INFORMATION
ハミルトンストア 東京 キャットストリート
住所:東京都渋谷区神宮前6-14-5
営業時間:11:30~20:00 不定休
電話番号:03-3400-1181
ハミルトン/スウォッチ グループ ジャパン
電話番号:03-6254-7371
https://www.hamiltonwatch.com/ja-jp/
2017年よりコスモポリタンなイットスポットである“ハラジュク”のメインストリーム、キャットストリートに直営旗艦店を構えるハミルトン。
今季満を持して、設業130年を優に超えるアメリカ生まれのウォッチメーカーがハミルトンストア 東京 キャットストリート限定のエクスクルージブモデルをローンチするにあたり、原宿と日本伝統文化にコミット!
そのストーリーラインを紐解くべく、四半世紀以上同地をハブとする滝沢伸介と江川芳文を招き、メモリアルな対談を企画した。撮り下ろしたのは生涯現役を公言する写真家の長濱 治。
創業の年は1892年。創業の地はアメリカ北東部のペンシルバニア州ランカスター。懐中時計(ポケットウォッチ)の製造から端緒を開き、1917年に米軍のミルスペック認定。マリンクロノメーターやアビエーションにも視界が広がり、近年ではアルプスの山岳救助隊にも登用されるように。
1957年には、ゼネラルモーターズの“キャデラック”を手掛けたことでも名を馳せていたインダストリアルデザイナーの鬼才、リチャード・アービブが奇抜な盾型の“ベンチュラ”を誕生させる。カウンターカルチャーのピークにあった当時、ロックンロール界のスターダムを上り詰めていたエルヴィス・プレスリーが着用。着け外しが簡単な蛇腹ベルトは初めエルヴィス自身がカスタマイズしたもので、やがてハミルトンの正式採用となる。
続くセブンティーズ、スタグフレーション下にあって、1972年に世界初のデジタルウォッチ“ハミルトン パルサー”を発表。ケースサイドにあるボタンで赤色LEDを点灯させるという、当代相当に画期的でスペースエイジなタイムピースだった。銀幕でも1930年代からもてはやされ、『ブルー・ハワイ』『フロッグメン』『2001年宇宙の旅』『メン・イン・ブラック』『ダークナイト・ライジング』『インターステラー』『デューン 砂の惑星PART2』など枚挙に暇がない。
長きにわたってディケイド毎にエポックメイキングを果たしてきたハミルトンは日本において、フラッグシップストアをインターナショナルな時計店がひしめく東京・銀座ではなく、あえてフレンドリーな原宿を本拠に選んでいる。その理由には、同地で過去にも現在にも未来にもポップカルチャーがクロスオーバーし、新たなムーブメントが生まれていること、それこそがファーストプライオリティーと言っていい。
そういった背景をモチベーションに今シーズン、アイコニックな2モデル“KHAKI FIELD Mechanical”と“VENTURA”を“猫”の痕跡で遊び心を演出したり、和の伝統の藍染を粋に纏わせたり、ハミルトンストア 東京 キャットストリートのストアエクスクルーシブとしてリリース。
ここ原宿を黎明期からホームにしているネイバーフッドの滝沢伸介は「(ハミルトンと言えば)自分の中でのタフなミリタリーウォッチの代表」と、現在オンブレニーニョのデザイナーを務める江川芳文は「(お店が)キャットストリートなのが、僕にとってすごく親近感」と言い添える。2人のトークセッションは90年代の回顧から始まった。


滝沢伸介(以下、滝沢):あの頃(編集部註;80年代後半~90年代前半)はキャットストリート以外は、まだ道が舗装されてなかったよね(笑)?
江川芳文(以下、江川):そう(笑)、中二の終わり頃から小田急線に乗って原宿にスケートボードを滑りに来てたけど、砂利道でしたね(笑)。
滝沢:自分が上京する前も、雑誌とかで原宿の特集やガイドが載ってたり、有名じゃないけど小さい店や雑貨屋がもうたくさんあったよね。ロンディス(註;グッドイナフを最初に取り扱ったショップ)は?
江川:ロンディスはキャットストリートから入って1分くらいのところだった。それでも、まだまだ未開拓というか。
滝沢:新宿でも渋谷でも恵比寿でも中目黒でもない、原宿だけの空気感があったね。若くても入り込めるスキもあったし、原宿に来さえすれば、友達の誰かに会えたしね。
江川:ホコ天(註;原宿駅前~青山通りまで約2.2キロの歩行者天国)の存在も大きかったですね。そこでMILKのひとみさん(註;DCブランドのMILKを1970年に原宿で立ち上げたファッションデザイナー)ともジョニオ君(註;UNDERCOVERなどを手掛けるファッションデザイナーの高橋 盾)とも初めましてだったし、ヒロシ君(註;HFこと、fragment design主催の藤原ヒロシ)はスケーターをチェックしに来ていたりしたし。
滝沢:僕はロンドンのカルチャーが好きだったけど、今よりも全然マイノリティーだったいろんな違うカルチャーとか人とかを原宿やキャットストリートが繋げてくれたというか……10代のヨッピーともね。出会いのエピソードはいろんなところでもう何百回も話しているんだけど(笑)、その時はもうプロ(註;スケートボードの)だった?
江川:たぶん、15~16歳くらいだから。
滝沢:ポカリスエットのCMに出てたもんね。あと、『毎度おさわがせします』(註;1985~87年にTBS系列で3シリーズ放送された、思春期の性がテーマのコミカルなドラマ)だっけ(笑)?
江川:出てない、出てない(笑)。ポカリはそうだけど、実は大河ドラマがデビューだから(笑)。出会った頃、伸ちゃんは二十歳くらい?
滝沢:そうかも、ファイルレコード(註;1988年設立。クラブミュージックレーベル・MAJOR FORCEの運営やスチャダラパーの1stアルバムなどをリリース)の“部長”(註;昔馴染みからのあだ名。グラフィックデザイナーでC.Eのデザイナー、SKATETHINGが呼び始めたとか)になる前(笑)。



江川:裏原宿を拠点にお店を始めたのは、真柄さん(註;当時、ヴィンテージキングのバイヤー・真柄尚武)からの誘いもあって。
滝沢:最初は“裏原”っていう言葉はなかったよね。
江川:その頃、竹下通りをマスな“表”として、プロペラ通り(註;明治通りと並行する、アメカジ店のプロペラがあった通り)とかの隠れ家的な奥側が“裏”って言われてた。
滝沢:“裏原”って言い出したのは、『asayan』(註;テレビ東京系バラエティ番組『浅草橋ヤング洋品店』とタイアップし、1994年にぶんか社が創刊したメンズストリートファッション誌)だったと思うんだけど……!?
江川:うん、『asayan』がそういうシーンを追い掛けて、“裏原”って言語化したみたいな。
滝沢:自分たちでは“ウラ”とか言ってなかったけど、周りからそう言われて初めて“裏原系”なんだって気付くみたいなね。ネイバーフッド(註;NEIGHBORHOOD、1994年スタート)より1年先輩だから、一番オープンが早かったのはノーウェア(註;NOWHERE、文化服装学園出身のNIGOと1学年上の高橋 盾との2人でオープン)だっけ?
江川:そう、ノーウェアで93年。その年、ヘック(註;HECTIC、真柄尚武とヨッピーが立ち上げる。99年にはrealmad HECTIC(リアルマッドヘクティク)をオープン)は準備期間で、94年がスタート。
滝沢:キャットストリート歴、長いね(笑)。
江川:長い! この界隈にい始めて、余裕で30年以上(笑)。
滝沢:今の“ハラジュク”に大きく変わったのは、2000年代半ばに同潤会(註;1926~27年に竣工し、2003年に解体された同潤会青山アパートメント)が終わって表参道ヒルズ(註;2006年2月11日開業)やラルフ ローレン(註;ラルフ ローレン 表参道は2006年3月30日に開店)がオープンしてからだ思う。それまではこんなハイブランドな街になるとは思ってなかった。
江川:2010年代にはハミルトンも原宿にできたりしているしね。お店がキャットストリートなのが、僕にとってすごく親近感。他の時計店より断然入りやすい印象。
滝沢:ハミルトンと言えば、過去にネイバーフッドで“カーキ”も“ベンチュラ”もダイバーズも、ポーターとのコラボのレザーベルトでカスタマイズさせてもらった経緯があって、自分の中でのタフなミリタリーウォッチの代表。ハミルトンの“カーキ”の機能的で、クラシックなところに惹かれるんだよね。
江川:その中の1本、持ってるよ~。僕が個人的に気に入っているのは“ベンチュラ”。独特なカタチと蛇腹のブレスレットが、僕のスタイルに合うみたいで(笑)、前々からずっと好きなんです。
滝沢:“ベンチュラ”はエルヴィス・プレスリー(註;1961年公開の映画『ブルー・ハワイ』に主演した際、腕元を飾る)もそうだけど、映画の『メン・イン・ブラック』(註;1997年公開のハリウッドSFアクションコメディ。トミー・リー・ジョーンズの“K”やウィル・スミスの“J”などエージェントが装備)で着けられていたのがインパクトあった。
江川:車のフェンダーやテールランプに通ずるっていう背景にもそそられるしね。
滝沢:フォルムがアメ車だよね(笑)。
江川:そうだね、アメ車だね(笑)。本格的な高級時計っていうより電池っていう楽な仕様も好きで、僕がリストバンド的にスタイリングしてたら、ヒロシ君がリアクションしてくれた(笑)。
滝沢:ヨッピーは特に“ベンチュラ”のイメージかもね!
江川:『2001年宇宙の旅』(註;1968年公開。スタンリー・キューブリック製作・監督によるSF映画の金字塔)に登場した、あのブレスレットみたいな宇宙飛行士用もインパクトあったよね(註;監督のスタンリー・キューブリック自らハミルトンに、映画の中で使用する未来的な時計を依頼。しかし、複雑すぎて一般発売には至らず、スクリーンの中だけの小道具のみ製造。40年後に商品化に成功。タイトルに相応しく2001本限定でリリースされた)。
滝沢:アーミーやネイビーとかのミリタリー系を象徴している感じだけど、フィルムメーカーのムービーウォッチとしても何か格を感じるね。
江川:でも、今回の直営店限定モデル(註;KHAKI FIELD Mechanical CAT Street Tokyo Store Exclusive Edition)はもろに“キャット”! すごいですよね、この足跡のかわいさ(笑)。
滝沢:“ベンチュラ”(註;VENTURA Shibori CAT Street Tokyo Store Exclusive Edition)は意外に、藍染とか和の意匠と合うんだね。
江川:パッケージのラッピングも絞り染めなんですね。
滝沢:忖度するわけじゃないけど、ハミルトンは機能も精巧だし、耐久性も高いしで、身内に愛用者が多いんだよね。
江川:伸ちゃん、またカスタムを作りたくなるね!
滝沢:次はぜひハミルトンさんからお声掛けいただければ(笑)!
江川:キャットストリートには展示会をやったり、たこ焼きを食べに来たりするので、またお店に寄らせていただきます!



CAT STREET EXCLUSIVE ITEM
KHAKI FIELD Mechanical
コンクリートフィニッシュのダイヤルに猫の足跡を、ケースバックには“HIPSTER CAT”を刻印。SSケース径38mm、サファイアクリスタル風防。ストライプのNATOストラップに加え、交換用の同ブラックが付属。ハミルトンストア 東京 キャットストリート限定。¥99,000

CAT STREET EXCLUSIVE ITEM
VENTURA Shibori
文字盤を和の伝統である絞り染めで演出。SSケース径32×50mm、ミネラルクリスタル風防。インディゴブルー×シルバーのレザーストラップの他、イージークリックシステムのフレックスブレスレット付き。こちらもハミルトンストア 東京 キャットストリート限定。¥149,600

クリエイティブディレクターとして、1994年に[ネイバーフッド]をスタート。30周年を迎え、写真家の長濱 治との第2弾写真集『THE TOKYO HUNDREDS 2』を刊行した。
愛称は“YOPPI(ヨッピー)”。1994年に、真柄尚武と[ヘクティク]を始動。2012年からは、[オンブレニーニョ]を手掛けている。https://www.hombrenino.com/
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住所:東京都渋谷区神宮前6-14-5
営業時間:11:30~20:00 不定休
電話番号:03-3400-1181
ハミルトン/スウォッチ グループ ジャパン
電話番号:03-6254-7371
https://www.hamiltonwatch.com/ja-jp/
