OTHER 2018.10.30

VISIONS :高岩遼 INTERVIEW from EYESCREAM No.167

EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部
Photograph - Kiyotaka Hamamura, Edit - Ryo Tajima

本誌にも度々登場し圧倒的な存在感を示し続けてきたエンターテイナー、高岩遼がついにソロデビューする。SANABAGUN.、THE THROTTLE、SWINGERZで、その才能を発揮してきた男が、歩んできた10年間を振り返り、高岩純度120%で表現したフルアルバム『10』。ここに至った思考の変遷を問う。EYESCREAM No.168連載VISIONS掲載インタビューの一部抜粋。

スターになるという思いは誰にも負けないけど
そういうプロセスを歩まなかったことの面白さ
それがオレのオリジンだと思ってるんで。

ーちょうど今日、アルバム『10』のマスタリングが終了し音源が完成したと聞きましたが、どのくらいの制作期間でしたか?
高岩遼(以下、高岩):数えてみたら468日でしたね。こんなに長い期間で1つの作品を作るのは初めてでしたよ。

ーどんな468日間でした?

高岩遼(以下、高岩):クリスチャン・ラッセンのジグソーパズル、あるじゃないですか?

ーイルカとかクジラのヤツですね?

高岩遼(以下、高岩):ええ。あれの数十万円コースの巨大パズルを『これ、イルカのどこかな?』って言いながら、みんなで構築していくような作業でしたよ。スタッフ、エンジニア、オレが所属するSANABAGUN.、THE THROTTLEのメンバー、家族、共演してくれた人、いろんな人が一緒に模索しながらピースを合わせていく、そんな468日間でした。まさしく集大成。始まりではあるんですけど1つのピリオドですね。この10年間を振り返るに足る質量と重みのある制作期間でした。

ーソロアルバム『10』のプロジェクトはどのようにスタートしたんですか?

高岩遼(以下、高岩):2017年の春先、BATICA(恵比寿のクラブ)でジャズライブをしていたんですが、そこに今作のディレクターが遊びに来てくれて『ジャズのアルバムを出しませんか?』って話をもらって。そのときから、やるならビッグバンドでしかないと決めていました。そうやって動き出したアルバム『10』。プロジェクトスタートの時点から、プロデューサーはTokyo RecordingsのYaffleと決まっていました。

ーYaffleさんとは前から繋がりが?

高岩遼(以下、高岩):いえ、今作の制作にあたってディレクターに紹介してもらったんですよ。彼は今まで自分が接してこなかった人種の人間で、それがすごく魅力だったんです。出会った瞬間に何かしらの化学反応が起きるんじゃないか、という期待感が生まれましたね。とんでもない劇薬ができるんじゃないかってね。

ーSANABAGUN.、THE THROTTLEの2バンドをフロントマンとして牽引してきた高岩遼さんが、ソロ作のプロデュースを誰かに託すという行為が意外でした。

高岩遼(以下、高岩):むしろセルフプロデュースでやろうという気はまったくなかったですね。高岩遼がソロ作で往年のジャズをやったとしても、それはオレのジャズ愛の枠を超えないわけで。それってミュージシャン側のエゴでしかないじゃないですか。バンドでは自分の主張を通させてもらっていたんですけど、そのスタイルのまま高岩遼ソロをやると、ポップスになれないと思ったんです。芸がないな、というか。

ー当たり前過ぎて面白味がないと?

高岩遼(以下、高岩):そうですね。もちろん根底にジャズ愛があるわけですけど、オレが表現することは歴史に残っていかなくてはいけないんですよ。オリジンな存在でなければいけない。『10』の内容が意外だ、もっとジャズらしい音楽だと思っていたって言ってくれる人もいるけど、オレが見ているのは、そのさらに上の高みなわけで。今作は、この時代に日本で生まれ育ったオレのストーリーであり、高岩遼のジャズ・フロントラインなんです。

ーそして、そこにはジャズへのリスペクトがある。『10』には高岩遼さんが敬愛するフランク・シナトラのカヴァーも収録されています。

高岩遼(以下、高岩):はい。ただ、アメリカの音楽であるジャズをやるということは絶対的にハンディキャップがあることですからね。言語も異なれば、育ってきた環境や気候も違う。これはオレの言語ではない、といった葛藤があって。今現状、28歳のオレ自身の音楽だとは言えないですよね。これから年を重ねて経験を積んでいかないと踏ん切りがつかないですよ。フランク・シナトラに関しては、あの存在の規模感へ憧れが強くあります。なんせ20世紀を代表するスターなので。彼の音楽も、もちろんすべて大好きですけどね。技巧だけの問題じゃなく届いてくるものがすごい。何十年も前に録音された声を聴いて今でも泣けるっていうのはすごいことじゃないですか。その歌の強さ、スタイルに憧れがあってカヴァーしました。

ーそもそもソロで作品を作りたい、というのは何時頃から考えていたんですか?

高岩遼(以下、高岩):22、3歳の頃からだと思います。オレが東京で初めてバンドを組んだのがRyo Takaiwa With His Big Bandという名前だったんですよ。仲間を集めて踠きながらやっていたんですけどね。ちなみに、そのバンドにいたメンツが時を超えて何人か『10』に参加してくれています。当時、自分を売り込むためのデモを作ったりしていて、そのときにジャズボーカリストとしての高岩遼のアルバムを作ろうかな、どうしようかな、と悩んでいた気がしますね。そして、ジャズじゃダメなんじゃないか? という思考に至るんです。

続きはEYESCREAM No.167本誌にて。

高岩遼のソロアルバム『10』をまだ聴いたことがない人はコチラからチェック!


高岩 遼 – ROMANTIC

そして、ソロアルバム『10』のリリースパーティーが12月12日にSHIBUYA CLUB QUATTROでビッグバンド形式で開催されるのだとか。チケット一般発売がスタートしているので、合わせて チェックを。

12/12(水)渋谷CLUB QUATTRO
全自由¥4,000(D代別)
ぴあ/ローソン/e+にてチケット発売中

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