貝印によるグルーミングツールブランドAUGERの掲げる「Kiss our humanity – 心に触れて“整える”時間」を生活に浸透させ、“自分と向き合う”ことで生まれる、新たな創造と可能性。その創造性をEYESCREAMがアーティストにぶつけ、自由に作品を構築してもらうシリーズ企画「AUGER ART ACTION」。第6弾はアーティスト、山中雪乃による絵画。山中雪乃の作風でもあるが、2つの絵には女性をモチーフにしたような、「人の形をしていそうで存在しないもの」が描かれている。こういった表現に至った理由や何を描いているのかについて話してもらった。
人間のようで そうではない物体や形を描く
ーまずは描いていただいた絵についてお伺いしたいと思います。AUGERのシリーズからどんなインスパイアを受けましたか?
山中雪乃(以下、山中):色合いと絵の構図ですね。刃物って光を当てたときに陰影の強弱がはっきりと表れるものじゃないですか。そこに私の絵との親和性を感じました。なので、黒と白のコントラストを付けながら1人の人物が浮かび上がってくるように描いていきました。あと、AUGERのパンフレットも拝見させていただいたんですけど、商品が単体で際立っている写真が掲載されていたので、そういった余白を活かして1つのモチーフを印象的に表現するという手法を絵に投影させました。
ーそれで、AUGERのコンセプトカラーでもあるモノクロを基調に人物を描いているんですね。特に真っ白に描かれている部分も特徴的で惹かれます。
山中:普段からこういう余白を用いたアプローチをしています。人間を描いているけど、人間あらざるものの様子を目指しています。髪の毛などのディテールを描き込まないことで人間かどうかわからない物体的印象を生み出すことができるんじゃないかと思っています。影になる部分は黒く塗りつぶして肌にかけてグラデーションで描いているんですけど、こんな風に陰影をはっきりつける作品は今回の企画だからこその表現ですね。
ー今回、絵を“2点”描いていただいていますが、数の理由はありますか?
山中:これは展示したときのバランスを考慮しています。サイズの違う2つの絵があると、それだけ存在感があると思いますし、今回は展示までを含めたプロジェクトになるので、飾られたときに絵がどう見えるのかも意識しました。
※本作品は今回のプロジェクトで描かれたものではありません。参考としてどうぞ
ーちなみに、この絵に描かれている原型でもある女性は実在する人物なんですか?
山中:はい、モデルさんを撮影してそれを自分で加工して描いています。絵の原型となる人物はモデルさんにお願いすることもあれば自分をセルフポートレートとして描くこともありますね。自分で撮影をして描くということを定期的に行っています。あとは生物ではなく気に入っている器などの物体も描くんですが、私が今描いている絵は大きく分けてその3種類に分類されますね。
その形を知りたいという思いがきっかけ
ー自分の姿だけではなく、モデルや器などを描くというのは何か特別な理由がありますか?
山中:基本的に他者という存在に対して絵を描いていることが多くて。それは器などの物体にも同じなんですけど、ここにあるものは一体なんなのかを知りたいという気持ちから絵を描いているんです。つまり、他人や物体を描くということは、私にとって理解したい、知りたい、形を追究したいということなんですよね。そこから派生して、最近では対象となる人物や物だけではなく、その周りにできる影や形にまで興味が広がっていて、人を物体として捉えるような感覚があります。なので、今回の絵も人間なのかどうかわからない物体的な表現になっているんですよ。
ー人物を描くときに手も印象的に描かれていますよね。これはどういう理由があるんですか?
山中:1つの絵の中にいろんな“面”がほしいんです。顔だけではなく指があることで、指から頬に繋がる面であったり凹凸に差が出てきますよね。また光のあたり具合で顔に明暗を表現できるので、より人あらざる形にしていけるんですよ。
ーでは、人物の原型に女性が多いのは何かこだわりがありますか?
山中:他者を知ろうとするときに1番近い存在だから、というのがありますね。あまり性別で区別をするのもよくないんですけど、同性で同世代のほうがコミュニケーションが取りやすいから描きやすい、という現実的な理由もあります。今までずっと自分と同年代の女の子を描いてきたんですけど、これから年を重ねていくにあたって自分と同じくらいの年齢の人をモデルに描いていくことも面白いかもしれないなと最近では考えています。
ー山中さんの表現の源泉には好奇心が強く働いているように感じますが、そもそも絵を描くようになったのはどういう経緯があったんですか?
山中:小さい頃は好きなキャラクターを描きながら、絵の構図はどうなっているのかを知りたいと思って描き始めたと思いますね。高校の頃になんとなく美大に行きたいと思って本格的に絵の道を志すようになったんです。
ーそのときから油画をやりたいと思っていたんですか?
山中:いや、油画を選んだのは画材が強そうだったからです。
ーほう。……強そう?
山中:画材の質量もあるしやばいなって。何か明確な影響があったというよりは漠然と、大学に行くために油画をやっていて、当時はなんかカッコいいんじゃないかってくらいの気持ちだったんですよね。そこから始まった感じです。
ーなるほど。山中さんの描く人物はすごく滑らかな質感がありますよね。あのスタイルにはどうやって行き着いたんですか?
山中:自然と滑らかになっていっちゃうというか、人に「めっちゃ滑らかだよね」って言われて気づくんですよね。私の描き方が画材に絵の具を置いて混ぜながら色を作って描いていくのと、タッチ数が多いので意図せずに滑らかになっていくんです。多分、それが自分らしい視点なのかなと。光が当たっている部分に興味がって、そこにばっかり注目して描いていくうちに今のスタイルになっていったんですよね。逆に興味がない部分は描かないという。
作業を順序立てて明確に進めていくことで整っていく
ー徐々にグラデーションっぽさが出てきたり、パーツごとにフォーカスして描いていくようになったんですね。最初は全部描き込んでいたんですか?
山中:そうですね。身体をコラージュさせてぐにゃぐにゃに描いたりってこともやっていました。興味ないところに別の体のパーツを持ってきたりとか。そんなある日、大学の先生から興味ないことはやらなくていいんじゃないって指摘されてハッとして。過去にデジタル作品も作っていて、暴力的にバツッとパーツを抜いちゃう表現もやっていたんですよ。アプリの自動選択ツールで選択したものを削除して白にしたり。今回の絵の頭の部分も下地を塗っているくらいで、そのときのデジタルでのアプローチが活きている部分だと思います。
ー山中さんが描く作品にはどことなくホラー感というか、良い意味での不気味さがあり、そこが実に魅力的です。そこに対して意識していることや、好みなどはありますか?
山中:そう感じられるのは私が人間なのかそうじゃないのかわからない存在自体を描きたいと思っているところと繋がっているんじゃないかと思いますね。人とそうでないものの中間にした状態っていうのは、普通にホラーを感じるものだと思うんです。でも、それを意識しているわけではなくてこれも自然とそうしたいんですよね。それに、「怖い」と言われることは、人間なのかそうじゃないものなのかわからない状態のものを表現できているってことだと思うので、私としては嬉しいことなんですよ。
ーそのように絵を描くということは自分の心情や内面と向き合うことだと思います。そのうえで、どう自分自身を整えていますか?
山中:私の場合、絵を描くうえで作業ごとに順序とやることがはっきり分かれているので、その1つ1つを順序立てて進めていくことで整っていくと感じますね。ここまでしか描かないってことを決めるというのはけっこう難しいことで、もっと塗りたい・描きたいって思ったりもする。でも、この作業はもう終わったから手をつけないとか、そういう風に自分の気持ちに区切りをつけながら整えていっています。
ー最後に、今後やってみたいこと。表現したい絵について教えてください。
山中:これまで人物を描き込むところから、だんだん描く部分を抜いて存在に着目し続けていこうと考えてやっているので、今後も人の形を保ちつつそうではないものを形にするということにフォーカスしていきたいですね。抽象化し過ぎると抽象画になってしまうし、描き込み過ぎても違う。その絶妙なバランスを考えながら、存在と形についての表現を追究していきたいと思います。
INFORMATION
AUGER
AUGER MAG.
山中雪乃 個展『POSE』
会期:2023年12月1日(金) – 2024年1月16日(火)
会場:DIESEL ART GALLERY(東京都渋谷区渋谷1-13-16 B1F)
https://www.instagram.com/yukino_yamanaka/