MUSIC 2021.11.19

[Interview]
Moritz von Oswald Trio『Dissent』

Text & Edit_Hiromi Matsubara / Romy Mats
EYESCREAM編集部
EYESCREAM編集部

最先鋭レーベルModern Recordingsからリリースされた、Moritz von Oswald Trio(モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオ)の最新作『Dissent』。ジャズ・ドラマーにHeinrich Köbberling(ハインリヒ・ケベルリング)、そして現代エレクトロニック・ミュージックの才能、Laurel Halo(ローレル・ヘイロー)を迎えて創られた新しい音世界について。世界各地の多様なエレクトロニックミュージックを多面的な視座から再構築し、国内に推し拡げることを目的にしたパーティ「解体新書」を主催するRomy Matsによるインタビューから探求する。

とても全く新しい編成とは思えない、高密度で真に迫るようなセッション。盤石な人力ビートを奥底に据え、精巧に処理が施された電子音響の海原で、巨匠的ダブエフェクトと鍵盤が相まって前衛的な調べを奏るたびに、僕は人一倍の幸せを感じざるを得ない。

というのは、2019年11月29日、僕が主催するパーティー「解体新書」にMoritz von OswaldLaurel Haloの2人を海外ゲストとして招いていたから。当然のことながら、Moritz von Oswald TrioにLaurel Haloが加入したら~などと狙ったわけでは一切ない。経緯はというと、Moritz氏は、かのBasic Channelをはじめとする自身のキャリア初期にあるダブテクノを回顧するライヴセットを本邦初披露、Laurelは「DJ-Kicks」のリリースツアーでDJセットを披露するということで、それぞれの内容を面白そうだなと思った上で、双方のスケジュールも合致したため同日に出演していただく運びとなった……という、海外のアーティストをブッキングするにおいてはよくある話。

当日のことを振り返ると、出演フロアは別で、プレイ時間もズラしていたため、多少の挨拶は交わすことがあっても2人がじっくりコミュニケーションを取っていた記憶は特に無く(※真相はインタヴューで明らかになります)。僕の残っている記憶はと言えば、ただただ2人ともプレイが想像以上に最高で、約20回開催してきた「解体新書」の中でも、あの日は個人的に5本の指に入るベストパーティーということ。なので、MvO TrioにLaurel Haloが加入して本作の制作を行ったニュースが発表された時は、本当に歓喜と驚きだった。

僕は烏滸がましくも、“東京での共演がトリオ加入のきっかけになった” というような文言を英語のプレスリリースから探そうとしてしまった。見つからなかった。でも2年前の11月に『解体新書』で共演したことが、その約1年後からベルリンで始まる『Dissent』制作セッションのきっかけになっていたら(※再度ですが、真相はインタヴューで明らかになります)、それが例え本作が生まれる過程において1%以下の出来事でも、あの日の偶然は必然だったのかもしれないという淡い期待を抱きつつ、このインタヴューに臨んだ。

そういった前談を差し置いても『Dissent』は素晴らしいので是非とも聴いていただきたい。調べればいくらでも出てくるダブテクノのリヴィングヘリテージを並べて語ることよりも、もっと“今”のMoritz氏の心の機微に寄り添いたくなるような音像は、明らかに進歩的で、より生々しい。加えて、この予期せず混沌としてしまった時代を逆手に、経歴 / 年代 / 背景の似て非なる至高のアーティストたちが敬意を寄せ合い、再び新たな音楽を生み出そうという心意気が、押しては返す穏やかな波のような響きの中で非常に暖かく感じられる。

-ベルリンは昨年から長らくロックダウンをしていたと思いますが、最近の街の雰囲気や住んでいる人々の様子はどうですか? 芸術文化の活気が戻ってくるにはまだ時間がかかりそうでしょうか?

ベルリンにはもう長いこと住んでいるけど、この街の人々はいつも凄くポジティブだよ。皆、今でもポジティブなまま。もちろん、クラブカルチャーはまだまだ大変だけどね。でもエキシビションなんかは今でもやっていて、素晴らしいアーティストたちの作品を見ることができる。私のこれまでのアルバムのスリーブのアートを担当してくれたMarc Brandenburg*も少し前にエキシビションを開催していたよ。ちなみに彼は80年代半ばからベルリンのアートシーンで活躍をしてきたアーティストだね。
だから、ベルリンでは今も何かしらのアクティビティはまだ存在していて、何も起こっていないわけじゃない。まあ、いつもより少し小規模ではあるけどね。皆が強いエナジーを持っているから、彼らは何らかの方法で行動しているよ。それは多分、日本も一緒なんじゃないかな。近くに、家族と友人たち、そして音楽があればやっていける。音楽は困難を乗り越えるのをいつだって助けてくれるからね。だからこそ、僕は新しいプロジェクトで新しいレコードを作りたかった。アルバムを聴いたら、そのエナジーを感じることができると思うよ。今回の作品で私が意識したのは“タイミング”。もしリズムが合っていれば、全てが上手くいく。私はベルリンの人間だから、サウンドとリズムのエナジーを聴くのが好きなんだ。音のタイミングさえちゃんとしていれば、それは必ず良いエナジーを持った作品に仕上がる。今回はそういうエナジーを作品にしたかったんだ。

※Marc Brandenburgは、自身で撮影した写真をドローイングするという手法の作品で知られているアーティスト。紙に鉛筆で描いたとは思えないほど写実的なタッチで、逆に、本来は塗りの少ない“白”の部分を意味深く浮き立たせるという独自の描画表現を展開してきた。ファッションデザイナーとしての経歴も持ち、2000年代にはシルクスクリーンプリント、ステッカー、タトゥーといった、より近しく感じられる複製物等でも作品を発表してきた一方で、前述のドローイング作品は現在、ドイツ国内各地にある国立の現代美術館などはもちろん、MoMAにも作品が収蔵されている。また彼は若かりし頃にベルリンのクラブでドアマンを務めていたこともあってクラブカルチャーと近く、2009年にはBerghainのために常設のインスタレーション作品を制作している。Moritz von Oswaldの作品では、前作にあたる『Sounding Lines』(2015)のカバーアート、初作『Vertical Ascent』(2009)のLP版内側のアートワークを手掛けている。

-昨年からコロナ禍を直面して、あなたが考えたことをいくつか教えていただけますか? 僕もそうでしたが、世界中の多くの人がこの未曾有の事態に立ち止まらざるを得なかったと思います。時間が止まってしまった感覚というか。ただ僕は個人的に、あなたは音楽の面においては常に前進して、何かに着手して、試行をし続けている人物だと想像しています。実際にあなたは、新しいコラボレーターたちと比較的短期間で新しいアルバム『Dissent』を作り上げたわけですし。

私が学んだのは、信頼の大切さだね。自分を囲む周りの人々が信頼できる人々であれば、自分は前に進む十分な強さを兼ね備えているということ。自分に自信が持てていれば、物事を上手く進めることができる。これまでも、皆たくさんの困難に立ち向かい、乗り越えてきたと思う。それが出来たのは、自分が正しい人々に囲まれているから。音楽も同じ。良い音楽とアートに囲まれていれば、それが自分を後押ししてくれる。だから私はさっきエキシビションの話をしたんだよ。私としては、このインタビューではコロナの話をあまり続けたくないから、もっと前向きな話をしよう。コロナの話を始めて聞いた時、私はニューヨークのアップステイトにあるDia Beaconという大きな美術館でやっていた素晴らしいエキシビションにいたんだ。友人のCarl Craigによるサウンドインスタレーションで、コロナ禍でも素晴らしいサウンド・セレクションを楽しむことができた。皆行くべきだったね。あれは、コロナ禍の状況を救っているアートのひとつだったと思うよ。さっきも話したように、音楽やアートにはそういう力があるんだ。

-ではもっと今回のアルバムの話をしていきましょう。あなたは直近の数年間はトリオ以外の様々なプロジェクトで作品を発表してきましたが、その中で、約5年ぶりにMoritz von Oswald Trioのプロジェクトに着手することにした理由は何だったのですか? 以前から、そろそろトリオのプロジェクトに着手しようと計画していたのでしょうか?

2人のミュージシャンと一緒に演奏するという編成は数年前から始めていたんだけど、私はそれを仕上げようとせずに寝かせたままにしてしまって……いつも同じ状態に戻るっていうことを繰り返してしまっていてね。ただ、もう同じことはしたくなかったから、2人の新しいミュージシャンと一緒に新しいフォーメーションを完成させて、アルバムを作ることにしたんだ。アルバムタイトルの『Dissent』は、“何かに反対する”という意味で、これはコロナを含む全ての苦悩に対して私が反することをやっているという意味であり、あと、私自身が従来のプロダクションに反したことをやっている、ということでもある。ここ最近は皆が同じプログラムを使っていると思うんだ。もちろん私もプログラムは好きだし、実際に使っているけれど、デジタルで曲を作ると、やはり同じような曲が出来てしまいがちであるというのも真理としてある。だから今回、私はアコースティックの楽器を使って音楽を作りたかったんだ。それによって自然の流れで音楽を生み出すことができるからね。何か新鮮なことをやってみたかったし、だからこそLaurel HaloとHeinrich Köbberlingによる即興演奏は凄く大切な要素だった。最近リリースされているプロダクションでは、あまり聴くことができないサウンドだからね。

-ちなみに、“何かに反対する”というのは、音楽制作におけるあなたの普段からのスタンスなんでしょうか?

常にではないよ。これは今回のアルバムだけにおけるテーマなんだ。“Dissent”というのは、“異議を唱える”という意味での反対ではなく、“何かに対して相反することをやる”という意味のほうで解釈して欲しい。

-分かりました。では、Laurel HaloとHeinrich Köbberlingを新たなトリオのメンバーとして選んだ理由と経緯を詳しく教えてください。あなたが思い描いていた作品を創り上げるのに相応しいアーティトだったから彼らをメンバーに選んだのか、それとも、より純粋に新しい作品の制作を楽しみたいと思ったから共に素晴らしいアーティストである彼らを誘ったのでしょうか?

私は、2人の演奏を聴くたびに彼らのバックグラウンドが音に表れているのが分かるんだ。まずHeinrichは、ジャズドラムの教授をしているほど、ドラマーとしてかなりの経験を積んでいる。だからこそ彼は正しいタイミングというものを熟知している。さっきも話した通り、僕にとってタイミングというものは凄く重要だから、サウンドに正しく相応しいタイミングをもたらすことができるのは彼だと思ったんだ。それからLaurelは、彼女もベルリンに住んでいるからそもそも地理的に作業がし易かった。そして実際に彼女と初めてスタジオで作業をした時に、本当に作業がし易いなと感じたよ。彼女とは音の言語の会話ができたからね。これは良い音の物語が出来上がるに違いないと確信したよ。だから、“Chapter 1”、“Chapter 2”、“Chapter 3” ……と、この編成で続けていくことにしたんだ。2人とも、サウンドに対する理解力があり、タイミング、自由さ、豊富な経験、即興の能力を兼ね備えている。これが揃っていれば、素晴らしい作品が出来上がるのは約束されているようなものだ。そして実際に私たち3人はスタジオで最高の時間を過ごしたよ。2日間で10曲もレコーディングできたということは、それくらいスムーズで、お互いにやり易かったということだ。私はずっとタイミングについて語っているけど、本当に高度なリズムを作り出すことができたと思う。あの繊細で細かいリズムはプログラムでは生み出せない。プログラムだと、どうしても曖昧で、ぼんやりとしてしまうからね。そこが正確にできないと、サウンドがパワーを失ってしまう。だからこそ私はアコースティックの楽器を使いたかったんだ。しかも、それをHeinrichが演奏してくれたことでより強いパワーが生まれた。タイミングは、パワーと密接に関係しているからね。

-今のお話だけでも『Dissent』のセッションの密度をより高く感じることができます。あなたから見た2人のアーティスト像や人物像をもっと教えていただきたいです。

2人ともかなり良い耳を持っていて、様々なサウンドを耳から吸収するんだ。だからこそ繊細で自由な演奏をすることができる。彼らとの演奏はとても緩くて、まるで会話をしているような感覚になる。そのサウンドを聴いていても、会話を聞いているような感覚になるしね。凄く滑らかで、浮かんでいるような感覚を作り出せるのが彼らなんだ。垂直ではなく、水平に広がるサウンド。彼らはとてもオープンマインドでもあるから、音楽での会話が凄く楽しいんだ。彼らのサウンドには”生”の要素と沈黙がある。この沈黙というのは会話の中で実は重要な要素で、お互いをリスペクトし、相手の言葉に耳を澄まし、そこから何が出てくるかを理解し、吸収するということ。それによって、会話により深みが生まれるんだ。

-“音楽での会話”って、より作品を深く聴き込むのに本当に素晴らしい表現ですね。感動しました。ちなみに、あなたが東京でLaurelと共演したパーティーのことは覚えていますか?

もちろん覚えているよ。

-実は、あのパーティーは僕がオーガナイズしたんです。

そうだったのか! 彼女と会ったのは、実はあの時が始めてで。あの時の彼女のセットの素晴らしさ、そしてまた言うけれど、タイミングの素晴らしさに魅了されたんだ。あの曲のセレクションとリズムは本当に美しかった。あれを見たからこそ、私は彼女にトリオへの参加を依頼したんだ。だから、君にお礼を言わないといけないね(笑)。ありがとう!

-あなたのプロジェクトに貢献できて光栄です(笑)。あの時にLaurelとたくさんお話をしたんですか?

いやいや、彼女にセットが素晴らしかったことを伝えただけ。彼女はそれに対してきちんとお礼を言ってくれたよ。彼女はディーヴァみたいな付け上がった振る舞いをしない、地に足がついた人だからね。

-まさしく。DJセットが素晴らしいだけでなく、彼女は素晴らしいオーラを持っていますよね。あの日、僕は彼女の後にクロージングのスロットでプレイをしたんですけど、彼女のセットがあまりにも良かったから凄く緊張しました(笑)。

でもあの日をオーガナイズした君だから、きっと上手くこなしたんじゃないの?

-そうだと良いんですけどね……。でも盛り上がって、予定よりも長くプレイした記憶があるので、多分良かったんだと思います。

つまり、君自身もDJなんだね?

-そうです。東京を拠点に活動していて、あなたが出演してくださったパーティーが、僕のレジデントパーティーなんです。

今の東京の状況はどう? クラブには行けるようになってきているのかな?

-東京のクラブシーンの状況は少しずつ良くなってはいます。

それは良いことだ。私もコンサートの予定が決まってきていて、ベルリンでも状況は良くなってきている。日本も同じなら、私たちが日本で演奏できる日も近いかもしれないね。

-あなたが最後に東京に来た時のように戻るのにはまだ時間がかかりそうですが、トリオのライヴを日本で見られる日を凄く心待ちにしています。

私たちにはこの苦境を乗り越えるポジティブさとエネルギーがある。日本もきっと同じだと僕は思っているよ。話題がまたコロナになってしまったね、アルバムの話に戻ろうか(笑)。

-あなたとお話しできる時間のリミットが迫っているので戻りましょう(笑)。『Dissent』は、さっきもお話しして下さったように、あなたを含む3人のミュージシャンの熟練した感覚によって自然に生まれた作品だと感じているのですが、2人のアーティストとあらかじめ共有していたことがあれば教えていただきたいです。例えば、ルールというよりも……何かインスピレーションの源や参考にしたもの、キーワードなどがあったのでしょうか?

それはやはり、“リズム”だね。あとは、繰り返しになってしまうけど、サウンドという言語で会話をすること。この2つのポイントが、私たちがコミュニケーションを取るために共有していたことだと思う。お互いのサウンドをリスペクトした言語。それを使って会話をすることで音を奏でていた。それが凄く楽しいんだ。まるでスタジオでパーティーをしているような感じで、ふわふわと浮かんでいる感覚だったよ。

-音楽を通じてコミュニケーションを取るという点では、あなたは、Tony Allenや、キルギスのOrdo Sakhna、かつてはTikimanなど、様々な異なるバックグラウンドを持ったアーティストたちとの共作や共演を多く行っていますが、前提としてある重要なポイントが何たるかをあなたの経験を元に教えてください。

僕はずっと前に音楽を始め、かなりの音楽経験を積んできた。そこから学んだのは、オープンマインドでいることの重要性だね。耳を澄まし、どんな音の会話が行われているかをしっかりと理解する。一番大切なのはそこだね。

-そろそろ時間なので最後の質問にしますね。前進をしよう、新しいプロジェクトを始めようという時に、あなたを駆り立てる外的な要因とかはありますか? 例えば、その時の社会状況や、その時にあなたと関わっている人など何でも構いません。

私はマシンに語らせる。そのマシンが発している言葉を聴き、それを元に活動を始めるんだ。私はマシンから自然と出てくるサウンドが好きだからね。あとは新しいサウンドへの好奇心。そして新しい形や新しい構成への興味。それが活動を続けていくための原動力だと思うよ。あとは自分の性格だね。私はストップできない性格なんだ。エナジーがあれば、それを次のステップに使わないわけにはいかない。そのエナジーは好奇心から生まれるんだと思うよ。新しいサウンド、もしくはノイズを聴けば強いエネルギーが生まれる。信号の音もそうだし、庭から聞こえてくる音もそう。自分の周りにあり、耳に入ってくるあらゆる音に興味を持つことが私を駆り立ててくれるんだ。

INFORMATION

Moritz von Oswald Trio
『Dissent』

Track list
Preface (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 1 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 2 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 3 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 4 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 5 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 6 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 7 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 8 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 9 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Chapter 10 (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo)
Epilogue (feat. Heinrich Köbberling & Laura Halo

商品情報
Format: Standard CD Album
Cat No. 538676222
Barcode: 4050538676228
Format: Double LP
Cat No. 538671621
Barcode: 4050538671629
流通元:ワーナーミュージック・ジャパン

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