive Said The Prophet 高野賢也 from マカロニえんぴつ/チヨ from SPARK!!SOUND!!SHOW!!/ TaiTan from Dos Monos×玉置周啓 from MONO NO AWARE
¥927(TAX IN)