真摯に「独り」と向き合う音楽家たち。折坂悠太×東郷清丸対談

photography_Kae Homma, text_Yuri Matsui

真摯に「独り」と向き合う音楽家たち。折坂悠太×東郷清丸対談

photography_Kae Homma, text_Yuri Matsui

古くから歌い継がれてきた民俗音楽や童謡のような、どこか郷愁を感じさせる音に、凛とした歌声を響かせる折坂悠太と、昨年リリースしたファーストアルバム『2兆円』の大胆なビジュアルからは想像できないほど、繊細でロマンチックな音楽を紡ぐ東郷清丸。今回は、7月9日にWWWが企画するツーマンライブシリーズ「dots」での共演が決定した二人の初対談をお届けする。
ともにソロで活動するシンガーソングライターとして、独自の世界を奏でる二人の話題は、それぞれの表現の原点から、自身の音楽家としてのあり方に対する見解にまで展開。対談中に登場したキーワード「それぞれのやぐら」とは?

生きているなかで、自然とずっと音楽をやっていた

− お二人できちんと話されるのは今日が初めてだそうですね。お互いの音楽についてはどのように思っていましたか。

折坂:僕はあだち麗三郎さんから、東郷さんのCDをもらったんです。初めて聴いたのが車の中だったんですけど、その頃免許を取り立てだったので、カクカクとぎこちなく運転しながら「これはすごくいいぞ!」と。

東郷:(笑)。

− でも車というのは東郷さんの音源を聴くのにぴったりの環境じゃないですか。

折坂:そうなんですよ、めちゃくちゃ合ってました。

東郷:僕は初めて音源を聴いたのが『ざわめき』でした。朝、通勤中に聴いたんですけど、その日は天気も良くて。『芍薬』がすごく元気が出る曲なので、「よっしゃ!」と思いながら、駅まで15分くらい歩く間に3周聴きました。二人とも「Apple Vinegar Award」(註:後藤正文が今年創設した、新進気鋭のミュージシャンが制作したアルバムに送られる作品賞)にノミネートされていたという繋がりもありましたし、折坂さんは近いところにいる人というイメージがありましたね。

− まずはそんなお二人が音楽を始めた経緯からお聞きしたいです。

折坂:音楽を始める前は絵を描いていて、絵の勉強をしようとも思っていたんですけど、絵ってすぐには反応が返ってこないものじゃないですか。それに僕は完成した後も、細かい修正をずっと続けてしまう方だったんです。弾き語りの音楽って反対に一筆書きっぽいんですよね。音楽は全部そうですけど、歌いながら歌詞を間違えたとしても戻れない。そういう風に、自分の性格的にはあまり向いていない表現をやったら、逆に突き抜けておもしろくなるかなと思ったんです。

東郷:僕は、子どもの頃から自然と音楽が好きで。音楽の授業も、カラオケも、合唱コンクールのときに指揮者をやるのも、すごく好きだった。その延長で、いよいよ高校で軽音楽部に入ってバンドを始めて。大学受験や就活のときには、親や周りの人から音楽活動を止められるようなこともありましたけど、どうしてもやめられなかった。前にいた会社で働いていたときも、土日だけ音楽をやろうと思っていたけど、結局平日にも侵食してきて。だから、音楽をやろうと思って始めたという気持ちもあるけど、気づいたら普通に生きているなかで、自然とずっとやっていたという感覚が強いです。

折坂:うん、何だかずっとやっていたというのは同じですね。子どもの頃から、ごっこ遊びがすごく好きで。家に50個くらいあるぬいぐるみ全部に、名前や人間関係があったんです。

東郷:50個は多いね(笑)。

折坂:一緒に遊んでいても姉はすぐに飽きちゃうんですけど、僕はずっとやっていた。自分で何とかなる世界観みたいなものが、すごく好きだったんです。リアルな生活があんまりうまくいかなかったから(笑)。だから、絵を描くこともそうだけど、やらざるを得なかったというか、やらないという選択肢がなかった。

メロディーに合わせて削ぎ落とされた言葉が、自分の内面を映しだす

− お二人とも物語的というか、その情景が浮かび上がってくるような歌詞を書かれています。歌詞については、いつもどんな風に作っていますか。

東郷:歌詞は一番難しいですね。僕は曲も歌メロもほぼできた後に、歌詞をつけるんですけど、歌詞は言葉の次元なので、またレイヤーが違うじゃないですか。でも、もともとJ-POPが好きだったこともあって、歌詞のおもしろさは重要だと思っていて。僕が歌詞で一番大切にしているのは、一節歌ったあとに、次の一節にどう繋がるのか、興味を持たせ続けること。僕自身、気が散りやすい性格なので、歌い出しから興味を惹かれない歌詞だと、集中できないんですよ。

折坂:すごくわかります。自分みたいに気が散りがちな人には、どうやったら伝わるかを僕も考えていますね。歌い出しに引っ掛かりがないと、自分でも聴かないし。

− 折坂さんが歌詞の中で古風な言葉を使うのは、そういった理由も大きいのでしょうか。

折坂:僕は歌詞を優先してメロディーから言葉がはみ出たりするようなことは、基本的にやりたくなくて。あとは普通に日本語で喋っていたら(イントネーションとして)音程的に上がらないはずなのに、メロディーに合わせて上がっちゃったりするのも嫌なんです。

東郷:僕も嫌ですね。

折坂:だからそういう部分を少しずつ潰しながら、なんとかメロディーに当てはめようと思って歌詞を考えていると、自然と古い言い回しが当てはまることが多いんですよね。「こういう言い回しがないかな」と思って調べた言葉が本当にあったり。

東郷:へええー。

折坂:曲については、例えばお風呂に入ってるときに、「こんなバンドがあったらかっこいいな」ってイメージが浮かんできたものをそのまま作ったり、感覚でできるんですけど、歌詞ばかりは、勢いで書いても全然いいものにならないんです。本当に考えないと出てこないから、しんどい。でも、もしも何の制限もなく詩を書こうとしても、どうしたらいいか分からないですね。メロディーが制約としてあって、そこに落とし込むために詩を考えているうちに、内容的にも削ぎ落とされていく。その過程で偶然当てはまった言葉が、後で聴くと妙にそのときの自分の内面を表していたりするんですよね。

東郷:僕は作詞って、箱庭療法みたいだなと思ったことがあって。箱と、あらかじめ決められたフィギュアがあって、その中でやりくりした結果、心の中が炙り出されてくる感じが似ているなと。だから、だいたい歌詞が4割くらい書けてきた段階で、「実はこういうことが言いたいのかも」って見えてきたりします。ほとんど書きあがった歌詞のちょっとした編集については、比較的意思を持ってやっているんですけど、最初の1、2割ができたときにはまだ何を言いたいのか、自分でもよくわからない。

折坂:メロディーやアレンジができたときの情景と、最終的にできあがって歌詞が付いたときの情景は全然違いますね。だからかっこいいメロディーやアレンジを思いついても、歌詞を付けたら全然違う感じになるんだろうなと思って、面倒になるときもあるんですけど。

東郷:(笑)。でも僕も曲ができた段階のイメージとは、最終的にいつも違ったものになりますね。

音楽を通じて、本当に人とコミュニケーションを取れるようになった

− お二人は現在、基本的にソロで活動されていますが、東郷さんはもともとバンド(テンテイグループ)を組んでいたり、折坂さんも『たむけ』のリリース以降、バンド編成でのライブやレコーディングを行なわれています。ソロとバンドでの活動のあり方の違いについてはどのように考えていますか?

折坂:僕、実は高校生の頃にバンドを組んだことがあるんですけど、うまくいかなくて……。今となってはどうかしてると思いますけど、当時のメンバーに「俺は俺が4人いればいい」って言ったことがあって。

東郷:僕もある……。

折坂:もともと絵を描くのが好きだったから、「こんなバンドがいたらかっこいいな」ってキャラクターを描くような感覚でバンドをやっていたけど、生身の人間ってそうじゃないですよね。それがわかるまでに時間がかかったんです(苦笑)。基本的に僕は“独り”なんですよ。だから弾き語りを始めたのも、すごく自然なことだった。勘違いだったら申し訳ないですけど、初めて東郷さんのライブを拝見したときに、「多分この人も“独り”だ」と思ったんです。そういう意味で、勝手にすごくシンパシーを感じていて。でも、バンド編成での活動をこの2年くらい同じメンバーと続けられているのは、音楽をやることによって、本当の意味で人とコミュニケーションを取れるようになったからかもしれないですね。僕もそういうところは、大人になったのかな……。

東郷:折坂さん、何だか懺悔感がありますね(笑)。考えてることは近いと思うんですけど、僕は完全に一人で音楽を作り始めたのはここ1年くらいで。高校生の頃からずっと、バンドを組む前から仲のいい友達と音楽をやっていたので、「このメンバーでできることをやろう」という思いがあったんです。メンバーが就職してからは、余暇として楽しむのがこのバンドにとっては一番ハッピーな選択だと思ったけど、僕自身はもうちょっと音楽をやりたいから、一人で始めたという流れで。だから、今はアコギだけで歌うこともあるけど、基本的にはすべてバンドで演奏することを前提に作っている。『2兆円』も打ち込みで大体の形を作ったあとは、演奏者がクリエイティビティのある人たちだったから、フレージングについてもかなりお任せしました。最近はどんどん人に任せたくなってるような感覚もあって。

折坂:人に任せることで、ちょっとしたフラストレーションとかはないんですか。

東郷:そういうフラストレーションが起きたときこそ、自分が欲しているものに気づけるときですね。自分が一番譲れないポイントがどこなのかをその都度確認して、譲れないところだけはどうにかしています。

折坂:それができる東郷さんはすごいですね。僕の場合、今のところそういうことが起こったときに、その原因がどこなのかがわからないんですよ。

東郷:でも、自分の体調や気分によって判断が変わったりもするんですよね。スタジオではぐっと来なかったのに、次の日録音を聴くとそんなに悪くなかったりする。だからあんまり自分の感覚を信用しすぎないことにしています。

折坂:それはちょっとわかります。みんながのびのびやればある程度よくなるって、一緒にやる人を信じられるかどうか。そうやって信じられなくなったらダメなんだろうな。

みんなそれぞれのやぐらを探して、その上に立っていてほしい

− 折坂さんが先ほど「基本的に僕は独り」で、東郷さんもそうなのではないかと感じたと仰っていましたけれど、「独りだ」という感覚が表現の根底に強烈にあるからなのかもしれないですね。

折坂:それなりに小心者なので、できれば大きいものに属していたいんですけど、うまく溶け込めないんですよね。結局何をやっても一人でやればいいと自分でも思っちゃうし、人からもそう思われている気がする。だから、あくまで冠は自分の名前でやりたいんです。でも、内にこもっていくためにそうしているわけじゃなくて、見てくれる人や、一緒に音楽をやってくれる人と真摯に向き合うためにこそ、僕が何かの中に紛れているんじゃなくて、一個人であることが必要だと思っていて。

東郷:自立している状態?

折坂:そう、自立していることが大事。だからライブのときは、お客さんやバンドとの間に、少しバリアがあって、自分だけ隔離された場所にいるような感覚でやっていて。そうであってこそ、本当の意味で人と繋がれる気がするんです。最近思ったんですけど、僕は、集中するために音楽をやっているのかもしれません。集中して、ほかのことを全部忘れている、「ウルトラリラックス状態」にあるときにこそ、生きていてよかったと思える瞬間があるんじゃないかなって。

東郷:あだち(麗三郎)さんは、自分でワークショップを主催しているくらい、体の使い方をすごく追求している人なんですけど、以前にあだちさんから、演奏時の理想形は瞑想のときとほとんど同じだという話を聞いて。「集中」っていうと、力んだような状態をイメージする人も多いけど、本当にニュートラルな集中はリラックスしている状態なんだと。確かに僕もステージ上にいるときは、瞑想に近い状態で。歌っている言葉も、ライブ中は、僕個人が言っているというより、何かに言わされているような感覚がある。ライブに来ている全員の、集合的な何かの最後のアウトプットが僕であるだけっていう気分になることがよくあります。でも「みんなの代弁をするぞ」ということじゃなくて。

− シャーマン的な、人々の無意識の領域にあるものを引きずり出す感覚というか。

東郷:うん、シャーマンだなってこないだ思いました。

折坂:それって多分みんなの中にいたら見落としてしまう感覚なんです。個人としてありながら、ちょっと集中状態にあるときにこそ、人が見たときに「これは自分のことだ」と思える表現が出てくるんじゃないかなって。

東郷:自分の音楽は、自立しようと思っている人じゃないと伝わらないだろうなと思うことがありますね。

折坂:こないだ出た「橋の下世界音楽祭」は、本当の祭りのようなイベントで、やぐらのステージもあったんです。その周りでみんなが盛り上がっていて、一見群れているようだけど、実は一人一人はめちゃくちゃ濃い人ばかりで。その様子を見ていると、たまたま今自分がやぐらに上がっているだけで、やぐらに上がるタイミングは皆に代わりばんこで訪れるんじゃないかなと思ったんです。

東郷:今話していたような、抽象的な意味でのやぐらはきっと生活の中にもあって、ライブのステージ上だけがそういう場所じゃないですよね。

折坂:うん。

東郷:僕は、出会う人ごとにその人が本領発揮できる場所というか、「はまりどころ」みたいなものを意識するんですけど、はまっている人の方がおもしろいんですよね。そういう意味で、僕はステージに立つのが得意だし、好きだからやっているけど、みんながそれぞれのやぐらを探して、その上に立っていてほしい。

折坂:そういうことがいろんな場所でどんどん起きたらおもしろいな。

東郷:増えていくような予感がするんですけどね。

− より多くの人が、先ほどお話ししていたような「ウルトラリラックス状態」を発揮できる場所に辿り着けるといいですよね。最後に、今度のツーマンに向けた意気込みを伺いたいです。東郷さんはその日から新しいメンバーとライブを行うそうですね。

東郷:ドラムがあだち麗三郎クワルテッットでビブラフォンを叩いている河合宏知君、ベースがGUIRO やceroで弾いている厚海義朗さんという3人でやります。せっかくソロだから、いろんな人と演奏する経験をしたくて。それが見どころかな。

− 折坂さんはどうでしょう?

折坂:……負けないぞ、と(笑)。

東郷:(笑)。

折坂:やっぱり同世代で、自分と同じように一人で「東郷清丸」という名前でやっている人だから。この前ライブを見たときも「やられた!」と思ったけど、そういう気持ちになることってあんまりないので。だから楽しみな気持ちと、「どうすればいいお酒が飲めるんだ……」っていう気持ちがありますけれども。がんばります。

INFORMATION

「WWW presents dots」

2018年7月9日(月)WWW
OPEN 18:30 / START 19:30
ADV. ¥2,800 / DOOR ¥3,300(ドリンク代別)

出演:折坂悠太(合奏) / 東郷清丸

TICKET
e+ / ローソンチケット[L:72376] / チケットぴあ[P:118-213] / WWW店頭
INFORMATION:WWW 03-5458-7685

http://www-shibuya.jp