MUSIC 2022.03.07

[Review] idomの1st EP『i’s』は、大切な人への想いも世界に向いた野心も内包した、聴覚も視覚も刺激する渾身の作品に

text_TAISHI IWAMI
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

2020年の春に巻き起こった新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、イタリアのデザイン会社に就職する予定だったのを諦め、曲作りを始めた日から約2年。idomが1st EP『i’s』をリリースした。

左目をメインモチーフにしたジャケットは、そのサイケデリックでアブストラクトな色合いも併せて、さまざまな捉え方ができる。冷たいようで温かくもあり、鋭いようで優しくもある。それはidom自身の目なのか、いわゆる“世間の目”なのか。そんなことも考えた。

収録曲は全7曲。リミックスおよび別バージョンを除いたオリジナルバージョンは4曲だが、まさにジャケットさながらの音楽的な多面性と作品に感じるドラマが大きな魅力だ。「Awake」と「Moment」、「Freedom」の既発シングルに加え、新曲「帰り路」を収録。それぞれが異なる表情を持ちながら、地続きであるように思えてくる点が実に興味深い。

1曲目は「Awake」。本作中では最初にリリースした曲で、idomにとって大きな転機になったであろう曲だ。では、どこが“大きな転機”なのか。それまでのシングルは、ローファイなビートに乗った軽やかで甘いメロディと、まだコロナ禍という未曽有の事態を半分夢だと感じているような歌詞が印象的な「neoki」に始まり、“君”への心情を歌った「soap.」、ダークで攻撃的なビートとともに辛辣な言葉を織り交ぜながら自分自身を鼓舞しているような「DOLL」、ヒップホップやオルタナティブポップ色が強かったところからダンスミュージックにアプローチし“二人”のことを歌った「二人」など、サウンドも歌詞も多彩ではあるが、視点は個人の生活圏だった。

そこから「Awake」で一気に世界感が広がる。大陸や生命という大きな概念の躍動を感じて覚醒していくような様を描き出した壮大なビート。“We”という主語や“together”、“New Era”といったワード。それらからは、自身の内省からの解放、そして皆で先の見えない時代を切り拓いていきたいという願いとともに、新たなポップの旗を立ち上げた覚悟を感じる。そして、そのマインドが本作の起点になっていると言っていいだろう。

2曲目の「Moment」は、「Awake」のビッグなスケール感を受け継ぎながら、覚醒や覚悟の瞬間をあらためて胸に強く刻んでいるかのよう。続く「Freedom」では、ニューウェーブやテクノ、K-POPなどの要素を感じるエッジーでダンサブルなビートと、小気味良いラップもファルセットボイスもお手の物な、一人でこなしているとは思えないほどの圧倒的なパフォーマンス力を披露。それはまるで、「Awake」と「Moment」で決意した旅立ち前夜の祝祭のようだ。

[Review]idomのニューシングル「Freedom」は、劇的な進化のなか新たな表現の扉を開いた一曲

4曲目の「帰り路」は、前述したように本作のために書き下ろした新曲。「Moment」がダンスフロアのピークタイムを煽るようなエクストリームなトラックであることに対して、こちらはナチュラルでチルなムードに包まれている。初期のシンプルで素朴な質感に回帰しつつ、オーセンティックなソウルやサーフミュージックの要素も感じる、芳醇なビートとエバーグリーンなメロディが心地良い。また、激動の時代に挑むアグレッシブで牽引色の強い前3曲と比べると、“世の罵声”、“嘘ばかりの社会”、“嘘ばかりの世界”といった、本来どうでもいい情報に引っ張られがちな日々のなかで、もっとも大切にすべき存在を愛でるような自愛と包容力のある曲に仕上がっている。攻めに攻めを重ねるだけでなく、弱さを受け入れゆっくりと前に進み出すような曲で締めるところが、リアルで人間らしい。

また「帰り路」はidom自身がミュージックビデオの監督を務めていることも見逃せない。作詞作曲、ラップとボーカル、音楽だけでなくイラストレーターとしてシングルのジャケットやアニメーションを手掛けたり、SNSに作品をアップしたりと、クリエイターとしてマルチな実力を発揮してきた彼の、渾身の映像作品は必見だ。

そして本編のあとに収録されている「Freedom – PLANET ver.」、「Awake – BACHLOGIC Remix」、「Awake – Seiho Remix」にも注目していただきたい。なかでも本作のリリースに合わせて制作された「Freedom – PLANET ver.」は、The Weekndが『After Hours』や最新作『Dawn FM』で展開した80年代ポップ路線に触発されたような、世界照準でのオントレンドなサウンドにニンマリ。オリジナルバージョンと聴き比べて、二つのポップミュージックの今を感じてみるのもおもしろいだろう。

目標が頓挫した悔しさも、日々の葛藤も大切な人への想いも、世界に向いた野心も内包し、豊かなバックグラウンドとともに聴覚も視覚も刺激するidomの表現活動はまだ始まったばかり。不謹慎かもしれないが、彼がコロナ禍というターニングポイントで音楽を始め、感性の扉がどんどん開いていく流れを追うことが楽しい。自分にも小さくても何かできるような気がして励みになる。まだ見ぬライブや次作が楽しみだ。

INFORMATION

idom 1st EP「i’s」

OUT NOW
https://idom.lnk.to/_is

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