Interview: 西川美和&原摩利彦『わたしの知らない子どもたち』
今が〝戦前〟にならない世の中であってほしい

Text_Shigemitsu Araki , Photography_Rio Watanabe , Edit_Rio Osugi

Interview: 西川美和&原摩利彦『わたしの知らない子どもたち』
今が〝戦前〟にならない世の中であってほしい

Text_Shigemitsu Araki , Photography_Rio Watanabe , Edit_Rio Osugi

戦争が終われば、すべてが終わるわけではない。親や家を失った子どもたちは、戦後の街に放り出された。広島出身の西川美和監督が初めて「戦争(戦後)」をテーマに手掛けた映画『わたしの知らない子どもたち』で描くのは、終戦直後の激動の時代に、少女として生きることを封印し、少年として生き延びた琴子の物語だ。そんな西川監督と、音楽を担当した原摩利彦に、戦争孤児を描いた理由から、俳優と音楽、映像がせめぎ合いながら作品をひとつの形にしていく現場まで語ってもらった。過去の出来事としてではなく、いまを生きる私たち自身の物語としてこの映画を届けようとする、ふたりの思いに触れてほしい。

 

今が〝戦前〟にならない世の中であってほしい

──戦争孤児について描こうと思った経緯を教えてください。

西川:前作の『すばらしき世界』(原案は佐木隆三著『身分帳』)の主人公は、幼年期に母親から施設に置いていかれ、戦争孤児たちと一緒に靴磨きをしたり、進駐軍の兵隊さんに可愛がってもらったり、暴力団の人の手伝いをしながら生き延びた人でした。そのときから、戦後の混乱の中で子どもたちだけで生きていた子たちのことがずっと引っかかっていて。もう一度、自分で調べてみたいと思ったのがスタートでした。

──主人公を女の子にして、男の子として生きる設定にした理由は?

西川:当時の写真を見ると、路上に暮らす子どもたちは男の子が多い。でも、女の子たちも同じように親や家を失っていた。調べてみると、暴力に遭う危険から施設に入れられたり、里子に出されたりするケースが多い一方、性暴力から身を守るために男の子の格好をして、男の子のグループに混じって路上で生きていた子もいた。そんな女の子がどう生きたのか、自分なりに描いてみようと思いました。

──西川監督は〝訳ありのおじさん〟を描くのが得意な印象がありますが、今回は子どもの視点から描こうと思ったのは、これまでの反動でしょうか。

西川:訳ありのおじさんに飽きちゃったんでしょうね(笑)。前回、役所広司さんのすばらしい演技を間近で見て、今回は全然違うものを描かないと、あれを超えられないと思ったんです。その対極が、十代の少女でした。

──メインとなる琴子と教師の曽根は、単純な被害者と加害者とは言い切れない関係ですね。

西川:子どもは戦争の一番の被害者でありながら、同時に簡単に加担者にもなり得る存在だと思ったんです。集団疎開も、軍国教育の中で大人以上にのめり込んでいった子どもたちが多かった。そういう怖さを描きたいと思いました。琴子は被害者ではあるけれど、彼女の中にも加担的な部分がある。それを煽ってしまった大人としての罪悪感を、曽根先生は抱えていく。二階堂ふみさんは、上から言われるがまま子どもたちを教育してしまった曽根先生の責任の重さや、自分の人生も切り盛りしなければならない葛藤、後悔を、表情一つまで悩みながら演じていた印象があります。

──原さんは脚本を渡される前からテーマ曲のモチーフがあったそうですね。最初に浮かんだのはどんな音だったのでしょうか。

原:最初は、ドソミソです。ピアノを習った人なら誰もが聴いたことのある、ありきたりな音形。今、それを真剣に使う曲はあまりないなと、ふと思いつきました。右手で弾くドソミソの下にメロディを置くと別の和音が生まれ、普通のドソミソとは違うニュアンスになる。同時に、琴子と子どもたちに寄り添い、前に進み、切り開いていくイメージもありました。それから劇中の音楽や自分が出演するシーンの練習などを重ね、作品に自分の体を浸していく時間を置きました。劇伴の入口になったのは、脚本に書かれていたショパンです。ショパンをそのまま使うのではなく、伴奏だけにしたり、引き伸ばしたり、別の音を加えたりして、そこから自分の劇伴に入っていきました。

──1945年という時代背景は意識しましたか?

原:当時のオーケストラの編成について調べました。終戦直後は怪我や戦死などで団員の編成がアンバランスだったらしいんです。今回は東日本大震災をきっかけに音楽家・坂本龍一さんが立ち上げた東北ユースオーケストラに有志で演奏をお願いしたのですが、木管セクションはフルート3人とクラリネット4人と多く、オーボエとファゴットは1人ずつ。でも、せっかく手を挙げてくれたので、その楽器の人数に合わせてスコアを書きました。終戦直後はネガティブな理由によるアンバランスな編成でしたが、ユースは『やりたい』というポジティブな理由によるアンバランスな編成。そんな中で曲を書いたんです。一方で、80年前の話ですが、お伽話になりすぎて、観ている人との距離ができてしまわないように、現代に地続きの感覚も取り入れました。

──お互いの仕事を見て、「これは思いつかなかった」と感じたことは?

西川:『太陽と子どもたち』というテーマ曲は前向きで明るく、どこに入れればいいのか、つかめないまま撮影が進みました。エンドロールだけではもったいないと思って探していたら、琴子とゆきが再会し、一夜明けてまた離ればなれになっていく場面に付けるのがとてもいいと気づいた。原さんの曲は、私の想像の先を行っているんだなと思いました。

原:僕の答えもまさにそこで、あの曲があのシーンにつくとは全く思っていなかった。それが映画音楽の醍醐味でもあります。音楽家が『ここかな』と思っているところとは違う場所に、まるでそこに合わせて書いたようにハマることがある。それは西川さん、すごいなと思いました。

西川:編集のタイミングにもバチッと合うんです。『編集をミラーリングで見てたの?』というくらい(笑)。ただ、原さんは常に私の想定とは違うボールを返してくる。音楽が映像を負かしてしまうこともある。スタッフから『物語を読み取る前に音楽が語ってしまっている』と指摘され、いただいた曲を戻してまたゼロからお願いしたこともありました。

──琴子役の小八重葵美さんから触発されたことはありますか?

原:最初に会ったときに彼女と連弾をしたんです。『白い鍵盤ならどれでもいいから弾いてごらん』と2人で即興で音楽を作った。すると自然に終わる瞬間があって、『音楽が終わっていくのがわかった?』と訊いたら、『わかった』と言ったんです。音楽は、始まりよりもどう終わるかが難しい。そのとき、小八重さんと一緒に連弾するときっといいものが生まれるだろうと思いました。連弾の場面の撮影では、完全に彼女に飲まれていました(笑)。琴子そのものなんですよね。役者としての凄みに圧倒されました。

西川:葵美ちゃんは、どんどん吸収していくんです。できなかったことが日に日にできるようになる。ピアノもほとんど経験がないところから、小石を積み上げるように上達していった。私たちも彼女の頑張りに奮い立たされました。最後のショパンの連弾は、この映画で唯一の長回しでした。子どもたちのシーンはなるべく細かく撮って後で編集できるようにしたのですが、あそこだけは切らないほうがいい。それを成立させるには圧倒的な俳優の力が必要でした。原さんと葵美ちゃんでなければ撮れないショットだったと思います。

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

──本作は戦争映画というより、〝戦後〟映画だと思いました。撮り終えて、お二人の中で〝戦後〟という言葉の捉え方はどう変わりましたか。

西川:この企画は『すばらしき世界』を撮り終えた2020年春に考えたもので、その頃はコロナ禍でした。その後、ロシア・ウクライナ危機が起き、世界で戦争が始まり、子どもたちの暮らしが脅かされていった。『私が描こうとしていたのは終わった時代の話なのかもしれない』と思っていたものが、いつの間にか今に近くなっていたんだと感じています。戦争そのものの怖さだけでなく、それがもたらした苦痛や困難が、人々の暮らしにどれほど長く続くのか。それをよく理解した上で政治をしてほしい。今はそう思っています。

原:僕は、自分がずっと「戦後の」作曲家であって、「戦前の」作曲家にならない世の中であってほしいと、より一層強く思っています。

INFORMATION

西川美和&原摩利彦『わたしの知らない子どもたち』特別インタビュー

◼︎『わたしの知らない子どもたち』
10月16日公開 原案・脚本・監督 :⻄川美和 出演 :⼩⼋重葵美、⼆階堂ふみ、坂東⿓汰、櫻井海⾳、花瀬琴⾳、羽⼭由⼀郎、⼩林丞之介、岩⽥⿓⾨、渋⾕そらじ、武内ひなた、北村有起哉、吉⽥ ⽺、⽵野内 豊、岡⽥准⼀ / ⽥中裕⼦ 役所広司
配給:K2 Pictures
https://k2pic.com/film/wsk

◼︎西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。2002年に平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。06年、対照的な性格の兄弟の関係性の反転を描いた長編第二作『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。09年、僻地の無医村に紛れ込んでいた偽医者の逃走劇『ディア・ドクター』。12年、一組の夫婦の犯罪劇と女たちの生を描いた『夢売るふたり』を発表。15年、倦怠期の最中に妻を事故で亡くした小説家の心の葛藤と新しい交流を描いた小説『永い言い訳』を上梓後、16年、映画『永い言い訳』を発表。21年、佐木隆三の小説『身分帳』を原案とした『すばらしき世界』(主演:役所広司)が、シカゴ国際映画祭外国語映画部門観客賞、第76回毎日映画コンクール日本映画優秀賞ほか。本作の原案小説『わたしの知らない子どもたち』を8月に上梓。
◼︎『わたしの知らない子どもだち』原案小説
https://palmbooks.jp/books/07/

◼︎原 摩利彦(はら まりひこ)
静けさの中の強さを軸にピアノを中⼼とした室内楽やフィールドレコーディング、電⼦⾳を⽤いた⾳響作品を制作する。2020年にアルバム『PASSION』をリリースし、その後2021年に『ALL PEOPLE IS NICE』をデジタルリリース。アーティストグループ「ダムタイプ」へ参加。『国宝』(監督: 李相日、出演:吉沢亮・横浜流星)、『流浪の⽉』(出演:広瀬 すず・松坂桃李)、映画『⿅の国』(監督:弘理⼦)の音楽を担当。『国宝』では主題歌『Luminance』(原 摩利彦 feat.井口理)も作曲する。NHK『⽇曜美術館』新テーマソング(坂本美⾬と共作)、ゆずとの共作『幾重』、羽生結弦『REALIVE』第2部新作「Prequel : Before the WHITE」など多岐にわたって⾳楽を⼿がけている。
◼︎『わたしの知らない子どもだち』原摩利彦 オリジナルサウンドトラック
https://commmonsmart.com/products/