ラッパーはロックスター?トラヴィス・スコットを軸にサウスシーンを探る

2018年ラップ全盛期、アメリカのポピュラー音楽の中心地はサウスとなり、多くの南部出身ラッパーがチャート常連者となった。そんな人気者の彼らだが、実は、既存のラッパー像とは大きく異なる存在でもある。ラッパーという呼称を拒否する? そして、ラッパーこそが新たなロックスター? 既存概念を破るかのような彼らのイメージは、ある種、アメリカの音楽シーン事情までも反映している。新作『アストロワールド』を大ヒットさせたトレンドセッター、トラヴィス・スコットを軸に、サウスのカルチャー動向を紹介したい。

Travis Scott / photo by David Lachapelle

アメリカ音楽界を征したサウスラップ

1999年に行ったアストロワールドは 移転を余儀なくされた
仲間に言ったんだ 俺が取り戻すって それが信仰の印だ

-トラヴィス・スコット “STARGAZING”

トラヴィス・スコットの『アストロワールド』は、サウスへの愛に溢れている。アストロワールドとは、トラヴィスの地元ヒューストンに実在した遊園地。「STARGAZING」で語られるように、このテーマパークは2005年に閉園し、アトラクションは他の場所に移されていった。「いつか取り戻してみせる」と仲間に誓ったトラヴィスは、宣言どおり、音楽として「地元の人々が愛した場所」を蘇らせたのである。彼いわく「憎しみなき愛と表現の世界」であるこの作品は、さまざまなアトラクションが楽しめる遊園地のように魅力的で個性的なトラックが揃い踏みだ。そして、テキサスのみならず、サウスヒップホップへのリスペクトが詰まっている。

「どうだ? サウスサイド 冥福を祈ろう、スクリューに 今夜はやろう、スロウリーに」
– トラヴィス・スコット “R.I.P SCREW”

例えば『R.I.P SCREW』は、テキサス出身のDJでスクリューというサウスで愛される手法のパイオニア、DJスクリューに追悼を捧げたトラック。『5% TINT』では、映画『ムーンライト』でも使用されたサウスの大御所グッディー・モブによる『Cell Therapy』をサンプリングし、スリム・サグをリファレンスしている。サウス愛に満ちた『アストロワールド』は、トラヴィスのキャリアハイ作品だとして多くの人の心を掴んだ。RollingStonesは「キャリアを定義づける重要作でサマーシーズンを征服した」と評している。セールスも非常に好調で、2018年11月1日現在、アルバムチャート初登場1位、シングルにおいても「SICKO MODE」で2位獲得というキャリアハイを記録した。

Travis Scott – SICKO MODE ft. Drake

トラヴィス・スコット『アストロワールド』

地元への愛に満ちた作品で絶頂期を迎えたトラヴィスは、2018年サウスラップ人気の代表格だ。Apple Musicの「アメリカ南部アーバン新世代」プレイリストを見るとわかりやすいが、現在チャートトップで活躍するラッパーはサウス人脈が多い。フューチャー、ミーゴス、リル・ヨッティ、ポスト・マローン、レイ・シュリマー、21サヴェージ……南部出身の人気者はまだまだいる。憂鬱な作品で知られ、死後HOT100首位を獲得したXXXテンタシオンも、フロリダが地元だった。トラップを筆頭とするサウスの音楽スタイル自体、今や「チャートの独裁者」と形容されるほどの人気だ。それを表すかのように、スヌープ・ドッグは2017年のラップシーンについて「ラッパー全員フューチャーかミーゴスのようなフローをやっている」と語った。南部出身ではないラッパーたちはもちろん、今ではアリアナ・グランデやテイラー・スウィフト等のポップシンガーまでトラップを採用している。RollingStonesが宣言したように、トラップこそ新時代のポップだ。南部出身のラッパーたちは、アメリカの音楽シーンを象徴する存在となり、さらには開拓している。その“覇権”のなかで、あるトレンドがある。ラップ界の人気者となった彼らが「ラッパー」という呼び名を嫌うことだ。

ラッパーが「ラッパー」を拒否する?

「俺はラッパーじゃない」
– リル・ヨッティ、i-Dにて

「ラッパーになりたくはないね」
– ポスト・マローン、GQにて

「ラッパーってなんなんだよ?」「俺はヒップホップじゃない」
– トラヴィス・スコット、Numéro HommeおよびMTVにて

2010年代中盤、サウス勢を筆頭に、アメリカのラップ界で「ラッパー」という呼び名を拒否する若手ラップアーティストが連続した。ひとりひとりサウンドは異なるが、トラヴィスに関しては疑念を呼ぶ。前述した通り、彼は『アストロワールド』でオールドスクールな南部ヒップホップへのリスペクトを見せている。その彼が、なぜラッパーという呼び名に拒否感を示すのだろうか? 答えは、彼の発言の続きを聴けばわかる。

「ラッパーって一体なんなんだよ? カントリーシンガーって括りにしても何も意味しないだろ。本人が一つのジャンルにはまり込むことを求めない限り、誰もカントリーシンガーじゃないよ。俺は歌うし、ラップするし、ビートも打つし、映像だって作る。レッテルはムカつくよ」
「俺はヒップホップじゃない。MCでありラッパーなんだろうけどさ、プロセスは違う」「ジャスティン・ヴァーノンみたいな音楽が好きなんだ。いつだって、ああいうのをやろうとしてる。だから俺はカテゴリーが好きじゃないんだ。俺はアーティストだ。プロデュースして、監督して、それらを音楽に注いでる」

トラヴィスは、ラベルやレッテルが生み出す制限を嫌っている。こうした姿勢は他のラップアーティストにも見られる。DJ Boothは、2017年『“ラッパー”の死』と題した記事をリリースした。ここで引用されるのは、チャイルディッシュ・ガンビーノによる「ジャンルは死んだ」という言葉だ。クロスオーバーが活気となった2010年代において、音楽のジャンル分けは意味をなさなくなってきている。そうした境界の拡張や融和を率いるのは、若きラップアーティストたちに他ならない。ゆえに、彼らの中には「ラッパー」呼称を拒否する者が増えてきたのかもしれない。

「ラッパー」というラベリングは「音楽的制限」を暗示する。SNSの普及もあり、「ラッパー」を名乗りながら「旧来のラップらしくはないサウンド」をリリースするとバッシングを受けやすくなってしまう……こうした背景を鑑みると、リル・ヨッティやポスト・マローンの発言にも納得がいく。彼らは元々「ヒップホップ/ラップと言えるのか」と議論を呼んできたアーティストだ。マローンの作品は、グラミー賞で「ラップ」ではなく「ポップ」ジャンルとして計上される旨が報道された。自身のカテゴライズについて問われた彼は「ラッパーにはなりたくない、ただ音楽を作る人間でありたい」と語った。ヨッティの場合、レジェンドである2パックについて「聴いたことがない」と発言したこともあり、バッシングを受けやすい存在だ。彼はまた、Guardianでは「ヒップホップの古い人たちは革命を理解していない」と憤った。

ラップミュージックは、今も昔も拡張しつづけている。その中で、流行スタイルが「ジャンルにふさわしくない」とバッシングされることも多々ある。2010年代現在、サウスのラップシーンにルーツを持つマンブル・ラップは特に批判の的だ。矛先がサウス全体に向かうことも今だにある。HIPHOPDXは、2015年に『南部がヒップホップを滅茶苦茶にしてる?』と題した記事をリリースし、そうしたサウス嫌悪を考察した。議論の是非は置いておくが、このような状況を鑑みると、旧来の「ラッパー」らしくないサウンドを志向するラップアーティストたちが、音楽的制限を嫌い、そのラベルごと拒否する方向に出ても不思議ではない。

「今じゃラッパーという言葉は誉れを意味しない」
– エイサップ・ロッキー、2015年 Complexにて

若手ラップアーティストたちのラベル拒否は、そのまま「ラッパー」という言葉のブランド力低下として語られている。このトレンドが話題になった2017年、「ラッパー」の代わりにラップアーティストの間で流行したあるイメージがある。それをリリックで耳にした人も多いだろう。「ロックスター」だ。

ロックスターとしてのラッパーたち

2016年に起こったレイ・シュリマーとミーゴスのHOT100連続1位獲得は、サウス史の栄光の一枚に入るだろう。当該楽曲「Black Beatles」で、レイ・シュリマーはこうラップしている。

「俺たちがブラック・ビートルズだ!」

彼らは、黒人ラッパーである自分たちが現代のビートルズだ、と高らかに宣言したのである。かつてカニエ・ウェストが放った「ラッパーは新たなロックスター」提唱を思い起こすが、これらの言葉は現実のものとなった。

Rae Sremmurd – Black Beatles ft. Gucci Mane

「まるでロックスターの気分だ」
– ポスト・マローン “Rockstar ft. 21Savege“

2017年、サウス勢を筆頭とした「ラップ界ロックスター・ブーム」が注目を集めた。この年は、南部コンビであるポスト・マローンと21サヴェージによる「Rockstar」が大ヒットしている。また、ミーゴスも「What the Price」のMVにおいて革ジャン姿でマイクの前に立つロックスター・スタイルを披露。この旋風にはメディアも参加しており、トラヴィスも2016年時点でPaperMagazineから「新たなるロックスター」と讃えられている。サウススタイルを得意とするリル・ウージー・ヴァートに至っては「俺はラッパーではなくロックスター」と幾度も主張している。元々、ジェイ・Zなど、ロックスターを名乗るラッパーは存在した。サウス勢ではリル・ウェインがギターを手に2010年「Rebirth」でロック・サウンドに挑戦している。しかしながら、2010年代後半の「ロックスター」ムーブメントは集団的なものであるし、イメージとの距離も近い。

Post Malone – rockstar ft. 21 Savage

Migos – What The Price

今日の人気ラッパーとロックスター像の距離の近さを考察するに、まず、単純に音楽性がくる。前章で述べたように、今現在ラップはジャンル境界が曖昧となっており、その中でロック系統も人気がある。トラヴィスはギターリフを好むし、ウージーの作風はポップ・パンク的とされる。XXXテンタシオンは自らの作品をラップではなくオルタナティブ・ロックとした。ともにカート・コーバンを敬愛するテンタシオンとリル・ピープがコラボした「Falling Down」は、ラップジャンルでのリリースであるものの、そう認識できない人もいるであろう仕上がりだ。

「コーディネートする ザナックスとリーンを ロックスター・スキニーで」
– トラヴィス・スコット “Coordinate”

ロックスターとしてのラッパー像は、ファッション・スタイルの話でもある。2010年代後半のラップ界では、60~70年代ロックスターに似たスタイルが人気になっている。具体例を挙げると、トラヴィスが「Coordinate」で連呼したように、細身なパンツ。そして穴あきジーンズ、レザーのジャケットとベスト、そしてファンシーなサングラス。「Coordinate」のラインにあるような、ウィードではないドラッグを嗜む傾向もロックスター的とされる。「昔のラッパーはドラッグディーラー、今のラッパーは悪影響なドラッグユーザー」といった批判は21サヴェージを怒らせたが、ロックスター像においては重要かもしれない。
反骨的で細身なファッション、ドラッグを売る側ではなく買う側、更にそれがバッドな魅力になっている……こうしたイメージは、伝統的なラッパー像よりも往年のロックスターを喚起させるし、それを志向している若手ラッパーも存在する。更に、彼らが行う“暴動”コンサートも、まるでロックスター列伝だ。

Travis Scott / photo by David Lachapelle

「負傷者なしなら それはモッシュピットじゃない」
– トラヴィス・スコット “STARGAZING”

イギー・ポップが始めたとされる「死と隣合わせのステージ・ダイブ」。The Outlineによると「ロック文化」が開発したモッシュピットやステージダイブは、2010年代「ラップ文化」に定着した。例えば、ウージーは野外ライブで高さ6mから観衆めがけて飛び降りて話題を博した。トラヴィスもダイブで場を盛り上げるラッパーだ。若者が押し寄せる彼のコンサートは、その熱狂のあまり“暴動”にも例えられる。2017年5月には、3階からダイブした観客が骨折する事件が起きたし、月をまたがずして「若者に対し“暴動”を煽った」容疑でトラヴィス自身が逮捕された。こうしたパフォーマンスは危険なので真似してはいけないが、だからこそ若者を熱狂させる。今日のラッパーは、伝説のロックスターのようなアウトローが魅力のカリスマだ。

サウスを筆頭とした若手ラッパーたちの「ロックスター」像ブームは、本稿で紹介してきた事象を反映している。第一章の「人気」。若者を熱狂させるロックスターとは、大方、成功者である。実際、ヒップホップ/R&Bは2017年に「最もアメリカで消費された音楽ジャンル」としてロックから首位を奪った。第二章の「ジャンル拡張と“ラッパー”拒否」は、ずばりそのまま。ファッション・スタイルの時点で、ラップシーンでのロック人気が感じ取れるし、逆に伝統的ラッパー像はあまり見受けられない。

ただし、そうは言っても、あくまで彼らはラッパーである。DJBoothが呈するように、キャリアを形成した場所はラップのプラットフォームであるし、今現在もラップをしつづけている。ゆえに、彼らの表現や躍進は、ラップコミュニティに還元されていくだろう。現に「ラッパー拒否」および「ロックスター像」トレンドの代表とされたトラヴィスは、サウスにフォーカスをあてた『アストロワールド』で新時代と伝統の架け橋になるような楽曲を創り出している。まるでロックスターなサウス・ラッパーたちは、ラップ史の上に立っているし、いずれは時代の一ページに刻まれるだろう。

おまけ
参考までに、ロックスターっぽいトラヴィス。