ONE OR EIGHTが、Big Seanを迎えた新たなバージョンの「KAWASAKI」をドロップ——。そのニュースを初めて目にした時、なるほどこれは相当な覚悟を決めてきたなと、思わず声を上げてしまった。
デビュー前からYouTubeで公開され大きな噂を呼んでいた「KAWASAKI」がなかなか音源化されないため、これは何か仕掛けを企てているのだろうという憶測はしていた。誰かが客演に入る可能性も考えてはいた。だが、それがアメリカのラッパーで、しかもBig Seanとは誰ひとり夢にも思っていなかったはずだ。これは、驚きの一手である。
というのも、身も蓋もない理由になってしまうが、Big Seanは抜群にラップが巧いからだ。数多のラッパーがしのぎを削っている現行のUSラップシーンにおいても、彼は「ラップのテクニカルな技術」と「誰にも真似できない個性」を高い次元で両立している演者の一人であろう。2015年にアルバム『Dark Sky Paradise』で本格的にブレイクして以降、『Detroit』では地元の描写を通してアイデンティティを伝え、一方で巧妙な語呂合わせ、ユーモラスなリリックなど個性あふれるラップスタイルで軽快なリズムを紡ぎ出してきた彼。そのトリッキーな魅力は唯一無二であり、例えば最新アルバム『Better Me Than You』でも、「Precision」といった曲で独特の世界観のラップを聴くことができる。Big SeanはONE OR EIGHTがロサンゼルスでパフォーマンスした際に生で見る機会があったようで、その場で才能に惚れ込んだとのことだ。
エキサイティングなのは、ラップが抜群に巧いそのBig Seanに対して、ONE OR EIGHTが正面から戦いを挑んでいるように見える点。ラップソングにおいては客演に「食われる」というケースも多々あるわけだから、このコラボは、それだけ彼らがスキルに長けていることを証明している。そして実際のところ、食われるどころか、両者が相乗効果を発揮した進化形としての「KAWASAKI (with Big Sean)」が生まれている。Big Seanは、“KAWASAKI”とのライミング(押韻)に“Tamagotchi”を用意し「予測不能まるでたまごっち」とジャパンカルチャーにリスペクトを捧げつつ、得意の裏返った声や高速ラップも織り交ぜながら“Big Seanらしさ”を全力で表現。まるでカワサキのバイクが急カーブでスキール音を鳴らし爆速でスピードアップしていくような、楽曲の情景がありありと浮かんでくるパフォーマンスだ。同時に、ONE OR EIGHTのメンバーは安定感のあるラップで全体を引き締めながら、Big Seanが自由に遊べるような余白をアシストしているようにも聴こえる。それらをバランスよくミックスしているエンジニアは、Kendrick LamarやSZA、ScHoolboy Qを手掛けてきたグラミー賞受賞歴のあるMixed by Ali。実に豪華な布陣だ。
さらに今回のリリースは、もう一つの大きな発見がある。それが、世界観/ヴィジュアルの部分。新たなバージョンで撮られたMVを観てみると、ONE OR EIGHTの美学がより一層進化しているのが分かるだろう。以前の記事では彼らの魅力を“バッドボーイなストリート感”と表現したが、そのトーンは踏襲しつつも、スタイリッシュさとフューチャリスティックな印象が強く押し出されている。MVのディレクターはBig SeanやThe Weeknd、Vince Staples等の映像を手がけてきたKid. Studio IncのGlenn Michael。また、エディターはTyla YawehやYeatの作品に携わるMykyta Beregが務めており、落とした照明の中でギラギラ輝くメンバーのデカダンスな色気が眩しい。何台ものカワサキのバイクは夜の街を走り抜け、彼らのアジトに集結する。ここでどのような集会が開かれるのだろうか――蒼みがかった妖しい空気が充満した空間は、観る人をぞくぞくさせるようなムードにあふれている。
前述した“スタイリッシュさとフューチャリスティックな印象”を強めているのは、スタイリングの影響も大きいだろう。Rick OwensからはじまりAchilles Ion GabrielやWILDFRÄULEIN、さらには新進気鋭のCMMAWEARといったブランドがセレクトされた衣装の数々は、未来感のあるフォルムでダンスとともに宙を舞う。SOUMAのヘアスタイルにも象徴的だが、不良性とサイバー感覚が同居する計算し尽くされたルックだ。さらに、韓国・ソウルを拠点としたデジタルアーティスト・KOESYによるキャラクターも、神秘的な未来感覚を担っている。どうやらONE OR EIGHTのために生み出された「Karmi」なる新たな存在で、伝説的な九の狐を現代的に解釈したもののようだ。
この世界観は、例えばBladeeやTohjiの描くクールな未来感覚、さらにYves Tumorのようなアバンギャルド&グラムな毒々しさ、あるいはPlayboi Cartiのようなダークヒーロー&不良性といったイメージが掛け合わさったものに近い。そういった印象を元に、ONE OR EIGHTはグループとして8人が縦横無尽に動き回ることで、ここから今すぐに何かがはじまりそうなダイナミズムに満ちている。果たして、このアジトで何が催されようとしているのか? サスペンスフルで、ドラマティックで、絶妙なSF感もあり、まさしく映画のような劇的なストーリーが展開される予感——。ただ、この物語が明るくハッピーなものに終始しないことだけは確かだ。ここには、一か八かの賭けに出るかのごとく、ヒリヒリした波乱万丈の未来が待っている気がしてならない。ONE OR EIGHTからは、ある種の能天気な、アイドル然とした朗らかさを感じないからだ。世の中のダークサイドを鋭くえぐるような彼らのたたずまいを繰り返し観ていると、どことなく不安すらもかき立てられる。「KAWASAKI (with Big Sean)」を聴き、映像を観ながら、いま多くのリスナーが落ち着かない気持ちのまま、次なる展開に想いを馳せているに違いない。バッドボーイズたちのゲームは始まったばかりだ。
以上