ゼロから何かを生み出すときの、昼間だって深夜のように一人ぼっちの時間、あの人はどんな場所でときを過ごすのだろう。クリエイターたちの創作に欠かせない、フェイバリットなお店を紹介していく連載『完全安全地帯』。
第二回は、手法を横断し、鮮やかに作風を変化させながら描き続けるアーティストの霜田哲也に、高井戸駅を降りてすぐ、神田川の近くに佇む喫茶マカボイでインタビューを行った。
「子どもの頃から絵を描くことが好きだったんですけど、自分の原点は父親にあると思います。父親は『ガロ』や『ビックリハウス』『宝島』を購読していたような人で、現代美術やサブカルチャーにすごく詳しくて。絵も上手で、絵の手ほどきも父親から受けました。いまの自分をつくりあげたものと出会えたのは父親のおかげだと思います。父親の影響でアンディ・ウォーホルを好きになって、高校と大学では版画を学びました。版画って、複製されることに意味があるじゃないですか。版に起こされることによって、版や紙に対して、インターフェースとしての問題意識が生まれてくると思うんですけど、当時はそこにあまり興味が持てなくて、陶芸をやってみたり、いろいろな手法を試してきました。思いついたらすぐに実行に移したい方なので、最近は手描きやフォトショップなど、いろいろな手法で描いているんですけど、版画への思いもまた再熱してきているので、版画について再検討しなければいけない時期が来たなと思っています」
「子どもの頃からいままでシリーズ化して描くことを続けています。無秩序な状態だと描けないんですよ。生きている折々で気になっているテーマがあるので、それが次の制作の縛りになっていくことが多い。例えば『namihei series』は、盆栽を男性器や女性器の象徴として見立てるような解釈があると知ってびっくりしたことがきっかけだったし、迷路を描く『playing drawing』シリーズは、小学生の頃から自由帳一冊分迷路を描くくらい、ずっと迷路に興味を持ち続けていたことから始まって、迷路の脱出方法の歴史を調べるうちに、『入口から入って出口から出る』という迷路の根本的なシステム自体に疑問を持ち始めて、入口も出口もない迷路を描き始めるようになりました。多くの人があまり目を向けないようなことが、ふと気になって作品になっていくことが多いですね」
「作風をすぐに変えていく方なので、『もったいないね』と言われることもあります。一つの作風で描き続けていた方が、いやらしい言い方をするとアーティストとしてのブランド力が高まったりするのかもしれないけれど(笑)、スタイルをすぐ変化させられる柔軟な人間でいたいというこだわりがあって。僕はムーンライダーズがめちゃくちゃ好きで、生き方の指南書にしているんですけど、彼らは音楽の幅を激しく変化させてきたバンドで、それがかっこいいなと思っているんです。鈴木慶一がどこかで言っていた『変わることを恐れてはいけない』という言葉には痺れました。お世話になっている原宿のギャラリーの方から、『あなたは毎回違うものを描いてるのがいい』と言ってもらえたこともあって、日々の変化を寛容に受け入れながら、そのとき自分がいいと思った方に突き進もうという気持ちで生きています」
「このお店には、知り合いのペインターがここで個展をされていたことがきっかけで初めて来ました。高井戸駅には降りたこともなかったんですけど、お店の雰囲気も、コレクション類、本やレコードのセレクトもすごく好みで。僕が中学2年のとき、父親が亡くなったんですけど、ここに来ると父親のことを思い出すんです。父親が辿った道を追いかけるようにして、父親が残したコレクションから美術やサブカルチャーについて掘り下げてきたけれど、ここに来ると、自分が学んできたことの足跡についてあらためて再確認できるような気がします」
「昼頃に荻窪から散歩がてらここまで歩いてきて、アイスチョコレートをいつも頼みます。いまは中島みゆきにはまりかけていて、マスターが中島みゆきに詳しいので、中島みゆきのレコードをかけてもらいながらいろいろ教えてもらう。創作のパワーを得るためのインプットの場所になっていますね。滞在するうちにお腹が空いてくるので、カレーを食べてから帰るのがいつもの流れですね」
「いまは、最近描いている迷路のシリーズをフィジカルに体験できるような作品を構想しています。自分がコロナ禍のなかで感じている現実のどん詰まり感を空間に落とし込んで、ビジュアルだけじゃなく、身体でダイレクトに感じられるような作品をつくりたい。音にも興味があるので、例えばドローイングに付随する形でリアルなミュージック・コンクレート的なものができたらいいですね。ビジュアル的なかっこよさという一次的な快楽があるとともに、その先に見えてくるものがある『二種盛りオーガズム』みたいな作品をつくりたい。いまはそのためにいろいろなシリーズの作品をつくりながら、自分の心の中に一本通っている芯のようなものを探しているところです」
喫茶マカボイ
東京都杉並区高井戸東2-26-7
tel_03-5941-5581
Instagram_ @mcavoy_takaido
open_11:30 – 22:00 / 日・月定休
※新型コロナウイルス感染症の影響により、営業日時が変更になる場合があります。最新の情報は店舗までご確認ください。