MUSIC 2020.12.25

NAGAN SERVER × Aaron Choulai
ジャズとヒップホップを生き方に選んだ二人による所信

Photography_Taniura Ryuichi, Text_Keita Takahashi
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

2020年10月末にリリースされた「sign」という楽曲。ラッパーでウッドベーシストでもあるNAGAN SERVERによる連続リリースの一環であり、パプアニューギニア出身のピアニスト、ビートメイカーのAaron Choulaiとの共作シングルでもある本楽曲。大阪から東京へと拠点を移し、心機一転、“初心を取り戻した”とNAGAN SERVERが語るように、楽曲の端々から音楽への原初的な衝動が感じ取れる。ふたりはどのようにしてこの「sign」を生み出したのか。そして、彼らの音楽性に深く根ざしたジャズとヒップホップの関係性について訊く。

“音楽を作る原初的な楽しさに回帰した”

-今回はお二人がどのような経緯で制作をスタートさせたのか、というところから訊いていきたいんですが、その前段として、コロナにまつわる自粛期間はどんなことをして過ごされてましたか?

NAGAN SERVER:自分は今まで一人ではやれなかった作業を一人で完結させられるようにしようと思って。これまで住んでいた大阪では、制作のたびにスタジオに通っていたんです。東京に出てきたタイミングでそういったスタジオを探してたんですけど、そんななかで自粛のムードになっちゃって。それなら、制作自体を自宅で完結させられるような環境を作っちゃおうと。それに加えて映像への興味も出てきて。映像編集の諸々もまだ遊びの段階ですが触れるようにしてみたり。時間がとりあえずあったんで、これまでやってないことに挑戦する時間という感じでした。

NAGAN SERVER

-9月から進めている連続リリースもそういった環境整備の賜物という感じですね。アーロンさんも7月にアルバム『Raw Denshi』を発表していますが、このコロナ期間はどう過ごされてましたか?

Aaron Choulai:僕はステイホームの期間もわりと忙しかったですね。もちろんライブはだいぶキャンセルになっちゃったから、その期間にアルバムを出そうと思って。そのために自分のレーベルである「Namboku Records」も作って。それ以外にも時間ができたから7年ぶりくらいにちゃんと練習したり。夏以降はリリースもあったし、小さい規模だけどライブをしたりして、意外とコロナの影響はそこまでなかったかも。

Aaron Choulai

-少し遡って、お二人がそもそも出会ったきっかけから教えていただけますか?

NAGAN SERVER:一番最初はFKDというビートメーカーが主催したイベントだと思います。自分はまだ大阪に住んでいて、たまたまライブで東京に来たタイミングでそのイベントに遊びに行ったのかな。それまで直接の面識はないものの、存在はずっと知っていて。アーロンについては楽曲もカッコいいし、いつか絶対会ってみたいと思ってました。で、そのイベントにいた彼に声を掛けたら自分のことも知っててくれてて。そのときには東京への引っ越しも決まっていたんで、また会えたら遊ぼうって感じで。それが最初ですかね。

-アーティストとしてのアーロンさんに対してはどんな印象を持っていましたか?

NAGAN SERVER:ジャズ・プレイヤーとしてもあれだけできるミュージシャンは自分のまわりにはいませんね。彼のビートに関しても一聴しただけでアーロンの作品だってわかるじゃないですか。もう衝撃でしたね。

-なるほど。アーロンさんが感じたNAGAN SERVERさんの第一印象についても教えてください。

Aaron Choulai:最初はDaichi Yamamotoに教えてもらったんだと思います。だから会う前から名前は知ってましたね。ラッパーでありウッドベーシストだし、ここまでジャズに影響されてるヒップホップのミュージシャンってまわりにはあまりいなかったから、すぐにいいなと思って。だから会ってみたいとも思ってたんです。で、初対面があって、彼が東京に引っ越して、しかも近くに住んでるということもあって、絶対今年いっしょに曲をやりたいなって。そして最近はお酒をいっしょに飲むことが多くなって。

NAGAN SERVER:飲み仲間って感じです(笑)。

お酒の席ではどんな話をするんでしょう。

NAGAN SERVER:あんまり覚えてない(笑)。どうでもいいことが90%で、真面目な話は10%もないくらいじゃない?

Aaron Choulai:好きなコンビニの話とかね(笑)。

-NAGAN SERVERさんが東京に移ったことでだいぶ仲が深まった感じですね。

NAGAN SERVER:そう。本当にここ半年で一気にという感じですね。コロナで自粛になる前くらいに、彼が普段レギュラーでやってる下北沢のジャズ・クラブに遊びに行って。そこで彼らのライブを見たときに自分が求めてたのはこれだという気持ちになった。こういう場所を体験するために東京に来たかったんだよなって。そこから半年で徐々に仲良くなっていって、今回のコラボレーションに至ったんです。

-では今回の「sign」という楽曲の発起はどちらが提案したんでしょう。

NAGAN SERVER:自分ですね。とはいえ、どういったタイミングでお願いしたかもあんまり覚えてないくらい自然な流れで。アーロンが“帰ったら送るよ”くらいのテンションで曲を送ってくれたんですけど、最初に送ってくれた時点でもうヤバくて。ここ最近の自分の制作スタイルでは、先にテーマを設けてそれに沿って作るっていうマインドだったんだけど、それより前の作り方ってもっと初期衝動で、ただ韻を踏んで遊んでるぐらいで曲がバンバン生まれてたんです。「sign」ではそのころの感覚が戻ってきたというか。よりシンプルに、語呂遊びだけだけど曲としてすごくいいし、そしてそのなかに日々考えていることがフッと出てくる、みたいなことがすごくリアルだなと思って。この経験は自分にとってもすごくプラスだったし、楽曲としてもフレッシュだなと。

-アーロンさんは「sign」のトラックに関してどのように向かったんでしょう。

Aaron Choulai:実はこのトラックは古いもので。3年前くらいかな?新しい曲もいくつか送ったんですけど、彼がこの曲を選んでくれて。この曲はすでにいろんなアーティストにも聴かせていたんだけど、なかなかノリが難しくて、だれもラップを乗せられなかったんだよね。でも、完成した「sign」はバッチリでしたね。

-たしかにこの曲はラップのアプローチがだいぶ難しそうですね。

NAGAN SERVER:そうなんですよね。普通の考え方でラップをハメていくと、フック前のドラムブレイクが来るタイミングで、上ネタと小節がズレちゃうんです。ドラムブレイクもフックに含めるっていうカウントをしたら気持ちよくハマるなって理解してからは、だいぶ自然に作ることができた。

-それはジャズ的なフィーリングを持っているNAGAN SERVERさんだったからこそできた取り組み方かもしれませんね。

NAGAN SERVER:どうなんでしょうね。もしかしたらそういうジャズ的なアプローチが体に染みてるからできたという可能性はあるかも。

-アーロンさんが考える「sign」のトラックにおけるいちばんの肝はどんな部分ですか?

Aaron Choulai:さっき言っていたドラムブレイクのサンプルはもともと変拍子の曲だったんです。9拍子の曲だったかな。ほかの上モノもグリッドを無視したサンプルを入れたりというトライもしたんですが、結局はピアノだけでやってみようと思って。自分はジャズの人間だからかもしれないけど、難しいことが好きなんですよね。だからあのトラックのポイントは“難しい”ということ(笑)。日本語がそんなに得意じゃないからなんて説明したらいいかわからないけど、あのトラックはずっと彼が選んでくれることを待ってたんだと思う。

NAGAN SERVER:ありがとう。それは最高なことだね。

-リリックのテーマに関してはいかがでしょう?さきほど“語呂遊び的にラップをハメる”ともおっしゃってましたが、歌詞の全体像としてイメージしてたのはどのようなことですか?

NAGAN SERVER:ニュアンスとしては前向きなものが頭にあったと思います。イメージは、昔の自分に対して今の自分が背中を押してあげるような感じかな。そういったワードがパッと降りてきて。さっきも言ったけど、自分としてはこの曲で初期衝動で曲を作ってた時期に戻れたという感じがしてて。コロナ禍のなかで、東京に出ても遊ぶ友達があんまりいなくて。だから、そういった仲間との出会いを待ってたのもあるし、そのタイミングでアーロンと再会できたというのはありがたかったですね。アーロンのおかげで仙人掌くんとかともこれまでよりフラットに話せるようになったし、(ドラマーの)石若駿くんみたいな新しいつながりもできた。仲間が徐々に増えていったという感じがして、「sign」もそういった流れから生まれた曲だし、この曲のおかげでそういった気持ちに戻れたという意味で大事だったんじゃないかなと。

-なるほど。お二人ともラッパーやビートメイカーという枠を超えてジャズという音楽に取り組んでいると思っているんですが、ジャズとヒップホップの親和性についてはどう考えていますか?

Aaron Choulai:自分は日本に来てからヒップホップを始めたんです。80年代生まれなので、リアルタイムでヒップホップをずっと聴いてきた世代。でも音楽大学に入学して、ジャズを勉強することになっちゃって。そこからはずっとジャズをメインで聴いていたんですが、日本に活動を移してからリフレッシュしたんです。そこからMPCを買って自分でビートを作った。でも、はじめた当時はヒップホップとジャズの共通点はあまりないと思ってたんです。もちろんあるとは思いますが、自分がピアノで習ったことはビートを作るときには使えないし、ヒップホップのビートを作るためにはこれまで勉強してきたピアノの技術は使わず、サンプリングからはじめたほうがいいと思っていた。だけど、最近はその考え方が変わってきて。今年リリースしたアルバムの制作を通して、ジャズとヒップホップの両方がつながっていることが理解できたんです。もちろん音楽の歴史としてもこの二つはつながっていますしね。ただ、ミュージシャンとしてはピアノを弾けるからヒップホップもできる、ということはないと思います。関係があるけど、関係がない、みたいな。これはすごく難しいことなんですが、そういうことだと思います。

-演奏家としてジャズとヒップホップのチャンネルが別である、というマインドはありますか?

Aaron Choulai:今はないですが、昔はそうだったかもしれません。それは経験が少なすぎたせいかもしれない。世界には楽器をやりながらヒップホップ的な音楽を演奏しているアーティストもたくさんいますが、それは厳密に言うとヒップホップではないとも思うんです。楽器ができて、ヒップホップっぽい演奏ができるというだけで。逆に言えば、マッドリブがブルーノートから出したアルバムがありますよね(2003年に発表した『Shades of Blue』)。あの作品はジャズからすごく影響を受けたアルバムだと思うんですが、自分はジャズだとは言えないんですよね。わかりますか(笑)? その意味で、自分はジャズかヒップホップかというラインに関して厳しいかもしれません。

-プレイヤー目線の貴重な意見だと思います。では、ここ最近のロバート・グラスパーやサンダーキャットといったヒップホップ以降のジャズ・ミュージシャンに対してはどんな印象を受けますか?

Aaron Choulai:今挙がった二人は自分も好きですね。特にサンダーキャットはヒップホップとジャズの間でうまく音楽をやっているアーティストだと思います。

-NAGAN SERVERさんはヒップホップとジャズの共通性についてどうお考えでしょうか?

NAGAN SERVER:自分は18歳くらいのときにずっとレコ屋に通ってて、毎日のようにヒップホップのコーナーを見ることで自分の好きなラインみたいなものがだんだんわかってきた、みたいに育って。当時はジャズって言われてもあまりピンとこなかったくらい。インターネットでの情報も今ほどではなくて、レコ屋のキャプションや店員とのコミュニケーションだけが頼りっていう時代ですね。そのなかでザ・ルーツやア・トライブ・コールド・クエストを知っていったんです。自分が反応したのは煙たさみたいなものだったりするんだけど、それはヒップホップだけじゃなくて、ジャズにも共通してるんじゃないかってことがわかった。演奏の鳴りとか、録音方法とかもそうですね。そして、そういう側面からいろんなジャンルのアーティストを掘っていくことで、その人たちの生き様みたいなものが見えてくる。特に昔のジャズのミュージシャンってカッコいいなって思える生き方をしてるひとが多いなと思う。昔はジャズが先端の音楽で、演奏する側も不良が多かったし、今のラッパーの生き方とすごく共通するところがありますよね。その意味では自分の中ではジャズもヒップホップも一緒だなと思いながら聴いてました。ア-ロンがさっき話した視点とは少し違うかもしれないですが。

-ミュージシャンが持つキャラクターや、音楽的な空気感に共通するものを感じたんですね。

NAGAN SERVER:そうですね。あとは誰もやっていない新しいものを生み出すっていう考え方もジャズやヒップホップから学んだ気がします。自分がウッドベースをはじめた理由もそうだったんで。もちろんウッドベースの音色がすごく好きだったというのもありますけど。

Aaron Choulai:たしかにアプローチとしてジャズとヒップホップが似ている点は、自分を表現することだったり、これまでほかの人がやっていたことを無視して自分の道を作ったりできる部分ですね。さっきの話の続きで言うと、たとえばチャーリー・パーカーを真似して演奏してるミュージシャンなんてたくさんいると思うんですけど、自分はそれはジャズじゃないと思うんです。目標は自分を表現することにあるので。それでいったら自分はジョン・ケージだってジャズだと思うし、ウータン・クランだってジャズだと思う。

NAGAN SERVER:そうだね。アーティストとしてのオリジナリティーがいちばん重要というか。その意味では自分はスティーヴ・ライヒなんかにそれをすごく感じますね。

-間違いありませんね。では最後に来年以降の活動に関して伺いたいのですが。

NAGAN SERVER:これまでも楽曲のオファーをもらってたんですが、先にアーロンとの楽曲があったので、ほとんど断っていて。「sign」を再スタートのきっかけにして、たくさん作っていきたいですね。アーロンともほかに作っている曲があるので、それも絶対リリースしたいし。来年はすでにオファーをもらってるフェスもあったりするし、ライブも状況を見ながらやっていきたいですね。

Aaron Choulai:自分もライブはやっていきます。それが仕事なので(笑)。でも1月は休んで、『Raw Denshi』の続編を完成させて、そのツアーもやりたいですね。だから来年も忙しくなる予定です。自分の芸術をちゃんと作って来年以降も動ければいいなと思ってます。

INFORMATION

NAGAN SERVER 「sign」
prod. AARON CHOULAI

楽曲リンク:
https://open.spotify.com/track/0eVi6G9zkLcZrbGRcyOX9Q?si=d_A6qSmWQJaCJBLGo4hQUQ

リリース情報:
NAGAN SERVER「SILENT MADNESS」
2020年12月30日(水)配信リリース

イベント情報:
「NAMBOKU RECORDS presents LOFI IMPROV」
12月26日(土)恵比寿BATICA
※70名限定(先着順)ご予約は下記より
http://www.batica.jp/schedule/namboku-records-presents-lofi-improv/

NAGAN SERVER Official Web Site
Twitter
Instagram

POPULAR