[Report]中村佳穂「うたのげんざいち 2022 in 東京国際フォーラム ホールA」

[Report]中村佳穂「うたのげんざいち 2022 in 東京国際フォーラム ホールA」

2022年2月4日、中村佳穂のライブ「うたのげんざいち 2022」が東京国際フォーラムのホールAで行われた。日本でいちばん大きいコンサートホール(定員5012名)を会場としながら、バンドを入れず、ソロでピアノの弾き語りのみという挑戦的な内容である。開演前の会場に入り、まずはその広さに圧倒される。1階席、2階席に広がる何千席もの客席を眺めながら、本当にこんな大きな場所で、彼女ひとりだけの弾き語りライブをするのだろうかと不思議な気持ちになってきた。ステージに目を向けると、やはりピアノ以外何も置かれていない。中村は、ピアノと歌だけでこの大観衆と向き合うと決めたのだろう。度胸があるというか、チャレンジを怖れない姿勢というか。

思えば、2021年は中村にとって大躍進の年となった。7月に公開された細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』で主人公すず・Belle役の声優を務め、作品は大ヒット。映画館で初めて彼女の歌声を聴いた観客も多かっただろう。話題となった映画の勢いは止まらず、年末には紅白歌合戦にも出場し、さらに多くの人びとへ中村佳穂の存在をアピールすることができた。考えてみれば、彼女にとってはとてつもない1年だったのではないか。今回のライブ会場では小学生らしき子どもの姿も見られたが、おそらく『竜とそばかすの姫』で彼女を知ったのではないだろうか。聞き手の年齢層に広がりを感じて嬉しかったが、個人的には、彼女の音楽はあらゆる年齢の音楽ファンに響く要素があると思っていたので、決して意外ではない。2021年は、世間に広く中村佳穂をお披露目するような年であったと思う。

こうして怒濤の1年をくぐり抜けた中村だが、2022年もステージで歌う姿勢は変わらない。大きな裳裾(もすそ、ドレスの後ろに長く引きずる裾の部分)のついた衣装を着て登場した彼女は、ピアノの前に陣取るとさっそく歌い始める。ライブでは恒例となっている即興の歌だ。どこまであらかじめ準備しているのか、どこからがアドリブなのか見当がつかないが、歌が始まれば観客はすっかり引き込まれている。曲の途中で、流れるようにビートルズの「ブラックバード」へつながり、また元の曲に戻っていくといった展開も彼女らしい。中村のライブを見ていていつも感じるのは、すべての演奏が区切りなくつながっているような、ライブ全体を通して1曲というような感覚である。ライブの段取りやセットリストにとらわれない自由さは、今回のライブでも存分に発揮されていた。

「GUM」「アイアム主人公」とアップテンポな楽曲で始まった冒頭。アルバム『AINOU』(2018)からの人気曲で軽やかにスタートしたライブに、観客の大きな拍手が起こる。数千人が見守る中、広いステージには彼女のみ。もし自分がこのような重責を担わされたら、知り合いのミュージシャンを全員呼んで強引にステージ上を賑やかにし、どうにか場をつなごうとするのではないかと気弱な想像をしてしまう。しかし中村は、ひとりですべてをやり切らなければならないこの状況を楽しみながら演奏しているように見えるのだからすごい。「悪口」「シャロン」「SHE’S GONE」と曲は続いていったが、これらもまたピアノ用にアレンジされ、元の音源に縛られることのない形で歌われる。緊張感を持続しながら、これだけの観客を惹きつける歌と演奏を次々に繰り出す中村に魅了されてしまった。

次曲「POiNT」では、ゲストとしてピアニストの上原ひろみが登場。この思わぬサプライズゲストに、観客からも歓声と拍手が上がる。舞台袖からピアノまで猛ダッシュすると、さっそく激しく鍵盤を叩きはじめる上原。中村との熱いセッション開始だ。ふたりとも即興での演奏を得意としており、ふたりの音楽家がお互いの音をぶつけ合う様子はまるでピアノバトルといった様相。考えてみれば上原は、レキシとのライブでもステージ登場時にピアノへ向かって走っており、「ピアノまでダッシュで移動」は彼女の習性なのかもしれない。中村と上原、ふたりのピアニストの内側から、さまざまな音が湧き上がってくる様子をリアルタイムで体験できた。

ふたりの即興演奏が感動的だったのは、その場で個々の持っているアイデアを出し切る姿勢にあると思う。「自分の内側からその瞬間に生まれるもの」を信頼していないと、こうした演奏はできないように感じた。今回のようなセッションは、どれほど事前に準備したとしても、結果的にどのような演奏になるかは予測がつかない部分が残る。お互いの演奏が生み出す化学反応を楽しむ姿勢を、東京国際ホールのような大舞台でも持ち続けていられることに圧倒されてしまったのだ。上原とは続けて新曲「さよならクレール」を一緒に演奏。中村はピアノを上原に任せハンドマイクで「忘れっぽい天使」を歌い、おそらく次のアルバムに収録されるであろう新曲、「アイミル」と演奏してライブは終了。中村の歌、ピアノ、照明とシンプルな要素で構成されたライブは、結果として中村の楽曲や声の魅力を引き立てる内容となっていた。

アンコールではこの日配信リリースされた「Hank」、あらためて上原を呼び込んでの「口うつしロマンス」、さらにダブルアンコールでは「悪口」と3曲を演奏した。終演後、楽しそうに記念撮影し、会場を後にする人びとの満足げな表情が印象に残る。バンド形態であろうと、ひとりの演奏であろうと、ステージ上の彼女はつねに「全身音楽家」であり、観客の心を揺さぶり続けるのだと気がついた。私は以前から、中村佳穂はやがて「国民的歌手」というポジションに近づいていくはずだと感じていたが、今回のライブを見て、あらためてその思いを強くした。こうなってくると、3月に発売される新しいアルバムがどのような内容か、期待が大きくふくらむばかりだ。2022年の中村佳穂は、いったいどこまで行ってしまうのだろうか。

[Set List]
M1  アドリブsolo
M2  GUM
M3  アイアム主⼈公
M4  悪⼝
M5  シャロン
M6  SHE’S GONE
M7  POiNT (with Guest: 上原ひろみ)
M8  さよならクレール(with Guest: 上原ひろみ)
M9  忘れっぽい天使(with Guest: 上原ひろみ)
M10 新曲(タイトル未定)
M11 アドリブsolo
M12 アイミル
En1 Hank
En2 ⼝うつしロマンス(with Guest: 上原ひろみ)
W En1 悪口(with Guest: 上原ひろみ)

Text_伊藤聡
Photography_川島悠輝

INFORMATION

中村佳穂

『うたのげんざいち 2022 in 東京国際フォーラム ホールA』
開催:2022年2月4日(金)東京国際フォーラム ホールA
開場 18:00 開演 19:00

『NIA』

発売:2022年3月23日(水)
・初回限定盤
品番:DDCB-94031
定価:¥6,600
形態:CD+Blu-ray
・通常盤
品番:DDCB-14078
定価:¥3,300
形態:CD
予約:
https://nakamurakaho.lnk.to/NIA

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