佐藤千亜妃 が新たなフェイズの扉を開くような5曲入りのデジタルEP『NIGHT TAPE』 を完成させた。先行配信された「S.S.S.」では若きビートメイカー、A.G.Oを招きローファイヒップホップ然としたサウンドプロダクションを見せたが、EP全体でも現在進行系のビートミュージックをクリエイトしているプロデューサー陣とともに、終わりなき夜のミックステープを編むようにチルなグッドヴァイブスを揺らす音楽像を提示している。サウスロンドンの新鋭として注目を集めるedblが手がけた「Summer Gate」のリミックスも実に豊潤な仕上がりだ。新たなモードを形象化した理由を佐藤に語ってもらった。
歌い上げるだけが音楽じゃないという
新しい発見の形
─昨年9月リリースの2ndアルバム『KOE』から1年弱ですが、バンドサウンドを押し出した『KOE』から一転して、このデジタルEP『NIGHT TAPE』は先行配信された「S.S.S.」のローファイヒップホップ然としたサウンドプロダクションが象徴的ですが、チルなミックステープを構築するような様相で編まれてますね。
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佐藤: そう、まさにチルな夜のミックステープを作ったようなイメージです。『KOE』では今までのきのこ帝国のキャリアも踏まえつつ、ソロになってやってきたことを総合的に反映させながらバンドサウンドのフォーマットの中でどのように有機的な音楽を表現できるかというトライをして。それを経て思ったのが、これまでの曲で喩えるなら「Summer Gate」であったり、ああいう打ち込みライクなアプローチをもう少し深堀りしたいなと思ったんです。そのうえで若いトラックメイカーの子たちとタッグを組んで、自分の新たな一面を引き出してもらったり、「Summer Gate」などでやってきたアプローチとさらに向き合いたいなと。そういう流れで今回はチルで、横ノリでノれる曲を意識した5曲をギュッと詰め込んだEPになりました。
─『KOE』のリリースタイミングでインタビューしたときに「次は踊れる作品を作りたい」と佐藤さんが言っていたことを覚えていて。あのときはアッパーなダンスビートをイメージしていたんだけど、なるほど、チルに踊るということかと今作を聴いて思いました。チルというテーマがありつつ、いろんなビートのアプローチをしてますよね。
佐藤: そうですね。「真夏の蝶番」なんかはビートのニュアンスとしてはハウスっぽさも意識していて。熱帯夜のイメージが浮かぶようなジトっとしたシンセが鳴っていたり。センチメンタルなハウスというイメージですね。そういう意味ではいろんなビートのトライをしているなと自分でも実感してます。「S.S.S.」は『イワクラと吉住の番組』というテレビのバラエティー番組のテーマソングというお題を自分の中で膨らませていって作っていきました。ローファイヒップホップとインディーポップのメロディを掛け合わせるようなことをやりたくて。というのも、イワクラさんと吉住さんお二人のキャラクターに、ユルいかわいらしさプラス、少しの毒っけのようなものも感じて。いい意味で歪んだ魅力があるなと思ったときに、そのシニカルさを音や歌詞の中に落とし込みたいなと思って。「S.S.S.」を軸にして足りないピースを埋めるように他の曲を作っていった感じです。
─「真夏の蝶番」はちょっとUAさんの「数え足りない夜の足音」を彷彿させるムードもあるなと思ったり。
佐藤: ああ、たしかに。スティールパンが入ってますしね。わかります。
─あと、「真夏の蝶番」はトラップっぽい三連符フロウ的な節回しを披露していたり、「PAPER MOON」では明瞭にラップしてますね。
佐藤: そうなんです。初ラップしてます。そのあたりも新境地ですね。
─ヒップホップへの接近という部分は意識的なところですか? 6月にはRyohuくんの曲に参加(「Cry now feat.佐藤千亜妃」)するというトピックもありましたが。
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佐藤: めちゃくちゃ意識しました。ヒップホップは前から聴いていたし、ジャンルに対するリスペクトもあるので。自分でも(ヒップホップの系譜にある曲を)作りたいなぁと妄想していたところにRyohuくんとのコラボで刺激を受けて。「こんなふうにリリックを書いてるんだ」とか途中経過を見れたりしたのもよかったです。それを受けて自分もがんばってラップのヴァースを書いてみようかなと思ったんですよね。プロの人にディスられたら怖いなと思いながら……(笑)。
─いや、今はそんな時代ではないです(笑)。
佐藤: そうですね(笑)。音楽の世界に正解はないしなって前向きに捉えて。
─すごく自然なフロウだと思います。
佐藤: よかったです。自分でも面白いなと思うのが、「PAPER MOON」を作ったあとに「真夏の蝶番」を作ったんですけど、Bメロの三連符のアプローチが自然に出てきたんです。三連符を狙っていたわけじゃなくて、口ずさんで歌っていく中で自然と出てきたリズムだった。もしかしたら「PAPER MOON」で意識的にラップのヴァースを作ったことで、そこの扉が開いたのかなって。
─ラップにトライしたことで歌唱の方法論の引き出しが増えた。
佐藤: まさにそうですね。歌い上げるだけが音楽じゃないという新しい発見の形というか。
新たな旅に出るような感覚
─佐藤さんの中でヒップホップとの距離感ってこれまでどういうあり方でしたか?
佐藤: ラップ、ヒップホップって私の中ではちょっとサンクチュアリ的なイメージがあって。「歌う人間がラップしていいのか?」という思いもあったし、私は歌が大事だから歌に専念するべきだとストイックに思っていたんですけど。でも、音楽もそうだし、世の中のあり方がボーダーレース、ジャンルレスになっている中で、美しいこだわりを持つことも大事だけど、ただなんとなく凝り固まっているだけならもったいないなと思ってトライしてみようと思ったんです。そういう意味では、今回はデジタルEPということもあって自分の中でいい意味でトライするハードルが下がったんですよね。実験の場のような感じで捉えていて。他の曲もそうですけど、今回はいろいろな実験ができたという実感が強くあります。
─今回、各曲のプロデューサーの人選はどのように?
佐藤: 今までディレクターを立てずに制作してきたんですが、今回から初めてディレクターを付けたんです。サウンド面のディレクションをしてもらいたいと思って、SIRUPくんなどが所属しているStyrism inc.の方にディレクションをお願いして、それで各曲のプロデューサーはStyrism所属の人たちに数多く参加してもらったんです。「S.S.S.」と「夜のループ」のA.G.Oさん、「真夏の蝶番」はFriday Night PlansのプロデューサーでもあるTeppei Kakudaさん、「PAPER MOONN」のMori ZentaroさんもみんなStyrism inc.に所属していて。 レコーディングもStyrismさんのスタジオを使わせてもらったりガッツリ、タッグを組ませてもらった感じです。これまではセルフプロデュースすぎて自分の想像の範疇に収まっていたなと思うところがあって。もうちょっと自分の視野に広がりが欲しいなと思ったというのと、客観的に「こういうサウンドが合うよね」とか「もっと別の間口からのアプローチがあるよね」という意見が欲しくて。私はやっぱりバンドをずっとやってきたというのもあって、専業でやっている新世代のトラックメイカーたちに興味はあるけど詳しいわけではないから。生楽器のプレイヤーの知り合いは多いけど、ビートメイカーと出会う機会ってほとんどなくて。今回の制作をきっかけにいろんなトラックメイカーに出会いたいと思ったし、出会えたという感じですね。
─「Summer Gate〜edbl Remix〜」もその話の流れでオファーしたという感じですか?
佐藤: そうですね。何人かいた候補の中から選んで。
─このリミックス、トラックの大胆な引き算と鍵盤の重ね方が絶妙で、歌のよさがさらに際立ってるなと。
佐藤: そう、引き算の音のシンプルさがすごく気持ちよくて。熱帯夜にクーラーの効いた部屋で聴いてほしいです(笑)。
─edblはSANABAGUN.のギターでもある磯貝一樹氏コラボレーション作品をリリースしていたり、フットワークの軽い人なんだなと。
佐藤: 日本に対してもオープンマインドな人っぽいですよね。今作全体に言えることですけど、コロナ禍以降、データのやり取りでトラックを作っていくことがすごく自然になって。今回のEPはそういう時代のムードを反映している作品という言い方もできると思います。
─前述したラップ然りですけど、リリックの筆致に関してもいろんな新しい引き出しを開けてると思います。「S.S.S.」のリリックも実はけっこうエグい内容だなと思うし。
佐藤: そう、エグいと思いますよ。そこに気づいてもらえてうれしいです(笑)。
─歌詞の中に入り込むとチルに聴き流せないという(笑)。
佐藤: そうなんですよね。サウンドと歌はサラッとしてるけど、実はグサグサくる感じの。タイアップのお題に引っ張ってもらって出てきたストーリーだけど、自分の中にある濃い部分がかなり引き出されたなと思います。
─本来は隠したい自分、みたいなことですよね?
佐藤: そういう、ズルい女の子感もありますよね。『イワクラと吉住の番組』のテーマが一般人の小さな秘密を顔出しなしで暴露するというもので、それにMCの2人が寄り添ったり、ツッコんだりしながら、最後に笑いに変えて終わるみたいな内容なんですね。そこから〈秘密のショート・ショート〉という言葉が浮かんで。「S.S.S.」は「シークレット・ショート・ショート」の略なんですけど。この番組をきっかっけに、自分の中にあった琴線に触れるポイントがどんどん出てきて曲になっていったという感じです。設定としては深夜に眠れなくて友だちに電話して「実はさ」って秘密を喋ってしまうというストーリーで。
─電話をかけてる相手が自分に気があることがわかっていて、揺さぶりをかけるためにあえて打ち明け話をしているという設定かと思いました(笑)。
佐藤: ああ、そんなふうにも読めるんだ。面白い。めちゃくちゃイヤなやつじゃないですか(笑)。でも、たしかにそう読むこともできるかもしれない。読む人によって捉え方が全然違う歌詞になっているかもしれないです。自分の体験が投影されるんじゃないですかね。いろんな人のトラウマが蘇る曲(笑)。
─あと、「夜をループ」のようにここまでパーティーソング的に振り切れてオプティミスティックなリリックも──。
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佐藤: 初めてじゃないですかね。やっぱり5曲入りのEPの中で全部ドープな内容だとキツいなと思って。ノれるビートの曲の中で陰と陽の両方を表現したかったというか。特に「真夏の蝶番」はアンニュイなので陰のムードで踊れる曲。で、陽のノれる曲を「夜をループ」に背負ってもらったという感じですね。去年から今年にかけてコロナ禍で友だちに支えられた部分がかなりあって。誰もがけっこうしんどいときがあったじゃないですか。私もそうだし、そんなときに仲間のノリに助けられたというか。それもあって、仲間とドライブしているときにかけてみんなで口ずさめるような、ちょっとアンセムっぽい曲があったらいいなと思ったんです。今までそういう曲をあまり書いてなかったなと思って、トライしてみようと。
─一緒に出かけたり外食をするにしてもリスクを共有する時代なわけで、そういう意味ではコロナ時代のパーティーソングという趣がありますよね。
佐藤: それまで普通にできていた営みがどれだけ素敵なことだったのかを心底実感したりしましたよね。冒頭の〈コンビニで待ち合わせ〉もそうだし、〈同じ映画何度も観たね〉とか、そういうフレーズも実際に今までに経験した中で記憶に残っていることを書いていて。それも友だちがいないとできないことだよなって。
─同じ映画は何を観たんですか?
佐藤: 秘密です(笑)。でも、大人になって同じ映画を一緒に観ることができる友だちってそんなにいないじゃないですか。仲間って最高だなと思って。いろんな人のワンシーンに当てはまったらいいなと思います。私的には〈I love you 忘れていく日々も ハートのピースになるのさ〉というフレーズがパンチラインだなと思っていて。友だちと過ごした何気ない日々って忘れていってしまうけど、でも絶対に心の支えにはなっていて。そういう心の支えがループしていくようにという願いを込めてるというか。
─あらためて、配信EPならではの風通しのよさが全体に満ちている。
佐藤: そう思います。まずは配信EPという実験的な場を経て、フィジカルのアルバムに向かっていけたらより濃い作品を作ることができそうだなと思っていて。ここからソロの第二章というか、新たな旅に出るような感覚がありますね。
─今、言える範囲でこのEPを経て、次の作品の画はどのようなものを描いてますか?
佐藤: このEPと地続きでありつつ、冬に向けて作品を作りたいなと思っていて。今は「どんな音が鳴ってたらいいかな?」と考えてる最中です。今回はデモもビートから作ったので。次はビート感とか一旦全部取っ払って、ギターの弾き語りでポローンと作った強いメロディーと歌詞をビートメイカーに料理してもらうのも面白いかなと思ってます。あえてもうちょっとJ-POPのラインに寄せていくような。言っていいのかな? 次のテーマは「タイムリープ」にしようと思っていて。
─夜を越えて時空を移動する?
佐藤: そう。「夜をループ」はもともと「NIGHT LOOP」というタイトルだったんです。次は時空を移動しようかなと思って。過去に行ったり、未来に行ったり。四次元の作品にしたいなと思います。
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