生楽器とエレクトロニクスを溶け合わせた音の波間に歌が満ちていき、美しく広がる。三船雅也(vo/g)と中原鉄也(dr)によるバンド、ROTH BART BARONの4thアルバム『けものたちの名前』は、彼らの作り出す音楽世界をさらに具現化させた一枚だ。最後の曲が終わったあと、さっきまでの日常に戻されるようでいてそこはもう違った日常のようで、その余韻を味わうためにこそ聴いているとも言えて……話を戻そう。今作では、新たな試みとして女性ゲストボーカルを起用。シンガーソングライターの優河やMaika Loubté、Black Boboiでも活躍するermhoi、そして13歳の少女HANAという4名それぞれの声と三船の声が交わり、響きあうことで眩い光を予感させる世界が生まれている。ここでは、三船とMaika Loubtéの対談を通して、その世界を対岸から眺めてみるとしよう。
—『けものたちの名前』を制作する前段階で、三船さんは「女性ゲストコーラスを起用する、彩りを加えるためである。自分の声とゲストの声でどっちが男女なのかわからなくなるようなことを音楽的に表現したい」とテーマ立てをしていました。その狙いから聞かせてください。
三船:これまでバンドでは男社会だったので、マチズモの中で音楽を作っていた。でも2019年の現代に、それではいかんだろうと。「地球を小さくしました」みたいな感じで、人種、年齢、性別が混ざり合うようなものを作りたかった。プラス、これまでは自分の声だけで加工したりハーモニーにしたりしていたところから、ちゃんと共有してみんなで鳴らす音を作りたいなとパッと浮かんだんですよね。
—「みんなで鳴らす音」っていいですね。
三船:今はコンピュータが便利になって、いろいろできるけど、結局立ち返るのは人間同士が顔を突き合わせて一緒に音楽を作る、その空間を作品に閉じ込められたらいいなって。それこそが、現代にふさわしいんじゃないかと思ったんですよね。
—ゲストボーカルは、どういった意図でセレクトしましたか?
三船:「TAICO SONG」という曲が出来たときに、Maikaちゃんが最初に浮かんだ。コンセプトはコンセプトであって、ぶっちゃけ破綻してもいい。結局は音楽が一番で、この音楽に溶け込んでいく可能性のある人に歌ってほしかった。Maikaちゃんに参加してもらえたことは、自分の音楽人生においてかなりビックステップだった。
Maika:そんなに(笑)。
三船:いや本当に、本当に。
Maika:恐縮です。
三船:こちらこそ恐縮ですよ。ROTH BART BARONみたいな音楽をやっている人は日本にあまりいないし、音楽で気が合う人もなかなか少ないから。MaikaちゃんはMaikaちゃんで、日本ではいないじゃん。
Maika:いや〜わかんない。まあ浮いてるよね。
三船:お互い浮いてるじゃないですか。
Maika:うん。
三船:いっぱいいてもしょうがないし。この曲送ったけど嫌われたら嫌われたでしょうがないな、くらいの気持ちだった。やってもらえてほんとに良かった。
Maika:そりゃやりますよ。
三船:あざーす。
—三船さんからはMaikaさんにどういったオーダーをしましたか?
三船:Maikaちゃんらしく、いつも通りで、という。彼女の家のスタジオでレコーディングをしたんですけど、いろいろとアイデアをくれるんですよ。彼女も自分で全部作るから、声がどういう風にトラックに乗るかとか、いろいろ見えている。だから1投げると70くらい伝わる、みたいな。早かったですね。
Maika:最初はデモの状態の、スケッチのようなものにコーラスを乗せていって。「こうしてほしい」じゃなくて、「ここで遊んでみて」といった感じに自由にやらせてもらいました。その過程を楽しんでいるんだろうな、みたいな。コミュニケーションのなかで、他者を尊重しながら出来上がった作品なのかなって。
三船:余白を大事に大事に。僕がひとこと言うことで、気を遣っちゃって、その人の良さが消えちゃうことを避けたかった。特に日本で作業をすると、経験上そういうことが多かったから。余白を残して、その人が自由にできる状態でやってもらって、一番楽しいときをいただく。それを作品にしていくというスタイルですね。
Maika:レコーディングのときはどんな完成形になるかあまりわからなかったけど、完成した音源を聴かせてもらったときに「あっ、こういうことがやりたかったんだ」と気づいた。三船さんのボーカルが際立っていて、私の声はそこにエフェクトみたいに使われることで生かされているというか。
三船:これまでにも何度もMaikaちゃんのライブは観てきたし、音源も聴いてきた。そういった長い付き合いのなかで、ただキャスティングして歌ってもらって終了、みたいな関係性は嫌だったから。
—それぞれの女性コーラスの声を重ねていくときに、どういったイメージで調整しましたか?
三船:声にいろんな人格が入っているような感覚は作りたかった。みんなの声が重なる、あの奇妙な一体感の中にそれぞれの要素も感じるように。声が一番いいところで響くように考えていった結果、ですね。
Maika:実際、どの声が誰なのか、溶け込んでいてわからないところもある。まず、音がすごくいいよね。いちリスナーとして聴いたときに、現実の世界と向き合ってやっていこう、という意志をすごく感じた。
三船:Maikaちゃんの無邪気な声の出し方が、自分の音楽に入ったことで、ある種コアなところに触れられたというか。参加自体は声だけかもしれないけれど、音楽の中心的なところにも触ってくれた気がした。そういう感覚を共有できて、それが音楽になって作品として残るというのはすごくいい機会だった。
三船:前作『HEX』が届かないところに手を伸ばして背伸びして、届くまで自分をブラッシュアップして作った作品だったとしたら、今回はどこまで素潜りで息継ぎなしで自分の奥深くに潜っていけるだろう、という。自分自身にどこまで純粋になるかというのをすごく意識した。自分の出せない声は出さないし、自分の出せない音は出さない、みたいな。潜っていく作業だとしても、結果的に奥のほうで地球の反対側につながっていく、といった作品になったかなと。人にも会いながら、自分にも向き合っていくのは難しかったですけど。
Maika:でも、周りに気づかされることは多いかもしれない。自分一人では鏡がない状態になるし、ある意味自分の周りの人って鏡に映った自分でもあるから。作っているときって、もちろん自分がいいと思うから作るけど、それはすごく主観的な行為でもある。だから他者の存在は必要。
三船:うん。それこそレコーディングのときに、Maikaちゃんの声をヘッドフォンで聴きながら、それによって気づくこともあった。いろんなことを気づかされる瞬間だったなあ。頭や心で鳴った音に、いかに忠実になるかにフォーカスしたので、逆に普段よりノイズは少なかったですね。ただ心を追っかけるだけでよかったから。
—今作でキーとなっているのが「声」という表現方法だなと感じました。音であり、メロディーであり、意味でもあるという声というもの。その魅力とは?
三船:終わりのないスケールのでかい質問がきましたね(笑)。声とか太鼓って楽器ができる前から、コミュニケーションのひとつだったと思うんですね。言葉になる前から声はあって、そのときすでに歌があったはずで。音楽とかの芸術は、衣食住に関係がないと言われるけど、歴史は古い。戦後数十年でビッグビジネスになったけど、常に人間というか動物の生活には寄り添っていたものだから。筋肉的な圧倒的暴力もパワーだし、政治や権力的なこともパワーだし、歌で感動するのもパワーだと思うんですよね。そこに魅せられちゃったんですね、音楽においては。何かを伝えるのに音楽はすごく重要で、人類の遺伝子的に刻まれた抗えないトリガーみたいなものがあって、そこに人間は感動したり、暗い思いをしたりするのかなって。
—すごくわかります。
三船:あと、声や言葉と音楽の関係性になってくると、それは「ソング」になると思うんです。なぜ自分たちがソングを作るかみたいなところは、声が好きだったというのもある。そのなかで、曲と歌が乖離した音楽は作りたくない。音を出すだけなら誰でもできるし、下品な音はいくらでも作れちゃうけど、きれいな音や美しい音が混ざったときに共鳴する感じだったり。絵描きで言ったらやっぱりきれいな線を引けるかどうか、みたいな。僕は壊滅的に字が下手なんですけど(笑)。
—そうなんですね(笑)。
三船:線は引けないけど、音楽はなんとかなるかなと。そこはなんとかしたいなっていつも思っています。
三船:このあいだ何かで読んだんですけど、トム・ヨークが「なぜそんなに暗い歌詞を書くのですか?」という質問に対して、「歌詞を書いていること自体がポジティブなことなんだ」というような発言をしていて。それって、もっと絶望してたら俺、歌わずに曲作ってるわってことでしょ。そこに明確な違いがある。僕らが好きなのは声が中心になって音楽を構成しているものだから。
Maika:歌ってすごくポジティブな行為だと思う。人前に立って声を発して表現すること自体がすでにポジティブ。だから別にネガティブなことを歌ってもいい。それすら昇華できるのが歌だから。歌はその人の人生とかすべてが出るものだから、嘘が多い人なら歌でも嘘をついているかもしれないし、正直に生きている人だったら歌にも正直さが出ているかもしれない。聴き手の受け止め方次第みたいなところもあるんですけど。
三船:たしかに、声を出すこと自体がポジティブな行為だよね。サイレント・マジョリティーって言葉が流行ったように、いまの世の中には声を出せない人がいっぱいいる。やっぱり声を出せないってネガティブなんですよ。そこで多分、みんな自家中毒になって息苦しくなる。今回の作品について、「閉塞感を吹き飛ばしてくれてありがとう」といったメッセージがすごくきたんですね。みんな裏で打ち合わせしたんじゃないかってくらい“閉塞感”という言葉を使っていた。僕自身はそこまで感じてなかったから、びっくりした思いもあった。でもある種、作品が世界の一部の写し鏡だとするならば、そういうところがあったのかな。だからこそ、声を出すことの可能性とか、ポジティブな現象みたいな部分にもう一回立ち返ってみようというのは意識的にも無意識的にもある。
—今作のリリースツアーもスタートしています。Maika Loubtéさんも公演によっては参加予定だったり?
三船:愛知公演では対バンして、ROTH BART BARONのステージにも参加してもらいます。
—2月22日(土)の愛知芸術文化センター 中リハーサル室ですね。
三船:この日はお客さんがぐるっと囲むような感じでやろうかなって思っています。Maikaちゃんには、いわゆるライブハウスよりこういった面白い空間で演奏してもらったほうが合いそうだなというのもあって。
Maika:ROTH BART BARONも合いそう。
三船:ツアーでは、台湾にもまた行けるし、会いたい人がいろんな街に増えたのはうれしいですね。ラストの東京公演はこれまでで最大規模だから、アルバムに参加してもらったフルメンバーで演奏できたらと思っていて、みんなにお声がけしているところです。
—その頃はもう2020年代に突入していますね。
三船:そう。2010年代があと1ヶ月で終わって、2020年代になった先はちょっとどうなるかわからない。だったら現状、今みんなが思っていることや大事にしていることを感じて10年代の幕を閉じたかったというか。来年になったらきっと価値観も変わっちゃって、多分いろんなことが通用しなくなってくる気がしている。それなら、その先に飛び込める覚悟みたいなものを音楽に落とし込みたかった。そうなると自分一人では足りなくて。明確な不安が世の中にはあって、声が出せない人がたくさんいるなかで、いろんな感覚が混ざった音楽を東京で作れたのはすごくヒントになった。だから、どこまでこの作品が羽ばたいてくれるのかは、あとは祈るのみ。
—「価値観が変わる」というのは、ポジティブな方向ですか?
三船:両方あると思います。それは意志次第かもしれない。無責任に「良くなる」とは言いたくないし、でも「この先はもうダメなんだ」って子供たちには言えないじゃないですか。そういう感覚を両方持ちながら見定めていきたいですね。
INFORMATION
ROTH BART BARON
『けものたちの名前』
now on sale
[CD] PECF-1177 / felicity / ¥2,500 + 税
[LP] TYOLP1023 / felicity / ¥3,300 + 税
ROTH BART BARON “TOUR 2019-2020 〜けものたちの名前〜”
2019年
12/21(土)台湾 台北The Wall ※単独公演
2020年
2/01(土)富山 飛鳥山善興寺
2/02(日)石川 金沢アートグミ
2/07(金)福岡 天神the Voodoo Lounge ※単独公演
2/08(土)鹿児島SR Hall
2/09(日)熊本NAVARO
2/10(月)山口 岩国Rock Country ※単独公演
2/11(火)大阪 梅田 Shangri-la ※単独公演
2/22(土)愛知 愛知芸術文化センター 中リハーサル室
2/23(日)広島 福山Cable
2/28(金)北海道 札幌mole ※単独公演
3/07(土)山形 肘折国際音楽祭
3/08(日)青森 八戸Powerstation A7
3/22(日)京都 磔磔 ※単独公演
5/30(土)東京 めぐろパーシモン大ホール
https://www.rothbartbaron.com
Maika Loubté
最新シングル「Numbers」配信中
12inchレコード「Closer」発売中
「Snappp feat. New Optimism」公開中
https://youtu.be/oRAZSc38Dkk