作品が生まれ、シーンとして広がっていくまでの裏側には無数の判断と選択、そしてそれを担う人たちの仕事がある。「BEHIND CULTURE」は、KDDI「au Short」サポートのもと、音楽・映像・ファッション・アートといったカルチャーの現場で、その“裏側”を支えてきた担い手たちに光を当てる連載企画だ。職業や肩書きの紹介ではなく、思考や判断の基準、そして次の時代のカルチャーをどう見ているのか。執筆は、カルチャーのさまざまな側面に光を当てるジャーナリスト/研究者の竹田ダニエル。
BEHIND CULTURE第5回は、NHK連続テレビ小説『らんまん』、映画『碁盤斬り』、蜷川幸雄演出のシェイクスピア作品や『チ。一地球の運動についてー」『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」といった舞台作品など、映像や舞台のための音楽を数多く手がけてきた作曲家・阿部海太郎。作品の感情を支えながらも、音楽が前に出すぎない。その距離感はどのように設計されているのだろうか。
作曲家として、物語や空間にどう向き合っているのか、音楽と作品の関係性について聞いた。

──まずは、阿部さんご自身がどのように音楽を始められたのか、その原点について教えてください。
阿部海太郎:母親が子どもをヴァイオリニストにさせたいと思っていたので、最初はたぶん3歳くらいですね。母親は小学校の音楽の教員だったんですけれど、ピアノも少し弾けたので、家にピアノがありました。もう本当に小さかったので、いつ始めたのかは記憶にないくらいなんです。
ピアノとヴァイオリン、それからこれもわずかに記憶に残っている程度なんですけど、歌舞伎の長唄のお囃子の太鼓も習っていました。ただ、お囃子の方はお師匠さんがお忙しかったり、かなり遠方だったりして、なかなかお稽古に通えなくて。結果的にピアノとヴァイオリンを続けることになりました。
もちろん演奏することも好きだったんですけれど、それと同じくらい早い時期から、自分で作曲の真似事のようなことをするのが好きだったんですよね。小学校の頃には、数小節で終わるような短い曲なんですけど、自分なりに考えて音楽を作っていました。振り返ると、その頃から「何かを作る」ということ自体が、とにかく好きだったんだと思います。
──その後は演奏と並行して作曲も続けながら学ばれていたのでしょうか。
阿部:そうですね。最終的には東京藝術大学に進学したんですけれど、僕は作曲科ではなくて、楽理科という音楽研究の学科にいました。そこは音楽の歴史や理論、それから世界中の民族音楽など、学生の興味に応じてさまざまなことを学べる場所だったんです。僕自身もいろいろなことを勉強したんですけれど、その中でも音楽思想や、少し哲学寄りの領域に関心がありました。
留学もしたんですけれど、それも実技や作曲を学ぶためというよりは研究のための留学でした。演奏家や作曲家になるための訓練というより、「音楽とは何か」を考えることに強く惹かれていた時期だったと思います。
──そこから現在のように映画や舞台、TVドラマの音楽を数多く手がけるようになった経緯を教えてください。
阿部:直接的なきっかけは、留学時代に家族や友人へのお土産のつもりで作ったアルバムですね。
完全に宅録で、機材もほとんどなくて、安いマイクと部屋にあったキーボードだけで作った作品でした。聴いた友人たちが評価してくれて、その後、リリースすることになり、自分にとって最初のアルバムになりました。
そのアルバムには、自分の曲だけじゃなくて、パリの街角やヨーロッパを旅していた時に録音したさまざまな音、いわゆるフィールドレコーディングも混ざっていて。今ではフィールドレコーディングを取り入れることも一般的になりましたけど、当時としては少し不思議な作品だったと思います。
2007年頃だったと思うんですけれど、そのアルバムをクリエイティブ領域の方々が面白がってくださって、少しずつ話題になっていったんです。そこからテレビCMや広告の仕事、プロダクトブランドのイメージ音楽などの依頼が来るようになって、少しずつ仕事が広がっていきました。
その後、蜷川幸雄さんの舞台の現場に関わるようになったことも大きな転機でした。
最初はそこまで深く関わるとは思っていなかったんですけれど、蜷川さんもそのアルバムを聴いてくださっていて、「こういう作品を観た方がいいんじゃないか」といった形でいろいろなことを教えてくれました。
当時の自分は演劇よりも映画やダンスの方に強い興味があったんです。音楽も映画音楽やダンス作品の音楽に惹かれていました。でも、蜷川さんの現場に巻き込まれるように入っていって、そこで本当にたくさんのことを学びました。
それは音楽だけではなくて、衣装や舞台美術、照明など、さまざまな人たちが関わる創作の現場そのものです。表現とは何か、創作とは何かということを、あの現場で学んだ気がします。
「“聴く音楽”だけじゃなく、“聞こえてくる音楽”に惹かれる」
──舞台や映画の音楽は、作品全体の空気や世界観を支える存在でもあると思います。そうした仕事の面白さはどんなところにありますか。
阿部:純粋な音楽だけを作ることももちろん好きなんですけれど、何か物語がある中で音楽を作ったり、舞台という全体の一部として音楽を作ったりすることには、やっぱり独特の面白さがあります。
音楽と舞台装置、俳優やダンサーたちが一緒になって、一つのポリフォニー(複数の旋律が重なり合うような状態)を作っているような感覚があるんですよね。完成した音楽をただ流すというよりも、演出との関係性の中で音楽が存在している。その関係性の中で作る楽しさがあるんです。
もう一つ、小さい頃からずっと考えていることがあって。一般的には音楽って「聴くもの」だと思われていますよね。英語で言えば listen to という感覚です。でも、人間の耳って24時間開いたままで、自分では閉じられない。
そうすると、自分から聴きに行く音だけじゃなくて、「聞こえてくる音」があるんです。例えば突然雨が降り出したり、鳥が鳴いたり、ドアが開いたり。そういう音って、自分が準備して待っていたわけじゃないですよね。
映画や舞台の音楽も、それに近いところがあると思うんです。観客は「ここでこの音楽が鳴る」と分かって待っているわけじゃない。全く心の準備ができていない瞬間に音楽が聞こえてくる。
その時に音楽がどう作用するのかを考えるのが、映画や舞台音楽の面白さなんだと思います。
──阿部さんの音楽には、自然の音や湿度、光の気配のようなものを感じます。作曲するときは風景から入るのでしょうか。
阿部:『らんまん』の時は植物学者がモデルだったので、自然ということはかなり意識していました。ただ、それ以前からこの10年くらいで大きく変わったことがあって。それまではメロディーを一番大事にしていたんですけれど、最近はメロディー以上に、その音がどんな音色なのかということを意識するようになりました。
例えば同じギターでも、子ども用の小さなギターを使うことがあります。調弦は同じなんですけど、全体が小さいので音程が少し揺らぐんです。演奏しにくいし、ギタリストにとってはちゃんとした楽器の方が表現しやすい。でも、その不安定さからしか生まれない音があるんですよね。
だから最近は、「このメロディーをどう弾くか」よりも、「この場面にはどんな音色が必要なんだろう」と考えることが多くなりました。
例えばピアノなら、ピアノという楽器自体が持っている意志の強さがあります。弦楽器のように演奏者が常に音程をコントロールする楽器とは違って、ピアノにはピアノ固有の宿命や硬さ、強さがある。
だからメロディーと同時に、「この場面はなぜピアノなのか」「なぜヴァイオリンではないのか」ということをすごく考えます。
『らんまん』でも、曲ごとに中心になる楽器を決めて、その楽器の音色そのものを味わえるように作りました。音が直接風景を描くわけではないけれど、音色そのものがイメージを喚起していく。その力を大切にしていたと思います。

──最近出会った楽器で印象的なものはありますか。
阿部:最近はウードという中東の楽器を習い始めているんです。
まだ全然弾けないんですけれど、本当に面白くて。あの楽器って、客席に向かって弾くための楽器というより、演奏者自身が聴くための楽器なんじゃないかと思うくらい、自分の耳元で鳴る音が素晴らしいんですよ。似た経験をしたのがチェンバロでした。録音で聴くと少し硬く感じることもあるんですけれど、実際に弾いてみるとものすごく柔らかい音なんです。「これは紛れもなく弦楽器なんだ」と思いました。
そういう音って、マイクを立てても完全には記録できない気がするんですよね。
僕は普段、最終的には録音物として音楽を作る仕事をしています。でも、世の中には録音に向いていない音というものが確実に存在していて。そういう音に出会うと、すごく嬉しい反面、「これ録音できないな」と葛藤もします。
「音が少ない方が豊かになることがある」
──阿部さんの音楽には余白がある印象があります。その距離感はどのように考えているのでしょうか。
阿部:音色に重心を置くようになると、自然と音数は減っていくんですよね。
一つの音色が見つかると、その一音だけで「もうできたな」と思ってしまうこともあります。もちろん実際には音楽を作るんですけれど。
クラシック音楽には四声体という考え方があって、四つの声部で音楽を組み立てるのが基本なんです。でも常々、「四つも必要なんだろうか」と思ってきました。
音が少ない方が、聴く側が補完する余地が生まれる。想像力が働く。そういう豊かさがある気がするんです。
これは演劇の仕事から学んだことでもあります。舞台の場合、俳優が肉声で言葉を発しています。そこに音楽が多すぎると邪魔になってしまうんです。むしろ俳優のセリフが第三、第四の声部になるくらいの方が、全体として豊かになる。
だから映画やドラマでも、自然と音数が少なくなる傾向があります。
もちろんダンス作品のように音楽が前面に出るべき作品では、音楽がしっかり語ることもあります。でもその場合でも、「全部の楽器を使う」という発想にはあまりならないですね。
実際、最近手掛けた映画ではフルート奏者を呼んだにもかかわらず、完成版ではフルートが二箇所しか出てこない曲がありました。
でも自分にとっては、その二箇所が重要だったんです。他ではなく、その瞬間だけに現れる意味があった。だから結果的に、余白の多い音楽になっているのかもしれません。

──阿部さんの作品には、静けさや孤独が自然に流れているように感じます。ご自身も一人の時間を大切にされているのでしょうか。
阿部:そうですね。忙しくなるとなかなか難しいんですけれど、孤独を愛するところはあると思います。
人と会うのも好きだし、人見知りもしないんです。でも、小さい頃から一人の時間が好きでした。それは音楽をやってきたことと深く結びついている気がします。孤独だったから音楽をやったのか、音楽をやったから孤独を愛するようになったのか分からないんですけれど、今となっては後者のような気もしています。小さい頃から、いじめられている子や、いつも一人になってしまう子のことが気になって仕方なかったんです。不登校になった友達のところへ遊びに行ったりもしていました。誰かの自由が侵害されることへの怒りのようなものが、昔からあったんだと思います。
最近はハンセン病問題などにも関心がありますし、弱い立場に置かれた人のことを自分事のように感じることがあります。
音楽というのは、人間に最後まで残る自由と関係している気がするんです。
仮に拘束されたとしても、音を思い描く自由だけは残る。孤独の中には必ず人間の自由がある。
だからこそ、自分は弱い立場の人のことが気になってしまうし、そういう感覚を抱えながら音楽を作っているんだと思います。
──最近は生成AIによる音楽制作も急速に発展しています。音楽を作ることそのものの意味も変わり始めているように感じることがありますが、そうした時代の中で、人が音を作る意味について考えることはありますか。
阿部海太郎:AIについては二つ考えることがあって、一つはすごくポジティブな意味で、AIができることに興味があるんです。
ただ、今の発想って、人間の代わりに何ができるかという方向に向かっている気がするんですよね。人間ができることをどれだけAIが再現できるか、という発想です。でも個人的には、せっかくなら人間ができないことをやればいいのにな、と思うことがあります。
例えば演奏に300年かかる音楽があったとするじゃないですか。もちろん僕たちは全部を聴くことはできない。でも、その音楽はどう始まるんだろうとか、どう終わるんだろうとか、そういうことにはすごく興味があるんです。
人間には到底できない規模の時間や構造を扱うことで、AIだからこそ生まれる音楽があるかもしれない。それが翻って、私たち人間の音楽にも良い影響を与えるかもしれない。そういう意味では、すごく期待している部分があります。
一方で、最近のAIが作る音楽のクオリティはとても高いですよね。今は難しいと思われている演奏のニュアンスなんかも、あっという間に再現されていくんだろうと思います。
ただ、そういう時代だからこそ、私たちは今まで音楽の何を聴いていたのか、という問いが改めて出てくる気がするんです。
音楽というのは、コードやメロディーの組み合わせでもあります。でも本当に私たちはそれだけを聴いているんでしょうか。
例えば、一流と呼ばれる演奏家が「間に合わせ」の仕事で演奏したものよりも、小さな子どもが失敗しながらも一生懸命に弾いている演奏の方が、深く感動することってありますよね。
それって、音楽そのもの以上の何かを私たちは受け取っているということだと思うんです。
将棋も同じで、今はAIの方が強い。でもAI同士の対局を見たいかというと、そうではなくて、藤井聡太さんと羽生善治さんの対局に心を動かされる。
そう考えると、私たちは音楽や将棋そのものだけを見ているのではなくて、その向こうにある人間の行為や意思、努力や葛藤みたいなもの、言い換えれば精神性の高みを見ているのだと思います。
最近は、メテステティック(Metesthetique)という言葉にも注目していますが、作品の形そのものではなく、その先にある何かを感じ取るということですよね。
そう考えると、生成AIによって美しい形はいくらでも生まれるようになると思います。でも、その先にある喜びや感動がどうなるのかは、まだ分からないなと思います。

「音を作りたいと思う瞬間は、自分で決められない」
──作曲を続ける中で、「今、音を作りたい」と強く感じるのはどんな時でしょうか。
阿部:いただいた質問の中で、一番難しくて面白い質問だなと思いました(笑)。
やっぱりそういう瞬間って突然訪れるんですよね。「こういう時に作りたい」と自分で設計できるものではない気がしています。
ただ、そういう瞬間が訪れた時に逃さないように日々過ごしたい、という気持ちはあります。何か特別な方法があるわけではないんですけれど、そういう瞬間を受け取れる状態で生活していたい、ということですね。
──作曲のインスピレーションについてもお聞きしたいです。音に対する発想はどこから生まれてくるのでしょうか。
阿部:インスピレーションそのものはもちろん大事なんですけれど、もっと大事なのは、そのインスピレーションをどれだけ深めていけるかだと思っています。
僕はよく、インスピレーションと対話するという感覚で考えるんです。例えばフランスの哲学者バシュラールは、物質が持つ想像力について語っています。水という存在があった時、その水そのものが持つ力と、それを見る人間の想像力が重なりながら、イメージがどんどん広がっていく。
音も同じなんですよね。まず素材の側が何かを語りかけてきている。その声に気づけるかどうか。そして、その声とどれだけ対話できるか。
だからインスピレーション自体は、日常の中で突然訪れます。旅行中に訪れることもあるし、何も起きないこともある。行き詰まって気分転換に出かけても、何も得られずに帰ってくることだってあります。
だから本当に難しいんですけど、自分の場合は美術館に行った時に刺激を受けることが多いですね。
音楽とは違う分野だからこそ、自分の中で何かが動くことがあります。
──長年作曲を続けてきた中で、最近特に迷うことはありますか。
阿部:迷いますね。僕は比較的シンプルな音楽を書くことが多いので、たった一音の違いがものすごく大きな意味を持つんです。時間が許す時は、一音を入れるのか消すのかだけで一か月くらい考えることもあります。一度離れてみて、しばらく経ってからもう一度見直した時に、「やっぱりこの音だったな」と思えることもある。これはすごく作曲家的な感覚だと思うんですよね。
ジャズの演奏家だったら、今日と明日は違うから、必ずしも細かいことに執着しないかもしれない。でも作曲家は違います。
自分がいなくなった後も譜面は残るし、誰かがその譜面を演奏する。そういう前提で書いているので、ある意味では取り消し不可能な行為なんです。
だからこそ、「これでいく」と決めるまで、ものすごく迷うんだと思います。
──その迷いに決着がつく瞬間というのは、どういう時なのでしょうか。
阿部:すごく具体的に言うと、その音を選ぶ理由が、実は曲の別の場所にあったと後から気づくことがあるんです。
曲全体の構造を見直しているうちに、「だからこの音だったのか」と見えてくる。あるいは実際に自分で演奏しながら確認することもあります。
今日弾いた曲もそうなんですけれど、譜面を書いた時とレコーディングした時では少し違っていて。譜面を並べて比較しないと分からないくらい小さな違いなんですけど、その差が意外と大きいんですよね。
でも最終的には必ず理由が見つかるんです。見つけるというより、自分が納得できるところまで考えるということかもしれません。
だから今もずっと迷い続けていますし、多分これからも迷いながら作っていくんだと思います。
