クラブカルチャー、DJカルチャーの歴史はターンテーブルとともにある。そのターンテーブルとはイコール、TechnicsのSL-1200シリーズを指しているというのは現場に身を置く人間なら周知の事実であり、つまりそれは、SL-1200シリーズが誕生していなかったらDJカルチャーはまったく違ったものになっていただろうということだ(そもそも存在しえなかったかも!?)。
2022年で発売50周年を迎えたDJカルチャーのマスターピース、SL-1200シリーズを巡る鼎談企画。集まってもらったのは、Technicsより国内マーケティングのマネージャーを務める上松泰直、渋谷ベースの老舗レコードショップFace Recordsよりプレスの佐取温子、DJ/ミュージックセレクターとして活躍するほか、レコードショップスタッフの顔も持つMayu Kakihata、そして2006年に設立以来、東京のDJカルチャーを牽引してきたPRIMITIVE INC.の代表、大山陽一の4名。SL-1200の誕生秘話からその魅力、そして8月5日〜7日に行われるスペシャルなイベント「Technics SL-1200 50th Anniversary -STORY of TURNTABLE-」についてまで話してもらった。
L→R 上松泰直、佐取温子、Mayu Kakihata、大山陽一
—まずは、Technics SL-1200シリーズの誕生秘話から上松さんにお聞きできればと思います。
上松:Technicsブランド自体が立ちあがった1965年当時は完全なアナログ時代で、アナログレコードやカセットテープが音楽メディアのメインだった。Technicsとしても多くのレコードプレイヤーを開発していたなかで、一番大きな転機になったのが、1970年に世界で初めてダイレクトドライブ方式のレコードプレイヤーを発売したこと。それまではベルトドライブ方式が主流だったけれど、音質を追求するなかで、スタートボタンを押してからの立ち上がりの速さやトルク(回転する力)の強さを求めた結果、ダイレクトドライブ方式が生まれた。当時はDJという存在自体がなかったので、完全にハイファイオーディオのためのレコードプレイヤーとして開発されたんですけどね。その2年後、1972年にSL-1200が発売されるのですが、じつは1971年に発売したSL-1100というモデルがあって、これをクール・ハークが使って、最初にDJをしたと言われている。当時、ニューヨークのブロンクスで行われていたブロックパーティーで、ターンテーブルを使って遊んでいるうちにDJプレイみたいなものを発明していったんだと思います。だからSL-1100がDJカルチャーの一番最初だった。ちなみにクール・ハークはいまもSL-1100を使っているんですよ。数年前にオンラインで会話したときに見せてくれて。「修理してくれ」って言われましたね(笑)。
大山:あまりメンテナンスもせずに、いまも使えているってことですか?
上松:そうでしょうね。
大山:よく上松さんと話すんですけど、SL-1200のMK6、MK7と新しい機種が出るけれど、そもそもTechnicsのターンテーブルって全然壊れないので、新しいものを買う理由がそんなにない。結局、ライバルはTechnicsの製品になってくるという。
上松:中身は音質や操作性も含めて改良しているので新しいモデルを使ってほしいのはたしかなんですが。ただ、デザイン的には1979年に発売したSL-1200MK2から現在もあまり変わっていない。このMK2はハイファイオーディオとしてのクオリティーは残したままで、DJの人たちにも使いやすいものを開発しようとしたモデル。以降、これがなぜスタンダードなレイアウトになったかというと、ターンテーブルが“楽器”として認められるようになったから。当時、MK2からMK3に移行する際にも、デザイン面でもいろいろ改良しようともしたそうなんですけど、「レイアウトを変えないでくれ」という現場の声が多かった。使い慣れた操作感が大事だったんでしょうね。大きなレイアウト変更はすることなく現在まで脈々ときているのはそういう理由がある。
—楽器となることでレイアウトが踏襲されることになった、というのは歴史そのものですね。
上松:そういえば、DJ KRUSHさんがDJを始めた当初にターンテーブルを買ったときに、間違えてベルトドライブ方式のものを買ったらしくて。しばらく使っていたみたいなんですけど、なんでできないんだろう? って思っていたところ、あるとき、ダイレクトドライブ=Technicsじゃないからできないのか! って気づいた。そこからTechnicsを買って、「こういうことか!」となったと本人から聞いたことがあります。ベルトドライブ方式だと、構造上、スクラッチやジャグリングはできないので。もしもの話ですけど、1970年にダイレクトドライブという方式が生まれていなかったら、じゃあ音楽はどうなっていたんだろう? って。当然、ヒップホップは生まれなかっただろうし、そうなるとそのあとの音楽もどうなっていたのか。もしかしたら音楽そのもの自体が違ったものになっていたかもしれない。
大山:クラブカルチャーって1970年代に生まれたもので、SL-1200も1970年代に生まれた。クラブカルチャーの歴史はSL-1200の歴史とものすごくシンクロしている。だからこそ、SL-1200がなかったら音楽の歴史は絶対に違ったものになっていたでしょうね。
—SL-1200シリーズとの出会いから、それぞれ教えてほしいのですが。
大山:最初に買ったのは高校生の頃だから25年以上前かな。MK3でした。いまと違って情報が全然ない時代だったので、ターンテーブルとミキサーを買ったものの、どうやってミックスしていくのかまったくわからなかった。最初はアウトロとイントロを重ねて、これがミックスなんじゃね? っていうことを試したんですけど、クラブで聴くとどうやら違う。結局、キックのBPMを合わせてミックスしていくということに気づくまで3ヶ月くらいかかったりと、かなり試行錯誤していた思い出はありますね。でもそれが楽しかったし、知れば知るほど奥深さにはまっていって、DJにはなれなかったけど、いまでもこうやって音楽を生業にできているのは、あの時に買ったターンテーブルが全てのきっかけですね。
Mayu Kakihata:私は、高校3年くらいのときに初めて手に入れました。高校生の頃からレコードは集めはじめていて、最初の頃はスピーカー内蔵の簡単なポータブルのレコードプレイヤーを使っていた時期もあるんですけど、知り合いの先輩たちの勧めをきっかけに先輩との遊びの延長としてDJをたまにする機会もあったりして、自宅にも機材を揃えたいなと思いはじめましたね。とりあえずまわりの先輩に何買えばいいのかを訊いてみたら「そりゃTechnicsだな、Technicsを買っておけば間違いないよ」って教えてもらいました。でも高校生だとやっぱり少し高くて、そうこうしていたら嬉しいことに頂けるかもという話があり。たしか先輩の事務所の倉庫に眠っていたTechnicsのターンテーブルを2台、夏の暑い日に汗だくになりながらひとりで運んでタクシーで持って帰った記憶があります。だいぶ埃かぶっていたのでちゃんと動くか心配してたんですけど、キレイにしてから配線してみたら全く異常なし。家にTechnicsが2台並んでるのが嬉しかったですね。これでいつでも独りDJタイムが楽しめる!(笑)
佐取:私も、ターンテーブルもそうですけどDJという存在を知ったのが高校生の頃。当時、ヒップホップダンスを習いにスクールに通っていたんですけど、先生がダンスショーケースに出るイベントに行って。初めてクラブというものに足を踏み入れ、そのときにDJというものを初めて見た。「あの人たちはなにをやっているんだろう? 黒いものを、なにを回しているんだろう?」って(笑)。不思議で、でもすごくかっこよくて、曲と曲が混ざっていくという感覚もそのとき初めて知った。そこからDJに憧れを抱き、ターンテーブルをほしいなと思ったけど、高校生にはすぐ買える値段でもなかったので、とにかくレコードだけでも買おうって。レコードショップに行って、聴けないけど買っていました。そうしてちょっとずつレコードを集めながら、お金も貯めて、ようやく憧れのMK3をゲットした覚えがあります。
大山:DJの歴史はテクノロジーの進化とともに、CDJが生まれて、パソコンでDJする人も生まれて、という形でシーンの変遷があるんですが、それでもなおアナログレコードでDJをする人がいまも存在しているのは驚異的なことだと思っている。そもそも50年も続くプロダクトって世の中を見渡してもなかなかないじゃないですか。世界に誇る文化遺産としてSL-1200はずっと残っていってほしいし、残さないといけないプロダクトだなと思いますね。
—レコードからCD、USB、パソコンと変遷のあるなか、最近、再びアナログレコードに戻っているDJも増えている印象があります。
上松:メーカーの立場からすると、ターンテーブルを品質のいい状態で作り続けて、長く使っていただきたいという思いがあるので、まず目指すのはそこですね。ターンテーブルの販売数は、世界的に見ても好調ではある。ターンテーブルでDJをすることが戻ってきているなという実感はありますね。
大山:以前、Technicsの工場を見学させてもらったことがあるんです。想像以上に手作業でターンテーブルを作っていて、これが品質を維持する秘密なのかと驚きました。Technics製品を組み上げるのは社内独自の技能検定があって選ばれた人しかできない作業らしく着ているTechnicsのジャケットがやたら眩しく見えたのを覚えています。そういった企業努力もレコード回帰に繋がってる部分はあるかもしれませんね。
佐取:Face Recordsは、2年前にRAYARD MIYASHITA PARKに新しく店舗を出したのですが、10代や20代のお客さんがすごく多い。若い人にこんなに興味を持ってもらっているんだなというのは肌で感じています。レコードそのものに興味があるというか、80sや90sのジャケットのファッションやメイク、デザインにも興味を持っている。またレコードを好きになっている人が増えているのはうれしいですね。
Mayu:私の高校生の頃はサブスクではなかったものの、データで手軽に音楽を買うことはできたんですよね。稀に利用することもあったのですが、CDやレコードは、自分でモノを持ってないと聴けないというところに魅力を感じるようになりました。あとは元々デジタルなものがちょっと苦手なこともあって、CDやレコードを買うことが自分的には快適だったのかもしれないです。データだとダウンロードすればすぐ聴けるけど、CDやレコードは自分で探しに行って、買って、持って帰らないと聴けない。そういう手間や手順がいいですよね。そのほうが音楽に対する愛着というか、思い入れも全く違ってきますし。耳だけじゃなくて、体で音楽を記憶しておくような感じ。音楽に対する愛情が最終的にモノを持つという価値に繋がっている気がします。レコ屋にいる体感としては、私が7〜8年前にディスクユニオンで働き始めた頃より、確実に若い人にレコードが浸透していると感じています。
上松:レコードを聴くときに自分で針を落とすじゃないですか。その行為のなかで“聴くモード”にスイッチが入るんですよね。A面が終わると裏返してB面にして、ということをしていると、“ながら聴き”じゃなくて音楽に集中できる。だから、アーティストの人が伝えたいこともわかってくるというか、理解が深まってくる。
大山:それって、音楽を聴くというだけじゃなくて「音楽体験」だと思うんですよね。サブスクとかだとどうしても流れていっちゃうこともある。でも、ターンテーブルを買って、スピーカーを買って、アンプを買って、配線つないで、レコードを買って、置いて、針を落とす。そのひとつひとつが体験になって、音楽の価値を高めてくれる。
—SL-1200を起点として、DJカルチャーの現在地についてもお聞きできればと思います。
大山:東京のクラブでいうと、今年1月にageHaが閉店して、9月にContactとSOUND MUSEUM VISIONが(入居ビルの取り壊しにより)クローズする。そうやって大バコがなくなっていく一方で、小さなお店やDJバーでのパーティーは増えている。そういった意味では、DJカルチャーは、熱量が衰えることもなく脈々と息づいているし、最近ではカフェやバーにターンテーブルがあることも当たり前になってきている。クラブという非日常空間だけでなく、日常に近いところで存在するように変化している時代の端境期とも言えるんじゃないかと。
佐取:ちょうど「Technics SL-1200の肖像 ターンテーブルが起こした革命」(2019年発売/リットーミュージック)を読んでいたんですけど、このなかに須永辰緒さんとFace Records代表の武井(進一)の対談があって。1990年代の宇田川町のレコードカルチャー全盛期の頃の話で、当時の須永さんのミックステープ『Organ Bar Suite』シリーズの初期作に収録されている半分くらいは武井が海外で買い付けてきていたものだったみたいで。そのくらいDJとレコード屋の信頼関係が強かったんだろうなと思ったんです。その当時のミックステープの影響はすごくて、それを聴いて憧れを抱いた人が店舗に来てくれて買ってくれるという相乗効果があった。現在、Face Recordsは姉妹店を含めて5店舗あるんですけど、「このジャンルがほしかったらあの店舗に行って、あのスタッフのおすすめを聞いたら間違いない」と思ってもらえるように、という部分は大事にしている。それは次の世代にもつなげていきたいです。
Mayu:DJカルチャーに限ったことではないんですが、個人的に大事にしていきたいのは、先輩へのリスペクトだったりといった関係性なんです。最近は何でもかんでもパワハラだとか….いろんな要因があるとは思いますが、最近の若い世代には先輩との関係を築く機会があまりなかったり、苦手に感じてる人もきっと多いと思うんです。
でも先輩との付き合いのなかで得るものはすごく大きい。私の好きな音楽がわりと古めなこともあって、音楽がきっかけでいろんな人に出会うことができて、本当に沢山のことを教えてもらいました。やっぱり自分よりも圧倒的な存在じゃないですか。知識や経験も。自分も目上の人たちに追いついて話がしたいと思ったし、その為に音楽を研究したり、ディスクガイドや雑誌を読み漁ったり。Technicsに出会えたのも、そういった流れの中だったら必然ですよね。自由に誰でも発信や共有ができる時代で、自分たちだけで作り上げていくのも大事ですけど、先輩の背中を見ながら、自分なりに地道にいろいろ学ぶことが、カルチャーを受け継いでいくことにもなると思います。
—最後に、8月5日〜7日に行われる「Technics SL-1200 50th Anniversary -STORY of TURNTABLE-」の見どころを教えてください。
大山:オンラインで楽しめるSUPER DOMMUNEのプログラムと、渋谷パルコのルーフトップスペースComMunEにおいてDJイベント+レコードマーケットという形で行います。このレコードマーケットに出店するレコードショップはFace Recordsと一緒に選びました。こだわりのセレクションですよね。
佐取:今回、Face Recordsはキュレーションで関わっているんですが、Face Recordsの耳の肥えたスタッフたちに、どんなレコ屋だったらみんなが喜ぶか相談しながら決めました。「レコード屋さんが足を運びたくなるレコード屋さん」が集まる特別なレコードマーケットになるかなと思います。あと、Face RecordsはTechnicsとのコラボレートでノベルティーを作らせていただきました。7インチが入るサイズのサコッシュになっています。Face Recordsと姉妹店のGeneral Records Storeでお買い物をしてくれた方に差し上げる予定です。
Mayu:このレコ屋の並びは楽しい予感しかないですね!買い物したいな〜。これは両日とも行きますね。
佐取:DJの方にそう言ってもらえるのはめちゃくちゃうれしいですね。もちろん、まだレコードを買ったことがない人にも来てもらいたいと思っています。レコードやDJ、ターンテーブルのカルチャーにふれるきっかけになるといいなって。(そのカルチャーの)入口に立ったら、あとは沼なので(笑)。私たちが取り扱っているのは単なるモノではなく、ストーリーや思い出の橋渡しにもなれるレコードです。少しでもそんなことを感じて貰えれば嬉しく思います。
大山:DJに関しても、アナログレコード100%でパフォーマンスしていただきます。このラインナップが一気に揃うことはなかなかないんじゃないですかね。ジャンルで言っても、ファンク、ソウル、ディスコ、ジャズ、ハウス、ヒップホップ、ロック、和モノまで。レコードマーケットに合うような幅広いラインナップになっている。それが完全無料。贅沢ですよね。きっとおもしろいコミュニティスポットになるはずです。
上松:SL-1200の初代機から最新モデルまで、50周年記念の7色の限定カラーを含めて、ほぼすべての歴代モデルが一堂に会する展示もあります。
大山:繰り返しになるかもしれませんが、SL-1200の歴史って、そのままDJカルチャーの歴史でもあるので、一堂に並んでいる姿は壮観だし、感慨深い。渋谷って世界一のレコードショップ街でもある。その街でSL-1200の50周年イベントを開催することで、近隣のレコード屋さんに立ち寄ってほしいなという願いもある。渋谷の街を巡りながら、このイベントに参加してもらえたらうれしいですね。
写真左上より時計まわりに、Technics SL-1200シリーズの初代機となるSL-1200(1972年発売)、シリーズ50周年記念モデルとなるSL-1200M7L(2022年発売/7色展開/全世界で12,000台の限定販売)、DJユースのターンテーブルという概念が取り入れられた最初のモデルであるSL-1200MK2(1979年発売)。
INFORMATION
Technics SL-1200 50th Anniversary
STORY of TURNTABLE
8月5日(金)19:00-24:00 at SUPER DOMMUNE
【第一部】 SL-1200 の軌跡と未来
司会: 野田努(ele-king) / 出演: 上松泰直(Technics)、志波正之(Technics)、ようすけ管理人(OTAIRECORD)
【第二部】 マスターピースとしてのSL-1200
司会: 宇川直宏(DOMMUNE) / 出演: DJ NORI、MURO、Mizuhara Yuka、Kamome
【第三部】 DJ for ALL VINYL
DJ : CAPTAIN VINYL (DJ NORI & MURO)、Vinyl Youth
https://www.dommune.com ※入場無料
8月6日(土)、8月7日(日)11:00-21:00 at ComMunE (渋谷PARCO 10F)
【RECORD SHOP】
8月6日(土)
diskunion 、everyday records、FACE RECORDS、Organic Music、RECORD STATION
8月7日(日)
Ciruelo Records、General Record Store、HMV record shop、rare groove、Vinyl Delivery Service
【DJ】
8月6日(土)
珍盤亭娯楽師匠、DJ JIN、Kaoru Inoue、DJ KAWASAKI、Mayu Kakihata、MURO、ピーター・バラカン
8月7日(日)
川西卓、Mizuhara Yuka、ナツ・サマー、DJ NORI、須永辰緒、Vinyl Youth、Yoshinori Hayashi
https://shibuya.parco.jp