A GUIDE TO INDIE GAME 
Part 1 / メランコリーに埋没する
アドベンチャー・ゲーム

text_Tsuyoshi Kizu, edit_Takuya Nakatani

A GUIDE TO INDIE GAME 
Part 1 / メランコリーに埋没する
アドベンチャー・ゲーム

text_Tsuyoshi Kizu, edit_Takuya Nakatani

2020年春、世界的なパンデミックによって人びとの外出が制限され、いままで以上にゲームに熱い注目が集まっている。たしかにゲームは家にいながらにして、壮大な冒険や尽きることのないチャレンジに没頭させてくれる娯楽だ。この先行き不透明な時期に強く求められるのも頷ける。

けれども同時にゲームは、作り手(たち)の創造性が形になった芸術でもある。とりわけ近年はインディ・ゲーム・シーンを中心として優れた作家性を伴った作品が量産されており、他ジャンルのカルチャーとも結びつきながら、より多種多様な広がりを見せている。

本シリーズ「A GUIDE TO INDIE GAME」では、それぞれの書き手が設定したテーマに沿って、インディを中心としたゲーム作品をレコメンドする。カッティング・エッジなゲームを発見するためのガイドになれば幸いだ。

Part 1 / ユニークなストーリーテリングで
悲しみを深く体験するアドベンチャー・ゲーム
selected by 木津毅

ゲームは「experience(体験、経験)」に根差すメディアだが、そこで得られるものは何も、興奮や達成感や気晴らしばかりではない。そうたとえば、深い内省とともに悲しみに浸ることだって――。

このパンデミックの時代にソーシャル・ディスタンスとは何か考えたときに、自分にとってそれは内省の機会なのだと思う。オンラインで遠く離れた誰かと繋がるのもいいだろう。けれども、こんなときだからこそ、自分のなかのメランコリーに埋没する良い機会なのではないだろうか。

悲しみや憂鬱をさまざまな表現が繊細に掬い取ってきたが、ゲームもまた、文学や映画とはまた異なる形でメランコリーにリーチする。たんにストーリーの問題ではない。それは何よりも「体験」で、僕たちはゲームを通して、普段は押し隠した感情の底まで深く静かに潜りこむことができるだろう。

ここでは、悲しみの豊かさこそをじっくり堪能させてくれるインディのアドベンチャー・ゲームをいくつか紹介したい。インディ・ゲームらしいニュアンスに富んだストーリーテリング、ヴィジュアル/サウンド・デザインだからこそ、体感できるフィーリングが確かにあるはずだ。

『Firewatch』

舞台は1989年、ワイオミングの自然保護区。主人公ヘンリーは森林火災監視員で、別の監視塔にいる上司の女性デリラとトランシーバーでやり取りしつつ仕事をこなすのだが、やがて不可解な事件に巻きこまれていく。不審な男。消えたふたりの少女たち。何やら怪しげな陰謀を感じさせる施設……。プレイヤーは一人称視点でヘンリーを操作し、謎の真相を追うことになる。ジャンルとしてはアクション・アドベンチャー・ゲームとされているようだ。

一見巻きこまれミステリーのようだが、だた、じつはその「謎」自体はこのゲームの核心ではない。主題は人生の不条理と、それにうまく対処できない人間(たち)にある。プレイヤーはゲームの冒頭で、なぜヘンリーが監視員になったのかをテキストで読むのだが(いくつかプレイヤーが選ぶ分岐がある)、そこでヘンリーの妻が若年性アルツハイマーになってしまったことが明かされる。ささやかながらも確かに愛を交わしてきた妻が、もう自分のことさえ分からない。ヘンリーはやがて酒に溺れるようになり、逃げるようにしてこの監視員の仕事に就いた。

ゲーム中、プレイヤーはデリラと小粋な会話を繰り広げることができるが、いっぽうで誰とも実際に会うことはない。『Firewatch』は雄大な自然の描写が魅力のゲームだが、プレイを通してそこにまるで埋没するような孤独を体験するのである。また、このゲームの表面的な楽しみ――「謎」の解明やデリラとの気の効いた会話も、ある意味ではヘンリーにとっては現実逃避となっている。

人生の理不尽に打ちのめされて森にひきこもった中年男ヘンリーは、しかしその逃避のなかで、デリラをはじめ他者の人生にもそれぞれ苦しみがあることを知ることになる。消えない悲しみを抱えて、なおも生き続けていくしかない人間たちがすれ違う。良質なアメリカ文学のようなストーリーを持ちながら、あくまでゲームとしてプレイヤーは人生の不条理を噛みしめるのである。エンド・クレジットでエタ・ジェイムズによるソウル・ナンバー「I’d Rather Go Blind」が流れるときのビターな余韻は、森のなかで孤独を味わったプレイヤーだけが感じられるものだ。

[Firewatch日本語版サイト]
https://www.firewatchgame.com/jp/
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Windows, Mac, Linux)

『That Dragon, Cancer』

いっぽうで、ゲームの制作そのものが人生の不条理と向き合う過程であったのが『That Dragon, Cancer』だ。ゲーム・クリエイターのライアン・グリーンが、小児がんで幼くして亡くなった息子のジョエルと過ごした日々を描いたアドベンチャー・ゲームである。タイトルはジョエルの兄たちにジョエルの病気を説明するために、がんをドラゴンに喩えたことに由来している。実際ゲーム中、ジョエルを操作してドラゴンと闘う横スクロール・アクションも用意されている……が、プレイヤーはドラゴンを倒すことはできない。

この「どうすることもできない」感覚は、ゲーム中に何度か訪れる。とりわけ悲痛なのは、症状に苦しんで泣き叫ぶジョエルに父ライアンが何もしてやれない場面だ。一般的なゲームの感覚では、プレイヤーが何かクリアするべき課題にぶつかり、その課題をクリアすることでゲームを前に進めていくが、ここでは「何もできないこと」こそがゲームプレイとなっている。それは、ライアンが息子の病気に対して何もしてやれないことの苦しみを表現したものだろう。

けれども、このゲームにあるのは悲痛な場面ばかりではない。無邪気に遊ぶジョエルと遊んだ日々、家族で寄り添った貴重な時間、そして、この世を去ったジョエルが穏やかであるのを祈ること……。それは喪失と向き合う人間の心の動きを、ゲームにしかできない形で表現したものだ。翻訳がなく、またグリーン夫妻が敬虔なクリスチャンであることが背景にあるために日本人にはやや難しい部分もあるが、アートとしてのゲームに関心のある方はぜひトライしてみてほしい。この深遠な体験は「ゲームとは何か」という問いをも含んでいるように思えるからだ。

参照記事:『WIRED』「癌」という名のドラゴン――父はゲームをつくった 死にゆく息子のために

[That Dragon, Cancerオフィシャルサイト]
http://www.thatdragoncancer.com
(プラットフォーム:Windows, Mac, Linux)

『Return of the Obra Dinn』

現在のインディ・ゲームのエッジを象徴するクリエイターのひとりであるルーカス・ポープが、絶賛された『Papers, Please』に続いて発表したゲームが『Return of the Obra Dinn』。これは個人の悲しみというよりは、人間が閉ざされた空間に集まったときになぜ「悲劇」が起きてしまうのかを、ある種のメタ視線からあぶり出そうとした最高に尖ったゲームである。

まずはヴィジュアルを見てほしい。一人称視点の3Dアドベンチャー・ゲームでありながら、1ビットの単色ですべてが表現されている。レトロなPCゲームのような印象でありつつ、しかし確実に斬新だ。

舞台は1807年。主人公は東インド会社に保険調査員として派遣され、商船「オブラ・ディン号」の調査にやってきた。同船は多くの乗組員や乗客がいたにもかかわらず、無人の状態で帰港した。いったい何があったのか?

主人公はドクロマークがついた不気味な懐中時計を持っており、それを船上の白骨死体の上で使うと死んだ瞬間にアクセスすることができる。プレイヤーは静止して見えるその最期の瞬間をよく観察し、またそこで繰り広げられた会話、状況などを読み解きつつ、乗員乗客60名すべての顛末や死因(殺された場合は誰にどうやって殺されたかも)を推理せねばならない。途方もないパズルが待っているのである。

途方もないがしかし、ヴィジュアルや音楽も含めたムードが徹底的に作りこまれているため、どんどんこの、どこかダークでオカルト的な世界に引きこまれてしまう。そこでは誰もが、どうしようもなく不可解な状況に飲みこまれていく。『Papers, Please』は1980年代の架空の共産国を描くことで冷戦時代に生きた名もなき庶民の生に対する想像を働かせたゲームだったが、『Return of the Obra Dinn』もまた、誰にも顧みられることもなくこの世から消えていった人びとに想いを巡らせている。

[Return of the Obra Dinnオフィシャルサイト]
https://obradinn.com
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Xbox One / Windows, Mac)

『Night in the Woods』

猫が主人公の可愛らしいヴィジュアルのアドベンチャー・ゲーム。なのだが、『Night in the Woods』の主たるモチーフはメンタル・ヘルスだ。いままさに寂れていこうとしている田舎町ポッサム・スプリングに主人公メイが帰郷するところから物語は始まる。大学を中退してしまったのだ。そしてゲームを進めていくうちに、彼女が内面に何か解決しようのない問題を抱えていることがわかってくる。

メイを心配する両親をよそに、彼女は久しぶりに会った悪友たちとともに自堕落な生活を送るばかり。そのダラダラした日常をプレイヤーはひとまず体験することになるが、バンド仲間――シニカルな苦労人ビー、ひたすらクレイジーに陽気なグレッグ、そのボーイフレンドで心優しいアンガス――をはじめとして登場するキャラクターたちはみな個性豊かで、彼らと毎日会話しているだけで楽しい。

けれども、物語は次第に抽象的な内面描写に移っていく。悪夢なのか何なのか、夜毎見る不可解な暴れまわる夢。どうやらメイは過去に何か「事件」を起こしてしまったらしい。そして町で起きた失踪事件を追ううちに、メイは自分の過去と内面の問題に向き合わざるをえないことになる。

『Night in the Woods』には上手に生きられない若者の閉塞感が、どこかシュールで散らかったストーリーテリングで表現されている。混乱や行き場のなさがそのままゲームプレイに繋がっているのである。また、メイの将来への不安はそのまま町の未来のなさと結びついていて、そこもゲームの切ないムードを高めている。

けれど、転びながら、つまずきながら、ボロボロになりながらもメイは自分の足で前に進もうとする。プレイヤーはメイの生きづらさを自分のものとして感じつつも、彼女を「操作」してともに前に進むことになるだろう。

[Night in the Woods日本語版サイト]
http://publishing.playism.jp/nitw
(プラットフォーム:PlayStation 4 / Nintendo Switch / Xbox One / Windows, Mac, Linux)

『STONE』

最後にユルい味わいの一本を。『STONE』につけられたコピーは「ア・ヒップホップ・ストーナー・ノワール」だが、ラリったコアラのおっさん(!)を主人公にした三人称視点のアドベンチャー・ゲームだ。

主人公ストーンは、派手なアロハシャツを着てサングラスをかけたコアラ。どうやら私立探偵のようだ。ある朝、二日酔いで目を覚ますと、同棲している恋人アレックスを誘拐したという電話がかかってくる。重い頭を抱えながらも、ストーンは恋人のゆくえを探して馴染みのバーやクラブを訪ねていく。ハードボイルド風とも言えるが、全体のムードはどこまでもポップでローファイ。ちなみに舞台はオーストラリアだ。

ストーンがヒップホップ好き(アレックスはテクノ好き)ということもあり、音楽やヴィジュアルの雰囲気がどうにもインディ・ヒップホップ的で楽しい。また、「アレックス」は男女どちらにもある名前だが、ゲームを進めていくと男性であることがわかる。つまりゲイ・カップルなのだ。ゲイ中年が主人公のゲームというのもなかなかに珍しいが、インディ・ゲームだからこそできることと言えるかもしれない。

アレックスを探すうちに、プレイヤーは次第にストーンがどうしようもない酔っぱらいであることに気づくことになる。そして、事件の原因が他ならないストーンのだらしなさにあることが明らかになっていく……。そう、このかわいらしいヴィジュアルで語られるのは、ミステリーではなく、ダメな中年(ゲイ)男の悲哀なのだ。一般受けしなさそうなモチーフであることは確かだが、こうしたニッチな作品がむしろインディ・ゲーム・シーンを豊かにしているのだろう。

[STONEオフィシャルサイト]
https://www.convictgames.com/stone
(プラットフォーム: Xbox One / Windows, Mac)

ここで挙げたようなゲームは小規模の作品であるがゆえに、クリエイターの作家性がよりダイレクトに発揮されているように思える。ということは、そこにこめられた「悲しみ」や「悲劇」は、本来とてもパーソナルなものであるはずだ。

けれどもゲームとして経験するとき、それらは確かに自分のものとして感じられるだろう。他者の多様な「悲しみ」を生きることで、僕たちの人間性は拡張していくことなる。大げさに聞こえるかもしれないが、僕にとってゲームはそういうものだ。

PROFILE

木津毅

ライター。さまざまなメディアで音楽、映画、ゲイ/クィア・カルチャーを中心にジャンルをまたいで執筆。cakesにてエッセイ「ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん」連載中。紙版『EYESCREAM』では〈MUSIC REVIEWS〉ページに寄稿。WEB版では対談連載「話題は映画のことばかり」を担当している。

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