MUSIC 2025.09.10

EYESCREAM Pick Up Artist:SIRUP|SIRUPが語る、3rdアルバム『OWARI DIARY』に込めた“多面性”と時代への眼差し

EYESCREAM編集部
Photography_Kenta Karima、Text_Shoichi Miyake、Hair&Make Up_DAISUKE MUKAI

EYESCREAMでは、Spotify上にオリジナルのプレイリストを公開している。日々進化する音楽シーンの中から、EYESCREAM編集部が注目するアーティストの楽曲をピックアップし、リストに加えていくことで、その瞬間に響くサウンドをフィーチャーしていく試みだ。さらに、プレイリストに追加しているアーティストの中から数名にフォーカスし、音楽との向き合い方や現在地について掘り下げていくインタビュー企画も展開していく。リスナーとしてプレイリストを楽しむだけでなく、アーティストの言葉を通してその楽曲や背景をより深く味わってもらいたい。

9月のPick UP Artistとして登場するのは、ソウル/R&Bをベースにジャンルを横断しながらリスナーを惹きつけるSIRUP
フルアルバムとしては約4年半ぶりとなる3rdアルバム『OWARI DIARY』を完成させた。混沌とする世界のなかで「終わりと始まり」を同時に見つめ、葛藤や希望をリアルに描き出した本作は、彼自身が体現する「人間の多面性」を肯定する最新のポップミュージックだ。社会や政治への眼差しと、生活のなかの喜びや愛を並置しながら、いかに誠実に、そして自由に生きるか。その問いを鮮やかなグルーヴで提示する彼に話を聞いた。

-サウンドはオルタナティブでありながら、SIRUPくんがこれで踊ってほしいと提示する「真ん中」を強く示していて、そのマインドが至極現代的な様相でポップに昇華されているという印象を持ちました。リリックは「時代と個」を照らし合わせながら、一瞬の機微を生々しく掬い上げているなと。まず、フルアルバムとしてどういったイメージを描きながら制作に向き合っていましたか?

SIRUP:基本的に、アルバムで「何かを提示したい」とあらかじめ決めていることはあまりなくて。自分が日々生きていく中で感じたものを積み重ねていって、その時期に溜まったモチベーションとかヴァイブスをパッケージする、そういう感覚なんです。だから、今回も「今の自分が感じているもの」を自然に閉じ込めた結果がこのアルバムになっています。
とはいえ、アーティストという存在は、やっぱり時代の少し前にいるような感覚があって。もちろん「前にいる・後ろにいる」という単純な区別ではないんですけど、一般的な仕事とは違って、勝手にそういう役割を背負ってしまう部分もある。だからこそ、何を感じているかを大事にせなあかんな、と思っています。
今回のアルバムで提示したかった大きなことの一つは、「人間は多面的でいい」ということ。もっといろんな自分を許容していいんだ、というメッセージを自分自身が体現することで伝えたい。それが使命とまでは言わないけど、すごく大きなテーマになっています。聴いてくれた人にも「自分もそれでいいんだ」と思ってほしいんです。

-そのマインドはとても迫真的に伝わってきますね。SIRUPくんの発言や歌詞には、当然のアティチュードとして社会や政治への視点もにじんでいますよね。

SIRUP:この数年間、世界がどんどん混沌としていく中で、個々人がコントロールできるものがほとんどなくなっていると感じていました。例えばSNSひとつ取っても、どれだけブランディングを重ねても、急に仕様を変えられたら一気にそれまであったものがめちゃくちゃになる。それがもし自分が支持していない思想を持つ会社のプラットフォームだったら、それを使うだけで意図せず加担してしまうかもしれない。そういう「自分の意思ではコントロールできないこと」がすごく増えていると感じてるんですね。
それでも、自分の生活の中にある喜びや楽しみは諦めたくない。誠実に生きたいけど、清廉潔白である必要はない。だからこそ、どうやって喜びを見出して、どうやって葛藤しながら生きていくか――。今回のアルバムは、その葛藤や喜びを以前よりもっとリアルに描いた作品になったと思います。

-どれも生々しいですよね、歌として。

SIRUP:まさに生々しいという感じですね。リアルさという点では、自分でも「これまでで一番リアルなアルバムだ」と言えるかもしれません。今は本当に、時代の「終わり」と「始まり」を同時に感じているんですね。ある意味でそれは、デビュー当初からずっと抱えてきたテーマではあるけど、特にここ数年で「会話ができない人が増えてきた」と強く思うようになったんです。見ているものや持っているものが違いすぎて、まったく会話が成立しないというか。

-近くにいた人が、あ、こういう思想だったんだ」と思うことが増えましたよね。

SIRUP:思想の分断も含めて、それを日常的に痛感するようになりました。そういう現実の中で、自分は「どうやって誠実に生きるか」をずっと考えてきました。戦争や政治の腐敗なんて簡単にすぐにはコントロールできないことばかりだけど、そのなかで自分がどちら側に立つのかは選べる。そういう視点も、このアルバムには強く反映されていると思います。

-今作では国内外のアーティストとのコラボレーションも印象的です。まず hard life(旧easy life)との共作について聞かせてください。メロウな喪失の曲であるこの「RENDEZVOUS」は、濃密な音楽的な共振という意味でも、非常に興味深かったです。

SIRUP:最近は音楽業界の中でコラボ自体が、コラボすることが目的化されているように感じていて、決してそれが悪いことだとは思わないんですけど、リスナーも少し食傷気味になってきていると思うんです。コラボという形式はショービズの世界では繰り返されてきたことだし、そこから新しいものが生まれることもある。ただ、自分がやる時は「本当にやりたい人とやる」ということを大事にしています。
hard lifeとのコラボはまさにそうでした。もともと彼らが「easy life」と名乗っていた頃から聴いていて大好きだったし、普通にファンだったんです。そんな彼らから「一緒に作ろうぜ」ってDMをもらって。そこから実際にやりとりして、2年越しでようやく形になりました。しかも社会の仕組みに翻弄されて、彼らがバンド名を変えざるを得なかった状況も含めて、「コントロールできない現実」を象徴している気もして、より特別なものになったと思います。
制作もリアルタイムのセッション感覚で進んでいって。今作のメイントラックメーカーであるTaka Perryと一緒に組んで、彼もhard lifeが大好きだったので、自然に盛り上がった。素材をもらって歌詞をのせて、その場で書き換えて録音するような海外セッション的な方法論で進めました。結果的に、自分ひとりでは絶対に作れなかったサウンドになったし、オルタナティブでオリジナリティのあるコラボになったと思います。

-まさにTaka Perryさんとの関係も、今回のアルバムを語る上で重要ですね。

SIRUP:彼は本当に今の自分の「音楽的パートナー」と呼べる存在です。彼も最初はDMで「曲を作ろう」と声をかけてもらったのがきっかけなんですけど、セッションしてみたら相性が抜群で。お互いアイデアが止まらなくて、ほぼお互いがずっと喋ってるんですよ(笑)。でも、彼はアイデアを整理してパッケージ化するのがすごく上手いから、短時間で情報量の多い楽曲が仕上がる。
今回も「UNDERCOVER feat. Ayumu Imazu」、「LOCATION」、「KIRA KIRA」、「GAME OVER」、「PARADISE」、「TOMORROW」など、Takaと一緒に作った曲が多いです。もう彼がいなければ成り立たないくらいの存在になっていますね。

-Daichi Yamamotoさんを客演に、サウンドプロデューサーにKMさんを迎えた「OUR HEAVEN」はフロウもビートも引き算と攻めのバランスが絶妙なダンスグルーヴが素晴らしい。

SIRUP:Daichiくんとは以前から一緒にやりたいと思っていて、今回やっと実現しました。もともと京都出身で関西的な文脈も近いし、彼の持つグルーヴやアート性にはすごくリスペクトがあります。ラッパーとして「おらつく」感じじゃなくて、すごく真摯な姿勢から生まれる独特のグルーヴがあって、それが自分の音楽とも共鳴したんです。
KMさんも本当に大好きなプロデューサーで。彼のビートの「潰した質感」とか、音の鳴らし方がすごくかっこいいんですよ。今回の「OUR HEAVEN」も、スタジオでセッションしている中でKMさんが「最近こういうビート作ってる」と聴かせてくれて、そのまま一気に仕上がりました。まさに引き算の美学というか、余白を残した音作りが本当に魅力的で、自分とDaichiくんの声やメッセージをのせる上で最高の相性だったと思います。

-Zion.Tさんを迎えた「CHEESE CAKE」は軽妙洒脱なエッセンスが効いてるというか、洗練された軽やかさがある。

SIRUP:彼も本当に尊敬しているアーティストで、この曲はサウンドプロデューサーにA.G.Oを迎えて一緒に作りました。セッションの中で、ちょっとくだけたユーモアや日常の風景を描きながら、甘酸っぱい感情を残すような楽曲になったと思います。Zion.Tがコーラスも歌ってくれていて、すごく自然体で楽しい曲に仕上がりました。

-そして、やはりアルバム全体を聴いていて感じたのは、R&Bやヒップホップをルーツに持ちながらも「SIRUPが提示するオルタナティブ性」を強く意識している点です。ビートにしても歌のフロウにしても、トラップ以降のフィーリングに則っているんだけど、ポップミュージックとして独創的な色と形状を提示しているなと思います。

SIRUP:僕はR&Bとヒップホップをルーツにしているアーティストで、それは自分にとってすごく大事な部分なんですけど、単にUSっぽいサウンドを真似しても意味がないと思っていて。日本語で「っぽい」ことをやるんじゃなくて、自分にしかできないオルタナティブな音楽を作らなきゃいけないと改めて感じました。今回のアルバムは、そのバランスをすごく意識して作った作品です。
どの時代にも左右されない普遍性を持ちながら、同時にしっかり「今」を感じさせる作品になったと思います。

-そして、いかにこの音楽で踊れるかというSIRUPくんのマインドの核心をあらためて強く打ち出していると思います。

SIRUP:そうですね。SIRUPとしての活動を始めた時から「踊れるか踊れないか」が曲を作る時の基準になっています。たとえバラードでも、どこかでグルーヴを感じて踊れる要素があるかどうかを意識しています。今回の「今夜」みたいなバラードでも、それは変わらないですね。
自分の歌い方を分析してもらったことがあるんですけど、やっぱりフレーズを「大きなグルーヴ」で捉えているみたいなんです。細かいリズムで刻むんじゃなくて、一曲全体の流れの中で大きくグルーヴを捉えている。だから自然に踊れる音楽になるんだと思います。

-リズム感やグルーヴについて、2025年現在、日本と海外のカルチャーの違いをどう捉えていますか?

SIRUP:よく「アフリカ系のルーツを持つ方には敵わない」という言い方をされることもあるんですけど、僕はリズム感の差は先天的というよりカルチャーの差だと思っています。小さい頃から教会で音楽に触れて踊っているかどうか、そういう環境の違いが大きい。もちろん遺伝的な要素もあると思うけど、結局は積み重ねや慣れの問題だと感じています。
僕自身、最初は全然ダメだったけど、挑戦を繰り返す中で身についていった。やらなきゃできるようにならないし、だからこそ「自己を解放して踊ること」をずっと言い続けています。ライブでも「誰もあなたのことを見ていないから気にせず踊れ」「むしろ俺のことも見るな」って言うくらい(笑)。それくらい、音楽で自己を解放することが救いになると思っているんですね。

-その言葉からも、SIRUPくんの「グルーヴ観」が単なる音楽的技術ではなく、ライフスタイルや生き方に結びついているのが伝わってくる。

SIRUP:まさにそうですね。僕にとってグルーヴは「生き方」そのものなんです。失敗しても、うまくいかなくても、仲間と一緒に挑戦し続ける時間が力になっていく。そういう経験を10年近く積み重ねてきた結果が、今の自分の音楽に繋がっていると思います。

-パンデミックの時代を経て、「ライブにおける現場感」についてはどういう考えがありますか?

SIRUP:やっぱり「踊れるかどうか」が自分の音楽の基準だから、ライブも自然とそういう場になっていきます。デビュー当時は特にそうだったんですけど、クラブのカルチャーから学んだことが大きいんですよね。渋谷のVISIONがなくなった時は本当にショックでした。あそこでの経験は自分にとってめちゃくちゃ大きかったです。
ライブが終わったあとも、クラブに残って3時間くらい踊り続けてから帰ったり。本番直前までフロアで踊ってからステージに立ったりもしていました。そういう場で、音楽に没頭して自己を解放できる時間が、僕にとってすごく救いだったんです。だから今でも「誰も見てないから自由に踊れ」ってファンに言い続けてる。実際はみんな見てるんだけど(笑)、そういうマインドを共有したいんです。
コロナ禍を経て、オーディエンスの反応も、ここ数年で変わってきたなって思います。SNSやYouTubeで世界のライブカルチャーを目にする機会が増えたことで、「どう楽しむか」のイメージが広まってきた。日本のライブ会場でも、もっと自己解放して踊る人が増えてきてると思うんです。
自分の現場でもそれを感じますね。以前はなかなか踊れなかった人たちが、今は自然に体を揺らしてくれるようになった。もちろん日本には日本独自の文化があるし、それは大事にしたい。でも、海外のカルチャーから「自己解放の楽しさ」を取り入れてくれる人が増えたのはすごく嬉しいです。
子どもの頃からそういう場がある人もいるけど、大人になってからそういう場所を見つけられることの救いってめちゃくちゃ大きい。社会の中でいろんな制約がある中で、音楽の現場だけは自分を解放できる。僕はそういう現場をつくりたいし、そのカルチャーをもっと広げていきたいと思っています。

-SIRUPくんのように積極的に政治や社会問題に声を上げることに対しては、この国では未だにアーティストとしてリスクがあるように捉えられるところがある。でも、このアルバムはポリティカルな考えと、個々人が日常で覚える機微は離れがたく結ばれているということを、リアルなポップミュージックとして示しているということを、今日話を聞きながらあらためて思いました。

SIRUP:政治や社会に対して発言すると「清廉潔白であること」を異常に求められる。でも、人間はそんなに単純じゃないし、アーティストだからって常に完璧である必要はないと思うんです。だから僕は、社会的な発言をしながらも、恋愛ソングも書くし、朝まで酒を飲んだりもする。その多面性を隠さずに提示することが大事だと思っています。
それって要は「誠実に生きる」っていうことなんです。清廉潔白を目指すんじゃなくて、喜びも葛藤も含めてリアルに生きる。そのうえで、世の中とどう向き合い、どうやって少しでも良くしていけるかを考える。今回のアルバムには、そういうスタンスが強く反映されていると思います。
結果的に、アルバムを通して「人間の多面性」や「誠実に生きる姿勢」を提示できたんじゃないかなと思っています。僕自身がそうやって生きていることを表現することで、聴いてくれる人が少しでも「自分もそれでいいんだ」と思えるようになれば嬉しいですね。

INFORMATION

9月 PICK UP ARTIST

◼︎EYESCREAM プレイリスト
https://open.spotify.com/playlist/56PCABKQepvHJPVPQXPiGv?si=VJpolcaFS46vGoCbCZE_FQ

◼︎SIRUP
https://sirup.online/wp/
https://www.instagram.com/sirup_insta/

◼︎アルバム情報
SIRUP『OWARI DIARY』
発売日: 2025年9月3日(水)

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