PAPERBACK TRAVELER
by Kunichi Nomura
[VOL.58] HND → LAX
東京発、ロサンゼルス行き
“時差ボケが治る薬はまだ発明されていない”
[VOL.58] HND → LAX
東京発、ロサンゼルス行き
“時差ボケが治る薬はまだ発明されていない”
ジェットセットなライフスタイルを送る野村訓市が、旅の途中で読んだ本について綴る、雑誌EYESCREAMの好評連載。今回より、WEBと交互に掲載する。
時差ボケが抜けないうちにカリフォリニアの取材へ飛び、合間をぬって会う友人達と西海岸の美しさを堪能し、マイク・Dの家で庭を眺めながらいつか自分も…と思いを馳せる。
ベルリンから帰国すると、1週間の滞在中にカタログを2つ作って、今度はカリフォルニアのロスとシスコを回る取材に出かけた。時差ボケが抜けないうちに、また違う時差のあるところに行くというのは、歳をとってきておじさんとしては非常にキツい。東京にいる間もそうだったのだが、まず熟睡しても2、3時間で完全に目が覚める。そしてそのあとはいくら寝返りをうって、パーフェクトなポジションを探そうが、枕をひっくり返してチベたいところに手を突っ込もうが、何をしようが無駄なのだ。瞼は鉛のように重いのに、脳の一部が発火しているように熱く、まあ寝れへん。それでも仕事が忙しく、どうせそのくらいしか実際に睡眠時間が取れないのだからちょうどよかったのだが、そのままロスに行ってからがまぁ辛かった。
空港着いてそのまま車に乗り込み、すぐ取材。話を聞いているうちに自分の質問がなんだったか忘れるくらいに眠い。寄せては返す波のように訪れる睡魔と覚醒。時差ボケはこれだけ科学が進歩しているのだから、いい加減バファリンみたいに手軽に飲んだら治る薬とか発明できないものなのかと思うんだけど。今回はいろんな場所に点在するオフィスを訪ねて回る取材で、車の移動が多いのも地獄だった。別に俺が運転するわけではないのだけれど、同じく日本からきている編集さんが運転をしている以上、隣でガースカ寝るわけにもいかない。必死に起きながら、話をしながら外の景色を見ていると、いつの間にか俺の目には実際の景色とは違うものが見えてくる。いろんなことを思い出したり、雑多な考えが色々頭に浮かんでくる。前も思ったが、どこか遠くへ行くというのは、新しい景色や物を見たり、新しい出会いを求めるのと同時に、過去を振り返る時間を持つということでもある。忘れていたことすら忘れていたことを、ふとした瞬間に思い出したりする。そんな時間を俺は決して嫌いじゃない。というかむしろ好きだ。それがたまにとても切ない感情をもたらすものだとしても。
取材で忙しい合間にもちょっとした息抜き時間はあった。朝の8時からホテルのカフェにスティーヴン・ユァンが訪ねてきてくれたり。奴は俺の親友ノーマン(・リーダス)がドラマ(編註:『ウォーキング・デッド』)出演で一緒になって、「いい奴だから紹介させろ!」と言われて以来、本当に仲良くなって機会があれば会うようになった。韓国から小さい時にアメリカへ移民し、ハリウッドというまだまだアジア人には厳しい社会で、一生懸命働いていまの地位を築いたスティーヴン。どんだけ大変だったかというのは俺にはわからないが、同じアジア人として尊敬に値する奴だ。何より聞き上手で、朝から俺がまくしたてる話を嫌な顔1つせず聞いてくれるので、それだけでえらく気持ちがいい。
そして仕事を終えた後、夕飯をご馳走してくれるというので桝田の琢治君の家に行く。琢治君は昔、SUPER X MEDIAという今思うと考えられないくらい豪華な内容のカルチャー誌を作ったり、ロングボードの日本チャンプになったり、伝説のサーファー、バンカーのドキュメンタリー映画を作ったりと、まぁ面白いことをたくさんしながら、マリブに住むという謎の私生活を送る人。マリブまでの道はとにかく景色が綺麗で、この道中で俺の妄想旅行はピークに達した。それからサンセット時にビーチへ行ったのだが、その時間が素晴らしかった。シーズンオフで誰もいない浜辺には夕日が差し込み、波打際をまるで鏡のように照らしている。空にはカモメのような海鳥が空高く飛び、反対側の雲ひとつない青空には満月が薄っすらとその姿を浮かび上がらせていた。時が過ぎるのも忘れるという瞬間がある。時間が実際に進んでいるのかも分からないという瞬間が。この時がまさにそうだった。ブランケットに身を包み、寒さに少し震えながらも、俺は日が完全に落ちるまで夢中でその空の先を見ていた。
翌日は琢治くんの家で一年ぶりに会ったビースティボーイズのマイク・Dの家にいく。ニューヨーカーの代表とも言えるマイクがこっちに引っ越してきてもう数年経つ。サーフィンにはまったマイクがカリフォルニアに越してきたのは理解できるのだが、それ以外でも結構西に移った友達が多い。歳を取っていくと、なんとなくチルな環境を欲するようになるのだ。まぁわかるけどね。朝起きてすぐ庭でボゥっとできるとか、サンセットが見える海岸やキャニオンが近いとか、そういうことが大事になってくるのだ。そういう俺も、夜が早いのが不満だが、やはり毎年歳を取るたびに、カリフォルニアのことが少しずつ好きになっているような気がする。マイクの家のガラス張りのリビングルームでレコードを聴きながら外の芝生の庭を眺めながら、俺も庭が欲しいなぁと思った。そこでガーデニングだのバーベキューをするのではなく、ただ眺めることのできる庭が。
空港で久しぶりに村上龍の文庫本を買った。いつ以来だろう? 文字が多いというか、一文に対しての情報量が多過ぎるというか長いというか、とにかく目で追っかけるのが億劫になってきてしばらく読んでいなかったのだが、内容が気になって買ってみたのが『オールド・テロリスト』。
戦争を経験した世代が、若者を操り、現状を憂いた挙句のテロを起こすという話で、まぁサラサラと読めた。サラサラと読めてしまうと村上龍らしくないとも言えるので、彼の傑作かと訊かれると違うとは言えるのだが、時差ボケ頭には読みやすいものだった。爺さんたちの動機がいまいち弱いのと、村上作品には珍しく女との濃厚な絡みがないのが、そこも枯れてしまったのかという感じなのだが。それでも思ったのは、今本当に戦争を経験した世代の人たちが元気にたくさん生きていたらいまの国をどう思うのかということ。政治家たちは完全に戦後世代がほぼ牛耳っているが、その彼らこそ右寄りな勇ましいことを言う。行ったことがないから言える机上論。俺ももちろん行ったことないし、できればというか絶対に行きたくないし、俺たちの子供世代にも行って欲しくない。それを防ぐためにテロでも起こしているというほどの考えを持った奴らはいない。もちろん自分も。
どこか、まぁ大丈夫だろうという甘い考えがある。戦争を経験した世代が今もし、まだ元気だったら、案外この本のように行動を起こせるのは彼らだけかもしれない。
profile
野村訓市 Kunichi Nomura
1973年、東京生まれ。大学在学中から世界中を放浪しながらバックパッカー生活を送る。およそ7年間の旅から帰国後、インタビュー雑誌『スプートニク』を編集・刊行し、高い評価を獲得。現在は雑誌での企画・編集・執筆の他、イベントやブランドのディレクション、プロデュース、DJなど多方面に活躍中。また、自身が主宰するTRIPSTERでは、ショップや飲食店の空間プロデュースやインテリア制作も手掛けている。
Instagram : @kunichi_nomura