MUSIC 2020.01.27

[Report]暗闇の手拍子/OGRE YOU ASSHOLEが見せたシームレスな世界

Photograrhy_Tetsuya Yamakawa , Jumpei Hidaka
Text_Ryohei Matsunaga(Rhythm & Pencil)
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

 「シームレス」という言葉を、あれほど実感した夜はなかった。
 LIQUIDROOMのフロアに入ると、真っ暗だった。まだ開演までには時間があり、いまは「悪魔の沼」(Compuma、Dr.Nishimura、Awanoの3人によるDJユニット)のDJタイム。しかし、客電はほぼ完全に落とされ、わずかにブースに薄明かりが見えるだけ。「ここから今夜の仕掛けはもう始まっているのか」と身構えた。

悪魔の沼

 2019年12月21日、恵比寿LIQUIDROOMでのOGRE YOU ASSHOLEワンマン。アルバム『新しい人』のリリース・ツアーを六本木EX THEATER(2019年11月4日)で終えた彼らにとって、ホームとも言える場所での延長戦的な一夜と位置付けていた。

 だが、蓋を開けてみたらというか、蓋を開ける前から、すでにこの夜は特別なヴェールに覆われていた。目を閉じていたらDJとバンドのつなぎ目がわからないほど(なにしろ真っ暗闇なのだから目を閉じているのとおなじようなもの)の均質さで、この夜のライヴははじまった。彼らの姿を確認した観客の拍手だけがその接点をかろうじてこの世につなぎとめているかのように。

 ツアーが終わってひと月半。追加公演的なニュアンスと思えば、セットリストは前回を踏襲したものになるかと予想していたが、いきなりオープニングが「自分ですか?」。EX THEATERでは本編の最後に演奏された曲だ。『新しい人』リリースを前にしたインタビューの時に、出戸学(G. Vo.)に「オウガのアルバムの曲は、アルバムのハイライトとは最初は思えなかった曲がライヴでカギを握る曲になっていくことがある」と話したことを思い出した。そのときまさに意識していたのが「自分ですか?」だったはず。「自分」と「誰?」、「ここ」と「どこ?」の境目に浮かぶこの曲は、やはりライヴでのキーポイントになった。

 いわゆる“三部作”以降のリリース、つまり『ハンドルを放す前に』からのオウガの作風や歌詞世界から感じることのひとつに、「境目」に対する意識の変化がある。こちらとあちら、現在と未来、善と悪といった境目をはっきり分けるラインが消失し、もはや「間に合う/手遅れ」すらもわからない。そんな場所にかろうじて浮かび上がる感情の残滓みたいなものを見ようとしているのか、それとも彼らにはなんとなく見えているのか。

 また、この夜のライヴでは、そのモードにあるここ2作からのレパートリーに挟み込まれることで、過去曲の意味合いも変わって感じられる場面があった。たとえば、EX THEATERでも演奏された「また明日」から「バランス」への流れ。ライトなシティポップ・スタイルといってもいいこの2曲が、ゆるやかにグラデーションを描きながらライヴ後半のグルーヴの蟻地獄へとつながるシークエンスは、これまで保証されてきたはずの毎日や人間的な感情が変容してゆくさまを提示した時間のようにも思えた。近年オウガが相次いでリリースしているライヴでの楽曲再構築を記録した『workshop』シリーズ(2015年、2017年)にもそうした変容を感じている意識は濃厚にあったが、『新しい人』のツアーを経て、さらにその変容の表現に対して彼らの踏み込みを増す必要があったからではないのだろうか。
 それは単に「ここまでオウガはできるようになった」的な自信というよりもきっと、希望と絶望の境目がどんどん見えなくなってきているいまという時制に対峙するためのアクセルを踏んでいるのだと感じた。

 そして、この『新しい人』ツアーでも圧倒的な存在感を生んでいたのが「朝」。アルバムのなかでは鼓動の始まり的な役割かと思えた曲が、ライヴでははるかにエクステンドされ、彼らが踏むアクセルの切実さを体現したモンスター的な存在になった。PAや劇的な照明が醸し出す相乗効果はあるとはいえ、オウガの現在をもっとも端的に表明しているのがこの曲かもしれない。いま見ているものは光なのか闇なのか、そのつなぎ目がもう誰にもわからない。
 この夜の「朝」もすさまじいものだった。「朝」から「フラッグ」「見えないルール」へと連なる終盤はまさに圧巻だったが、耳の奥ではそれでも先に進むことをやめない行進のように「朝」のビートがずっと鼓動し続けていた。

 最後に演奏されたのは「ワイパー」。
 じつは、あとで見せてもらったセットリストでは、本編の最後が「本当みたい」、アンコールが「ワイパー」と予定されていた。だが、気がつけば「本当みたい」と「ワイパー」の間には短い出戸のMCがあっただけで、中断はいっさいなかった。アンコールというお約束めいた退場も入場もない、シームレスな構成のままで幕は下りた。

 そして、真っ暗なまま、ふたたび悪魔の沼のDJが始まった。客電は点かない。この先にアンコールがあると信じ込んでいた観客の多くは、しばらくの間、DJに合わせて拍手を続けていた。暗闇のなかで、ビートと手拍子だけが鳴り響いている。あのとき、あの場でも祝祭とその後、異世界と現実の「つなぎ目」は完全に見失われていた。
 世界を裏と表に分かれている、と見なして論じることは、これまでとても簡単だった。だが、もはや裏も表も分け隔てられず、浸食し合っているのが現実なのだとしたら? オウガが幕を下ろしたLIQUIDROOMの暗闇に観客が巻き込まれたあの時間はとても不思議で、だけどあの夜のライヴを一夜の興奮として「締めくくる」のではなく、つなぎ目のない時代に音楽を解き放つ運命的な光景に見えた。

OGRE YOU ASSHOLE

2019/12/21(Sat) at LIQUIDROOM
LIVE:OGRE YOU ASSHOLE
DJ:悪魔の沼

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