渋谷・スペイン坂にあるライブスペース、WWWとの新連載がスタート。所縁の深いミュージシャンたちに、普段は聞けない自分だけの“ご贔屓”なモノ・ヒト・コトを思う存分語ってもらいつつ、彼らのウラの顔に迫る。
高井息吹さんのご贔屓 :
マルセル・マルソーの絵本
天性の歌声と多彩な表現で、唯一無二の存在感を放つ高井息吹が紹介してくれたのは、フランスのパントマイム・アーティスト、マルセル・マルソーが描いた絵本『かえってきたビップ』。彼女がアーティスト活動を行う上で指針にしている一冊であり、「生涯大切にしたい」作品なんだとか。
―絵本との出会いを教えてください。
高円寺にある「えほんやるすばんばんするかいしゃ」という、絵本の古本屋さんで見つけました。パラパラっとページをめくってみたら、ビビッときて。自分が持っている感覚に、近いものを感じました。絵本は、昔から大好き。子供の頃、物語を読み進めるうちに、その世界に自分がどんどん入って行く感じがして、今でもその感覚は鮮明に覚えています。
―どんなお話なんですか?
マルセル・マルソーのパントマイム哲学が詰め込まれた一冊です。生きることや、表現することへの喜びなどが、描かれています。この物語の主人公ビップは魔術師になることを夢見ていて、ある日、羽が生えて、人間を超えた生き物として、宇宙に行ってしまいます。恐ろしくて涙も出ないし、地球ではないところへ来てしまったので、誰にも会えない寂しさが募って行く。彼は、「人間だからこそ、この地球で表現できる」ことへの喜びに気付き、元の世界に帰還して、みんなにそれを伝えたいと思います。音楽も言葉もなく、自分の体一つで表現するパントマイムを通して。私自身が音楽活動をする上で、指針になる物語です。ビップは、マルセル・マルソーが実際に演じてきたキャラクター。本作の絵は彼自身が描いていて、谷川俊太郎が日本語訳を付けています。
―特に印象的なシーンを教えてください。
舞台の幕が上がり、これからお客さんの前で演じるビップの胸中を描いたページが、とても好きで、一時期スマフォの待ち受けにしていました。自分のライブの幕が開くときの感覚に、近いものを感じます。「これから良いライブを届けるするぞ!」って。マルセル・マルソーは、チャップリンに興味を持ったことがきっかけで、無声映画に影響を受け、パントマイムを始めたんです。私も最近、友達の音楽家、宗藤竜太くんに進められ、初めてチャップリンの作品を観たんです。『ライムライト』という作品をチョイスしたんですが、「生きて、表現することの喜び」みたいなメッセージを持った映画で、自分と通ずるものがたくさんありました。宗藤くんが2020年12月に「ライムライト」という曲をリリースしているんですが、とてもオススメです。
ー高井さんの作品にも、『かえってきたビップ』から着想を得てできた楽曲はありますか?
2020年11月にリリースしたEP『kaleidoscope』の収録曲「サリュ・ピエロ」という楽曲は、この絵本に着想を得てできたました。「サリュ・ピエロ」を絵で表現したら、まさにこの絵本の様な感じ。私の音楽を聴いたり、ライブを観てくれた人から、「絵本っぽいね」って言ってもらえることが多いんです。その世界観は、これからも大切にしていきたいです。