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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、日本のダンスミュージック・シーンも厳しい状況に追いやられてきた。しかし、徐々にパンデミックの環境も変化し、ライブやクラブイベントが少しづつ活気を取り戻しつつある。それに伴い、DJやプロデューサーの国内外での活躍の機会も増えていくだろう。
そうしたなか、Spotifyは、「Altar JP」と「Back To Back」という新しいプレイリストを発表した。Spotifyはこれまでにも、「Track ID」や「DJ MIX」といったダンスミュージックに関連するグローバルコンテンツを提供してきたが、今回の2つのプレイリストは、日本のシーンに根付いた内容になる。
「Altar JP」は、UKで現地インディー・ダンスミュージック・シーンのアーティストを後押ししてきたプレイリスト「Altar」を日本向けにローカライズしたものだ。担当エディターのChristie Driver-Snell氏は、英国発のこのプレイリストの特徴を以下のように述べている。
「『Altar』は、クラブカルチャーとそのコミュニティ、また、エレクトロニック・ミュージックシーンの源泉となるイノベーションを反映させることを目的としたプレイリスト・ブランドです。さまざまなスタイルに挑戦し、現在のアンダーグラウンドのトレンドを形作っているプロデューサーたちを、経験豊富なベテランから新進気鋭のルーキーまで、特定のサブジャンルに限定せず広くサポートしています。また、Caribouをはじめとした多くのアーティストたちからは、シーンにおける情報源としても好評を得ています」
「Altar JP」は日本のローカルなシーンにより焦点を当てた内容になる。カバー画像には日本のアーティストが登場し、グローバルなダンスミュージックのトレンドと共に、国内のアーティストの活躍を発信していく。公開時のカバーは、先ほどのSnell氏が「90年代から現在に至るまでグローバルなハウスミュージック・シーンに大きな影響を及ぼし続けてきた」と評する寺田創一が飾っている。
一方の「Back To Back」は、日本のシーンの当事者たちが月替わりで選曲を担当するプレイリスト。DJやプロデューサーだけでなく、クラブスタッフやプロモーターといった、いわば裏方としてカルチャーをささえる人たちも選曲に参加する予定だ。初回は、Nari、Kotsu、Naoki Takebayashi、DJ No Guaranteeの4人からなるハウスミュージック・コレクティブ、CYKが担当する。
スポティファイジャパンで音楽事業部門を統括する大西響太氏は次のように述べる。
「Spotifyは、これらのプレイリストを日本国内のリスナーにお楽しみいただくと同時に、グローバルプラットフォームとしての利点を活かし、UKのAltarチームをはじめ、世界中のエディターと連携しながら、日本のダンスミュージックを海外にも発信していきたいと考えています。ダンスミュージックにおいてもアーティストとリスナー、またアーティスト同士の発見とつながりを促進し、音楽文化のさらなる発展を後押ししていきたいと考えています」
この記事では、プレイリストがコロナ禍以降の日本のダンスミュージックにどのようにして寄与できるかを探っていきたい。そこで、「Back To Back」の選曲を担当するCYKの4人と、Amapianoなど各国のシーンへと越境する音楽に精通するTYO GOQMのmitokonにインタビュー。ここ2年のシーンについて、そしてプレイリストとダンスミュージックの関係について話を聞いた。
ープレイリストについて話す前に、まず、CYKの皆さんがコロナ禍以降、日本のダンスミュージック・シーンとどう向き合ってきたのかお聞きしたいです。
Nari:CYKでは、僕が一番東京でDJをやっていたと思いますが、現場が戻っているのに人が戻ってきてない時期はつらかったですね。そういう時は、いち早く再開した海外シーンの様子をInstagramで見て、感覚やメンタルを養っていました。今は、お客さんも少しずつ戻って、大きい音で聴くクラブミュージックを、ピュアに楽しむ人が増えている印象です。
Kotsu:2020年の9月末に京都に移住して、その年明けぐらいまでは東京へ行かずに我慢してやってました。京都には、今ホームにしているWest Harlemっていう箱があって、そこは、去年、お休みだった日が10日間しかなかったんです。それ以外の日は時短を守りながら、基本的に毎日DJがいる状態で営業していたので、現場感やDJ同士のコミュニケーションは保たれていました。東京にもそういう場所はあったと思いますが、特に、集まるところがなかった若い子とか学生のDJにとっては、重要な場になっていたんじゃないかな。
Naoki Takebayashi(以下、Takebayashi):配信は大きかったですね。2020年のRainbow Disco Club(以下、RDC)は中止でしたけど、RDC配信のトリはCYKでした。それで僕らを初めて見た人がたくさんいたし、去年や今年のRDCでは、「あの配信を観てからずっと聴きたかったんだよ」と言って来てくれる人もいた。
DJ No Guarantee(以下、DNG):ヴェニューで働いてるからリスクを背負えないのもあって、コロナ禍ではDJをしない選択をしました。RDCをはじめ、感染対策がしっかりしているところだけ出させてもらっている状況です。営業できなかった時期があったり、今も営業できてない箱があるのは、正直シーンにとって痛手だったし、裏方の人たちもしんどかったと思います。翻って、最近では僕も現場にちょくちょく行くようにしてますが、プレイヤーの顔が変わって、若いDJやプロデューサーが増えてきたし、代謝された感覚があります。
Kotsu:海外のDJの枠が空いたところに、若い子とかDJ始めたての人が入りましたよね。
DNG:日本人DJの面白いリリースも増えてきたと思います。CYKに近いところだと、Stones TaroくんやPee.J Anderson、Yukio Nohara、Torei、Little Dead Girlとか。コロナ禍でトラックメイクを始めたり、技術を向上させた人たちのリリースは、これからの流れにつながっていきそうです。
Nari:今年、Monkey Timersもファースト・アルバムを出しました。制作には6年かかったらしいですけど、「この止まっている期間で一気に詰めれた」みたいなことも言ってたんですよ。いろんな意味でこの2年は大きいと思います。
ー昨年、何組かのバンドを取材したときに、ローファイ・ヒップホップがアルバム制作にも影響したと言われましたが、ダンスミュージックの場合は曲の傾向が変わったりしましたか?
Kotsu:僕の場合は、意外と普通にフロアライクなトラックもリリースされるんだっていう驚きの方が多かったです。ローファイ・ヒップホップが出てくるのって、家で聴くベッドルーム・ポップというか、現場を介在しないでも成立する音楽みたいな志向性だと思うんですけど、クラブミュージックはそこに向かって作られてないからかな。
DNG:最初の数ヶ月は、急いで作ったであろうアンビエントものがbandcampから出る傾向があったとは思います。あと、聞いた話では、ヴァイナルを切るのがだいぶ遅れている状況なので、コロナ禍の影響って逆にこれから出てくる気もします。
ーmitokonさんはこの2年間どうでしたか?
mitokon:両親と同居しているのもあって、DJをやれる時期とやれない時期と、極端に別れました。でも、このコロナ禍を経て、私が最近プレイしているAmapianoや南アフリカの音楽は一気に流行ったんです。現場で聴けない時期もありましたが、それこそSpotifyのプレイリストとかを家で聴いて、みんなAmapianoに興味を持ったんだと思います。それから現場が復活し始めた数ヶ月で、一気に盛り上がったのかなと。いろいろなところに呼んでもらうようになったり、KΣITOさんの曲が海外のGQOMのプレイリストに選ばれたりもしました。この2年間で私もTYO GQOMのメンバーも節目が変わった感じです。
Photography_Toshimura
ーダンスミュージック・シーンとストリーミングサービス、プレイリストの関係だったり、皆さんの普段の活用方法についてもお聞きしたいです。
Nari:パーティー前とかにプレイリストを作って、いいと思うものを5曲ぐらい入れる。そうすると、候補が何曲か出てくるじゃないですか。そこから掘り始めたりもしますね。特に、フロアのみんなが「これ知ってる」と思える曲を探すときは活用しています。検索窓で、元ネタの名前とリミックスって打ってみたり。あとは、好きなジャンルごとに曲をまとめやすいので、ダンスミュージック以外でも非公開リストをいろいろと作っています。
Kotsu:一時期、ダンスミュージックのアーティストが、インディーポップとかインディロックっぽいテンションの曲を作るようになったという気づきがあって、「indie dance」っていうプレイリストを公開しました。現場ではフロア・ライクな感じなのを聴いて欲しいけど、導入としてそういうオルタナティブな曲も知って欲しいです。
Takebayashi:消費者側の意見ですけど、周りでも気軽に作る人が増えたので、友達のプレイリストはチェックしています。現場とかで話のとっかかりにもなりますし。
ー以前、CYK全体でも、年間ベストのプレイリストを作っていましたよね。コロナ禍の前から活用していた印象が強いです。
Kotsu:現場にガシガシ行ってる人たちももちろん大切にしたいけど、フロア以外でも接点を持っておきたいんです。ダンスミュージックのパーティへの入り口として、プレイリストに対しては肯定的に前向きにやっています。
DNG:DJが自分の選曲を表に出して紹介するって、見方によっては結構ギリギリな行為な気もするんですよ。手の内をバラすじゃないですけど。だからあまりやってない人も多いと思いますが、CYKはそこら辺がオープンな方なのかもしれません。
ーmitokonさんもかなり以前からプレイリストを活用していましたよね。
mitokon:私はDJを始める前から、Twitterとかで南アフリカの音楽がおもしろいってつぶやいていた人間で、自分でも年間ベストやおすすめのリストを作って紹介してきました。audiot909さんと共同でAmapianoのプレイリストも出しています。そのAmapianoについては、みんな興味はあるけど、どうディグるのかよくわからないって人が多かったので、それこそSpotifyでもいろんなプレイリストを聞けますよってシェアしたり。あと、私のDJの選曲って、言うならばチャラいというか、南アフリカで普通にメジャーな曲もかけているんです。Spotifyの公式プレイリストに入っているような曲を結構選んでますね。その公式プレイリスト自体も、選曲している方が南アフリカの人だからか現場感がちゃんと出ていて、お世話になっています。
Photography_Toshimura
ー南アフリカのアーティストの楽曲が公式のプレイリストに入ることで、ブレイクした事例はありますか?
mitokon:プレイリストに選ばれたり、カバーになったりするとみんな喜びますし、すごいこととして捉えられている印象はあります。でも、南アフリカに関しては、どちらかと言えばプレイリストの方が後というか。先に現場だったり、Instagramやtiktokとかで楽曲として人気が出た後に、満を持してリリースされプレイリストにも入る。そうやって日常のサウンドトラックになっていく、という流れかと思います。逆に、日本だとそういう事例はあるのかなと。audiot909さんとあっこゴリラさんがコラボしたAmapianoの曲が、Spotifyの公式プレイリストに入って、リスナーが一気に増えたっていうのは聞きました。
ー近年、寺田創一さんや横田信一郎さんなどの曲が海外のプレイリストに入っています。少しずつ、日本のダンスミュージックが、海外でも聞かれるような環境になってきた印象がありますが、他に気になった事例はありますか?
DNG:Spotifyの「track IDs」っていうシリーズで、&MEのプレイリストに、boys be kkoの曲が載っているのを見て、なるほどと思いました。
ーAmapianoに戻りますが、公式プレイリストのカバーがJorja Smithになったことがありましたよね。ローカルとグローバルの垣根を考える際の難しい事例だなと思いました。
mitokon:公式プレイリストに入ることで、そのジャンルの代表的存在という認識が形成される面ってありますよね。Jorja Smithの件は、Amapianoがちゃんと浸透していなかった時期だったのもあって、南アフリカの人たちが怒ったと思うんです。実際に南アフリカで始まったものが、現地のDJとかプロデューサーじゃない人が代表になるのは違うんじゃないっていう。でも、あの問題があったからこそ、現地のアーティストとコラボしたりとか、リスペクトが必要なんだっていうのが認識されたと思います。
ーでは、CYKが今回担当する新しいプレイリスト「Back To Back」について、現時点ではまだ出来上がってないと思いますが、この話が来たときにどう思いましたか?
DNG:先ほども少し話しましたが、日本のダンスミュージック・シーンって、Spotifyを使ったお客さんとのコミュニケーションを、他の国に比べてあまり取ってないのかなと思っていたので、こういう機会をもらえるのはすごくありがたいです。
Nari:僕らがやるのも楽しみですけど、今後は他の人たちもプレイリストを担当していくので、その人たちが普段聴いている曲を調べたり掘ったりできる。そういう未来があるかと思うとワクワクします。
Takebayashi:CYKでかける曲のレパートリーって実はそんなに多くないので、自分が普段聴いている曲の幅広さを出せたらいいなと思います。それを友達に送って、「この曲を選んだのは、4人の中で誰だと思う?」って質問してみたいです(笑)。
DNG:自分もCYKでかけれなさそうな曲、たとえば、尺が2分しかない曲とかも入れてみたいです。BtoBで2分の曲をかけたら怒られるんで(笑)。
Kotsu:僕はソロでのDJとCYKで選曲がけっこう違くて、ミニマル寄りな感じとかテクノの方に傾倒してたので、そういうところも入れておきたいです。音の感じが多様なプレイリストになった方が、今後、CYKの印象もばらけて面白いことになるかなと思います。
ー少し前にインディーポップのプレイリストがダンスミュージック・シーンの入り口になれば、という話が出ていましたが、このプレイリストはそういう入口とはまた違った感じになりそうですか。
Kotsu:もっとダンスベースではありたいです。BPMも110、120、130ぐらいのレンジで組む予定だし、もうちょっとフロアに寄せつつ、誘導するような感じの音も入れつつですね。
DNG:僕たちの表現にもなるし、フックアップにもなるし、友達との共有にもなる。少し言葉はあれですけど、教育的というか、後輩に伝えたいクラシック曲を入れたりもできる。シーンよりも少し外とコミュニケーションがとれるいい機会でもあると思うし、本当にいろいろな側面がありますね。選曲していて面白いです。
Nari:現場でかけてる曲を中心に入れつつ、僕も割と名曲っぽいのを入れてるんですけど、bandcampだけ掘っていると、そういう曲にはなかなかたどり着けない。だから、早いうちから触れられるような機会を作りたいとは思いますね。
ー先ほどフックアップという言葉が出ましたが、プレイリストでフォーカスしたいアーティストはいますか?
Takebayashi:CYKの現場でも、前に名前が挙がったPee.J AndersonやYukio Noharaのような友達の曲をかけますけど、そういうのを入れていろんな人に聞いてもらいたいです。
DNG:フックアップしようって思わなくても、やっぱり身の回りの人は自然と入れたくなりますね。個人的にはMonkey Timersとかがそうです。
Nari:前の話と矛盾しますけど、bandcampで見つけた新しい人も入れたいです。
Kotsu:それこそStones Taroとかは代表格ですが、移住してから、京都のアーティストにも出会いました。でも僕の場合は、フックの方向性とかはそんなになくて、みんなのセレクションを見てバランスを整えたいです。とはいえ、やっぱり国内のアーティスト、プロデューサーはしっかり拾っていきたい。「載せてもらったことで変化があったよ」という反応が実際にあれば、面白いと思います。
ーこのプレイリストに関して、他に伝えたいことはありますか?
Kotsu:コロナ禍で、クラブ遊びを一旦止めている人たちにも届けたいです。またフロアに帰ってきたときに、こういう感じの音が鳴るのかなっていう想像をしてもらえると嬉しいですね。あと、プレイリストだと全国にアプローチできるので、国内外でCYKのことを気にしてくれている人にも届いたらいいなとは思います。そして、よかったら、これを聴いて遊びに来てください。
ー最後に、CYKとmitokonさんの今後のご予定を教えてください。
Nari:6月25日に、東京タワーの下で、レッドブルと一緒にCYKがキュレーションするイベントをやります。それこそ寺田さんも出てもらいますので。
mitokon:5月29日にFORESTLIMITで、TYO GQOMプレゼンツの「TYO PIANO」というイベントをやります。私とKΣITOさんとDJ MOROさんでがっつりAmapianoだけかけるパーティの2回目です。あとは、6月1日にContact Tokyoで、これもTYO GQOMプレゼンツの「Extra G」というイベントをやります。Indus Bonzeさん、NODAさんがゲストでいらっしゃいます。
INFORMATION
CYK
出演情報
イベント:Red Bull Tokyo Unlocked
開催日:6月24日、6月25日
場所:スターライズタワー
https://www.redbull.com/jp-ja/events/red-bull-unlocked-tokyo
Instagram:http://instagram.com/cyk.tokyo
Soundcloud:https://soundcloud.com/cyktokyo
INFORMATION
TYO GQOM
出演情報
イベント:TYO GQOM Presents TYO PIANO Vol.2
開催日:5月29日
場所:FORESTLIMIT
https://www.forestlimit.com/event-details/tyo-gqom-presents-tyo-piano-vol-2?lang=ja
イベント:TYO GQOM presents Extra G
開催日:6月1日
場所:CONTACT
https://www.contacttokyo.com/schedule/extra-g-2/